情報戦闘編 9
長月荘に一台の車が止まる。青柳の車で彼女達が帰ってきた。
「おかえり」
玄関先で迎える私の顔を見るなり、ただいまよりも先にごめんなさいが出る。予想通りだ。青柳から状況は聞いていたので彼女達を叱る気は無い。むしろ褒めてやる。
「よくやったな。学園丸ごと一つ守り抜いたんだから胸を張れ。おかげで大勢に知られちまったけれど、不可抗力って奴だ。お前達に責任は無いよ」
小さく返事をして居間へ。青柳は先に被害状況の把握の為に車に戻る。
温かいお茶を出してやるが、やはり三人とも無言であり、今にも泣き出しそうだ。
数分後、青柳が入ってきて報告開始。
「まずは人的被害から。死者、重傷者はゼロ。軽傷者が今の所二十二名。うち教師が二名、後は全て生徒です。ガラス片による切り傷や、逃げた際に転んだ際の捻挫などが大半で、侵略者から直接的なダメージを負った人はおりません。物損被害は多く、外壁損傷や窓ガラスの破損など、現在までに百箇所以上に被害の爪痕が確認されています。元通りになるには結構な時間がかかるでしょうね。なお校舎内の破損状況ですが、サイキさんが吹き飛ばされた事で壊れた机や椅子が十一セット、ナオさんが投げた槍が刺さった事で壁に穴が一ヶ所、リタさんが飛ばされた事で空いた穴が二ヶ所、赤鬼が通った跡と思われる壁や天井の破損が十数ヶ所ほどとなります」
まあ人的被害が少なかったのが幸いだな。
最初は好奇心により窓際に集まっていた生徒達だが、ナオの怒鳴るような指示を聞き、教師の指導で的確に逃げていた事が被害を抑える事に貢献していた。それだけではなく、様々な場面でナオの指示が役に立っている事が分かる。
屋上から出撃したのでは時間がかかり、衝撃波の第一射目に間に合っていなかっただろうし、校内放送を使ってビット探しの指示をするという機転は賞賛に値する。そう言うとナオはとても照れくさそうにしている。
青柳から三人の精密検査を勧められる。サイキとリタは、本人はダメージは無いといいながらも吹き飛ばされたのだからという事だ。それに改めて三人の身体構造も含めたデータを取りたいとも。これには私も興味がある。特にリタの耳。どういう構造をしているのか気になる。
三人は乗り気ではないようだ。特にサイキはあまりい顔をしない。自分の義足部分を気にしているのだろうな。例えそのおかげで普通以上の身体能力を手に入れているとしても、やはり負い目は感じるのだろう。
「無理をしていざという時に壊れられるのが一番迷惑です。我々を信用させるためだと思って、ご協力お願いします」
「……分かりました」
渋々ながらも了承をする三人。早速検査の予約を入れる青柳。状況によっては日時がずれるかもしれないので念の為多めに日数を取ったという。丸一日掛かるのでその日は学校を休む事になるな。ついでに私の予約も取っていた。
「こちらが全額負担する人間ドックだと思って受けて下さい。工藤さんに何かあったら彼女達が悲しみますよ」
青柳の言葉に三人も頷くので、私も渋々了承。
大規模な戦闘があったというのに三人はカフェの手伝いに行くと言う。私も商店街に買出しに行きたかったので青柳に頼み、送ってもらう。
「もう髪の色程度変えた所で、情報の抑止にはなりそうもありませんね。カフェでは本来の髪色でいる事を許可しましょう。ただし、それ以外では駄目です。あくまであなた方は秘密裏に行動をして下さい」
申し訳なさそうに、しかし少し嬉しそうな表情の三人。やはり派手な髪の色は彼女達にとっても、自分としての個性や独自性というものの一つなのだろう。
「そうだ、最近忙しくてずっと渡せてなかったからな。感謝の硬貨贈呈。五百円硬貨四枚だ。職務中だなんて堅苦しい事は言わないでくれよ」
今更ではあるが、今までの全ての感謝を含めておまじない硬貨を渡した。諦めに近い溜め息を吐いた青柳だが、素直に受け取ってくれた。
カフェまで送ってもらうと青柳も休憩を取る事にするという。のんびりとコーヒーを飲み体を温めていると、偶然にも孝子先生が入ってきた。
「あっ、工藤さん見つけたー。それと……青柳さんだっけ。こんにちは。あれ? 三人もいる。ここで働いてるの?」
「はしこちゃんに頼んで下宿代捻出の為にな。名目上は勤務じゃなくてお手伝いだ」
「へえそうなんだ。私は普段こっちには来ないんだけどね。学園の事は聞いているでしょ。それで急遽買出しを頼まれたって訳。こういう時に限って近所のスーパーが改装工事中なのよ」
その後は大人三人世間話に花が咲く。学園の事も聞いたが、青柳が業者を手配してくれており、片付けや応急修理は早めに終わり、月曜日にも窓を布で覆った状態での授業再開が可能だという事だ。孝子先生が青柳に感謝の言葉を送ると、青柳もまんざらでもない様子。おまじない効果早くも発揮か?
