表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
奔走戦闘編
65/271

奔走戦闘編 5

 私はまるで昨日の事のように鮮明に思い出していた。二十八年前、長月荘に下宿人第一号を迎えたあの日の事を。


 ――その人は、当時長月荘の近くにあった、移転前の市立病院に息子さんが入院しており、より近くに居たいという一心のみで長月荘へとやってきた。名前は林優子。息子さんの名前は林正弘。母子家庭であるが、当時駆け出しの下宿屋だった長月荘と私達夫婦にとっては、何物にも代え難い経験をさせてくれた大きな家族だ。

 息子の正弘君は重い病気であり、あまり体が丈夫ではなかった。そして優子さんは毎日献身的に通いつめていた。最初の頃は長月荘に居る時間よりも病院に居る時間のほうが長かっただろう。しかしそんな彼女も体調を崩し寝込んだ事があった。ならばと私と妻が交代で正弘君を見舞いに行ったのだ。

 体調がある程度回復し、一時帰宅の許可が出た正弘君は長月荘で我々と過ごす事になった。その頃には更に三人の住人を迎えていた長月荘は、とても賑やかだった。


 いつだったろうか、正弘君が図書館に行きたいと言い始めた。当時まだ車を運転していた私が足代わりとなり、よく市立図書館まで送り迎えをしていた。その時に必ずある一冊のノートを持参していた。

 半年ほど過ぎた頃、体調の悪化した彼は再度の入院を余儀なくされてしまう。その頃には既に”長月荘の問題は住人皆で解決する”という掟が出来上がっており、住人が代わる代わる彼のお見舞いに行っていた。もちろん皆自主的にそう決めたのだ。

 しかしそれもあまり長くは続かなかった。正弘君の容態は日に日に悪くなり、長月荘が一周年を迎える頃には面会謝絶の日が多くなっていた。その度に優子さんは謝っていたが、誰一人として咎める者など居なかった。


 年末年始を終え、二月に入ろうかという所で、残念ながら一つの若い命の灯火が消えてしまった。最早入院費の支払いで下宿代も滞納していた優子さんだったが、我々はそれを受け取る事はしなかった。思えば後にも先にも、下宿代を受け取らなかったのはその時だけだ。葬儀代も出せないであろう事は明白であったので、長月荘全員の意向により、小さいながらも手作りの葬式を執り行う事となった。

 当時の住人の知り合いに寺の住職の息子がおり、その伝で坊さんも格安で呼べた。今にして思えば、あの頃から既に長月荘の”縁”は発揮されていた。

 焼き場代は芦屋家が全額負担してくれた。当時まだお金の有り余っていた豪農芦屋家だからこそのありがたい申し出だった。優子さんが何度も何度も深く頭を下げていたのが印象に残っている。

 全てが終わり、優子さんが長月荘を出て行く日が来た。その時、正弘君が図書館に必ず持って行っていたノートを私に渡してくれた。

 「正弘が、自分の生きた証を長月荘にも残しておきたいと言って書いていたものです。正弘が何でこれを題材に選んだのかは分かりません。あの子自身も漠然とした確信だと言っていました。あの子の遺志を受け取っていただけますか?」



 ――時間を現在に戻そう。私は侵略者が全て菊山神社を中心点とした直線上に出現しているという話を聞き、それを思い出したのだ。正弘君が遺した一冊のノートを探す。血相を変えて自室に飛び込む私を追い、スーツ姿の五人も様子を見に来る。

 「えーとあのノート何処に仕舞ったかなあ、どこいった……」

 あれから二十七年も経っており、記憶の片隅にあるノートが何処にあるのかは既に分からなくなっている。押入れを開け、ダンボールを片っ端から漁って行く。そんな私の一種異様な行動に青柳も加わる。

 「青いノートを探してくれ! 林正弘っていう名前が入っている奴だ!」

 押入れのダンボールを片っ端から引っくり返してみるが出てこない。ならば考えられるのは私の机だけだ。

 上段には無い。次、無い。更に次、無い。最後、一番下の段だ。うーん……。

 「……あった! いやあ懐かしいなあ!」

 一番最後、最下段の引き出しの更に一番下から出てきた。まるでずっとここで待っていたかのようだ。

 「そのノートは何なんですか?」

 「この長月荘の下宿人第一号、林優子さんの息子、正弘君が遺してくれた今回の最大のヒントだよ。まさか二十七年も経って、これの意味を知るとは思わなかった。とんでもなく長い時間をかけた”縁”だな。いやー参った。はっはっはっ」

