表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
学園戦闘編
36/271

学園戦闘編 16

 ゲル状の侵略者に過去の後悔を呼び起こされ、半狂乱で暴走するサイキ。

 「サイキ止まれ! サイキ!」

 もう彼女には私の声すらも届かない。


 サイキの猛進は止まらず、飛び交う触手を片っ端から切り落とす。その動きは今まで見て来た三人のどの動きよりも機敏で、激しく、そして滅茶苦茶だ。重力や空気抵抗、物理法則などまるで無視をしたかのような、一瞬で向きを変える非現実的な動きをし続ける。

 一体何をどうすればこんな動きが出来るのだろうか。一体どれほど体に負担をかければこんなデタラメな動きが出来るのだろうか。これは本当に彼女なのだろうか。これは本当に現実なのだろうか……。

 彼女目線の映像は既に途切れており、その悲鳴にも似た叫び声だけが響き続ける。

 「なんっ、なんなのよ、あれ……!」

 サイキの暴走する動きにナオも愕然としている。

 「……ああもうっ! サイキがやられる前に倒す!」

 一息吐き、狙いを付けてナオが槍を投擲する。やはり投げられた槍は急加速し一直線に飛んでいく。暴走するサイキをかすめ、ゲル状の本体に命中。しかし……。

 「何で!? 貫通してるのにびくともしてない……サイキ! 駄目えええーーー!!」

 ナオの渾身の叫び。反射的に手を伸ばすが既に届く距離ではない。

 「……撃ち抜くです」

 彼方から雲を貫き、ナオをかすめ飛び抜ける光の矢。最後の一撃を食らわさんとするサイキの横も飛び抜け、その衝撃波で侵略者の纏う溶解液を触手ごと吹き飛ばした。そしてよく見ると、握り拳ほどの心臓部と思われる黒い球状のものが露出している。ナオの槍はここを逸れていたのだ。

 「うおあああーーーっ!!」

 声にならない叫びを上げるサイキ、一撃で両断される侵略者の小さな心臓部。


 ドドーンッ!!

 今までのどれとも違う、大きな爆発が起きた。まるで心臓部の全てが爆弾であったかのようだ。これは間違いなく、リタが先に溶解液を吹き飛ばしていなければ、この爆発で溶解液が飛び散り多大な被害が出ていただろう。爆煙と衝撃波の後、小さな収縮が見えた。

 その後、雷鳴のみが響き渡る。


 「……サイキ! サイキは無事かっ!?」

 頭が回らず一時の沈黙の後、彼女を探す。

 「待って……いた! サイキ!」

 未だに土埃の舞うその向こうに、力無く座りこむ彼女の姿があった。近付くナオを通して私の所にまで嗚咽が聞こえる。頬を伝うのは涙か雨か。

 「……帰ってこい」

 今の私には、これしか言葉の持ち合わせが無い。ナオに抱えられ、リタとともに帰ってくるサイキ。その様子から、全てのエネルギーを叩き込んだのだろう。

 「えー、改めて、敵勢侵略者の撃破を確認しました。詳細は追って報告致します。……大丈夫ですか?」

 青柳も心配声だが、今その問には誰も答えられない。


 帰ってきた三人を玄関先で迎える。サイキは私と目を合わそうとせず、無言で私の横を通り過ぎ、そのまま一直線に部屋に閉じこもってしまう。しかしここで見逃すのは彼女の為にはならない。沈痛な面持ちのナオとリタを居間に待機させ、サイキの部屋の前へ。

 201号室の扉の前に立ち、私は意を決し言葉を掛ける。

 「サイキ、開けろ」

 「……」

 反応なし。いや、微かにだが泣き声はする。私はなるべく感情を抑える事にした。しかし、いつたがが外れるか、自分でも分からない。

 「お前、刺し違えて死ぬつもりだっただろ。仇討ちなんて考えやがって。何が世界を救うだ、そんな事じゃ土台不可能だ」

 先程よりもはっきりと聞こえるようになる、しゃくり上げるような泣き声。


 「放っといて!」

 唐突に聞こえた叫ぶような声に、私の抑えていた感情が弾け飛んでしまった。

 「立場を弁えろ! 死ぬなら全て終わってから死ね! それまでは今みたいな事はするな! 考えるな! 責任なんてのは死んで取るものじゃない! お前は昔の自責の念に囚われて、今の仲間やこっちの人間まで危険に晒したんだぞ! 分かってるのか!」

