奔走戦闘編 1
健康診断と精密検査も終わったので一旦外に出て青柳に連絡を取る。
「ここからだと三十分ほどかかると思いますので、それまでは待機でお願いします」
「そうか、じゃあ俺も三人もいい加減腹減ってるから食堂にいるよ」
と言うと電話の声が変わる。この声は……。
「さーて私は誰で……」「渡辺」
ざまあみろ、言い終わる前に差し込んでやったぞ。
「はえーよ。まあ正解だ。ちょっと青柳が閃いたって言うんで直接話を聞いていた所だ。三人は元気にしているか?」
「ああ元気だよ。健康診断の結果では散々だったのも一名いるけどな」
話の内容を察してか目を逸らすサイキ。
「はっはっはっ、誰かは予想出来ちまうな。そうだな、青柳からの依頼に結論が出たらまた会おう。じゃあな」
「お前も元気でな」
食堂で遅い昼食、というか時間的に間食を取る。沢山食べると夜が入らないだろうから併設の売店でおにぎりを一人一個買って食べる。表情からサイキは診断結果にかなり凹んでいる様子。ナオは余裕、リタはお構いなし。
「戦闘は体が資本だから、実際に面と向かって言われちゃうと昔の自分が滑稽に思えて、もっと前を向いていればなあって」
「今は前を向けているんでしょ? なら今から体を大切にすればいいじゃないの。私だってそんな無理をして体を壊すような事はして欲しくないわよ。リタ、あんたにも言ってるのよ」
「リタは無理はして……ううー」
口篭ってしまうリタ。散々言われてようやくその意味が分かってきたようだ。
「それで、いつサイキは私達に秘密を打ち明けてくれるのかしら?」
勢い良く突っ込んでいくナオ。会話でも一番槍を発揮するか。
「せめて装備の分だけでも教えてくれないと、本当に困るです」
リタの援護射撃も決まる。さあどうするサイキ。
「……もう分かった! 白状します! でも帰ってからね。さすがにここでその話は出来ないし」
それを聞いてナオが小さく一言「撃破成功ー」と嬉しそう。リタもにんまり。溜め息を吐くのはサイキだけ。
そうこうしていると青柳が来た。
「渡辺が言っていたけど、閃いたって何を閃いたんだ?」
「結論が出てからのお楽しみです」
おっとこちらにも秘密を仕舞い込んでいるのがいたか。
帰りの道中は私も三人も寝てしまっていた。到着してようやく目を覚ます我々。
「皆さんお疲れだったでしょうから、起こしませんでしたよ」
ナイス気配り。さすが青柳。
青柳にはそのまま長月荘に残り、サイキの秘密を知ってもらう事にした。ついでに晩飯も一緒に食べようという事に。
「さて、言ってもいい事と言いたくない事をまずは分けてもらおうかな」
到着し一息ついた所でサイキの秘密を聞き出す。
「……過去の事と体の事は言いたくない。だから隠してあった装備の話だけ」
過去の話の一端は既に知ってはいるのだが、それを言うとサイキのナオに対する印象が悪くなるのは目に見えているので隠しておこう。……うむ、私も秘密持ちだな。
「まず、ナオとリタみたいに、標準装備では足には身体強化と飛行用の簡易姿勢制御装置しか組み込まれていません。そこに私は飛行用ではない本格的な姿勢制御装置と空間アンカーとトラバーサーを追加で仕込んでいます。私の足元が義足のおかげでそれだけのスペースが確保出来ています。ここまでは大丈夫ですね?」
全員無言で頷く。サイキからは大きな溜め息が漏れる。
「はあ、どうしようかな……」
小さく呟く一言に、本当は嫌なんだ、言いたくないんだという本心が見て取れる。しかしここは心を鬼にして聞き出さなければ。
「えーと、そこに更に三つの装備を仕込んであります。つまり装備の変更が一つに追加が五つ。本当にそれ以上はありません。スペースも無いし」
「一応改めて聞くけど、危険性のある装備は入っていないんだな?」
「……危険かどうかはこの先の話で判断して下さい。私からは何とも言えない」
一呼吸置き、全てを話し始める。
「まず一つ目の隠していた追加装備が重力制御装置です。一人乗りの小型船舶用のを拝借して入れています。これを入れる前は本当によく疲労骨折を起こしていたんだけど、それを防ぐ目的で入れてあります。……体を労わるんじゃなくて、より長く動けるようにっていう歪んだ理由だけど」
戦闘狂と言われるだけあって、やはり理由はまともでは無いな。ナオもリタも、これは予想していた様子。
「やっぱりね。さすがに船舶用は大袈裟だけど、重力制御は入れてあると思った。じゃないとあんな動きをずっとしていたら、体がバラバラになるわよ」
