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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
奔走戦闘編
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奔走戦闘編 7

 大人達は解散、青柳の車で商店街まで送ってもらおうとしたのだが、何故か違う方角へと走る。どうした?

 「工業地帯の近くのスーパーで卵の特売中なんですよ。診断書にも運動不足とありましたから、少しは長い距離を歩いて下さい」

 青柳なりの心遣いか。しかし結構距離があるぞ? ここからだと長月荘まで歩いて四十分から一時間ほどは掛かる。到着したスーパーには青柳の言う通り卵Lサイズが九十九円で売られていた。ついでに他の商品も物色し、両手にエコバッグをぶら下げる事となったのだが、さすがにこの格好では一時間半以上かかるだろう。青柳には悪いがバスを使おうかな。

 近くのバス停までは、それでも十五分ほど歩く事になる。まあいい、さすがにそれくらいは歩かないと運動不足解消など無理だ。

 重い荷物を持ちヒイヒイ言いながらバス停に到着。バスはつい今しがた出たばかりのようで、次の便まで十分ほど。すると雨が降ってきた。三日連続の雨だ。おそらくは三人もこの雨を見て緊張感を持っている事だろうな。背後にあるビルの軒先にお邪魔して雨宿り。遠くにバスが見えたが、行き先が違うのでまだ待つ。


 まずい事になった。非常にまずい。物凄くまずい。

 間違いなく私のいる真上から悲鳴音が鳴る。物凄い強風で体が浮きそうになり、そのままゲートに吸い込まれそうだ。ガードレールを掴みしゃがみ込む。上を見るとやはり赤い侵略者がいる。そのすぐ近くに追加で二つのゲートが開く。赤鬼三体の同時襲撃だ。

 ……私は見てはいけないものを見てしまったようだ。開いた三つのゲートの先、何も無い黒い空間に浮かぶ無数の血走った瞳。あれが全て侵略者なのだろうか。何十、何百……そんな簡単な数ではないだろう。あんな数が一斉に攻めてきたらどうなるか、想像するまでも無い。正気を保つのがやっとの状態の私を尻目に、静かに閉じるゲート。

 女性の髪切り声が上がる。その声により意識が戻り、一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出す周囲の群衆。

 ゲートの先に魅入られた私は逃げるのが遅れてしまった。荷物を持っているので余計に動きが遅い。冷静ではない私の脳内には、買い物袋と自分の命とを天秤にかける余裕など無いのだ。もたもたしている私の、すぐ目の前に降りてくる赤鬼。退路を塞がれてしまった。

 「くそっ、違う道は無いか? ビルの隙間を通るしかないか」

 近くのビルとビルの狭い隙間に入り通り抜けようとする。しかしすぐダンボールに隠れた鉄格子に行く手を遮られてしまった。違う隙間を……と思い顔を出すと、既に赤鬼は動き始めていた。

 (やらかした……これじゃあ出られんぞ。見つからない事を祈るしかないか)

 転がっていたダンボールで即席の壁を作り身を隠す。


 まずは深呼吸し冷静に彼女達と接続を。荷物を置き、携帯電話を取り出す。ソフトを起動し接続を試みる……が、中々繋がらない。先に青柳と繋がった。

 「青柳まずい、巻き込まれた。身動きが取れない」

 気が付かれないようにと小声で喋る私。言い終わる前に三人も接続してきた。私の言葉の一端を耳にした三人と青柳は一斉に焦り始める。

 「え!?」「工藤さんどういう事?」「大丈夫ですか!?」

 「すみません、私が素直に商店街に向かっていれば……」

 「今はそんな悠長な事言っている場合じゃない!」

 しまった、声が大きくなってしまった。ダンボールの壁から少しだけ顔を出し、周囲を確認する。

 (気付かれなかったか)

 と思ったのもつかの間、ビットの一体が目ざとく私を見つけ飛んできた。鉄格子とビットに挟まれる私。目の前数センチでまんじりと私の恐怖に引きつった顔を眺め、憎たらしく舌を出し笑い声を上げる生意気な小鬼。私の手からは携帯電話が滑り落ちた。彼女達と青柳の声が聞こえるが、目の前の状況に眉一つ動かす事が出来ない。眉間を這うものが雨か冷や汗か分からない。


 私の様子に危険はないと判断したのか、背を向けるビット。このまま赤鬼に報告されでもすると、いよいよもってまずい。ビットだけならば、こちらの世界の戦力でもどうにかなるのは見てきた。ならばこいつだけでも!

