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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
一期一会編
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一期一会編 9

 兵士の劣悪な生活環境や、復興が遅れている事の原因である上層部の五人を負かした私。しかし放送は継続中。ここであっさりと「帰れ」と言ってはこの先に遺恨を残す事になる。


 「我々を牢に入れるつもりか?」

 「いいえ、これ以上あなた方に何かをするつもりはありません。そして、私はあなた方に伝えておかなければならない事があります」

 五匹の豚は私を睨むが、その私の後ろには、撃破スコア一位と二位がいる。彼らはそれを知ってるはずであり、間違いなく手は出さない。なので私は安心出来る。

 「まず始めに、あなた方は私利私欲に走り、兵士達の生活を悪化させ、結果として士気を奪い続けた。しかし一方では司令塔として兵士達をまとめていたのも事実。私達の世界に三人を寄越したのもあなた方だ。そして結果的に、あちらとこちら、二人の世界が救われた。これは純然たる事実であり、その一端はあなた方の功績だ。なので私は、あなた方に感謝を申し上げます。私達の世界を救っていただき、ありがとうございました」

 頭を下げる私に、彼らはうろたえつつ「これはどうも」と一言。


 「そしてもう一つ。……この誓約書は破りましょう」

 と、目の前で紙を破る。やはり驚いた表情になった。

 「その上で改めて、あなた方には自らの言葉を以ってご退任いただきたい。それがこの世界のこれからにおいて、一番正しい選択だ。あなた方はその正しい選択を行うべきだ」

 困った様子の彼らだが、しかし私の言いたい事も分かっている様子。何より、ここで妙な動きをすれば、彼らはここから生きては出られなくなる。

 「……ひとつ確認させてくれ。我々が自ら退任をする事は、良い事なのだな?」

 「ええ。何せあなた方は、最早司令という立場に留まるだけで、世界を滅ぼす引き金を引いてしまう。民衆と兵士が衝突してしまえば、終わりですからね」

 私の話に、まず一人目が乗ってきた。そして二人三人と増え、そして五人とも、自らの言葉で退任を表明した。

 「……これで我々は世界を救えるのだな?」

 すると私よりも先に、サイキが口を開いた。

 「世界を救えるのではなくて、世界を救ったんです。これでわたし達は本格的な復興が出来ます。皆さんの決断が、世界を救ったんです。……わたしが代表というのはおこがましいんですけど、でも言わせて下さい。司令官様、お役目お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」

 こちら側の四人は揃って頭を下げた。

 「……最後に一つ、よろしいかな。民衆の皆さんに兵士諸君。……ありがとう」

 こうして正式に彼らは司令を退任し、ついでに上層部の他の腐った連中も道連れにするというサービスまでしてくれた。私利私欲にまみれてはいたが、彼らも世界を救いたいと願う者であり、その気持ちは本物だったのだ。


 そしてここからの一ヶ月は、まさに光陰矢のごとしであった。

 席が空いた司令には誰がなるのか? という話だが、退役した兵士のうち、隊長職を歴任し、かつ隊全体の生存者数と戦果が良かった者になってもらう事にした。兵士二人との面識はないらしいが、知り合いの知り合いが……という繋がりがあったのは印象的だった。

 その後はエリスの持ち帰った教科書を参考に、復興と同時進行で制度改革も進められた。まさか私の世界の教科書が、こんな場面で役立つとは思っていなかったし、そして大の大人達がこぞってナオやエリスに教えを乞うていたのも面白いものだった。

 サイキの第二十七剣士隊とナオの第一槍撃部隊、そしてリタの作った特別銃撃部隊の面々と顔合わせもした。行く先々で感謝され、まるで私が世界を救ったかのような錯覚さえ起こしそうになる。そしてその度に、本当に世界を救ったのは彼ら彼女ら自身であると、むしろ私こそ感謝していると頭を下げ返した。

 リタに許可をもらい、兵士二人を護衛につけて街を回る事も。さすがにお土産を持って帰る事は出来ないが、しかし色々見れたのは楽しかった。そして苦々しくもあった。やはり民衆は皆あまり明るい表情ではなく、そして親のいない、いわゆる戦争孤児もいた。サイキとナオはそんな子供達を見るたびに、自分の姿を重ね合わせているようだった。


 そして楽しくない経験もした。四人ともこれでもかと反対したのだが、強引に頼み込んで幾つかの戦場跡を見学させてもらったのだ。綺麗な部分だけを見ては復興は出来ないという私なりの考えであったが、その光景は凄まじかった。

 枯れ木以外にはなにもない荒野。そこに点々と白い何かがあり、その光景が地平線の彼方まで続いている。

 「白いのね、全部骨なんだ。わたしもナオも、一つ間違えればこうなっていた。そして今一番の問題がこの骨の扱いなんだ。回収するには量が多過ぎて、しかも誰ものかも分からない。弔ってあげたいけれど、でもどうすればいいのか……」