 既に気分が最高潮に達していた私は、自分でも気が付かないうちに泣いていた。いかん、これではサイキに負けるじゃないか。

 「俺達にも分かるように説明してくれよ」

 渡辺の言う通りだな。私だけが盛り上がってしまっている。

 「正弘君は体が弱くてな、出会って一年ほどで亡くなってしまったんだが、彼は自分が長月荘に居た証拠としてこれを書き上げていたんだ。内容は菊山神社の歴史。今の今まで何故菊山神社なんかを題材に選んだのか全く分からなかったんだが、全てはここに繋がっていたんだな」

 「馬鹿馬鹿しい、そんな奇跡ある訳が……まあ長月荘なら不可能じゃないけどな。そう信じさせてくれるんだよなあ、不思議と」

 私と渡辺はすっかりしんみりムードだ。しかし青柳に促され気持ちを切り替える。一旦居間に戻り、ノートを紐解こう。


 「俺の記憶ではかなり詳しい所まで調べ上げていたはずだ。どこかに重大なヒントがある。絶対にな」

 ノートによると、菊山神社は全国的にも珍しい魔寄せの儀式を行っており、歴史的には四百年ほどだそうだ。

 魔寄せの儀式とは、魔や厄を集め封印する事で周囲の平和を願うという、逆転の発想のようなものらしい。また魔を寄せる以外にも”間”つまり間隔や時間等も寄せて集めるので恋人同士の間隔が縮まる、更には”真”も同じ読みが出来るという事で、真実に近付くためにお参りする人もいるという。

 「魔とは我々の場合、侵略者という事になりますね。そして空間を寄せるので別世界からのゲートも繋がりやすい。故に侵略者や彼女達がここ菊山市に吸い寄せられるように集まった、という考え方も出来ますね。こじ付けレベルではありますが……」

 歴代の宮司まで書いてある。とんでもない調査能力だな。他には……周辺での事件簿か。もしかしたらヒントが眠っているかも。

 「えーと、三百年ほど前に地震で一度倒壊しかける、菊山冬祭りの原型が出来る、戦渦に巻き込まれる……特に有用なのは無いかな? あ、いや待て! 八十年ほど前って事は今からだと百年ほど前、祭りに参加していた三人が神隠しに遭った事件がある。これ、時期的に彼女達の世界に侵略者が現れた時期と合致してる」

 「どういう事件でしょうか? 詳細は書いてありますか?」

 「驚くほど細かく書いてあるぞ。……あー……そうか。そういう事か! こりゃーいいや! 最高だ!」

 私の反応に五人も引き付けられ、早く教えろと催促される。


 「いいか、まずは状況が書いてある。冬祭りの準備中、突然強い突風が吹き、屋台をなぎ倒した。そして手伝いに来ていた三人が忽然と姿を消した。人々は三人が魔に魅入られていたのだと噂し、だから神隠しに遭ったのだろうと恐れ、以降その案件を語る事は禁じられてしまった」

 「突風に三人……どこかで聞いた事のある話ですね」

 「ああ、そして神隠しに遭った人の詳細も書いてある。正弘君は凄いな……感謝しきれないな」

 また泣きそうになるが、どうにか堪える。歳を取ると涙もろくなって困る。

 「行くぞ。一人目。菊山市の剣道場の女性師範、佐伯トミ、当時二十九歳」

 「その名前……まさかな」

 「二人目。近くの漁村の巣潜り漁師、直嶋篤太郎。当時三十二歳」

 「ナオシマ……」

 「三人目。菊山市の女性鍛冶屋、池田千鶴 当時三十四歳」

 「うーん、最後の鍛冶屋は繋がらないんじゃないか?」

 「いや繋がる。64式を見せてもらった時、自衛官の久美って人が言ってただろ。鍛冶屋も銃をコピーして作っていたって。しかもあいつは技術者。作る事に関しては一級品だ。バッチリじゃないか」

 もう私の中では確信などという言葉では言い表せないほどに、完全にパズルのピースがはまっている。もうこれしか考えられない。今までの全てがこれしかないと指し示しているようにしか思えない。

 「しかし確たる証拠が無ければ糠喜びです。名字が一致しただけでは……」

 「ああ、そうだな。……恐らくは親戚がまだ居るはずだ。それを見つけ出して……」

 見つけ出してどうするかと、肝心な所で思考が止まってしまった。すると、研究所の黒田が最後のヒントを出した。

 「DNA鑑定をして、子供達との血縁関係が認められれば……」


 「三人はこの世界の血を引いている!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