「実際バラバラになりかけて、それで……えっと、次行きますね」
もうそこに秘密があるのがバレバレである。この子は嘘や秘密が下手だ。
「その前に、小型船舶用の装置がその義足の中に納まるものなんでしょうか?」
青柳からの質問が入る。確かにサイズ的におかしい事になる気がする。それにはサイキではなくリタが答えた。
「小型船舶用ならば、かなり小さいので問題は無いはずです。それに形状が必要な装備でもなければ、大抵は仕舞った状態でも使えるようになっているです。飛行ユニットは翼の形成に装備自体が必要でも、レーダーは探知装置を仕舞ったまま使えているのと同じです。つまりこの場合、義足のサイズと装備の大きさはあまり関係なく、義足の分、収納容量が増えていると考えるです」
なるほどな。そう考えれば姿勢制御装置等も何処にあるのか分からなくてもおかしくはない訳だ。
「話しを続けるね。次に追加してあるのが、同じ船から拝借した小型の反重力ブースター。動きの初速を上げる為に組み込んだけれど、さすがに人の体には大き過ぎて出力を四分の一まで抑えてます。最初全開で使った時は本当に死に掛けたから」
そう言いスーツの足の裏を見せるサイキ。一センチほどの小さな丸い穴が縦に四つ並んで見える。
「この一つ一つがブースター。このサイズでも本気で吹かせば一瞬で百キロ以上の速度が出ます。大きいサイズになると十メートル以上になるので、これは本当に最小サイズの物を使っています」
頭を抱え呆れるナオとリタ。二人の反応を見るだけで、とんでもない物を仕込んでいるのだと言うのがありありと分かる。
「ブースターってあんた……。信じらんない」
「予想の斜め上です。まさか最後はサーカスだったりするですか?」
「サーカスなんて人に積み込めるはずが……」
ナオの言葉に割って入るサイキ。
「ごめんなさい。リタ当たり」
それを聞いてテーブルを叩き激昂するナオ。
「はあ!? あんた、馬っ鹿じゃないの!? そんなもの人に使っていいはずがないでしょうが! ほんっとうに……呆れるしかないわ」
「サイキ、今後は絶対に使用禁止です!」
ナオはともかくリタまで強い口調だ。その語気に圧倒されるこちらの住人二名。サイキは今までで一番縮こまっている。
「えーと、説明してくれる?」
ここも技術者のリタが説明に入る。
「サーカスとは簡単に言えば超光速航行装置です。主に星系間航行用の超大型船舶に使われていたもので、ブースターで初速を付け重力圏を突破、サーカスで速度を上げ、空間圧縮装置でワープをするという流で移動するです。小型船舶にも対応したサイズのはあるはずですが、生身の人間に使ったら一瞬で全身が破壊されるレベルの代物です。そんなものを組み込むだなんて、最早正気の沙汰じゃないです」
「超光速って、そりゃー怒られて当然だ。こっちに来てから使った事は?」
「……ない。ブースターもゲル状の奴の時と、大学での自爆した大型を蹴り上げた時だけ。本当だよ。本当にそれ以外ではブースターもサーカスも使ってない」
「昔は使っていたんでしょ? 何考えてるのよ全く」
「あの頃は――うん、使ってた。使う度に体が壊れてた。だから今はもう使わない。約束します」
「当たり前でしょ!」
とりあえずナオをなだめる。
「まあまあ本人は反省しているみたいだし、それくらいに、な?」
「……甘いなあ工藤さんは。でも、本当に反省しているようだからここまでにしておいてあげるわ。もし今度サーカス使ったら、もう捨て置くからね」
「ごめんなさい」
サイキは何度謝っただろうかな。恐らくはまだまだ回数が増えそうだ。
「しかしあの散々たる診断結果の理由が分かったな。多数の疲労骨折に内臓ダメージ。そんなものを使っててよく生きてるな」
「……それは私の体の秘密に繋がります。でも、ここから先は本当に言いたくない。ごめんなさい」
また謝ったな。サイキがここまで謝るのも久しぶりな気がする。それだけ今回の事が効いているという事だな。しかしなあ……。
「話すには至らないって事は、やっぱり全幅の信頼ではないって事か」
「違う! そうじゃない!」
即座に全力の否定が返ってきた。ふむ、これはこれで嬉しいな。
「そうじゃなくて……わたしの心の整理がつかないだけで、工藤さんや皆を信頼していない訳じゃない。……うん、いつか必ず全てをお話します。だからそれまで待っていて下さい。お願いします」
頭を下げるサイキ。ならば我々の選択肢は一つしかあるまい。
「仕方ないな。選択肢なんて無いじゃないか。信じて待つよ」
「ごめんなさい」
また謝った。




