情報戦闘編 19
芦屋家に顔を出した翌日の朝、リタから開発報告が入る。
「サイキの足のアンカーとトラバーサーのエネルギー消費を、最初と比べて75%まで抑えたです。出力は変わらないので今までと同じ感覚で使っていけるはずです。ただしこれ以上は装備自体を一新しないと無理です」
サイキの足元が淡く光っており、試しに消費量を計っているようだ。徐々に頬が緩むのが見える。
「でもサイキ、これ以上は他の追加装備が秘密のままでは駄目です。ちゃんと話してくれないと困るです。バランスを取るこっちの身にもなって欲しいです」
「えへへ、ごめん。うーん……また今度ね」
軽く怒るリタ。それを何となくはぐらかすサイキ。そんなに言いたくないほどの装備を仕込んでいるのだろうか?
「一応聞いておくが、危険性のある装備を仕込んである訳じゃないだろうな?」
「危険性は……ない、です。ないです」
物凄く怪しい言い方だ。
「それから学園で赤鬼がレーダーに映らなかった件も対策をしてみたです。リタ達の世界との建材の違いでレーダーが阻害されている可能性を考慮して、別のタイプの探知技術を併用する事にしたです。ただしこちらは三人で使っても範囲が数キロ、エネルギー消費もあるので使い所は慎重に選ばないとです」
細かい気配りが出来るのは、さすがリタだな
この日はそれ以外何も無く、至って平和に過ぎた。
更に翌日、この日は健康診断も兼ねた精密検査の予定を入れてある。学園とはしこちゃんには事情を説明してあり、今日はどちらもお休み。幸い今日明日と一日中晴れの予報であり降水確率はゼロ。多めに取った予約も無駄になりそうだ。細かい事は青柳に一任してあるので、彼が来てから移動になる。
朝の九時を過ぎた頃、青柳が白いワンボックスカーで乗り付けてきた。それを見て相変わらず私の後ろに隠れるサイキ。彼女の実力ならば少し力を出せば一瞬で鉄屑と化す事が出来るだろうに、どんだけトラウマ化しているんだか。
「今回は市外まで行きます。天候次第では一人ずつという事も考えていたのですが、好天なので襲撃は無さそうですね」
「そうか、三人とも初めて菊山市から離れる事になるな。目的地は何処だ?」
「広鳥市の大学病院です。なるべく近くで、かつ先端医療施設となるとそこしか無かったので。車で一時間半ほどかかるかと」
事前の指示通り、昨日の昼から何も食べていないので三人ともお腹が空いている。はてさてどうなる事か。
道中私は青柳と世間話。孝子先生との事を聞いてみると、電話番号とメールアドレスの交換には成功しており、たまにメールをしているという。順調だなと言うと、顔を合わせる事はあれ以来ないので、その実感もないという。
後ろを見ると、サイキは食い入るように外を見ている。外の風景に興味があるのか、はたまた二度と見る事の出来ないかもしれない窓の外の風景を、その目に焼き付けているのか。
一方のナオとリタは気持ち良さそうに居眠りをしていた……のだが、車が大きく跳ねると驚いた顔で飛び起きるナオ。
「あ、ナオおはよう」
何とも能天気な反応のサイキ。やはり肝が据わっている。ナオはと言うと、そんな自分の反応を恥ずかしがっている様子。初日に居眠りしていた時は滲み出る恐怖心で一杯の表情だったのだが、すっかりこちらの生活に馴染んでしまっているな。戻ってからが大丈夫だろうかと心配になるほどだ。
予定通り一時間半ほどして大学病院に到着。三人とも車酔いはせずに済んだ。
受付をしていると一人の若い医者が声をかけてきた。
「今日皆さんの検査を担当する井入と言います。血液検査など解析に時間の掛かるものもありますが、レントゲン等はすぐ結果が出せますので」
受付を済ませると、青柳とは終わり次第連絡を取るという事で一旦別れ、井入というこの医者に付いて行く。
彼女達の素性は事前に青柳から聞いていたようで、医者として守秘義務はきっちり守ると約束してくれた。事前に最低限必要な数名には話が通っており、必要な場面ではリタの耳も解禁する。
まずは血液検査。注射にどんな反応をするのかと思っていたのだが、意外にも三人とも全く平気な顔。こういう経験が多いのだろうか。
「私達は恵まれているからね」
「どういう事だ?」
「血を絶やさない為にも、血統のある人はちゃんと一戦毎の検査義務があるの。それに対して生産された兵士達は使い捨ても同然だから……。やっぱりね、私達の世界は狂っているんだと思うわ」
物悲しそうな表情のナオ。彼女達はどれほどの命の終焉を見届けてきたのだろうか。
胃カメラでは事前に飲んだバリウムが存外厳しく、私を含めた四人ともダウン寸前である。私が今回の健康診断を嫌った一番の原因がこれだ。過去に一度胃カメラを飲んだ事があるが、もう二度とやるものかと思っていた。まさか二度目があるとは。
CTやMRIなど普段お世話になる事のない大型医療機器での検査も行う。その度にサイキは自分が義足である事を告げなければならず、そしてその度に苦虫をかみつぶしたような顔になる。
控え室で二人になったので、その表情の意味を聞いてみよう。
「やっぱり嫌か?」
「嫌というか、自分の未熟さを改めて思い知らされているようで……」
一生背負って生きなければいけない拭い去れない大きな過去。それを全て清算して忘れる事など出来ないだろうな。隣に座る私に、彼女から寄りかかって撫でる事を催促してきた。今日は随分と甘えん坊だな。
サイキが呼ばれ、入れ替わりにナオが私の横に座る。
「またサイキと良い雰囲気になっていたんじゃないの?」
「いや、まあなんだ、サイキだって弱い所はあるからな。やっぱり義足の事は心に深い傷を負わせているようだし、その事実は彼女に重く圧し掛かっている。そういう話をしていただけだよ」
「うーんそうね、そんなの忘れられる訳がないし、忘れちゃいけないとも思う。私だって目の前で知った顔を殺された事は何度もある。でもサイキは最初の小隊長経験で全滅だものね。同情しちゃう、なんて言ったらサイキに怒られるんだろうなあ」
「お前達みたいな経験を俺みたいなのがこの世界で経験する事はまずないが、それでも誰だって何かしら心に一つくらいは悩みを抱えているものだからな」
するとナオから聞いてきた。
「じゃあ工藤さんの悩みって何? 私聞いてあげてもいいわよ」
「ははは。そうだなあ、やっぱり十五年前のあの事だろうな。未だに夢に見るからな」
私の顔を見つめながら少しだけ笑ったナオ。
「……私達もお役に立てるかしら?」
「うーん、気持ちはありがたいが、これは俺自身が、俺の力だけで乗り越えなければ意味がないんだよ」
「乗り越えられるの?」
「ははは、手厳しいな」
溜め息が出る。それ以上は言葉に詰まってしまった。するとおもむろに立ち上がるナオ。私の頭を撫でてきた。彼女の優しさが目にしみる。
「大人を泣かせるもんじゃないぞ」
「あら、てっきり道に迷った子猫かと思ったのに」
ひどいなナオは。そんなにまでして私を泣かせたいか。
「……にゃあ」
なんてな。
リタが戻ってきて次に私が呼ばれた。入れ替わりの時にちらっと見えたリタの顔はふくれっ面をしていた。何かあったのかな。服を着替え待っていると終わったサイキが来た。こちらもふくれっ面。
全ての検査が終わり、先程の井入という医者に小さな会議室のような所まで案内される。さてどういう審判が下されるのか。




