情報戦闘編 10
学園襲撃の翌日、土曜日。私は学園長に呼び出しを食らっている。時間を聞いていないので何時行こうか迷ったが、とりあえずは十時を目安に学園へ。道中の三人はしきりに溜め息を吐いている。やはり諦めているのだろうな。
「多くの人命を救った事には変わりないんだからな。それにまだ決まった訳じゃない。気落ちするにはまだ早いぞ」
とは言ったものの、私自身もほぼ諦めている。
学園に到着すると何台もの社名入りの車が止まっている。清掃業者に建設業者、何をやる会社なのか分からない社名もある。そして剥がれた外壁に割れた窓。事の深刻さを改めて思い知らされる。玄関前に学園長がおり、業者と打ち合わせ中だった。
我々の到着に気付いた学園長は慌てて謝ってくる。どうやら時間を指定するのを本気で忘れていたようだ。仕方がないか。こんな事が目の前で起これば誰だって動転するものだ。我々には先に職員室で待っているようにと告げ、また業者と打ち合わせを再会する学園長。ご苦労様です。
校舎内は一見してそれほど被害があるようには見えない。職員室に入ると何人かの教師がおり、我々の顔を見るなり応接スペースに案内してくれる。ナオはそのうちの一人に話しかけ、頭を下げている。
「緊急放送した時に機材の使い方を教えてくれた先生なの。あの後感謝の一言も言わずに飛び出しちゃったからね」
こういう小さな事も見逃さず、礼儀正しく接する事が出来る彼女達は、やはり凄い。
「すみませんが、打ち合わせが長引きそうなので、そうですね……あと三十分ほどお待ち下さい」
「ならば学園内を見て回ってもいいでしょうか? 自分自身の目で被害状況を確認しておきたいので」
「ええ構いませんが、誰か案内を……」
話の途中で丁度孝子先生が来たので、そのまま案内をしてもらう事になる。
「まずは私と彼女達の教室、一年B組に行きますか。もう大分片付いていますけどね」
三階に上がり一年生の教室へ。見た感じ廊下側のガラスは一枚も割れていない。しかし教室の開いているドアから中を覗くと、その殆どのガラスが割れている。一年B組に至っては、壁に大穴が空いている。
「本当にねー、ここまでの被害が出ているのに、皆軽い怪我だけで済んで良かったわ。もしも一人でも死んじゃったら、皆の心にどれほどの深い傷を負わせる事になったか」
その言葉に顔を伏せる三人。やはり責任を感じているのだ。
「なによ三人とも! 褒めてるんだよ、顔を上げなさい。あんた達は学園の生徒と教師、合わせて三百人近くの命を救ったんだからね」
頷く三人だが、明るい表情にはなれない。
次に四階、三年生の教室へ。
「四階はまだガラスが片付いていないから足元に注意して下さいね。はい、この穴がナオが空けた穴でーす」
「ちょっと先生、その言い方は傷ついちゃうなあ」
「事実でしょ。それに、この穴のおかげで何人が命を救われたか。言わば校舎に残る名誉の傷跡だよ。しっかし鉄筋コンクリ製の壁にこれだけ深い穴を空けるって、凄い威力なんだね」
それを聞いてリタの表情が変わる。顎に手を当て、思考状態だ
「ん? リタどうした?」
「今は秘密です」
何だろう? 何か新しい発想でも浮かんだのかな?
三年生の教室は、確かにガラスが散乱したままになっており、更には血の滴り落ちた跡も見える。ガラスの破損は見た感じ半分ほどで、一年生の教室に比べれば被害は少ないようだ。
「緊急搬送された子もいるけれど、皆大怪我ってほどでもなかったから。念の為って奴ね。血痕があるのは、切り傷があるのにそのまま応援に熱中した馬鹿がいるせい。傷が深い訳じゃないから安心して」
四階の半分は空き教室だからもちろん怪我人無し。先程とは反対側の階段を下り、再び三階へ。今度は二年生の教室を見る。
「こっちはほぼ怪我人無し。ガラスも一年の教室に比べれば被害が少なく済んだわ。侵略者が校舎の片側に固まっていたおかげかな。残りは被害の無い特別教室と資材倉庫くらいだから割愛しますね」
職員室に戻ると、既に学園長が待っていた。三十分は経っていなかったが、早めに打ち合わせを終わらせてくれていたようだ。一旦学園長室に入る。
「まず、学園としては結論ありきでのお話になる事をご承知下さい。……私個人、いえ、教師全員の総意としては、これとは反対の見解を有しています」
この交渉は元よりマイナスから始まるという事だ。覚悟はしていた事なのだが、改めてそうであると言われては、どうしても複雑な気持ちが沸いてくる。さてどうこの事態をひっくり返そうか……。しかし最初に口を開いたのはサイキだった。
「編入をした時から、こうなる覚悟は出来ていました。いつ現れるか分からない侵略者が、授業中も関係なく襲撃をしてくる事は分かっていました。予想外だったのは、こんなにも早く学園が戦場になってしまった事です。もう皆を危険な目には遭わせたくない。だからこれでいいんです」
次にナオが口を開く。
「私も同意見です。私達のせいで学園の皆に迷惑がかかるなんて避けたいし、そんな事は許される事じゃないですから。短い時間ではあったけれど、学園生活は本当に楽しかった。だからこそ、それを私達が破壊するのだけは嫌……。悔いが無いかと言えば嘘になるけれど、それ以上に皆の安全が大切です。私達が離れる事で、それが確保出来るのならば、構いません」
やはり二人は既に諦めていたか。
「……リタはどうなんだい?」
既に半泣き状態のリタだが、それでも必死に自分の主張を伝えようとする。
「リタは……嫌です。こんなの嫌です。皆ともっとお喋りしたいし、でも皆に迷惑をかけたくないです。わがままなのは分かっているです。でも、やっぱり皆と一緒にいたい。皆と一緒に勉強したい。こんな……こんな終わり方なんて嫌です」
途中からは完全に泣き出してしまうリタ。頬を涙が伝う。
「何よ……私だって嫌に決まってるじゃない。私だってわがまま言いたいに決まってるじゃない。私だって皆と一緒に居たいに決まってるじゃない! それでも我慢しているのに! リタだけずるい!」
口調が強くなるナオ。その瑠璃色の瞳からも涙が零れ落ちる。
「わたしだって……当たり前じゃないですか。こんな楽しい場所を手放したいだなんて誰も思わない。本当ならずっと皆といたいもん……」
サイキも目に涙を浮かべるが、私との覚悟を忠実に守り、涙を零すまいとする。……サイキには、本当に酷な覚悟をさせてしまったと今更になって後悔をしてしまう。いくら彼女を鼓舞する為とはいえ、こんな光景を作り出してしまった私の罪は重い。
「……お三方の真意は分かりました。工藤さんはいかがですか?」
「私は、彼女達には笑顔でいて欲しい、ただそれだけです。例え何があろうとも彼女達を手放す気はありませんが、暗い顔をした彼女達なんて見たくありませんから。卑しい言い回しで申し訳ありませんが、私自身には決定権は無いと考えています」
「……分かりました。後日長月荘にご連絡致します。それまでは自宅待機でお願い致します」
彼女達の想像通りの本音を聞き、どうにも出来ない自分に無性に腹が立っていた。




