奔走戦闘編 8
救急車で搬送されるのは人生で二度目。一度目はナオが来た時だったな。
北西の市立病院に着き診察を受ける。左手の傷は深い物ではなく三針縫っただけで済んだ。足の捻挫も全治一週間程度と軽く、テープで固定され、後は冷やしておけば大丈夫だという話。念の為と松葉杖を貸し出されたが、それ以上の大事には至らずに済んで良かった。
しかし赤鬼一体はほぼ釘付けに出来ていたが、残りの二体からの被害が気になる。青柳に確認をしよう……と思ったが携帯電話を落としたままだったのを忘れていた。いや、もっと大きな忘れ物をしているぞ。置いてきた荷物の中には私のセカンドバッグも含まれているので、長月荘の鍵も、財布も、免許証すらも無い。治療費は後日支払えばいいとして、捻った足でここから歩いて帰るのは無理だぞ……。
事情を説明、病院の電話を貸してもらい、警察署に電話し、青柳の電話番号を教えてもらう。携帯電話を持ってからは他人の電話番号など記憶しなくなっていたので、こういう時には困る。
「やはりそうでしたか。私はまだ動けないので、三宅さんに迎えに行かせます。そのまま受付ロビーでお待ちください。恐らく三十分ほどで着くと思います」
ロビーで待っていると備え付けの大型テレビが目に入る。ああ、三人が映っている。ついでに私も顔にボカシを入れられた状態で映っている。そのニュースの内容はやはり彼女達を批判するものだが、しかし今の私には存分に余裕がある。その批判が無意味なものであり、近々”とても偉い人”の手で引っくり返される事を知っているのだから。
聞き耳を立てているようで行儀が悪いのだが、意外にもそのニュースを見ていた私の周りの数人の会話では、あまり彼女達を悪く言う話は出ていない。どうやら今までの努力と功績が、マスコミが批判のためにと、事態を掘り下げれば掘り下げるほどに明らかになっていく、という逆転現象が起こっており、そのために彼女達に悪い印象を持たなくなっているという事のようだ。
(怪我の功名か……いや、これも全て彼女達の努力の賜物だな)
のんびりしていると制服姿の三宅がやってきた。私のセカンドバッグを持っている。
「一応中身を確認して下さい。大丈夫だとは思うんすけどね。あと携帯と買い物袋はパトカーに乗せてあるんで、このまま長月荘まで送りますよ」
ふむ、鍵も財布も免許証も確認。財布の中身も無事だ。後日とは思っていたが、手持ちで足りたので治療費の支払いを済ませる。パトカーに乗ると確かに携帯電話と私の買った荷物が乗っていた。卵も割れずにそのまま。携帯電話には盛大に傷が入ってしまったが、液晶画面は無事。この傷は色々とあった今日の記念として、このままにしておこう。
「三宅、晩飯時に来い。奢るぞ」
「嬉しいっすねー。でも自分嫁ちゃんがいるんで。工藤さんに負けないくらいの料理上手っすよ。同僚に羨ましがられますから」
なんと! それならば家族の食事を邪魔する訳にはいかないな。
長月荘に着くと三宅は事件の捜査中らしく、挨拶もそこそこにさっさと帰っていった。捜査中にわざわざ抜け出して私の足代わりをしたのか。大丈夫かあいつ、私のせいで干されたりしないだろうな。
冷蔵庫に食料品を仕舞い、氷を取り出して足を冷やす。雪でも降っていればそのまま足を突っ込む所なのだが、まだ十二月の初めなのでその気配は全くない。テレビを点けると、地方ローカルのニュース番組でも三人の事をやっていた。ローカルニュースだからなのか、内容は全国ニュース番組とは打って変わって平和的な内容。より身近になっている分、彼女達の努力も理解してくれているのだろうか。
窓の外に一台の車が止まった。研究所の二人だな。時計を見ると午後六時半。きっちり着たか。居間のガラス越しに手招きし、まだ帰ってきていないと言うと、車の中で待機するという。
