学園戦闘編 19
長かった日曜日も終わり、月曜日の朝。三人は、特にナオは良い笑顔を見せる。サイキにどうしたのかと聞かれるほどだ。勿論はぐらかすナオ。リタはライフルの塗装やナオの槍の修理は今日から始めるという。無理はするなと言うと、日を跨ぐような長い作業はなるべくしないと約束してくれた。
天気は一日中晴れ。朝食を済ませ、弁当を持たせ、学園へと送り出す。私の今日の予定は二時に青柳とカフェで待ち合わせ。こういう表現だとまるでデートだな。実際には大きな問題を解決しに行く決死隊のようなものだが。
昨日の一件はやはりテレビでも報道されている。有毒ガスによる事故だという事になっているようだ。
「最近菊山市がよく出てきますよね」
というコメンテーターの一言にドキッとしてしまうのは私だけでいい。
渡辺から電話が来た。今回の報道についてだ。
「とうとう死者が出ちまったか。三人の様子はどうなんだ?」
「やっぱりショックを受けていたな。だがそれ以上に色々と起こってしまってな。まあ大丈夫だ。あの三人ならば乗り越えていける。俺はそう確信している」
「……そうか。お前さんがそう言うのならば大丈夫だろうな。ただし報道協定は継続中だが、楽観視出来なくなってきている事は確かだ。嫌な事を言うようで悪いが、押え続けた分、反動も大きいだろうからな。気を付けろよ」
言われずとも分かってるつもりだが、確かに慣れはまずいな。
昼食を取り、若干早いがカフェへと向かう。到着すると既に青柳がいた。ちゃっかりカフェでのランチを楽しんでいたのだ。やるなあ青柳。私もコーヒーを一杯頼む。人が少なくなったのを見計らい、はしこちゃんを手招き。
「はしこちゃん、話がある。重要な事だ」
「……あの子達の事でしょ? ようやく話す気になったみたいね。待ってたわよ」
腹の内を読まれていたか。お客が居なくなったので話を進めよう。
「三人の特殊な事情って奴なんだがな、実は……」
「別の世界から来た正義の変身ヒーローだったりして?」
怖いくらいに当ててくるはしこちゃん。
「ははは、凄いな。当たりだよ。変身ヒーローではないけれどな、三人には紛れもなく世界の命運が掛かっている。大き過ぎる話だけどな、真実なんだ」
「最初の時からそんな予感はしていたのよ。あの赤鬼みたいなのとサイキちゃんが戦っていた時からね」
最初から分かっていてここまで良くしてくれていたのか。頭が上がらないな。
「それで今後の話なんだが……」
「私に迷惑が掛かるから辞めたいって言うんでしょ? 駄目よ。あの子達を手放したりはしないわ。あんなに楽しそうにしている子達を、そんなちっぽけな事情で辞めさせてたまるものですか」
「ははは、世界の命運をちっぽけと言い切っちゃう辺り、さすがはしこちゃんだな。こりゃー勝てないや」
「当然でしょ。それくらいの度量が無いとカフェのマスターは勤まりません」
胸を張るはしこちゃん。カフェのマスターというよりは、三人の姉のような感じだな。
次に静かに話を聞いていた青柳が口を開いた。
「敵襲は今の所全て雨の日ではありますが、不定期です。突然彼女達が出撃するようでは、やはりこちらには迷惑が掛かるのでは?」
「あのね、元々私一人でお店を回していたの。そこに三人が来てウェイトレスをやってもらって楽になっただけよ。あの子達が居なくたって、それは元に戻るだけなのよ。確かに三人のおかげで売り上げは増えたけれど、その分は彼女達に還元しているつもり。だから何も変わらないのよ。三人がいても、いなくても、仕事途中で戦いに行ってもね。それに雨の日にしか襲撃が無いってなら、それこそ都合がいいのよ。雨の日は売り上げが明らかに落ちますからね。分かりましたか?」
まるで窘められたかのような感覚である。何も言えなくなる私と青柳。
「……そうしたら、すまないけど今まで通りで頼むよ。ただしこの事は、絶対に口外禁止」
「ねえ、これサイキちゃんじゃないの?」
改めて一息入れていると、はしこちゃんが指を差した。その先にある小さなテレビには、まさかの物が映し出されていた。愕然とする私と青柳。サイキが空から降ってきた衝撃以上のその光景を、私の脳が受け入れる事を無意識に拒否している。
「これ本当なんですか? 作り物にしか見えませんけどねーはははー」
昼のワイドショー番組に、サイキが一瞬で着替え、翼を生やし飛んでいく光景が映っている。司会の男は笑い流しているが、出演者の一人が噛み付いている。
「私の娘が嘘をつくはずがありません! これが政府が隠している菊山市で起きている連続事件の真実です!」
娘? 名前を見ると菊山市教育委員、松原栄利子とある。
「松原……まさかあいつか! やられた! 畜生!」
すぐさま渡辺に電話を入れる。私が何を言う前に渡辺が言葉を発する。
「ああ見ていた。朝に言ったばかりなのに、こういう形で公になるとはな。こちらでも出来る限りの手を打つ」
「すまん、頼む!」
すぐさま電話が切られた。テレビではあの映像以上の情報が出ないからなのか、既に次の話題へと移っていた。ふと周りを見ると青柳がいない。何処に行った?
「青柳さんなら多分駐車場じゃないかしら。でもこれまずいんじゃないの? 私にも隠していた事をこんなに大っぴらにされちゃって」
「まずいなんてもんじゃない。もしこのまま三人が観衆に晒されでもしてみろ。何が起こるか……。とにかく今日はここまでだ。店の事はありがとう。でもこうなったからにはそのままという訳にはいかないな……また後日改めて話をしよう」
青ざめているだろう私は、そう言うと急いで青柳のいるはずの駐車場へ。
「……いた!」
青柳が車の中で、電話片手に何か怒鳴っているのが見える。
「乗って下さい。学園に向かいます」
すぐさま発車し、サイレンを鳴らした緊急走行で赤信号を無視して進む。
「おい、いくら急いでいるからって、いいのかこれ……」
「駄目です。でも見なかった事にして下さいね」
「お、おう」
今まで見た事の無い青柳の言動に思わず圧倒される私。何があろうとも冷静であったはずのこの男が、ここまで動揺しているという目の前の出来事に、一種の笑いがこみ上げてきてしまった。
「何笑っているんですか。緊急事態ですよ?」
「すまんすまん、いつも冷静なお前がそこまで動揺している事が可笑しくてな」
「……ふう。そうですね、私らしくない。更に飛ばしますよ」
「お、おい。悪かった。謝るからもっと安全運転で頼むよ」
結局計算よりも五分も早く学園に到着した。




