情報戦闘編 11
予想通りではあったが、やはり気分が落ちる。三人はそのままカフェに手伝いに行くと言うので、私もランチ目的で付いて行く。道中三人が誰かに声をかけられていた。学園の生徒だそうな。やはり変装して普通の格好をしていても気付かれるほどには知られてしまっているのだ。生徒の前では笑顔でいる彼女達だが、歩き出せばその表情は曇る。
カフェに到着、派手な髪色のエプロン姿になり、彼女達は手伝いを開始。
「昨日はいい笑顔だったのに、今日は曇り顔ね。何かあったの?」
「ああ。多分学園を辞める事になる。せっかく出来た彼女達の楽しみの場が減っちまうなあ……」
思わず溜め息が漏れてしまう。
「あー、昨日の戦いの事ね。校庭に三体も出てきたんだっけ。工藤ちゃんはどうしたいの? このままでいいだなんて思ってないんでしょう?」
「確かにそうだが、だからと言って無理を通す訳にも行かないだろ。そんな事は彼女達も望んでいないからな」
「工藤さんさ、それは表面上の話でしょ。あの顔を見れば誰だって分かるわよ。それにまだ決まった訳じゃないんでしょ? 一発逆転の可能性があるじゃない」
一発逆転の可能性、もしそれがあるのならば、恐らくは私の思いつきもしない所から降ってくるのだろう。何故なら、私の尽くす手はもはや何も無いからだ。雲を掴むような可能性に賭けるしかないとは、何とも情けないな。
日曜日、朝の政治番組で彼女達が話題に上る。それはつまり、一介の下宿屋がどうにか出来る範疇を超え、政府レベルでの問題となっている事を示す。政治家の意見は割れており、保護をすべきか追い出すべきかの議論となっている。その根底にある問題が、侵略者が先か、彼女達が先かというものだ。
侵略者が先に来ており、後から彼女達が来たのならば、それは紛れもなく彼女達が救世主であると言えるだろう。しかし逆に、彼女達が先、侵略者が後となると、彼女達を追って侵略者が来ているのではないか、という論調になってしまう。これこそが私の恐れる事態、即ち彼女達が悪と認識されてしまうという事態へと繋がる。そして事実、サイキが来た後に赤鬼の襲撃があった。サイキが来る前に侵略者の襲撃があったのならば、間違いなく被害が出ているはずなのだ。しかしそのような話は聞かない。
「例え誰に何と言われようとも、私達はあいつらを迎撃していくしかないのよ。学園の皆だって私達の行動があってこそ理解を示してくれた訳だからね」
ナオは私以上に大人だな。
十一時ごろ呼び鈴が鳴った。誰だろうと思いながら玄関ドアを開ける。女の子が二人立っている。
「どちらさんかな?」
「私は木村奈津美と言います。ここ長月荘ですよね? 青柳ナオさん居ますか? 友達なんですけど」
「私は中山あい子って言いまーす」
驚いたな。何処で知ったのか、まさかナオの友達が来るとは思っても見なかった。そうか、今私の賭けるべき対象はこの子達か。雲を掴むような可能性は、実はもう三人の手で用意されていたのだ。ならばこの賭け、乗るしかあるまい。
「ああいるよ。どうぞ、お入りなさい」
二人を家の中に通す。突然の友達の来訪に三人も驚いている。家の中では普段はスーツ姿なので焦って普通の服装に着替える三人。その一瞬の早着替えに今度は友達二人が驚いている。これは張り切って茶菓子を出さなければ!
「どうしてここが分かったのよ!? 下宿しているとは言ったけど建物の名前も場所も教えてないわよ?」
「私のお母さんの友達がこの近くに住んでいてね、女の子三人が下宿してるって言ったら、多分ここだろうって。合っててよかった」
彼女達からしても、長月荘に来るのは賭けだったのか。
「ねえ部屋見せてー 部屋みたーいー」
何となく話には聞いてはいたが、どうやらしっかりした子がツッコミ役の木村という子で、のんびりしてそうなのがボケ役の中山という子だな。
「仕方ないなあ、何も無いわよ」
忠告しつつも二人を自室へと案内するナオ。
残ったサイキとリタが、私をキラキラした目で凝視しながら袖を引っ張る。自分達も友達を呼びたいと言いたいのだろう。という事は二人にもそれほどの仲のいい友達がいるという事だ。勝ちの公算が大きくなってきたな。しかしここは一旦落ち着かせよう。
「言いたい事は分かるがまずは状況を考えろ。な?」
優しく諭すと二人とも頬を膨らませる。これぞ歳相応の反応。最近はあまり彼女達が息抜き出来る日が無かったので、この表情を引き出せただけでも大きな収穫だ。
ありったけの茶菓子を用意していると、サイキが持って行くと申し出る。しかしここは私こそ気を使うべきなのだ。
「ナオと二人を呼んで、下で皆で食べなさい。俺は部屋に入るから」
サイキが動く前に後ろで聞いていたリタが動いた。足音に振り返り「あ、やられた!」と言うサイキ。本当に歳相応の、可愛いその仕草言動に私も癒される。
全員降りてきたので「ごゆっくり」と一声かけて部屋に入ると、うっすら楽しそうな声が聞こえ始める。畜生、ジジイは羨ましくなんかないんだからね!
その間私は情報収集に努めよう。普段ならば気が滅入るのだが、後ろで楽しそうにやっている声を聞きながらならば幾分か気持ちが紛れる。
まずは今回の学園での戦闘を、ニュースサイトを中心に見ていく。しかし意外なほど出てくる情報量が少ない。学園の名称すら出ておらず、学校で襲撃があり、学生数名が怪我を負ったという程度である。確信の無い情報は載せないという事なのだろうか?
次に匿名掲示板サイトを漁ってみると、こちらでは学園での戦闘に関する書き込みがある。あまり事細かに書かれていないのは自重しているからなのだろうか? 内容的には三人いた事と、その容姿が「可愛くて格好よかった」との感想に終始している。そして皆その容姿に興味を持ち、口々に「画像はよ」と書き込んでいる。しかし写真を撮る余裕が無かったとの事で、それで話が終わっている。
ただし河川敷でサイキがテレビに映った件に関しては、やはりいくつか新情報が出てしまっている。その一つがカフェ「ニューカマー」の事だ。赤い派手な髪をした子供がウェイトレスをしているのを見た、という証言がいくつか出ている。そして但し書きのように「可愛かった」とあるのが何とも言えない。実は学園よりもカフェのほうが迷惑を被ってしまうのではないだろうか……。
襖をノックする音がした。気付けばもう二時だ。
「わたし達はそろそろカフェにお手伝いに行ってきます。二人はここで帰ります」
玄関先に顔を出す私。
「お邪魔しました。じゃあまた明日ねー」「また明日ー」
三人に手を振り去って行く友達二人。閉められた玄関と、最後の一言で急に現実に引き戻されてしまう我々。
「やっぱり諦められないなあ」
思わず漏れるその本音に、私はどう答えてやればいいのだろう。




