情報戦闘編 2
無事教室を脱出したサイキは襲撃現場へと急ぐ。ここでの視点は工藤一郎だ。
既に私と青柳は接続済みである。程なくサイキも接続した。
「二人もリンクしています。こちらからの音声とかは切っているけれど、これで強化出来る機能は問題なく強化されているので、一人でも楽です」
そういう使い方も出来るんだな。全く便利な装備だ。
「襲撃場所は大堀川の河口付近、そこからだと南東方向になります。この時間ならば人はいないはずです」
以前ナオが槍を投げたのが小堀川。その横を流れる本流が大堀川であり、大堀川は街の東端を北から南へと縦断している。
程なくサイキが川の上空に到着。雨なので結構流れが速い。
「えーっと……見つけました。中型の緑だから重くて、動きが遅くて力が強い奴。大丈夫、当たらなければどうって事は無い相手。でも周りに何人がいるよ? 襲われる前に叩きたい。けれど見つかるのは……どうしよう」
躊躇するサイキ。そこには十人ほどのグループがおり、侵略者を指差しているように見える。というかあいつら何やっているんだ?
ふとテレビに目が行く。どこかの河川敷で女性リポーターが緑色の何かを指差している。
……ん? この光景さっき見たぞ? パソコンに目をやる。そっくりな光景が映っている。テレビに目をやる。同じ服を着たリポーターがいる。
「嘘だろ……」
頭が真っ白になる私。
「あれ何? 人が浮いてる?」
テレビではカメラが空を映す。そこに映るのは、赤い髪をなびかせ白く輝く翼を背負った少女。
「おい、まずい! サイキ逃げろ! テレビに映ってる!」
「え? え!? で、でもあれを先にどうにか……ええーーっ!?」
私もサイキも大混乱だ。テレビには、カメラ目線のまま固まり涙目になるサイキがアップで映っている。
するとテレビクルーと思われる男性の、いかにも大焦りの声が入った。
「おい、あいつこっちに来たぞ! 逃げろ逃げろ!」
カメラの獲物がサイキから侵略者に移る。急いで逃げ出すが、丸石の河川敷に足を取られリポーターが転んだ! 腰が抜けたようで動けなくなってしまう。
「助けなきゃ……で、でも……」
「……あーもうこうなったら自棄だ! サイキ、さっさとあれを始末して引き上げろ! 一分で済ませろ!」
「わ、分かりました!」
今は人命最優先。何よりも、ここでそのまま放置など出来るはずが無い。それこそとんでもない事になる。
テレビに映されるのは腰が抜けて動けないリポーターと、それに後一歩まで迫る緑の侵略者。
拳を振り下ろした瞬間、サイキが間に入りリポーターを庇った。間一髪である。
剣で拳を強引に防ぎ、どうにか弾く。その勢いで体を回転させ回し蹴りを食らわせるサイキ。緑色は大きい図体にしてはよく飛んだ。
すぐさま追い討ちを掛け、止まる事無く剣を光らせ一刀両断。
一分と言ったが、実際には三十秒も掛かっただろうか。鮮やかである。やはりサイキは強い。
「サイキ、海から大回りして帰れ。学園を嗅ぎ付けられると余計まずい」
返事をする間もなく私の指示通りに海へと飛んでいくサイキ。カメラもそれを追うが、途中、急加速と急上昇をしたサイキを追いきれなくなり、姿を消す事に成功。
「何なんだ今の……」
「わ、私、死んでないよね? い、生きてるよね?」
恐怖に打ち震えている女性リポーター声が、テレビを通して全国に流れた。
一方パソコンからも、涙声が聞こえた。
「ごめんなさい。どうして、こんな事に……」
「今回の事は事故だ。お前が気にやむ必要は無いぞ」
「……本当……ごめんなさい……」
この泣き虫娘の渾名が、本当に”仲間殺しの戦闘狂”なのだろうか? ナオを疑う訳ではないし、その強さは特筆に価するが、私には未だに信じがたいのだ。
「いいから涙を拭け。戻っても平常心で過ごせよ」
