奔走戦闘編 6
興奮冷めやらぬ私だが、時計を見るとお昼を回っている。一旦気持ちを落ち着かせる為にも、全員に心からの昼飯を用意しよう。
私が作ったのはオムライス。ちょっと子供っぽいかなとは思ったが、恐らく私が一番自信を持って出せるのがこれなのだ。玉子はオムレツ状、半熟で後から割って広げる仕様にした。ソースはデミソースとケチャップの両方を用意し、好みもあるだろうから各自で選んでもらう。オムレツを割ると半熟でやわらかい黄身が溶け出す。スーツ姿の大人五人から小さな歓声が上がる。
「レストランみたいですね。これは美味しそうだ」
「そういえばオムライスなんてしばらく食べてないなあ」
各々にまるで子供のように目を輝かせている。一口食べるなり笑顔が広がり、私の選択が正しかった事を物語る。スーツ姿の大人五人が無言になり、一心不乱にオムライスを食べるその光景は一種異様なものがあり笑えてくる。ものの数分で全員見事にご飯一粒も残さず完食。お粗末さまでした。
「いやー美味しかった。本当にお店を出せますよ。霞ヶ関に出店しませんか?」
「いやいや、私はあくまで一介の下宿屋の主人ですから」
公安さんの冗談は恐ろしい。さて、大きな子供五人の笑顔を以って、小さな昼食会はお開きとなった。
昼食も済み話を再開する。私は自分のパソコンを立ち上げ、長月荘SNSに繋げる。
「我々も改めて力をお貸し致しましょう」
公安さんからの嬉しい申し出なのだが、私にはこれを外部には触らせたくないという気持ちが働いた。長月荘は誰の物でもない、私の世界なのだ。
「いや、お気持ちは嬉しいですが、ここは長月荘だけでやらせていただきたい。長月荘の問題は住人皆で解決する。それがここの掟ですから」
公安さんは大きく笑い、いつでも力は貸すと約束してくれた。
さあ始めよう。我々長月荘の戦いを。
「長月荘住人全員への本気の司令を出すぞ。今から書く百年前に消えた三名に関する血縁者を探し出せ。全力で探せ!」
私が書き込むと嬉々として動き始める歴代の住人達。益々面白い事になってきたぞ。
数分もしないうちにあっさりと一人目、女性鍛冶屋という珍しさが功を奏したのか、池田千鶴の血縁者に手が掛かる。
「僕の婆さんの姉妹が確か鍛冶屋で、池田性だったはず。親戚に聞いてみます」
残りの二名に関してはまだ時間が掛かりそうだ。
そうだ、例え全てが繋がっても、それを世間に示す事が出来なければ駄目だ。
「渡辺、お前の知る限り長月荘で一番偉くなってる人間って誰だ?」
途端に難しい表情をした渡辺。しばし考えてからどこかに電話を掛ける。少ししてから無言でその電話を私に取り繋いだ。誰だろう?
「……もしもし。長月荘の工藤ですが」
「もしもし、お久しぶりですね。長谷川誠二郎です。二十年来でしょうか。お元気そうで良かった」
「二十年前の長谷川誠二郎……確か勉強のし過ぎで倒れて救急車で運ばれた、あの長谷川か?」
「良く覚えていますね、そうです。おかげですっかり”偉い人”になりましたよ」
何と懐かしい。長谷川誠二郎、就職をした後になって再度最高学歴の大学に入ろうと、わざわざ実家ではなく、ここ長月荘で一人延々と勉強に勤しんでいた変わった奴だ。確か親が自分の夢を分かってくれないとかで、貯金を切り崩してまで下宿していた。あまりにも根を詰め過ぎていたせいで食事を取るのも忘れ、そのまま意識を失っている所を発見されるという、とんでもない変り種の勉強家だ。おかげで無事に大学に合格し、その後長月荘を出てからの行方は知らなかった。
「いやあ懐かしいな。今日は本当に忘れられない日になるなあ。偉い人になったって、一体どれくらい偉くなったんだ?」
「えー、そうですね。工藤さんは現在の総理大臣をご存知ですか?」
「総理大臣? 結構若い人だったよな。えーと確か山田だっけ。山田誠じ……いや冗談だろ? さすがにそれは信じないぞ!?」
「ははは。まあそうでしょうね。その反応が正しいですよ。っと、申し訳ない。すっかり”偉くて忙しい人”になってしまいまして、分刻みのスケジュールなんですよ。後は渡辺さんに聞いていただければと。また時間を作ってお話致しましょう」
「あ、えっと、お疲れ様です」
「ははは。お疲れ様です」
電話が切れる。唖然呆然。渡辺と目が合うと、ニヤリと笑いやがった。
「お前いつから……いや、長月荘はどれだけとんでもない”縁”を運んでくれば気が済むんだよ、全く」
我ながら長月荘にはほとほと呆れ返るばかりだ。二十七年の時を越えて繋がるノートに始まり、別の世界からの子供達、最後は現役の内閣総理大臣だぞ。信じられん。
「マスコミ対策で俺以上の人に力を貸してもらったって言った事があったよな? こういう事なんだよ。ただ政治っていうのは黒い部分もあるからな。工藤さんにはあまりそういう所に近づいてほしくなかったんだよ。俺もあの人もな」
「そして、その繋がりで私がここにいる、という事です」
公安さんが最後に締めた。なるほど、全ては既に繋がっていたのか。よし、ならばこのとんでもなく大きな武器を振るわないのは勿体無い。存分に使わせてもらおう。
「そうしたら公安の方は研究所と組んでこのまま最初の侵略者と、もしかしたら更に昔に来ていた奴がいるかもしれない、その可能性を探って下さい。相手がビットであれば大人が数人いれば捕まえられるはずです。ただし捕獲して実験する、というのはあの子達から危険だと言われているので、そのまま倒すべきです」
頷く公安さんと研究所の二人。研究所の所員の黒田からお願いが出る。
「あの、改めてサイキさんに謝罪を申し上げたいので、彼女が帰宅次第、我々にチャンスをいただけないでしょうか?」
まあそうだな。サイキのトラウマも解けるかもしれない。
「彼女達はおおよそ夕方六時半から七時の間に帰ってきます。その間に来ていただければいいでしょう」
頭を下げる二人。とりあえず後は住人達からの報告待ちなので、一旦解散する事となった。私は青柳に商店街まで乗せてもらう事にする。昼に頑張り過ぎて卵が在庫切れを起こしてしまったのだ。公安さんは渡辺と一緒にどこかへ、研究所の二人は再度襲撃場所を回って情報を収集するそうだ。
「今回の事は、あの三人には世間に公表する時まで秘密にしておこう。先に知らせておいてからの外れた時の精神的な部分を考えたら、その方が良いだろう」
という私の提案に全員が同意。さて、今日はまた美味い晩飯を作らなければ。
書いてから総理大臣はやり過ぎたと思ったものですが、フィクションだからいいよね。




