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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
奔走戦闘編
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奔走戦闘編 9

 左手の怪我と足を捻挫している私の代わりにサイキに晩飯を作らせる。

 今日の晩飯は既に決めてある。寄せ鍋だ。十二月に入り寒くなってきたので鍋にはいい季節になった。サイキには具材と切り方の目安だけ伝えて、後は任せてみる事にした。小さな新妻は果たしてどんな塩梅に仕上げてくれるのだろうか。


 そういえば鍋は棚の上に仕舞ってあるのでサイキでは届かない。するとアンカーを巧みに利用し、階段を昇るような形で空中静止し鍋を取り出した。あんな使い方もあるのか。その使用方法に興味を持ったのは私だけではないようだ。

 食材を用意し、野菜を切り始めた頃になって青柳がやってきた。戦闘の被害報告と私の怪我の状態を確認する為だ。サイキが一人で台所に立っているのを見るなり、手伝いを買って出る。青柳には味はサイキに決めさせるようにと言っておく。

 「なるほど、そう来ますか。これは楽しみですね」

 分かっているじゃないか。


 料理中の二人を眺めながら、暇そうにしているもう片方の二人にも目を向ける。リタと目が合ったが、すぐ目を逸らされた。何かちょっと傷つくなあ。

 「リタと工藤さんってまだ一対一で話した事無いじゃない? だから改めて意識しちゃうと恥ずかしいのよ。ね、リタ」

 ナオの言葉に小さく頷くリタ。なんだ可愛いなおい。しかし確かに、リタと二人になった事は一度しかないはずだ。それも私が夜食を作って食べさせている最中の僅かな時間。そろそろリタとも時間を作ってやりたいが、如何せんタイミングが中々合わない。

 「無理はしちゃ駄目です」

 「お前が言うな」

 と言うとナオが吹き出すように笑う。

 「あはははは、もう息ぴったりよね」

 三人には言っていないのだが、リタに関しては私の亡くなった娘の、その時と同じような年齢なので、リタにだけは若干違う感覚を持ってしまっている。贔屓をしている訳ではないのだが、やはりどうしても気にしてしまうのは仕方のない事なのだろうか。


 「はーい寄せ鍋出来ましたよー」

 サイキお母さんの特性寄せ鍋の登場である。見た目は上々。香りも中々良い。これは期待出来そうだ。早速いただきます。

 「ど、どうです……か?」

 「うーん……」

 物凄く不安そうな顔のサイキ。少し意地悪をしてみたかったのだが、彼女の努力を無碍にも出来ないので正直な感想を言おう。

 「合格。美味しいよ。これなら俺の代わりに台所任せても問題ないな」

 「んーーいやったああーー!!」

 いままでで一番かもしれないほどの満面の笑顔で喜びを爆発させ、くるくると回転しているサイキ。そこまで気合を入れていたのか。青柳含めた他の三人からも好評。しかし一番の問題は他の料理でもこの味覚を発揮出来るか否かなのだが。

 鍋の中身はみるみるうちに減っていき、綺麗に完食。ごちそうさまでした。


 さて、一息ついた所で本日の戦闘の総括をしていこうか。まずはいつも通り青柳からの戦果報告。

 「最初に人的被害ですが、死者はゼロ。軽傷者八名のみです。そのうち一名は工藤さんですけれど。物的被害に関しても大きな被害はありません。合計で十五体との戦闘としてはかなり良い線ではないでしょうか。そして今回一番の功労者は工藤さんですね。偶然とはいえ、ビット一体撃破、赤鬼一体とビット三体を張り付け状態にしていましたから。それが無かった場合はもう少し被害は大きくなっていたかもしれません」

 「どうだー凄いだろー」

 などと言ってみたのだが、勿論一番凄いのは彼女達に違いない。

 「それからまたテレビに大写しになった事ですが、今回は三人まとめてですからね。ナオさんもリタさんも、もう間違いなく隠し切れないでしょう。工藤さんに関しても、長月荘以外で知っている人にすらも、気付かれるでしょうね」