 喧嘩など生まれて一度もした事はなく、拳を握る事すらなかった私だが、もうそんな事は言っていられない。自らの命は、自らで守るしかないのだ。右手を強く握り、全力で振りかぶった。

 今まで経験した事のない強い衝撃が右腕に走る。狭い場所なので動ける範囲もなく、背を向けたままだったビットに、私の初めての拳は見事命中。意表を突かれたビットは転がりながら路上へ飛んでいく。しかし倒れて気を失っているかのようには見えるが消滅はしていない。

 「あれが目を覚ます前に逃げるか」

 しかし私に殴られたビットに赤鬼が近付き、そして飛ばした相手、即ち私を視界に入れた。血走り発狂しているかのようなそれと目が合ってしまう。すぐさま近付き腕を伸ばしてくる赤鬼。幸い狭い隙間なので、物凄くガタイのいい赤鬼自身は引っかかって入って来られない。伸ばす腕もギリギリ私には届いていない。それでも目の前に死の存在する光景に、恐怖心がこれでもかと掻き立てられる。早く来てくれ子供達!


 鉄格子に張り付いていると、後ろから突き飛ばされるように押された。焦って手を壁につけ突っ張る。振り返ると鉄格子の向こうからビット三体が私の体を押している。全力で踏ん張る私。赤鬼の腕はあと数センチで私に届く。ここで力尽きれば待つ結果は一つだけだ。

 一体どれほどの時間この攻防をしていたのだろうか。私の感覚だけでは一時間にも二時間にも感じたが、実際は一分ほどだろうか。赤鬼がちらちらと周囲を気にかけ始めた。彼女達かと思ったが、サイレンが聞こえるので警察が来たのだ。ならばこの状況を打破するためにも何か動かなければ。

 ……全力で殴ったビットは未だに気を失っている様子だ。ならば全力で体当たりをすれば赤鬼も体勢を崩す事くらいは出来るのではないか? もしも怯ませる事が出来れば、その間に逃げる事も可能だろう。私も体力的に限界が近い。このままでは彼女達が到着するよりも先に私の体力切れになるだろう。ならば選択肢は一つ、運動不足のこの老体に賭けるしかあるまい。赤鬼が私から目を離した隙を狙って全力で体当たり、そのまま逃げる。やる事は単純だ。後はその瞬間を見逃さないだけ。


 「……今だ!」

 赤鬼が目を逸らし隙が出来た。ビットに押されていたので初速が付いた私はそのまま右肩を出し体当たりをかます。赤鬼の体はまるで鋼のように固いが、それでも五十八歳の全力体当たりにたじろぎ、隙が出来た。ぎりぎりで横をすり抜け、路上へと走り出す。


 むにゅっ!

 嫌な感触の何かを踏んだ。そして足が滑り転んでしまう。

 (痛っ、足捻った……)

 振り返るとビット三体が私の上に圧し掛かってきた。これでは立ち上がれない。足元にはもう一体のビットが……消滅した。そう、先程殴って失神させたビットを踏んで転んでしまったのだ。そして私に踏まれ、その衝撃でビットが消滅。まさかの偶然とはいえ、私一人でビットを一体倒した事になってしまった。

 しかし状況は最早最悪以外の何者でもなく、目の前には両手を組み、拳を振り上げる赤鬼がいる。以前大型二体挟み撃ちの時には、偶然にもナオが来た時の爆風で助かったのだが、今回はそのような偶然など起こりそうもないな。ゲル状の敵を除く、通常の侵略者の襲撃での最初の死者が、まさか私になるとは思っても見なかったなあ。しかし走馬灯なんて見えないじゃないか。見えているのは眼前の赤鬼だけだ。

 狙いを定め一層大きく腕を振り上げる赤鬼。最後の抵抗にと最大の眼力で睨みつける私。振り下ろされる両腕。


 突然腕の動きが止まる。赤鬼の腹部を斜めに光が走る。淡く赤色に染まっていた光の先、雨に濡れた路上に水しぶきが上がっている。私を押さえるのを止め、逃げる三体のビット。

