情報戦闘編 3
テレビに大写しになり涙目のサイキが帰ってきた。
「おかえり」
「ただ……ま……す……うぅー」
しゃくり上げる泣き方をしているせいでよく分からない事になっている。
「じゃあ後はよろしくお願いします。私達はお手伝いに行ってきますね。サイキの事は私から言っておきます」
「ああ任せろ。二人も道中気を付けてな」
さてと、まずはサイキを落ち着かせる為に温かいココアを入れてやる。マグカップを持つ手が震えており、相当なショックだったのがよく分かる。今は学園での話を聞き出すのはやめておこう。一杯飲み干す頃には手の震えも止まり、落ち着きを取り戻したサイキ。
こちらから切り出す前にサイキが口を開いた。
「ごめんなさい。もう、どうすればいいのか……。工藤さんにも、皆さんにも迷惑はもうかけられないです」
今更だな。もうこちらは覚悟を決めているのだ。
「それで?」
「……わたしだけでも出て行きます」
「許さんよ」
「……」
サイキはまた涙をこぼす。優しい口調で言ったつもりだったが、それでも怒られたと思ったのだろうな。だがそれでもいい。それだけしっかりと心に刻まれるという事だ。
私はサイキを刺激しないように慎重に、静かな口調で話す。
「お前さんはまた俺に家族を失えと言うのか? 許さんよ。この程度の事で出て行くなんて許さん。悪いがな、勝手に決めさせてもらった。お前達が長月荘を出て行くのは、こっちでの目標を達成して、自分の世界に帰る時だけだ。それ以外の理由でここから出て行く事は俺が許可しない。一人も欠ける事は駄目だ。だからお前がここから出て行く事はない。ここにいろ」
「……ぃ」
消え入るような小さな小さな声でごめんなさいと繰り返すサイキ。
「サイキな、この場合俺に言うのはごめんなさいじゃない。分かるな?」
口は動くが中々言葉が出てこない。ようやく絞り出すように小さく発するサイキ。
「……ありがとう、ございます」
「ははは、正解だ。やれば出来るじゃないか。よし次だ」
ここからは更に口調を緩め、そしてゆっくりと諭すように話す事に尽力する。
「俺はな、何があろうともお前達を絶対に手放さないという覚悟を決めた。ならば、サイキはどういう覚悟を決める? 対等にとは言わんが、お前にも、俺と同じようにここにいるための覚悟が必要だと思うんだがな」
少々強引にではあるが、彼女には長月荘にいなければいけない理由を作ってもらう。
長い沈黙が解けるのをゆっくりと待つ私。俯き続けるサイキの口は、動くが言葉が出てこない。その度に歯を食いしばる。そんな事が何度続いたか、サイキが顔を上げる。
「……決めました。わたしはもう泣かない。わたしが次に泣くのは、目標を達成して、三人揃って笑顔で長月荘を出て行く時。こっ……これがわたしの覚悟です!」
言い切った! その赤く腫れ上がりながらもまっすぐな瞳には確かに覚悟が見える。次に泣く時は円満で長月荘を出て行く時か。サイキらしいな。
「よし、上出来だ!」
「はいっ!」
今までで最高の笑顔を見せてくれるサイキ。これで今後何があろうとも大丈夫だ。何があろうとも私はサイキを心の底から、一から十まで全て信じきってやれる。
涙を拭いながらも笑顔を見せるサイキの頭を撫でる。泣き顔のサイキが見られなくなるのは惜しい気もするが、彼女を失うくらいならばそれも我慢出来よう。
しばらくして青柳が来た。私達の顔を見るなり何かを悟ったようだ。
「サイキさんの心配はもう払拭されているようですね。よかった。しかしまだ本番は始まったばかりです。我々にはあと二人います。ナオさんとリタさんも同じく、いえ、今以上に隠れて活動していただかなければいけません」
「そうだ、わたし今からでもカフェに手伝いに行きたい。駄目ですか?」
一瞬考えた青柳だが、髪と服装を変更した状態でならばと許可を出す。それを聞き「ありがとう」と一言、早速飛び出して行くサイキ。
「あっ……聞きたい事があったのですが、聞く前に飛び出して行ってしまいました。どうしましょう」
「あっはっはっ。そうだな。それじゃあ三人が帰ってくるまでのんびり待っていればいいさ。どうせ外はとっくに晴れているからな」
「それもそうですね。……しかし工藤さん、どうやってサイキさんを立ち直らせたんですか? 音声を聞いている限りでも相当なショックを受けていたように思えたのですが」
「俺が覚悟をしたのと同じように、サイキにも覚悟をさせただけだよ」
「……よく分かりません」
青柳も合流した事だし、改めて例の番組映像を確認してみよう。予想通り既に動画サイトにアップロードされている。青柳は現場にいた為に映像として見るのは初めてだ。
あの番組は、ここ菊山市で十二月に行われる冬祭りに使う花火の試射のために来ていたようだ。雨の為に試射は中止となったようだが、その代わりとんでもないスクープをものにする事になったな。
リポートが始まってすぐ、対岸で悲鳴音がして緑の奴が出てきた。なるほど、イメージとして空間を突き破るのかと思っていたのだが、逆だ。空間を掴み引きずり込むような感じだ。
「爆縮という奴ですかね? 真空に一気に空気を入れると内側へと爆発したかのように見えるというものがありまして、その場合は笛を鳴らしたかのように甲高い音が鳴る事があるはずです。それを我々が悲鳴だと聞き間違えていたのか」
青柳は物知りだな。
中々動き出さない緑の侵略者。何故だ? いや動き出した。そしてほぼ同時にリポーターが空を指差して、あのサイキが映し出される。驚いた表情から涙目になっていくのがしっかりと見て取れる。本当に表情がコロコロと変わる子だ。やはり泣く事をやめるという覚悟は惜しい気がしてきたなあ。
「こう見ると、本当に天使の翼に見えてきますね……」
青柳はもしかしたらファンタジー的なものが好きなのだろうか。顔に似合わない。
スタッフが声をあげ、カメラがサイキから侵略者に向けられた。緑の侵略者が川の流れを諸共せずに走ってくる。サイキ目線とは違い、かなり迫力のある映像になっている。これがプロというもの、なのか?
逃げようとするテレビクルーだが、リポーターが転んだ、しかしこれがプロ根性なのか、カメラが全くぶれる事がない。そして真打登場とばかりにサイキが飛んできた。倍近くの身長差の相手の攻撃をあの細い日本刀のような剣一本で受け止める。……凄いな。サイキもだが、あの剣の強度も相当なものがありそうだ。
そして華麗に回し蹴りを披露し、侵略者はおおよそ五十メートルほどは飛ばされる。細かく見ていくと、サイキの足元が緑の侵略者を蹴る時に光っている。我々の知らない何かをしているのだろうか? これは帰ったら聞き出すべきだな。
倒す瞬間は遠くてカメラではよく分からない。そしてカメラの前を横切り、水上を海へと飛んでいくサイキ。追って行くカメラを一瞬で振り切る。
「……こう見ると、まるで変身ヒーローそのものですね。突然現れ、人を助け、一撃で敵を葬り、颯爽と去って行く。どれだけ自分の感覚が麻痺していたのかを思い知らされた気がします」
「全くだな。渡辺が格好よかったと冗談めかして言っていたが、ありゃ本音だな」
「こういう事を言うのは不謹慎かもしれないのですが……ナオさんとリタさんの戦闘も、こういう視点から見てみたくなってしまいました」
「ああ、不謹慎ながら俺もだ」




