情報戦闘編 20
私と三人の、健康診断と精密検査の結果が言い渡される。井入医師が説明を始める。
「最初に、時間の掛かる検査結果に関しては、こちらから青柳さんに郵送させていただきます。それを持ってお近くの病院を訪ねて頂ければと思います」
何度もここまで来るのはさすがに難しいので、これは助かる。
「まず工藤一郎さんですね。えー、至って健康ですね。歳相応でしょう。ただし若干の運動不足かなあという所です。CT画像を見ても脳にも体にも問題点は見受けられません。MRI画像も同じく問題はありません。レントゲンを見る限りでも問題は無し。百点中九十五点といった所でしょう」
よし、まず私は問題なく突破。運動不足はほぼ毎日商店街との往復はしているが、やはり距離が足りないのだろうな。
「次にサイキさんですが……まずは胃カメラの結果から。結構荒れていました。ストレス性のものだと思いますが、皆さんの事情を鑑みるに仕方のない事かなあという感じですね。個別に料理を作る訳には行かないと思いますが、胃に優しい食事を優先する事をオススメします」
「穴が空きそうというほど? ではない?」
「そこまで酷くはありません。市販の胃薬を飲んでおけば大丈夫な範囲です。ただもう少し野菜を摂取するほうが良いかと」
安堵する私とは対照的に、本人は凹み気味。
「次にこちらがCTの脳画像なのですが、全体的には歳相応です。問題点も見られません。そして特に運動を司る部分に大きな発達が見られますので、何か普段から複雑な運動を行っているという事でしょう」
「確かにサイキに関しては義足なのも含めて、複雑な動きをする装備を使いこなして戦闘を行っているので、運動関係は強いと思いますよ」
「それならば納得が出来ますね。さてそれ以外の、身体CT画像ですが……正直私はこんなものを見た事がありません。事前に義足である事は承知していましたが、まさか体内にここまで太いケーブルが入っているとは思っても見ませんでした。おかげで画像の半分ほどが撮影出来ていません。よろしければ詳しく説明していただきたい所なのですが?」
「……ごめんなさい。秘密にさせて下さい」
「うーん、仕方ありませんね。無理強いはしません」
過去の詳細であったり、仕込まれている装置であったり、体内の構造であったり。サイキには秘密が多いな。まあ無理に全てを解き明かそうという気はないのだが。
「次にMRI画像ですが、義足であり体内に金属が入っているので撮影は行いませんでした。ご本人からの説明では大丈夫だろうとの事でしたが、確信のない状態では無理は出来ませんので」
「そしてレントゲン画像ですね。基本的にはCTと同じ結果で、体の半分以上が詳細不明な真っ白に写っています。しかしかなり身体に負荷を掛けていませんか? 見えている範囲だけでも過去に幾つもの骨折を起こした跡が見られます。内臓へのダメージも複数箇所見られましたし、表面上は綺麗でも中身はボロボロですよ」
肩を落とすサイキ。恐らくはそうではないかと思っていた。ナオからの話ではサイキは休み無く戦場に出向いていた。ならばこうなる事も仕方あるまい。
「一番実戦経験が多い子なので、どうしても傷は多いでしょうね。せめてこっちにいる時だけでも無理をせずにいて欲しいと思っているんですが、何せ頑張り過ぎる嫌いがあるので」
「なるほど。うーん、体内へのダメージは今も言った通りかなりありますし、ストレス性の胃への負担もありますが、健康面という意味では七十点ほどでしょうかね。良いとは言えないものの、そこまで悪くも無い。アドバイスとしてはもっと野菜を取る事と、ストレスの軽減ですね。内臓に蓄積されたダメージはそうそう回復するものではないので、長い時間を見ていくしかありません」
ぎりぎり及第点という所か。しかし野菜不足か……好き嫌いをしている様子はないはずなのだが、まさか食べるふりをして隠していたりしてないだろうな?