 過去、戦争のなかった世界だからこそ、戦後復興の方法が分からないのだな。

 「この数では一人一人は不可能だ。合同慰霊碑というものを知っているか? 簡単に言えば一つの大きな墓を建てて、皆一緒に弔うんだ。それくらいしないとこれは無理だろう。……それから、骨は砕いて土に還してやれ。骨が養分になり、新しい命を育てる。亡くなった英霊達もそれで納得してくれるはずだ」

 無言で涙を流しつつ頷くサイキとナオ。この子達は、本当に亡くなった一人一人に感謝しているのだ。


 その後私はサイキが大暴れしたイジュルマ、そしてサイキの原点でもあるゲル状侵略者に襲われた洞窟にも行った。

 「サイキ、もう敵はいないんだろう?」

 「……」

 サイキは洞窟に入るなり剣を持ち、これでもかと警戒している。仕方のない事ではあるが、サイキの心は未だに戦場の中にいるのだな。そして、その小さな背中に背負う二十四人の命を、戦場の中で救おうとしている。

 「サイキ、お前はそれでいいのか?」

 「……何が」

 不機嫌そうな声。これは当時、隊長役をしていた自分に対する嫌悪だろう。

 「お前は別の方法を探ろうとしていない。それではお前自身が惨めになるだけだぞ。……サイキ、お前は俺が帰ったら退役しろ。戦場から離れろ。別の道を歩め」

 「……ぃ」

 小さく震える声。しかし次には私の顔を見やり、涙を零した。

 「分からない。分からないんだよ! 別の道って何? わたしだってこのままじゃ駄目になる事くらい分かってる! もう! ……もう、心の中では駄目になりかけてる。戦闘狂は平和な世界にはいらないんだ。わたしは世界から必要とされなくなってるんだって、分かってるから……どうすればいいのか、分からないんだ……」

 そう言い、まるで五年前と同じように涙を流す小さな戦闘狂。ならば私は、私の出来る事をするまで。

 「俺が、父親としての責任で、お前の先を照らしてやる。しかし今はまだ無理だ。俺が帰る前には、お前に道を示してやる。だから今は俺を信じて前だけ向いていろ」

 「……うん」

 あまりにも素直な返事に、この子は本当に自分に対する救いを求めているのだと分かる。


 それから私は、より様々な場所へと足を運ぶ事にした。サイキを護衛につけ、裏通りや地下にも行った。サイキの素の表情をよく見たかったからだ。……しかしサイキは私を守るというその一点がある限り、本当の表情を見せてはくれていないように思えた。

 一計を案じる私。そしてサイキには内緒で、普段のサイキを監視する事にした。これにはサイキ以外の三人も協力してくれ、サイキとナオ、サイキとエリスで街を出歩かせた事もあった。

 ある日サイキが一人で出かけたので、それを監視していた。そして答えが出た。サイキは戦争で親を失った孤児と遊んでいたのだ。

 「あたしの知らないサイキの表情だね。これが本当のサイキなのかも」

 「姉の顔……ともまた少し違うわよね」

 「お姉ちゃん……ううん、これお母さんの顔だよね」

 そして我々は声を揃えてエリスの言葉に納得したのだ。

 サイキは体の治りが特別早いが、代わりに生殖機能を失っている。それはサイキの父親が、彼女自身を実験材料にした結果だ。そしてその事はサイキも知っており、母親になれない事に涙を流していた。私が彼女達の本当の父親ではない事を再認識させた所で、彼女も代理の母になれるという事実に気付いた様子だったが、それをこうやって昇華したか。

 ……ならば、サイキに示す道は一つだけだ。


 私の帰還日が二日後に迫った、西暦で言えば五月一日。予定日ぴったりにリタの陣痛が始まった。研究所の中にちゃっかり分娩室があり、研究所に医者と看護士を招く形であった。本当に何でも研究所内で済ませられるようになっているなあ。

 「工藤さんは娘さんの出産には立ち会ったの? あ、嫌な事聞いたかしら」

 ナオが聞いてきた。表情は最初興味深々であったが、聞いたそばから失敗したという表情へと変わった。

 「ははは、構わんよ。明美の時は初産だったから、予定日前日には入院。長月荘は住人に任せて、俺も病院で寝泊りした。分娩室に入ってからは、確か三時間くらいだったかな。待つのは長いぞ」