「あんまり長居してもいられないから、私はここいらで行きますね」
我々よりも一足先に会計を済ませる孝子先生。とその時私に名案が浮かんだ。
「このまま学園に戻るなら青柳に乗っけていって貰えばいいじゃないか。どうせ青柳も被害状況の確認で戻る予定だったろ?」
もちろんそんな予定はなく、私の嘘である。一瞬訝しげな表情をした青柳だが、私の提案に乗ってきた。
「……そうですね。荷物もあるようですし。タクシー代わりと思って使って下さい」
という事で大人三人はその場で解散。孝子先生をすぐそこの青柳の車まで送る。出発前、青柳が運転席から無言で手を出してきた。私も手を出し握手。やはり青柳は孝子先生に恋心を抱いていたようで、私の支援を歓迎してくれたようだ。
いつも通り買い物をしていると、前方から学園の制服姿の男子が四人歩いてきた。その会話に思わず耳を傾けてしまう。
「えー俺赤い子がいい。だって刀だぜ。可愛い上にかっこいいんだぜ」
「いや黄色の子の大人びた感じがいいんだよ。分かってねーなー」
「僕緑の子がいい。耳かわいかったなあ」
「俺はカズキと同じ黄色い子。槍投げるとか最高」
嗚呼素晴らしき中学生男子の会話。
しかしこれで様々な事がマスコミによって世間に晒されてしまうのは明白。悪い話が一人歩きして暴走でもしようものならば、私や青柳、渡辺ですらどうする事も出来なくなるだろう。そのためにもまずは彼女達が悪ではないという証拠と実績を積み重ねなければ。
彼女達も帰宅し、晩飯を終えるとナオがリタに質問してきた。
「ねえリタ、学園内で赤鬼が中々レーダーに映らなかったんだけど、何で?」
首をかしげ腕を組み、唸るように考え込んでしまうリタ。
「……考えられる事は、赤鬼が進化したか、学園内にレーダー索敵を阻害する何かがあったかの二択です。前者なら今後他の侵略者もレーダーに映らないタイプが出てくるかもです。後者ならば原因を突き止めれば対応は可能です」
「ステルス化か。索敵が遅れるとまずいよなあ」
「すてるす? 新技術ならば教わりたいです」
そうか、サイキとナオにはステルス技術の簡単な説明はしたが、その時リタは逃げ回っていて合流していなかったな。再度簡単な説明をすると、是非にと言われてしまう。
「悪いけどな、こっちの世界でも最新の軍事技術なんだよ。言葉や内容は知っていても、そう易々と手に入れられはしないぞ。ほら、リタの64式だって本当は五十年も前のライフル銃なんだからな。国が全面支援してくれでもしない限り、九分九厘無理だ」
残念がるリタ。一回の下宿屋の主人の限界は案外と浅いものなのだ。




