学園戦闘編 15
カフェでの手伝いを終え帰宅した三人。私はまずリタを叱らなければいけない。
「リタ、お前は無謀な突出をして自分の命を危険に晒した。今後はこのような事がないように、戦闘での自分の役割を考えて行動するように。反省しなさい」
耳が下がり、見た目にもしょんぼりとするリタ。だがこれでいいのだ。
「私も反省しないと。正直、油断していました。場所も相手も違う戦場で同じ作戦が通用するはずなんてないものね。ごめんなさい」
自ら頭を下げるナオ。自分の非をしっかりと認める事こそが次へと繋がる。
「でもナオの槍、どうしてあんな速度が出たんだろう。リタも分からないって言うし」
やはり三人の知識には無い動きだったか。
「うーんそうだな、前に槍というより矛に近いって言ったが、もしかして普通の槍ではなくて、実は投擲用の槍なんじゃないか? だから投げられた時に真価を発揮した。そう考えれば辻褄が合うだろう?」
「……槍って投げる種類もあるの?」
「ああ、そこからなのか」
パソコンで槍投げの画像や映像を見せると、それはそれは物凄く食いついていた。
「でも何で投げようと思ったですか? リタ達の知識にはない事ですよ?」
「そう言われても、とっさにとしか言いようが無いのよ。私だって分からないんだから。でも、他に何か要因があるとするならば……」」
うーんと考え込んでしまう三人と私。すると突然サイキが声を上げた。
「あっ! ドッジボール!」
「……ああっ! そういう事!?」
話を聞くに、戦闘前にあった体育の授業でドッジボールをしたそうだ。その感覚、つまり球を相手に投げつける感覚が残っていたので、とっさに槍を投げたのだろうという話だった。
「まだ確信には至っていないけれど、今度の戦闘ではもう一度投げてみるわね。もしも同じ動作を起したならば、これはもう戦術に組み込んでも大丈夫だと思うわ」
なお、戦果報告では被害はほぼゼロ。近くに民家が無く、橋からも離れた河川敷だったので目撃者もなし、唯一小型を追いかけた警官一名が転んだだけだった。
その後は天候も良く、何事もない平和な日が続いた。
日曜日の朝、早ければ今日中にリタの新しい武器が完成するとの報告を受ける。はやる気持ちを抑えて待とう。
天気予報を確認すると、午後から短時間に雷を伴った強い雨となっている。以前強い雨の時には侵略者の襲撃が無かった事がある。今回も、とは言えないが、なるべくならば何も無いに越した事は無い。
リタを残し、私と二人は商店街へ。カフェでいつものコーヒーを一杯。それを飲み終わると夕食の買出しだ。普段はあまり高い料理にはしないのだが、今日は新たな武器完成を祝い、少し豪華な夕食にしようか。
長月荘に帰る頃には空の表情が怪しくなってきていた。午後二時を過ぎるとまるで夕方であるかのような暗さになる。これは相当な大降りになりそうだ。パソコンで雨雲レーダーの画像を確認するとやはりすぐそこまで雲が迫ってきている。降水グラフが真っ赤だ。
リタが二階から降りてきた。出来たのかと聞くと最後の追い込み中であるが、外が急に暗くなった事に不安を抱き、様子を見に来たとの事だ。
「襲撃があった時のためにも、今は頑張って仕上げる事に専念すべきだと思うぞ。だからリタは心配せずにこっちに任せておけ」
「分かったです」
一つ返事をしてまた部屋に篭るリタ。最後の追い込み中か……発破を掛けておいてなんだが、あの小さな体に無理を掛けているのではないかと思うと、申し訳ない気持ちになる。三人に歳相応の普通の女の子として接する事は叶わないのだろうか。
遠くで雷が鳴り始め、大粒の雨が降ってきた。雷の轟音で襲撃音がかき消されないかと一抹の不安がよぎる。これだけの雨の中での戦闘ともなると彼女達にも負担が大きいだろう。
午後四時を過ぎた頃、サイキとナオから連絡が来た。すぐさま青柳も加わる。やはり懸念は当たり、襲撃音が雷鳴によってかき消されてしまっていた。急遽はしこちゃんに連絡を取り、二人を開放してもらう。そろそろはしこちゃんにも話す頃合いだろうか。さすがにこれ以上の迷惑は掛けられない。