 「……羨ましい」

 サイキがぽつり。子を産めないサイキにとっては味わえない痛みと喜びだものな。

 そして心配そうな表情で見守るリタの夫タリア。少し気を紛らわせてやろうか。

 「三人目なんだぞ、そんな顔するなよ」

 「そうなんですけど……実は二人とも難産でして、一日以上かかったんですよ。三人目は遅くなるってお医者さんも言っていたので、心配で心配で……」

 なるほどな。そのリタの子供二人はサイキ達が面倒を見てくれている。……やはりサイキの表情にも母性が感じられる。十八歳、母親になっていてもおかしくはない年齢だ。

 「そういえばタリアって何歳なんだ? リタは今十六歳だろ?」

 「あ、えー……驚くと思いますけど、十二歳です」

 「……嘘っ!?」

 本気で驚いた。つまり第一子誕生の頃はまだ八歳。……どうなっているんだこの種族は。

 「私達の種族は約四歳で大人と同等の生殖能力を備えます。身体の成長は約十歳で完了。なので実はあの子達二人も子供が生めます。勿論早過ぎる妊娠出産は母子共に危険なので、八歳未満は禁止されていますけどね」

 早熟とは聞いていたが、予想以上だ。そしてタリア若い。……羨ましい。


 分娩室に入ってから一時間が経過。さすがに子供達は飽きてきた様子。そして陣痛が多少収まったので中に入れた。

 「どうよ?」

 「……痛い」

 「そっか。ちょっと触るぞ」

 お腹を軽くなでなで。

 「赤ん坊よ、早く出てこないと俺と会えなくなっちゃうぞー。せめて一度くらい抱かせろよー」

 「あはは、工藤さんらしい……けど、笑わせないで」

 見事に痛そうである。


 そしてそこからたった十分。

 「……おっ、出てきた!」

 タリアは数日かかるかもしれないと覚悟していた様子だが、何ともすんなりと第三子誕生。そして子供達は声にならない歓声を上げている。

 「凄い! 初めて見た!」「私も! うわーいいなー!」

 「お父さんが催促してから十分だよ? どうなってるの?」

 「ははは、俺に聞くなよ」

 私の呼びかけで出てきた? ははは、まさかな。

 「可愛い女の子ですよ」

 ……まさかな。


 落ち着いた所で我々も部屋に入り、赤子とご対面。端整な顔立ちであり、将来美人になるのが確約されたも同然である。種族の特徴である動物のような耳はリタやタリアよりも大きく、ピンと立っており立派なものだ。そして髪の色が、根の近くはリタに近い緑色なのに、先端部はタリアの持つ青である。どうなってるんだこれ?

 「という事で工藤さん。名前、いいかな?」

 「おう。それじゃあこの子はアケミだ。漢字で書けば明るく美しい。知っての通り俺の娘と同じ名前だな」

 すると夫婦揃って撫でつつ名前を連呼。気付けばリタの子供二人も一緒になっている。どうやら深い愛情をもって育ててもらえそうだ。

 「でもこの髪はあたしも初めて見たよ」

 「私も資料では知っているけれど、初めてだよ」

 というので詳しく聞いてみた。

 「髪の色が変わるのは色素が酵素で分解されるからなんだよ。その酵素の量でグラデーションの具合が変わる。でもその酵素を持つ人は少ないし、色素との組み合わせが合っていないと意味がない。だからこういうグラデーションを持つ髪の人は本当に珍しいんだ。きっと世界全体でも片手くらい。だから幸運の象徴と言われているんだよ」

 美人な上に幸運の象徴か。これは世の男どもが黙っていないな。


 気付けば約一名、部屋に入れずにいる。リタが手招きしたが躊躇している様子。見かねてエリスが腕を掴み強引に中へ。

 「何遠慮してるのさ」

 「……わたしの悪いのが移っちゃいそうで」

 「あはは、そんな訳あるか。……そうだね、皆の中では最初にサイキに抱いてもらおうかな」

 驚き戸惑うサイキ。リタからタリアへ、そしてサイキへとアケミが手渡された。赤ん坊を抱いた経験は勿論ないのだろう。物凄く危なっかしい。

 「あーそうじゃなくて、もっと首を支えるようにだな……」

 と、思わず手が出てしまった私。するとエリスに笑われてしまった。

 「あはは! お父さんが本物のお父さんの顔してる。入学式以来だよ、その顔」

 「それは仕方がないわよ。何たって娘さんと同じ名前なんですもの、情が移って当然よ。それともエリスはお父さんを取られて妬いているのかしら?」

 「えー……うん」

 ナオのからかい半分の言葉に、素直に頷くエリス。凄く嬉しいぞ。


 ゆっくりと慎重にアケミをリタに返したサイキは、真剣な表情で私を見やった。

 「……ねえ工藤さん、わたし決めた。わたしね、孤児の皆のお母さんになる。孤児院……だよね? それをやる」

 「そうか。……ははは、実はな、最近ずっとお前の行動を監視していたんだよ。そこでお前が戦争孤児と一緒に遊んでいるのを見て、俺も同じ結論を出した。俺が指し示す前に自分で見つけられたな。偉いぞ」

 じわっと瞳が潤んだサイキは、これでもかというほどに明るい満面の笑顔を見せてくれた。

 こうして晴れてサイキは”仲間殺しの戦闘狂”を卒業し、孤児院のお母さんへと歩み出した。



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