学園戦闘編 12
警察署で自衛官の久美という人物に64式という銃を見せてもらった後、帰りは渡辺の提案で寄り道をする事にした。車は長月荘とは逆方向へと走り始めた。
「このまま私達拉致されないでしょうね?」
「もう既に一度拉致されたのがそこにいるけれどな」
私も乗っているので大丈夫さ。
二十分ほど走ったか、街の北部にある工業地帯の一角で車が止まった。車を降りた我々に男性が近づいてきて、渡辺と何か話をしている、……というか渡辺が一方的に喋っている様子だ。
「ここ俺の知り合いの廃材屋なんだよ。廃車の解体もやっていてな、俺の顔で自由に使っていい事にしておいた。まあさすがに全部持っていかれるのは勘弁してくれよ。危ない場所もあるから、場内では絶対に一人では行動しない事」
「ありがとうです!」
渡辺に抱きついて喜びを表現するリタ。
「俺でもここまで喜ばれた事は無いぞ。羨ましい奴め」
「はっはっはっ、どうだ初めてを奪ってやったぞ」
それは違う意味でも取れる危ない発言だぞ。
ともあれ、これで彼女達の武器装備に関しての資材不足という心配は無くなった訳だ。
「何かすいません。商品をただで持っていくような真似になっちゃって」
「……ああ」
もしかして怒ってる? まあいきなりだもの、怒って当然か。
「こいつな、極端な口下手なだけなんだよ。まあ良い奴だから安心してくれ。彼女達の事も最低限話してある。だから手ぶらで来て、部品調達してお得意の消滅マジックで消して、そのまま手ぶらで帰ったって大丈夫だ。もちろん限度はあるし礼儀はきっちりと頼む。俺の顔に泥を塗るなよ」
なるほど、芦屋家の兄ちゃんみたいな感じなのか。渡辺曰く良い人の店主さん、高身長でガタイのいい人なので三人は若干怖がっている様子だ。
「渡辺、まさかとは思うが、車のついでに人間も解体してないだろうな? さすがにそういう所はお断りだぞ」
「あっはっはっ……そんな訳あるかあ! 勿論大丈夫だよ。そういう事には俺もここも手を出していないから安心しろ」
渡辺とはここで別れる事に。帰りはタクシーを拾ってくれと一万円を渡されたが、本来ならば私が感謝の硬貨を贈呈したい所である。
「そうだな、効力が切れたら貰いに来るよ」
その判断はどこにあるのだろうか。
その後は無口な店主の案内で場内へ。私も子供達と共に接近禁止エリアの説明を受ける。三人の少女が廃材の山の中にいる光景は、それはそれは変てこなものである。
作業があると言い、後は私に任せて店主はその場を離れた。
「よーしお前達、存分に漁ってこい!」
号令を出すと早速リタが飛び出して行った。あとの二人も遅れてついて行く。何が欲しいのかはリンカーを通じて分かっているのだろうな。
私は横倒しにして真ん中を凹ませてあるドラム缶の椅子に座り、のんびりその光景を鑑賞する。週末の工業地帯は車の走る音すらせず、静かなものだ。空は曇りではあるが、まだ雨は降りそうに無い。
三十分ほど経っただろうか。サイキだけが戻ってきた。私が暇をしていないか見に来たのだ。サイキと二人きりになるのは久しぶりだ。サイキはドラム缶椅子に座る私の横に立ち、軽く足を交差させ、少し恥ずかしそうだ。
「収穫はあるか?」
「うん。もう少しで二人も帰ってくると思う」
風もほぼ無風、曇り空でなければ、目の前の廃材が草木だったならば、ここでお弁当を広げたくなるほどに穏やかだ。私の心も穏やか。
「……改めて言うのもなんだが、ありがとうな。色々と救われてるよ」
静かな雰囲気にほだされたか、私は感謝を口にした。
「……わたしも、わたし達も、工藤さんがいなかったら、長月荘が無かったら、今頃どうなっていたか。感謝してもしきれないです」
サイキは少しの笑顔を見せながら、静かに小さく頷いた。ならば、今のうちにでも私の胸中を語ってしまおう。
「サイキが来てから色々あったし、きっとこれからも色々な事が起こるんだろうけれどもな、俺は、お前達三人を本当の家族だと思っている。世間が何と言おうとも、俺だけはお前達三人の事を信じてやるからな」
「はい。わたし達も工藤さんを信じています。……工藤さんは凄いですね。わたし達が困っていても、ちゃんと出口まで導いてくれていますから」
「ははは、大袈裟だな。俺にはそんな大層な力は無いよ。そういう力を持っているとすれば、それは長月荘の力だ。長月荘が結んできた”縁”の力だ。その一端に俺がいるだけで、後は周りの皆が力を合わせてくれた結果だ」
私の言葉に、サイキは小さく笑った。
「あはは。……わたし達も、その”縁”に入っているんですよね。いつか皆さんに恩返しが出来ればいいな。今はまだ、自分達の事だけで手一杯で……」
「縁っていうのは繋がって繋がって輪になっていく。紡がれた輪が幾重にも重なって絆になる。俺はそう考えているんだ。つまり、いい人との繋がりが出来た、それだけで充分恩返しになっているんだよ」
「……はい」
会話が終わった所でナオとリタが帰ってきた。というか、私とサイキが話をしているのを邪魔しないように隠れて待っていたようだ。
「だって邪魔出来ない雰囲気なんだもの。ちょっと羨ましいぐらいにね」
そういえばナオと一対一で会話をした事は無いな。リタともだが。そのリタは俯いている。先程まで元気に走り回っていたとは思えない。
「リタ、どうした?」
「……お父さん、思い出しちゃったです」
「……そっか」
頭を撫でてやると、リタは袖で涙を拭う。しかし拭っても拭っても零れ落ちる涙。ともすれば小学生でもおかしくない年齢であるはずのリタ。そんな彼女が、事情はあれど全く知らない世界に飛び込んだのだから、その心中は察して余りある。いつかこういう涙を流す時が来るだろうとは思っていた。むしろ今までよく堪えていた。
「俺はリタの親父さんにはなれないけれど、もう家族なんだからな、不安があれば言ってくれてもいいんだ。サイキとナオもな。それが家族ってものだろう」
リタも二人も、静かに頷く。
「……私は、親の顔を知らないんだ。一応ちゃんと血統は継いではいるんだけど、この名字以外には何も分からない。だから家族っていうものが分からないのよ。工藤さんと私とサイキとリタ、この四人が家族だって言うのならば、それは私にとっての初めての家族なんだと思う」
憂いた表情で語るナオ。いつもは気丈な彼女だが、やはりその年齢に不相応なほどに、色々と抱え込んでいるのが分かる。
「わたしにはもう両親はいない。死んだのを知っているから。でも、わたしは大丈夫。だって皆がいてくれる。家族がいてくれる。帰る家がある。大丈夫、絶対に助けてみせる。こっちの世界も、わたし達の世界も」
いつものように涙を浮かべながらも、力強く発せられるサイキの言葉に、ナオもリタも、そして私も励まされる。
さあ、涙を拭いて我々四人家族の家に帰ろう。