「襲撃場所は警察署からさらに東に行った所みたいね。種類は中型だけど見た事の無い反応。リタの様子は?」
「まだだ。そろそろだとは思うが、すまんが二人で凌いでくれ」
二人は全速力で向かっている。飛行中の二人の目線からでも、時折雷が映る。
「お前達雷に打たれるんじゃないぞ」
「無理言わないでよ。でもちゃんと人体に影響の無いような作りになっているのよ。そこは安心して頂戴」
人が雷に打たれても大丈夫なプロテクトスーツか。それを開発したのがリタなのだから、やはりあいつは凄いな。そして青柳からも報告が入る。
「通報では住宅街と田園地帯との中間辺りのようですね。我々も急行します」
畑の中ならば被害は最小限で済むだろうが、住宅街側の場合は厄介な事になりそうだ。
警官隊に続き到着した二人。
「今まで見た事の無い敵ね。半透明で、ゲル状とでも言えばいいのかしら。イボイボの殻みたいなのを背負っている。倒れている人も何人か見えるし、さっさと片付けちゃいましょう!」
そう言うと早速一気に接近しようとするナオ。だがサイキが焦りそれを止めた。
「ナオ近づいちゃ駄目! 皆さんも絶対にあれに近寄らないで! あれは今までのとは違う! 危険度が違う!」
鬼気迫る口調で一気にまくし立てるサイキ。今までこんなサイキの声は聞いた事が無い。今回のはそれほどまでに危険なのか? 振り返るナオの目に映ったサイキの表情は、その疑問に言葉以上の答えを返している。恐怖か、怒りか、後悔か、ともかく負の感情があふれ出んばかりの表情だ。
「ど、どういうこと?」
これには思わずナオも動揺、聞き返した。
「あいつの背中の凹凸からは触手が伸びてきて、切ってもすぐ復活する。体は強力な溶解液で出来ていて攻撃が通らないし、近づけばそれを飛ばしてくる。当たればそれだけでも致命傷。そして触手でターゲットを捕まえて溶解液を体内に流し込んで殺す。掴まったら最後、わたし達ですら容易く殺される! 絶対に近寄らないで!」
ナオが知らない相手というのにサイキは妙に詳しい。
「サイキ、あいつの事を知ってるの?」
「……知ってる。忘れた事なんてただの一秒たりとも無い。あいつに……」
パソコン越しの私からでも分かるほどに、サイキの表情が変わった。それは完全に怒り一辺倒であり、それ以外は何も無い。
「あいつに……あいつたった一体に、わたしの指揮していた小隊は壊滅させられたんだ。二十五人中、生きて帰ってきたのは私だけ。ううん……帰ってきたんじゃない、逃げてきたんだ……。あいつはわたしの仇! わたしが小隊長をしていたせいで、わたしの指揮のせいで死んだ二十四人の仲間の仇……!」
言うが早いか、歯を食いしばり泣き顔のまま突っ込もうとするサイキ。その異常な光景にナオが必死に止めに入った。
「サイキ、止まりなさい!」
「離して! あいつは! あいつだけはわたしの手で! 仇を取らなきゃいけないの! 離して! ナオ離してっ!」
髪を振り乱し必死にナオを振りほどこうとするサイキ。ナオも押さえるので精一杯なほどだ。
「サイキやめろ! 抑えろ!」
私の嘆願も彼女の耳には入らない様子。
「離して! あいつはわたしが殺さなきゃいけないんだ! 離せ! 離せえっ!!」
絶叫し、完全に怒りに我を忘れている。こんな状態で突っ込もうものならば、確実にこいつは死ぬ。戦闘には門外漢な私ですらそれが分かってしまう。
「あんたっ……なっ……抑えきれ……」
少しずつだがナオが押され始めた。実力の差が出ているのだろうか。ともかく今はサイキを止める事を優先だ。
「手段は問わん! そいつを止めろ!」
「これ……限界……なんだけど……」
前方から羽交い絞めにしている状態ですら、一回り背の高いナオを押し飛ばさんばかり。これがサイキの本気なのか……。
どれほどサイキとナオとの攻防が続いただろうか、サイキの口から遂に言ってはいけない言葉が出てくる。
「絶対に殺す! 刺し違えてでも殺す!!」
その言葉に一瞬うろたえたナオ。その隙を突きナオを弾き飛ばすサイキ。
「サイキいいーー!!」
叫ぶ私、叫ぶナオ。
自身へと伸びる触手を次々と切り落とし突進するサイキを、もう誰も止められない。