 「……ああ、間に合ってくれたか」

 緊張の糸が切れてしまい、力が入らなくなる私。完全に腰が抜けてしまった。

 「工藤さん! 工藤さんっ!!」

 今にも泣きそうな顔をした赤い頭の子供が見える。

 「生きてるよ。だから泣くな」「まだ泣いてないもん!」

 私の半身を起こし、抱えて飛ぼうとしている。しかしまだ戦闘は終わってなどいない。

 「俺はいい。まだやる事が残っているだろ。先にそれを済ませろ」

 私の指示に「はい!」と返事をし、街路樹の影に降ろしてくれた。しかしいつもの光は赤くなどなかった。今の光は何故淡い赤色に輝いていたのだろうか。無事に帰る事が出来たのならば、聞き出さなければな。


 サイキを見送った所で上空から更に黄色と緑色の光が降ってきた。それで想像はついた。それぞれの一撃で赤鬼の本体は消滅。残るは十一体のビットだ。それらの多くは司令塔を失い統率が取れなくなったのか、あまり動かなくなってしまう。

 広い路上、車も既に退避済みなので、彼女達の動きが一目瞭然だ。動きのあるビットはサイキが切り倒し、固まっているビットはナオが突き薙ぎ払い、上空へと逃げた者はすべからくリタに撃ち落される。戦場を挟んだ反対側を見ると青柳も銃を構えている。格好良いぞ青柳。そうだ、リタの銃はどちらも大型なので一撃の攻撃力はあるが、とりまわしが大変そうなのだ。このようなビットや小型侵略者用に、青柳の持っているような拳銃を作らせてみると良いかもしれない。サイキとナオにはまた当分は武器の更新を待ってもらう事になりそうだ。


 数分後、最後のビットを倒した彼女達が私の元へと駆け寄ってくる。皆泣きそうな顔をしている。いかんな。こんな子供にこんな心配をかけてしまっては……。街路樹に寄りかかりながら立ち上がり、見た目から大丈夫である事を示す。

 「大丈夫だ、多少怪我はしているが命に別状はない。ほらほら泣くなよ。悪かったよ、心配かけてすまなかった」

 三人の頭を撫でると、頷いてくれた。青柳も走ってこちらに来た。

 「赤鬼三体とビット十一体は確認しました。一体足りない」

 「えっ!? どうしよう」

 焦る声を出す四人だが、その真実は誰よりも私が知っている。

 「あ、ごめん。その一体だけど、俺が倒した」

 「え? ええーー!?」「工藤さんが倒した? 一人で?」

 驚く四人。まあそうだろうな。偶然とはいえ、五十八歳の、一介の下宿屋主人、つまりただの一般人が、たった一人で侵略者のビットを撃破せしめたのだから。


 状況を話す前に、とある一団が寄ってきた。いままでで一番まずい状況かもしれない。偶然近くで取材をしていたテレビクルーが目ざとく我々を見つけたのだ。

 「お三方は一体何なんですか? どういうご関係なんですか? 親しげでしたけどあなたは一体誰なんですか?」

 むう、ここは私が盾となり三人を逃がそう。

 「これ生放送?」

 「え、はい。お昼に見兼ね屋という番組です」

 カメラの前に立ち、後ろ手で逃げろと指示を出す。それに従い、三人は学園以外の三方へとそれぞれ飛んでいく。言わずとも分かっているじゃないか。私はそのまま一般人を装いインタビューを受ける事にした。

 「あ、ちょっと!」

 「おー俺全国デビューか! 長月荘の皆見てるー? あの事よろしくー」

 年甲斐もなくおちゃらけて見せる。勿論彼女達のためである。ついでに重要な言葉も混ぜ込んでみた。帰ってからのSNSの反応が楽しみだ。

 さてこのテレビクルーだが……うん? この女性リポーター、河川敷でサイキに助けられたリポーターじゃないか。そういえばあれ以来、菊山市専属のような扱いになっていたな。ならば私のSっ気を全開にしてやろうではないか。

 「それよりもあの子供達とはどういう関係なんですか?」

 「ん? 前にも助けて貰ったから顔を覚えていたっていうだけだよ。まさか命の恩人の顔を忘れるとか有り得ないだろ? ましてや非難したり叩いたりなんてなー」

 「……」

 一瞬黙ってしまうリポーター。私の攻撃は彼女の心のど真ん中に見事命中したようだ。

 「警察です。よろしいですか?」

 青柳が割って入る。後は青柳に任せよう。私はビルの壁に手を突いた時に左の手の平を切ってしまったのと、ビットを踏んで転んだ時に足を捻ってしまったので、念の為に病院へ。そういえば荷物を放置したままだ。携帯電話も落としているし、拾ってこよう。

 「それは我々でやります。まず病院へ」

 青柳にならば任せておけば大丈夫だろう。



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