 「すると長月荘まで手が伸びる事も考えられるなあ。いざとなったら警察に護衛を頼む事になるかも。青柳にはまたを迷惑かけてしまうな」

 「なるべく早く事態を好転させたい所ですね」

 また消沈した顔をする三人。

 「だから気にするなって。お前達が来た時点で、いつかこうなる事は分かっていたんだからな。その時が来ただけだ」

 私が楽観視出来るには理由がある。近々国が我々の味方に付く。それを確信しているのだ。


 「そうだ。ニュース映像を確認しよう。多分また動画になっているだろうからな」

 三人と青柳が小さなノートパソコンの画面を覗き込もうとするが、どう考えてもその体制では無理だ。

 「お前らもう少し工夫しろよ」

 と言うと整列し始めた。何だこの統率の取れた感じ。三人は私の後ろに並び、そのリタの肩に手をかけ、頭の上から青柳が覗く形になっている。

 「青柳そこでいいのか?」

 と聞くが青柳はリタの頭を撫でるだけ。耳を動かし満更でもないリタ。なんだこれ。まあいいや、さあ見るか。

 早速動画サイトを開く。探すまでもなく一番上にあった。つまり今一番見られている動画という事だ。今回は私自身が当事者になっているので、いつから撮影されていたのか分からない。ある意味楽しみである。

 「えーと……あ、俺が足捻る所からだ」

 ニュース映像の開始する所で、私が気絶中のビットを踏むのが見える。自分の感覚以上に大きく転んでいるな。これは恥ずかしい、というかよく追加で怪我をしなかったな。カメラが私にズーム、赤鬼が腕を振り上げた所で物凄い勢いでサイキが登場する。

 「おおー格好いいぞー」

 ちょっと照れているサイキは可愛いぞ。

 この間、私の感覚ではもっと長く感じていたのだが、映像で見る限りではそうでもなく、そのまま隙間で粘っていても彼女達は間に合った可能性が高い。


 私を攻撃しようとしていた赤鬼を切り倒した後、サイキは完全に地面を滑っている。濡れているとは言ってもアスファルトの路上を滑るとは、どれだけ速度を出したんだ、こいつ。後できっちり聞き出さなければ。

 私を呼ぶサイキの声は収録されていない。いや、周りがうるさくて聞こえていないと言うのが正解だな。私を街路樹の下に降ろしたサイキは早速残りの二体に向かって行くが、その前に黄色と緑の光が赤鬼を倒す。

 「これお前ら二人だな」

 私の後ろで頷く二人。


 その後は三人の動きにカメラが追い切れないのか、遠目の映像に終始している。まるで追い込み漁でもしているかのように一点に集約されて行き、次々と倒されるビット達。その連携は見事としか言う他ない。最後の一体が倒されると、当時は気が付かなかったが大きな歓声が上がっている。街路樹にもたれかかる私に駆け寄る三人。それを見て青柳も走ってくる。

 「俺目立ってるなー。ははは」

 彼女達の頭を撫でている所でテレビクルーが走り出す。

 「あそこで頭を撫でたのは軽率だったか……」

 「でも安心したよ」

 「ならいっか」

 良くはないが、何となくそれで済ませたくなった。まるで癖のように彼女達の頭を撫でているが、その行為は彼女達には安心感を与えているようだ。

 テレビクルーを煙に巻いて三人が離脱した所で映像終了。私の事はどうでもいいと。

 「まあこんなもんだろうな。あの後の俺の渾身の嫌味が入ってないのが惜しいけど」

 「あの後、女性リポーターはかなり凹んだ様子でしたよ」

 うーん、ちょっとやり過ぎたかな?

 動画に着いたコメントを見るに、やはり三人には賞賛の言葉が多い。次に多いのが私に対して羨ましいというもの。その分見えない苦労をしているのだよ。今回なんて数秒遅ければ死んでいたからな。


 他、映像で気になる所は三人とも特に無いとの事。ならばこちらから。

 「三つ聞きたい事がある。一つ目、何故サイキだけ早く着いた? 二つ目、攻撃に色が付いていたのは何だ? 最後の三つ目は……後でだな」

 さてどういう答えが出るのか。何となく両方とも予想は付いているのだがな。


 「わたしだけ早く着いたのは……ごめんなさい、ブースターを使いました。まだあの加速に慣れていないから正直今、少しだけ体が痛いです……。あ、でも骨折とかじゃないよ!」

 心配させまいと焦るサイキ。大丈夫だ、骨折などしていたら料理所ではないからな。

 「工藤さんからの通信が途切れて、サイキがいきなり急加速したから驚いたわよ。現実的な速度だったからいいけど、一瞬サーカス使ったのかと肝が冷えたわ」

 「あーそれについては謝るのは俺だな。心配かけて申し訳ない」

 「元を辿れば私が素直に商店街に行っていれば済んだ話。私からも謝ります」

 大人二人が同時に頭を下げると、三人から笑い声が漏れている。

 「よし、許してあげましょう。工藤さんが怪我をしたり、サイキがブースター使ってエネルギー大幅消費したりもあったけれど、結果的には軽傷者だけで済みましたからね。でも工藤さん、今後はもうこんな無謀は駄目よ。心臓が止まるかと思ったんだから」