参ったな。まさかこんな形で大々的に報道される事になるとは思わなかった。やはりというか、携帯電話が鳴り、そこには渡辺という名前が表示された。聞くまでもなく内容が分かる。頭が痛い。
「おうおう見てたぞ。格好いいじゃないかサイキちゃん。……まあそれ所じゃないよな。残酷な事を言うようで悪いんだが、もうサイキちゃんは諦めろ。工藤さん、あんたはは充分頑張ったんだ」
(……何かその言い方腹が立つな)
何故か私の中で、まるで駄々をこねる三歳児のような反抗的な気持ちが燃え上がった。思わずバンッ! とテーブルを叩く。
「……意地でも三人は手放さない。俺の人生全て棒に振っても手放してやるものか。決めた。俺は残りの人生全てあの子供達に使ってやる」
私のこの強く大きな、ともすれば家族宣言とも取れる言葉に、電話口の向こうの渡辺が大きく笑った。
「はっはっはっ! いやあーさすが工藤さんだな。そうか、そういう事ならば俺だって黙ってはいないぞ。後で泣くなよ? はっはっはっ!」
そう笑いながら電話が切れる。渡辺の言葉の真意をはかりかねる私だが、例え渡辺が敵に回ろうが知った事か。下宿屋の主人たるもの一度決めると梃子でも動かないのだ。
はしこちゃんからも電話が来た。こちらは長月荘の電話。
「……で、どうしますか?」
一言目にこれだ。
「わざわざ俺に選択権を与えるっていう事は、そういう事なんだろ?」
「まあね、だってこれは商売のチャンスじゃないの! 私の神経は図太いわよー!」
「頼りになるなあ。だが無茶はしないでおくれよ。俺の胃に穴を空けるのは、あの三人だけで充分だよ」
何とも大雑把な会話だが、これで全て済むのがはしこちゃんの偉大な所だ。
間髪いれずに青柳からも電話。さすがに忙しいな。
まず被害報告だが、予想通り全くのゼロだ。リポーターもただ腰が抜けていただけで怪我一つ無い。素晴らしい。
「ははは、最悪の完全勝利じゃないか!」
笑うしかない、というのが本音か。
「……私はその放送は見ていなかったのですが、どれほど映っていたのでしょうか?」
「えーと、三分くらいは映っていたかな? いや、感じた時間と実際とは違うから、本当はもう少し短いかもしれない。顔がばっちり映っていたよ。涙目になるのが見えたからな」
少しの間が開き、青柳から失敬な一言が飛んでくる。
「なんか工藤さん楽しそうですね。遂に壊れましたか?」
「ははは。あー、まあ冷静じゃないのは認めるが、まだ彼女達を元の世界に返すまでは壊れなどしないよ。意地でもな」
「……分かりました。後でそちらに寄らせていただきます。直接サイキさんとも話をしなければいけませんから」
しかしこの私の意地は、恐らく脆い。
放課後になる時間に三人からも連絡が入る。サイキは涙声を超えて震えた声を出す。
「ごめんなさい、あの、私……どうすればいいのか、分からなくて……」
これはさすがにこのままカフェへ行かせるのは可哀想だ。サイキは帰宅、ナオとリタだけカフェに行くように指示。
「私達も一旦長月荘に戻ります。このままサイキを一人には出来ないもの。送り届けたら改めてカフェに行きますね」
「それがいいだろう。それともう一つ。はしこちゃんとはもう話をつけてある。事情を話した。……というか、女のカンでほとんど全てお見通しだったからな。全く今まで通りで構わない、襲撃の時は一言声をかけてくれればいつでも出撃して構わないってな。きっちり感謝しておけよ。でかい借りだぞこれは」
押し殺しきれず声を漏らし泣くサイキ。その口からは何度もごめんなさいと言葉が漏れる。実にサイキらしい。やはり過去がどうであれ、今の彼女こそが私の信じるサイキなのだ。そしてこの三人が、私の自慢の家族なのだ。
帰ってきたら目一杯頭を撫でてやろう。