「そ、そんな事してないよ!」
まあ信じてやろう。ただし今度からは野菜多めだ。
「さて次にナオさんを見ていきます。結論から言うと全く問題なしの健康体そのものです。胃の中も綺麗ですし、CTやMRIでも問題はありません。えーと、種族が我々所謂ヒューマンとは少し違うとの事でしたが、脳の構造自体は変わらないと思います。それから全体的に脳のしわが多く、潜在的な能力ならば一番ではないかと。さすがに脳だけで全てが決まる訳ではありませんけどね」
にんまりとするナオ。医学的にも知将の才を証明されたか。
「レントゲンで気になるのは、骨の太さですね。失礼ながら身長に対する体重が平均よりも重かったので、華奢な体の何処に要因があるのかと頭を捻っていたのですが、ガッチリとした太い骨だったので謎が解けました。それに体に似合わず筋肉質でもありましたから、所謂アスリート体型なんですね。それと、恐らくまだ身長は伸びるのではないかと思います」
そんな所まで判明するのか。
「勿論これだけで全てが分かる訳ではありません。しかし先に聞いた種族の身体的特徴からしても、今後身長百七十センチ以上まで成長する可能性が充分あるかと。それから種族の一番の身体的特徴である尖った耳ですが、確かに内耳や脳の聴力に関する分野は我々よりも発達をしていると言えます。これはつまり三次元の立体的なバランス感覚に優れているという事にもなりますね。また総合的な身体バランスでもお三方の中では一番かと。百点満点のお手本のような健康体です」
どうよ、とでも言いたげな自慢顔を披露するナオ。テストでも未だに全教科百点を維持しているのだが、まさか健康診断でも百点を掻っ攫うとは。
「戦闘ならナオには負けないもん」
対抗意識を燃やすサイキ。
「お前はもっと自分の体を労われ」
と言うとまた小さくなる。
「最後にセルリット……」
「リタでいいです」
「ごめんなさい。リタさんですが、我々とは違う獣人種との事でどうなのか私も興味があったのですが、とりあえず内臓の配置に関しては我々と同じでした。しかし容量の比率に違いが見られまして、肺や心臓が大きいので長時間の運動に向いているはずです」
「その割にはあまり動かないよな」
「頭脳労働のほうが性に合っているです」
まあ本来戦闘要員ではなく技術者として生活してきたからな。
「うーん、恐らくですが、しっかり基礎体力を身に付ければお二方よりも持久力は上になると思います。それこそサッカーを一試合やっても汗一つかかないような事になるんじゃないかと思うんですけどね。ちょっと勿体無いですね」
面倒そうな顔をするリタ。発破をかけてみるか。
「持久力があればそれだけ戦力になるって事なのになー」
「うう……少しだけなら、頑張ろう、かな」
ちょろいな。やはりリタは自分が戦力外となる事を最も恐れている。リタの中では戦闘能力のみが戦力となっていて、技術支援を戦力とは見なしていないのだ。
「胃の中はサイキさんほどではありませんが、少し荒れていますね。ストレスではなく疲労が原因だと思います。他の結果から見ても結構疲れが溜まっていると思いますよ。寝不足だったり不規則な生活になっていませんか?」
「技術者として動けるのが夜だけなんですよね。だから結構無理をしているのかも」
「戦闘に出ている二人に比べたら、これくらい無理のうちに入らないです」
「……という事で無理してますね。こいつ」
ばつの悪い表情になるリタ。お前の考えている事なんてお見通しなんだよ。
「次にCTとMRI画像です。他二人と比べて見ると分かりやすいのですが、脳の容量といいますか、大きさが体のサイズから考えるとかなり大きいです。その年齢で技術者との事ですが、これならば充分納得出来ますね。それだけではなく、運動能力もかなり高いはずです。やっていないだけで、やれば出来るという事ですね。内蔵の容量から考えても本当ならば他の二人以上に動けるはずですよ」
得意げな顔のリタ。
「でもやらないんだろ?」
と言うと頬が膨れる。つついてやろうか。
「そして……これですよね。耳の構造」
大きく映されるリタの耳の周辺画像。その構造が人とどう違うのかは、一般人の私の目ではいまいち分からない。
「こちらに犬のCT画像を持ってきました。こう見るとやはり人間よりも動物に近い構造なのが見て取れます」
二人とリタ、そして犬のCT画像が並ぶ。確かに人間よりも犬に近い。
「うーん不思議なものです。人間は猿から進化したと言われますが、リタさんの種族の場合は犬や猫から進化した結果だと言ってもいい気がします。しかしそれにしては耳以外の顔の骨格構造は人間とさほど変わりません。混血化が進み、耳以外は人と同一になったという事でしょうかね? ともかく、これ以上は推測の域を出ません」
「先祖返りがあったりするならもっと明確に分かりそうだな」
「リタは研究一辺倒でそういう所は疎いです。唯一知っているのが、ひい御爺さんが獣人種ではないので混血だという事くらいです。それでも他の純血の人とは外見上何も変わらないです」
「わたしも何人か獣人種を知っているけど、皆外見の特徴は耳と、あと毛が濃い事くらいでわたし達とは変わらない感じだよ」
サイキの証言も出たが、リタを見る限りはそれほど毛が濃いようには見えない。混血だからなのだろうか。
「最後にレントゲンの結果がこちら。一見して人間と変わりません。骨の太さ、筋肉の量、その他特殊な構造というのも見られません。唯一尾骨と呼ばれる骨が大きいという事ですね。尾骨というのは尻尾の骨の名残であると言われていますので、これも獣人種の特徴なのかなと思います。ちなみにですがこの尾骨、不思議な事にサイキさんには小さく残っていますが、ナオさんには痕跡すら一切ありませんでした。ナオさんの種族も、もしかしたら全く別の種から進化しているのかもしれないですね」
「私は自分自身の事もよく分かっていませんから、それの答えは持ち合わせていません。知っているのは両親のどちらかが別種族であり、私はハーフだという事。それと家柄というか、血統は継いでいるという事だけ」
「そういえばハーフでも血統は継いでいるってどういう事だ?」
「名字を名乗れるのが血統を継いだ証拠。生産された兵士は名前だけだからね。更に希少な種族や純血種は特別に保護されている。いつか戦いが終わった時のためにね。そしてそれを成し遂げるために来たのが私達よ」
最後の一言に胸を張る三人。それを見ていた井入医師が笑う。
「正直これを見てもまだにわかには信じられませんが、皆さんを見ていると信用出来ない気がしないんですよね。私も微力ながら応援させていただきますよ」
医師の助けか、これは心強いな。