 「はい、深く深く反省しております」

 恐怖心が先走り、周りが見えていなかったのは事実だ。うーん、やはり私は司令官には向いていないのかも。


 さて次だが、予想通りリタが説明に出てきた。

 「昨日ナオに言われて、急遽皆のFAに色を付けたです」

 「やっぱりな。おかげで俺の所の赤鬼を倒したのが誰か一瞬で分かったよ」

 頷くリタ。こちらとしても識別がしやすくて助かる。青柳も同意。

 「その通り、遠目からでも何処で誰が戦っているのかが一目瞭然になるです。帰ったら小隊ごとや、隊長クラスに特別な色を付けるのもいいかもしれないですね」

 「えー、派手な戦場になっちゃうよ?」

 「うーん、それはちょっと勘弁ね」

 言葉とは裏腹に笑うサイキとナオ。否定をしつつも中々乗り気である。

 「そういえば今更ながら、エフエーとは?」

 青柳の質問が入る。確かに普通に聞き流していた。

 「エネルギー消費のある行為全般を指す言葉です。なのでサイキのブースターを使った足蹴もFAの内に入るです。ちなみにこちらの世界とは言葉自体が違うので、自動翻訳によって便宜上”エフエー”と発音されているに過ぎないです。サイキが載せているサーカスも同じ理由で、言葉自体に意味はあまりないと思って下さいです。なのでFAはファイナルアタックの略ではないです」

 「最後のそれ、こっちの考えを読んで言ったな?」

 「ふっふっふっ、リタにはお見通しなのです」

 半ばふざけたような口調のリタ。可愛いから許そう。


 最後にナオがやる気なさそうに切り出した。

 「それで三つ目は何?」

 「ああ最後はな、リタの銃の事だ。お前小型侵略者やビット相手に、両手持ちの大きい銃を振り回すのは大変だろ? 振り回すってよりも振り回されてる感があるし、見ていて危なっかしいからな」

 少し考え、申し訳なさそうに小さく頷いたリタ。やはり本人もそれを感じており、どうにかしたかったようだ。

 「そこでだ。青柳、そういうのに丁度いい感じの拳銃ってないか?」

 「そうですね……」

 毎回無理を言って申し訳ないな。するとリタが小さく手を挙げる。

 「あの、参考までに今、青柳さんが持っている銃を見せてもらいたいです」

 少し考えた後、青柳が腰から銃を抜き、更に胸ポケットに手を入れ小さい銃を取り出しテーブルの上へ。

 「私はこの二丁を携帯しています。大きいのはP2000、小さいのは通称サクラと呼ばれている日本の警察向けの特注品です。どちらも警察の標準装備になりつつあります」

 「あれ? 警察署でサイキに奪われた銃とは違うみたいだな」

 「あの時はニューナンブという銃ですね。かなり昔からある銃です。それまでずっと一丁のみだったのですが、今はこの二丁持ちにしています。勿論使わない事が一番なのですが、そうは言っていられない状況に置かれていますから」

 リタとしてはどちらの構造も知っておきたい所だろうし、それは青柳も承知しているはずだ。軽く見せるのではなく、テーブルの上に置いているというのがその証拠。


 「これをどうするかは、リタ自身で交渉してもらおうかな」

 熟考し結論を出すリタ。

 「……み、見て覚えるです」

 その一言に青柳が吹いてしまう。笑った姿も珍しいが、そこまでとは初めてだな。しかし咳払いを一つ、すぐさま通常通りの厳しそうな表情に戻るあたり、さすがだ。

 「失礼、てっきり難しい顔で交渉に来るかと思っていたもので。そうですね、実はこうなると思って許可は既に取ってあります。黙っていて申し訳ない。何せこちらからどうぞとは言えないもので」

 なーんだ、という事で改めて許可を貰い、早速リタは二丁の拳銃をスキャン。ほっこり笑顔で嬉しそうだ。

 「64式と比べればかなりシンプルなので、最速で土曜日……は止めておくです。期末テストを優先するです」

 ものの順序が分かってきたようだ。いいぞ。

 「しかし警察として出せる拳銃はこの二丁が限界だと思って下さい。銃社会ではない日本では、こういう話はとてもデリケートな問題ですから」

 「充分です。本当にいつもありがとうです」


 残りはSNSの報告確認なのだが、三人の前で一喜一憂する訳にも行かない。青柳は私の傷の状態を見て深刻ではないと判断、安心したと言い帰路に就く。私も色々あったせいで疲れているので、戸締りを三人に任せ、一足先にこの長い一日を終わりにした。



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