それから十五分、そろそろかとカーテンの隙間から覗いてみると、三人がタイミング良く帰ってきた。さてどういう反応をするかと思っていたら、予想通り白のワンボックスカーに反応、思いっきりナオの後ろに隠れるサイキ。ナオは意外と戸惑う様子がない。
「そうだ、こいつらこそがお前のトラウマ元だぞー」
と、聞かれる事の無いSっ気を見せてみたり。
玄関を開けるなり早速ナオとリタは私の怪我の状態を、サイキは車の正体を聞きに来る。
「あんたそっち?」
「だって!」
どうやら私の松葉杖姿はサイキの目には映っていないようだ。どうしたものかと思ったが、ここは一つサイキを連れて直接乗り込んでやるか。二人には待っていてもらい、松葉杖とサイキを手に車の元へ。サイキは戦闘狂とも揶揄された人物とは到底思えないほどに完全に怯え切っており、私の服の裾を握り締めている。
ドアをノックして開けてもらう。サイキはもう逃げ出さんばかりである。中は至って普通の車内。よく分からん機材でも満載しているのかと思ったがそうではなかった。降りてきた二人をサイキに紹介するも、目を合わせる所か姿を見せようともしない。
「しゃんとしろ!」
ようやく私の横から顔だけ出す。そして私の服をこれでもかと思いっきり握り締める。その光景に研究所の二人も随分と負い目を感じている様子。
「先日の誘拐事件の際には多大なるご迷惑と恐怖心を与えました事、お詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
雨上がりの土の上なのも気にも留めず、並んで土下座をする二人。
「ほら、サイキ」
返答を促すが、中々動かない。土下座の姿勢の二人も微動だにしない。
「えと、も、もうああいう事はしませんよね?」
「はい」
小さく消え入るような声のサイキ。二人の返事に更に考えている。
「……やっぱりすぐには許せません」
そう告げると走って逃げ帰ってしまった。
「……駄目でした」
土下座の体勢のまま固まり、小さく嘆く黒田。先に顔を上げた秋元が肩を軽く叩く。
「あの子もまだ十三・四の子供ですから。それにこっちに来て二日目であれに遭ったんだから仕方ありませんよ。そのうちまた、彼女の心の準備が出来てからという事にしましょう」
「……すみません」
黒田は自責の念に押し潰されたように泣き崩れている。私と同じほどの年齢の大人が、ここまで泣くというのは、やはり相当に後悔と反省をしているのだ。秋元に背中を押され、ようやく立ち上がり車に戻っていく。
「今日は本当にご迷惑をおかけしました。この大きな過ちは、いつか必ず正します。その時は、我々も全力で支援させていただきます」
秋元は深々と一礼し、去っていった。
次は逃げたサイキだな。居間には居らず、自室に篭っているようだ。私はさすがにこの足では階段を上るのは無理なのでナオに呼んできてもらう。二人にはあまり聞かれたくないので私の部屋で話をするか。
「何が正解なのか分からなくて……」
そうだろうな。そうとしか言えないだろうな。
「俺だってあれの正解は分からないさ。だからな、ゆっくり考えればいい。ゆっくりな。ただ覚えておけ、あの二人は本気で反省していた。大の大人が泣くほどにな」
無言で頷くサイキ。
「同じ種類の車を見ただけで、あれだけ怯えるお前だ。そうそう簡単に区切りを付けられない事くらい、あの二人も分かっている。だから俺としては、お前があそこで全てを許しますだなんて言わなかった事に、内心ほっとしているよ。そんな嘘の優しさはお互いに辛いだけだからな」
また無言で頷くサイキ。最初の頃のサイキならば泣いていたかもな。
「さてと、今日から当分はサイキ、お前に飯を作ってもらうぞ。俺はこんな状態だからな。頼むぞ」
「……うん。任せて」
小さく微笑むサイキの瞳には涙のたまった跡が見える。
さあ第二十七剣士隊の隊長補佐殿の料理の腕前、見せてもらおうか。




