情報戦闘編 6
水曜日、今日は一日中晴れ。週間予報では来週月曜日までは晴れが続く。
朝一番で電話が鳴った。予感はあったが、やはり学園長からだった。多数の生徒を抱える学園での隠匿は厳しいか。
「恐らくクラスメートは全員気付いていると考えていいでしょうね。土曜日までにどうするのか決めていただきたいのですが、よろしくお願いします」
猶予は三日間か。難しいな。電話を切るとようやく三人が起きてきた。
「朝飯は出来てるぞ。ほら、顔洗ってしゃっきりせんか。下手な顔は見せられないぞ」
朝食後、リタが槍を出してきた。改修が終わったのだ。
「まず全長を変えずに穂先を今までよりも長く鋭くしてみたです。これで投擲の安定性と攻撃力が向上、それから薙ぎ払う動作にも予備対応してみたです。持ち手も改良して、よりグリップの良いデザインにしたです」
確かに以前のとは結構違う。これなら薙刀のような武器も作れそうだな。
「更に投擲時に、自動である程度軌道制御するようにしたです。これで飛行中や泥の上のような不整地でも投擲可能のはずです。でもある程度なので、大きく姿勢の崩れた状態では効果が出ないです。あくまでも保険程度に考えておくです」
より投擲可能な範囲が広がったという事か。影響は大きそうだ。
「駄目押しで、投擲した時の為に回収範囲を広げたです。今までは半径二十メートルほどだったのを、最大半径百メートルまで拡大したです。ただし遠くなるほどエネルギーを使うのと、槍にビーコンを仕込むという無理矢理な方法なので、全体の回収範囲が広がった訳ではないので注意です」
軽く突く動作をするナオ。緩んだ笑顔がその完成度を物語る。
「それと、リタのライフルも着色完了です。黒地にリタの色である緑のラインを入れてみたです。微調整も済んだので、いつでも出撃可能です」
艶消しの黒に緑のラインが映える。直線が強調されて無骨さと力強さが増した印象だ。
「まだ終わらないです。昨日サイキの言っていた空間アンカーとトラバーサーの更新プログラムを用意したです。性能はそのままに、エネルギー消費を従来の90%まで抑えたです。急造なので今後更に改良を加える予定です」
「よし、これで戦力は万全だな。リタえらいぞ。頑張ったな」
「ただ、無理をしちゃったです。疲れたので当分は開発お休みです」
自分で言うという事はやはり大変だったのだろう。一気に三人全員の強化だものな、仕方がない。
叱られないかと私の機嫌をうかがうリタだが、頭を撫でると耳がピコピコ動き笑顔になる。サイキとナオもリタに抱きつく。モテモテだな、リタ。
視点を第三者視点に移す。
登校中、周囲が気になっている三人だが、しかし周りは彼女達を気にかける様子はない。
教室に入り静かに席に座る。三人の予想とは裏腹に誰もニュースの事を聞きに来ない。痺れを切らしてか、松原とそのグループの二人が威嚇しに来た。否が応にも集まる視線。生唾を飲み込むサイキ。静まる教室。
「さいきー、あのあかいのあんたでしょー。あーしみてたんだかんねー」
相変わらず頭のカラッポな喋り方である。しかし三人の予想とは全く違い、教室から笑いが起こった。
「あはははは、まぬけトリオが言うなら違うんだ」
「なーんだ、格好よかったからちょっと期待したのに」
「ヒーローと同じクラスだなんてすげーと思ってたのになー」
何が起こったのか分からず困惑する三人。
「えっと、どういうこと?」
サイキが思わず、誰にともなく質問した。それを斜め前の一条が説明する。
「あーこいつらね、名字の頭文字を取ってまぬけトリオって言われてるんだわ。松原、沼田、毛林でまぬけ。いっつもアホな事ばっかりやってるから誰からも相手にしてもらえなくなってんの」
「あー? いちじょーあんたむかーつくー」
沼田という子が一条に食ってかかるが、松原と同じレベルで頭がすっからかんな口調に、緊張感も何もあったものではない。もう一人、毛林という子は一言も喋らない。
「うっせーなー、いーよいくよー」
意外とあっさり引き下がる松原。
頭上にハテナマークの出た状態の三人に木村が要約してくれる。
「つまりね、まぬけトリオがサイキさんの事をあのニュースの赤い子だなんて言うものだから、じゃあ逆にその可能性は無いなってなるのよ。童話の狼少年みたいな感じ。でも本当にサイキさんが赤い子だったら嬉しかったんだけどね。だってヒーローとクラスメートだよ。凄いじゃない」
一気に張り詰めていた緊張の抜ける三人。結局その後は何も無く過ぎるのだった。
下校時、校門前で泉がリタに話しかけてきた。
「あの、お話、いいですか?」
無言で頷くリタ。
「じゃあわたし達は先に行ってるね」
一旦リタと分かれ、サイキとナオは先にカフェへと向かう事に。そしてリタと泉の会話へ。
「ちょっとここでは話しにくいので……」
泉はリタの手を握り校舎裏へ。泉は申し訳無さそうに、もじもじと小さな声で話し始めた。
「……ごめんなさい。最初リタさんの着替えを手伝った時、私、見ちゃいました。隠していてごめんなさい」
「何を見たですか?」
「リタさんの耳……横には無くて、犬みたいな耳……ですよね」
冷静に泉の目を一点に見つめるリタ。
「最初は勘違いだと思っていました。でも、サイキさんの事があって、三人一緒に転入してきたのって、これなんじゃないかなって思っちゃって。勘違いならごめんなさい」
頭を下げ、涙目になる泉。そんな泉をリタは見つめ続ける。少しの沈黙の後、リタは泉の手を取り自分の頭の上に乗せる。
「泉さんとは友達です。だから教えるです。でも、他の誰にも言っちゃ駄目です」
耳を動かずリタ。泉はその感触を確かめる。
「うん、誰にも言わない。約束。だって友達だもの」
「ならば笑顔になるです」
「……うん!」
笑顔で返事をする泉。それを見てリタも笑顔になる。
「でも、そしたらサイキさんってやっぱり……」
「それは秘密、です」
改めて誰にも言わないようにと釘を刺し、一緒に帰る事になった二人。一見すると小学生にしか見えないコンビだ。
「私の家は商店街の近くなんです」
「なら、カフェに寄るです。何か奢るですよ」
二人揃ってカフェに到着。既にサイキとナオは手伝いをしている。
「いらっしゃ……泉さん!? えっと、どうしよう」
「泉さんは座って待ってるです。すぐ戻るです」
リタはサイキとナオの手を引っ張り、店の奥へ。
「リタ! どういう事!?」
声は小さく、しかし怒鳴るような口調のナオ。
「泉さんには結構前から気付かれていたみたいです。リタの耳の事とサイキの事。ナオの事も多分気付いているです。でも誰にも言わないと約束してくれたです。大丈夫、泉さんなら大丈夫ですよ」
「……仕方ないわね。サイキの事はともかく、私やリタの耳まで気付かれているならば、私達に出来る事はただ一つ、泉さんを信用するしかないわ。リタは泉さんの相手。お店を手伝うのは泉さんが帰ってからでいいからね」
溜め息の出るサイキとナオだが、対照的にリタは少し嬉しく思っている。学園にも一人、自分達の事を理解してくれる人がいるという、孤立無援状態から脱せた事を分かっているのだ。
「何か奢る約束をしているです。ケーキ一つ下さいです」
「ふふ、かしこまりました」
「リタにはかなわないなあ」