 声を荒げる私。ここまで本気で怒鳴ったのは、いつ以来だったか。

 「……工藤さん」

 ナオが心配して様子を見に来た。それを見て少し冷静になる。

 「勇敢と無謀とは違う! ……頭を冷やしてよく考えろ」

 最後の一言は、私自身へも向けている。声色を戻し、ナオと交代する。後ろの壁にもたれ掛かり、その様子を見守る事にした。

 「サイキ、私はあんたの気持ち、分からないでもないけど、でもあれは駄目だよ。サイキが死んでも仲間が生き返る訳じゃないよね。サイキはその仲間の命を背負って生きていかなくちゃ」

 私とは違い、静かな口調で諭すように言葉を並べるナオ。部屋からは泣き声に混じって、小さく途切れ途切れに「ごめんなさい」という言葉が聞こえる。

 「工藤さん、下で待っていてくれますか? サイキ連れて行きますから」


 階段の下では不安そうな顔のリタが待っていた。

 「リタは……何て言えばいいのか分からないです。やっぱりリタは一般人なんだ、そう痛感するです」

 今にも泣き出しそうな表情でそう吐露するリタ。あの場にギリギリで駆けつけたリタは、全てをリンカーで聞いてたという。玄関から出る時間すら惜しみ、窓から飛んで行った事を謝る。新しい武器も最終調整の無い本番一発勝負に打って出たのだが、おかげでサイキを失わずに済んだ。その事を褒め、頭を撫でる。

 「今は……その評価は受け取れないです」

 この小さな技術者にも、今回の件は波及してしまっている。


 それから一時間ほどだろうか、ナオに連れ添われ、サイキが降りてきた。顔は既に涙でぐしゃぐしゃだ。

 「……ごめんっ……なさい……」

 消え入るような掠れた声で謝罪するサイキ。ひくひくとしゃくり上げ、涙が止まらない。

 「……命を粗末にするな。もうこんな事を俺に言わせるな。分かったか?」

 静かに強い口調で諭す私。サイキの赤い頭が小さく頷く。彼女の頭を撫でてやれるほど、まだ私はそこまで彼女に冷静には、なれていない。


 そろそろ夕食の準備をしなければ。リタの武器完成祝いはキャンセル。私自身も気力が無い。なるべく簡単なもので済ませよう。

 台所に立つとサイキが来た。いまだにしゃくり返し体が跳ねるように動いているし、涙が頬を伝っている。これでは包丁など持たせられないし、いるだけ邪魔だ。

 「泣くか手伝うか一つにしろ」

 そう私が言うと、頷き戻っていく。目線の先には形容し難い不安そうな顔をしたナオとリタ。今回の出来事は、二人がいてこそ最悪の事態を回避出来た。今後はもうこのような事が無いよう、祈ろう。

 料理中、珍しく指を切ってしまった。まだ私にも動揺が残っている証拠だな。自室で絆創膏を貼り台所に戻ると、サイキが続きを切っていた。涙は止めたか。赤く腫れ上がった目をしたまま、私を見る事もなく、ゆっくりと慎重な手使いで包丁を握る。

 「……二人に感謝しておけ。お前の命の恩人だ」

 私の言葉にサイキの手が止まった。涙を流すまいと歯を食いしばっているのが横目にでも分かる。深く息を吐き、また手を動かす。


 まるで味のしない食事を終えた頃、青柳がやってきた。我々の雰囲気を察し、どうしようかと悩んでいる様子。

 「戦果報告ですが……後日に回しましょうか」

 「あの、今お願いします」

 誰よりも先にサイキ自身がそれを望んだ。

 「まず、物損被害から申し上げます。周囲四軒の家屋にガラスの破損や壁に穴が空くなどの被害が出ています。また、隣が畑だったので農作物もやられています」

 それでも市街地に出てこられるよりは……と思ってしまうのは、いけない事であろうか。

 「次に人的被害ですが……軽傷者六名、重傷者二名、重体一名……」

 ここまで話して、青柳の口が止まった。それだけで察するに余りある。サイキは再度「お願いします」と報告を催促した。

 「……死者、九名です。恐らく現在重体の一名も長くは無いかと。一般市民四名、警官五名、重体の者も警官です。全員、サイキさんからの警告の通り、溶解液で体内から溶かされていました。報告は以上です」


 我々の敗北だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