学園戦闘編 18
長い日曜日が終わろうとしている。時刻は夜の十一時を回った所だ。三人は既に寝ているようだ。私もそろそろ寝よう。
……そう思っていると、ナオが降りてきた。初めてナオと二人きりになる。
「サイキは泣き疲れて早々に寝ちゃった。リタももう寝てる」
「お前は?」
「私は……今回の事を考えると眠れなくなっちゃって」
なるほど、私に愚痴をこぼしに来たか。ナオにはお茶を、私はコーヒーを淹れる。気の済むまで付き合ってやろう。しかし当のナオはどうしようか迷っている様子だ。
「愚痴をこぼしに来たんだろ。最後まで付き合ってやるよ」
「あはは……やっぱり見抜かれちゃいますよね」
大きく深呼吸をしたナオ。何をどこまで話そうか、決めたようだ。
「そうだなあ、やっぱり一番は今回のサイキの事。正直ね、実力差があるのは分かっていたの。でもあれほどの差があるだなんて思ってなかった。少ないエネルギーをなるべく減らさないために、全力を出していなかった事は知ってるし、私もそうしているの。それでも、例え満杯のエネルギーを自由に使えるとしても、あんな物理法則すら無視したようなデタラメな動きは無理」
ナオから見てもデタラメな動きという表現が出るのか。
「……本当はサイキ自身から話して欲しかったけれど、多分あの子は最後まで隠し通すだろうな。第二十七剣士隊の隊長補佐。実は結構有名な子なんだ、サイキって」
「強いってか?」
「うーん、それも少しあるけれど、何よりも今回の仇討ちの件でなのよ。小隊二十四人をまざまざと殺され、敵前逃亡を図った人物。そして相手は誰も見た事の無いタイプだと。嘘吐き、臆病者、本当は彼女が仲間を殺したんじゃないか、なんて噂まで流れた。それが……こっちの暦で言うと、大体四年前の出来事。そこから彼女は……多分死に場所を求めていたんじゃないかな、毎日休みなく戦場を渡り歩き、片っ端から殲滅し続けた。普通ね、いくら出ずっぱりとは言っても一回の戦闘が終わったら数日は休む義務があるのよ。でも彼女は一日も休む事なく、本当に常に戦場に立っていたの」
「ついた渾名が”仲間殺しの戦闘狂”……酷いものよね」
「そして、そんな彼女を拾ったのが第二十七剣士隊の前隊長さん。そこから何があったのかは私は知らない。そしてこっちの世界に来る一ヶ月前に正式に作戦が始動して、私はサイキと出会った。最後の十日間はリタも合流、チームワークを生む為にほぼ一緒の生活をしていたの。それでも最初は全く分からなかったわ、彼女があの有名な”戦闘狂”だなんて。だって、私よりも小さいのよ? てっきり屈強な男性剣士かと思っていたもの」
「サイキ……あいつよくそんな所から持ち直したな」
「本当にね。私が最初に出会った時には、既に今と変わらない可愛い子になっていたもの。それで、そういう過去の話を聞いていたものだから、彼女の実力は何となく予想していたの。でも、あんな……」
「想像をはるかに超えていたと」
「ええ」
深い溜め息をつくナオ。
「サイキがこっちに来て最初の、商店街での戦闘の映像を見た時、エンプティ状態で、しかもあの狭い路地であれだけ動けている時点でおかしいとは思った。それで、リタが来たあの日、三人一部屋で寝る事になった時に聞いてみたの。サイキはあの”仲間殺しの戦闘狂”なんじゃないかって。泣いて謝られたわ。聞いてしまった私のほうが謝ってしまうほどに。それで私の持っていたサイキに対する違和感、私と同じ位の年齢で隊長補佐にまで上り詰めている事に対する答えが手に入った」
「しかし目の当たりにしたのは、そんな生易しい段階をを超えていた、か」
静かに頷くナオ。
「まさか今回の敵が、サイキの仇だとは思わなかった。まさかあの子が、あんなとんでもない動きをするとは思わなかった。完全に実力を見誤っていた」
今回の件を、まるで自分の失態とでも言いたげである。
「……多分、だけどね、彼女が常に本気だったならば、私のいる分隊を丸ごとぶつけても勝てないと思う。さっきはサイキが居たから「私とリタでも勝てないかも」だなんて言い方をしたけれど、実際は圧倒的。年齢がもっと上ならば確実に第一剣士隊の隊長でしょうね。サイキこそ本当ならば私達の世界で第一線に立つべき人物だと思うわ。だって、私の知る限り、サイキより強い人物なんていないもの」
「……そして、そんなサイキと手を組む事になった一兵卒上がりの自分に、無力感と焦燥感を抱いたという訳か」
「お恥ずかしながら、その通りです。……少し私達の世界の事を話すとね、戦力では剣士隊が一番なのよ。大きく差を開けられて私の槍撃部隊、最後に銃撃部隊。所謂実力社会、階級社会になっていてね、私達は剣士隊からは話し相手にすらされないほど、見下されているのよ」
私の目にはナオの表情が、悔しがっているのではなく、悲しがっているように見えてしまった。
「ただでさえ槍撃部隊は剣士隊よりも下に見られるのに、その相手がトップレベルの実力者ですもの。月とすっぽん、雲泥の差。私の気持ち、分かってもらえますか? なんちゃって……」
瞳が潤んでいるのを隠すように、恥ずかしげにはぐらかすナオだが、それこそが本音なのだろうな。最初、ナオは私達に自分は結構強いと自信有り気に言い放った。それがどうだ、蓋を開けてみればとんでもない化け物じみた存在がいるのだ。気落ちして当然だろう。
「それでもな、ナオがいる事は大きいんだよ。サイキやリタの心の支えになっている。俺も命を助けられたからな。今回だってナオが止めてくれていなければリタは間に合わなかった。サイキにも言ったんだがな、ナオもリタも、彼女の命の恩人なんだよ。確かに戦闘での実力はサイキが圧倒的かもしれないけれど、たった一人でどうにかなるものじゃないだろ? 助け合う事で強くなれるんだろ、お前達のリンカーみたいに。ナオはナオにしか出来ない事を全力でやればいい。焦る必要は無い」
「……うん……うん、そうね……」
涙声のナオは、少し嬉しそうだ。すすり泣く彼女の頭をゆっくり撫でてやる。
「はあ、なんか……安心しました。三人で一つのチームだもの、二人には出来ない事を私がやればいい、それだけの事だったわね。なんで気が付かなかったんだろう、なんで焦っていたんだろう。ははは……ちょっと恥ずかしい」
目の前が見えなくなっていたのはサイキもナオも同じという訳だ。ナオの場合は一番年上であろう事や、自分から実力があると発言をしてしまった手前、引くに引けなくなってしまっていたのだろう。それが本人も気付かぬ間に大きな重圧となっていたのだ。
「あ、工藤さん、この事は絶対に二人には言わないで下さいね。絶対によ!」
そう言うナオの表情はとてもすっきりとした明るい物だった。以前はどうにも出来なかった彼女の肩の荷。今回ようやく降ろしてあげられたようだ。
気付けば既に日を跨いでいた。本当に長い一日だった。だが実入りも大きかった。
確かに死者をいっぺんに十人も出してしまったという事実は、間違いなく我々の敗北を示す。しかしサイキは過去の後悔を吐き出し、ナオは今後の立ち位置に道筋をつけ、そしてリタは大幅な戦力強化をした。今後は一層彼女達は強くなるだろう。戦力としても、精神的にもだ。
そして残るは私だけか……。




