情報戦闘編 4
事態はかなり悪いが、何故か我々の雰囲気はそこまで落ちていない。あの映像に対する世間の反応は、三人が帰ってきてから確認する事にする。青柳は一旦車に戻り、無線で連絡を取っている。いっそ長月荘に無線を引いたほうが便利そうだ、そんな冗談を言うと本気にしてしまうからこの男は面白い。
夕飯の準備を始める私。昨日出来なかったすき焼きを用意する。私が作るのはうどんすきだ。料理中、青柳が横に来て私の手元を見ている。
「なんだ? 珍しくもないだろう」
「一人暮らし自炊派なので、美味しい料理の技術を盗もうかと思いまして」
「警察に盗まれる事になるとは! さてはお前偽者だな!」
などと戯れていると三人が帰ってきた。
「あ、わたし手伝うのに」
とサイキが来た。青柳が手伝っていると勘違いしたようだ。残念だが後の作業は順序よく煮込むだけだ。
生卵を用意したが、三人はどうしたものかと思案している。あえて何も言わずに卵を割る私と青柳。その動きを真似る三人。サイキは成功。料理に慣れているだけある。リタも成功。技術者なだけはあって手先が器用だ。何故包丁を持つと駄目なのだろうか? 問題のナオだが……迷った結果サイキに卵を渡して割ってもらう。賢い判断だ。三者三様、個性的だが見事にチームワークが出来ているのが面白い。
食事が終わり、リタは早々に槍の改修に取り掛かるというが、一旦待ってもらう。今日の事をまずは周知しておきたい。例のニュース映像を見せる。さてどういう反応を見せるのか。
サイキは至って冷静に見ているが、ナオとリタは驚き固まっている。
「どどどどーするのこれ!?」
見事に私のほしい反応を引き当てたナオ。
「どうしようね。でもまだわたしだと完全に気付かれた訳じゃないから、明日学園での皆の反応次第かな。そこら辺はもう覚悟したから」
そんなサイキの顔を見て、リタが一言。
「サイキ、格好いいです」
ナオは溜め息一つ、呆れ顔だ。
「教室に戻ってきた時、顔面蒼白だったから何かあったんだろうとは思っていたけれど、まさかこういう事だったとはね。サイキったら何も言わないし、工藤さんへの連絡が終わったら、私達ともすぐリンク切っちゃうんだもの」
やはりナオには気付かれていたか。次に青柳。
「教室に戻った際の周囲の反応はどうでしたか?」
「大丈夫、皆心配はしてくれていたけれど情報が漏れた形跡は無いわ。約一名怪しがっていたのはいたけどね。でもそっちも動きは無しよ」
約一名、松原か。やはり問題は明日か。
「じゃあ次に、映像を確認中に少し気になったんだが、サイキが回し蹴りをした時に足元が光ってるのは何なんだ? ナオもリタも急な動きをする事はあっても足元が光っていた記憶は無いんだが」
という私の質問の途中でサイキが立ち上がる。
「わ、わたしお皿洗いますねー」
嘘が下手なのは承知の上だが、いくらなんでも怪し過ぎるぞ。
「言いたくない事なのか?」
私の一言に立ち止まるサイキ。少し考えている。
「……本当は言いたくない。二人にも秘密にしてる事だし、ちょっとショッキングかなと思って。でも今後の事を考えると、ちゃんと知ってもらうのが良いのかも」
そう言うとサイキは靴を脱ぐような動作をする。
「……これがわたしの秘密です」
脱いだのは靴ではなかった。サイキの左足は、踝から先が無かった。義足だったのだ。まるで骨のような太いケーブルがサイキの体へと通じているのが見える。
言葉の出ない我々。二人もかなり驚いており、この事は一切知らされていなかったのだな。
「あいつ、ゲル状の奴に溶かされた痕です。右足も足の先が半分溶かされたので、バランスを取って同じ長さになるように自分で切断しました。だからわたしの足元は機械化してあって、スーツの靴の中にも色々仕込んであるの」
「ちょっと待て、自分で切断って……」
「そうしないと駄目だったんです」
駄目だった、というのは戦闘で足手まといになったという事だろうか。
「しかし繋ぎ目も分からないし、全然違和感が無いな。どれだけ高度な技術を注ぎ込んで作っているんだか」
義足であった事、自ら切断したという事にも驚いたが、義足の精巧さにも驚く私。驚きが三つ重なっている。そしてあちらの二人と青柳も一緒に驚いている。
「義足はとても精巧に作られているから、見た目では分からないと思いますよ。動きも通常と何ら変わらない。むしろ仕込んである装置のおかげで、わたしは普通の人よりも動けます。スーツ標準の身体強化機能との相性もいいので、戦場で苦になった事はほとんどありません」
「だからサイキ、あんなにデタラメな動きが出来たのね。これじゃ勝てる訳ないわ」
お手上げ状態のナオ。
仕込まれた装置がどういうものか聞いてみるが、姿勢制御関係の他は秘密と言われた。そもそもそれ自体がよく分からない。
「実演しますね」
と言うと、歩くようにその場で縦回転してみせるサイキ。一歩ごとに足元、というか足の裏が淡く光った。
「完全に浮いたぞ? 翼も出してないのに、どうやってるんだ?」
「リタのライフル銃に付いている空間アンカーと似た装置でトラバーサーというのがあります。これは動きを止めるのではなくて、一定軸で動かす為の装置。足をアンカーで固定、姿勢制御装置で体の軸を固定、トラバーサーで体の軸を中心に移動。それを繰り返す事で歩いて回転しているように見せただけです。これを短時間で連続的に使う事で、普通の人には出来ない動きが出来ます。緑の奴を蹴飛ばした時も、これを使っていたのであそこまで大きく吹き飛ばせました。普通のスーツには飛行用の姿勢制御装置しか入っていないし、例え入れてもわたしみたいに制御するには相当な鍛錬が必要ですけどね」
つまり今すぐに二人にも追加出来る、というものではないのか。
リタが食い入るように見ている。むしろ少し怒っている?
「そもそも人間相手に空間アンカーを使うなんて、誰も考えないです。トラバーサーも、本来は大きな物を動かすための装置です。サイキは何処で覚えたですか?」
「……わたしが義足になったあと、どうしても素早く敵を殲滅する必要があったの。その時に飛行じゃ細かい動きに不便で、もっと機敏に動けたらなーって」
昨日ナオが教えてくれた、死に場所を求めて戦場をさまよっていた時の話か。
「でも長時間は使えないんだ。やっぱり体への負担があるし、微量だけれどエネルギーも使う。だから連続使用出来て、せいぜい一週間くらいかな」
「いや充分長いだろ」
短いのに一週間と聞き、思わずツッコミを入れる。
「工藤さんはいまいち想像出来ないと思うけど、私達は一ヶ月丸ごと戦場で戦い続ける事もあるのよ。それを考えると一週間しか使えないっていうのはね」
ナオが反論を入れてくる。すっかり忘れていたが、彼女達は一時間とまともに寝られない環境に置かれていたのだった。
「そうだったな。ごめん」
サイキとナオ、二人して首を横に振る。本当に優しい子達だ。
「でも体に負担がかかるって言うなら、あの時のサイキのデタラメな動きでかなり体に負担かかっているんじゃないのか? 無理してないだろうな?」
「うん、えっと、大丈夫です。秘密の対策をしてありますから」
そこも秘密なのか。何だか凄く気になる。




