一期一会編 3
テレビへの電話出演を終え、食事にする。リタもあちらで食事を取っており、その光景もカメラで写しているが、味は相変わらず淡白なようで、こちらのハンバーガーを羨ましがっている。
「そっちで再現は出来ないのか?」
「なんとなーくならば可能。でも植生や動物の種類も違うから、完全な再現は無理。それに、さすがに種を持ち込む訳にもいかないからね。でもそれも含めて、あたしの腕の見せ所なのさ」
「なるほどな、半ば冗談かと思っていたが、リタは本気で世界を作り変えるんだな」
するとリタの手が止まった。そしてナオが一言。
「……リタ」
「あ、ああ。気にしないで」
何かあるのだな。
食事も済んだ所で次はこちらだ。
「まずは長月荘だが、もう気付いていると思うが一部改装した。お前達のおかげで国から報奨金が出たからな。そして二部屋増やし、あの事件以前の、本来の長月荘の姿へと戻した。今の住人達は気を使ってか、皆でデパートに行っているよ」
「へえ。後で見せてもらうわね。でも私達が泊まれる場所はあるの?」
「先日一部屋空いたんだよ。サイキは恵理朱と、ナオはそこの空き部屋を使えばいい」
二人ともほっとしたように頷いた。現住人への迷惑を考えていたのだな。
「俺に関しては……五年歳を取っただけだな。未だにあの車に乗っているし、料理もしている、商店街は幾つか店が入れ替わったけれど、あまり変わりはない」
笑顔で頷く三人。変わらない事が嬉しいのだな。
「次に僕ね」
と恵理朱は昔三人がやっていたように、普段着から制服に早着替え。すると三人から驚きの声が上がった。
「その制服!」「エリスもなの!?」「姉を追ったんだね」
「えへへ。それだけじゃないよ。僕は一年B組に所属して、担任はなんと孝子先生だったんだ! 学園長先生が気を回してくれたんだって」
自慢げな恵理朱。孝子先生も鼻高々。
「……でも、もうお別れは済んでいるよ。僕はもう、佐伯恵理朱から、エリスワド・サイキに戻る覚悟は出来ています」
「あ……そう、だよね。ごめんね、エリス」
「ううん、お姉ちゃんが謝る事じゃないよ」
すると恵理朱は立ち上がり、我々へと向き直った。
「お父さんには結局、中学の入学式までしか見せてあげられなくて、ごめんなさい。孝子先生も、卒業式までいられなくてごめんなさい。皆さんにも、五年間の感謝を返さずに去る事になってごめんなさい。でも、僕は本当に心の底から感謝しています。ありがとうございました」
こんな出来た娘に誰が文句を言うものか。皆それぞれ感謝の言葉で返す。
「では次は私達が」
青柳夫婦の出番だな。
「まず先に、皆さんが帰ってから二ヵ月後に、私青柳秀二と斉藤孝子は結婚しました。見た通り娘が二人、一卵性の双子なのでそっくりで可愛いですよね?」
「ふふっ、それ親馬鹿って言うのよ。でも本当にそっくり。どっちがどっちなのかしら?」
「えー……」
明らかに迷っている青柳。確かにそっくりであり、顔を見ただけでは判別不可能である。
「赤い服が明日香で、緑が未来。もう父親なんだから区別出来るようになりなさいよ」
「ごめんなさい」
この夫婦の会話に一同大笑い。
「あはは、青柳さん尻に敷かれてるんだ。さすが孝子先生」
「ふふーん、まーね」
青柳立つ瀬がない。そして青柳は咳払い。
「んんっ、それでですね、私は刑事を継続中ですし、孝子さんも教師を続けています。しかし皆さんの動向次第では、長月荘を継ぐ事を工藤さんと確約しています。そうなれば私は刑事を引退し、下宿屋の運営に注力します」
青柳が私を見た。さてどうするかという事だろう。
「俺はあっちの世界に一ヶ月ギリギリまでいようと思う。その間青柳に長月荘を任せ、住人の評価次第では近いうちに譲り渡す事にする。……近いうちとは言ったが、恐らく俺も出たくなくなるから、数年単位で先の話になるだろうな」
「ええ、私達も焦らせる気はありません。まずはテスト期間を無事にやり切ってみせる所からですね」
青柳も孝子先生も嬉しそうだ。そもそも私のカンでは二人はむしろ向いている。いざとなれば体を張って皆を守る青柳、口調は強いが根は真面目で優しい孝子先生。完璧ではないか。
次に手を挙げたのは高橋だ。
「じゃあ次に私行くね。昇進はあったけれど何も変わらず。彼氏もいないから、誰か男紹介して!」
皆笑っているが、結構本気だぞ、こいつ。
「恵理朱ちゃんとも三年ぶりだったんだけど、本当に姉妹そっくりになって驚いたよ。そうだ、姉妹揃ったんだから後で同じ髪型にして並んでみて」
「あはは、分かりました」「うん、分かった」
それは私も見てみたい。
そして友達六人の近況報告へ。
「まずあたしね」
相良からか。やはりサイキと恵理朱が一番いい反応をした。
「一回彼氏出来たんだけど、逃げられました。そして高校の剣道大会で全国二位になりました。一位に勝てなかったのは悔しいけれど、まあ勝負の世界は厳しいからね。将来はスポーツインストラクターを目指していて、体育系の大学に合格したから、四月からは街を離れます」
「わたしの予想通りの将来だ。街と離れても、美鈴さんならばやっていけるよ」
二人とも笑い合う。やはり友達はいつまで経っても友達なのだな。
「それじゃあ後日勝負してもらっていいかな?」
やはりな。と思ったが、相良が顔を横に振った。
「あたしじゃなくて恵理朱と勝負しなさい。あたしね、もう剣を握らない事にしたんだよ。次の夢へのケジメっていう奴。だから恵理朱に負けてからは完全に引退。今のあたしはサイキの知っているあたしよりも弱い。そんなあたしに勝っても嬉しくないでしょ?」
「それはそうだけど……勝ち逃げするつもり? あ、わたしに負けるのが嫌なんだー」
煽るサイキ。しかし相良は寂しそうな表情を浮かべ笑う。
「あはは! そうそう勝ち逃げするつもりだよ。あんたに負けるの嫌だよ。……これで満足?」
さすがにこの一言の破壊力は大きく、サイキが申し訳なさそうな表情になる。
「……ごめん、言い過ぎた。美鈴さんの気持ち分かった。前に進もうとしている友達、従姉妹を、わたしが引き止めちゃ駄目だよね。インストラクターの夢、頑張って」
そしてサイキは恵理朱をひと睨み。
「だからエリス、わたしと勝負しなさい!」
「望む所! お姉ちゃんなんかコテンパンに伸してやるんだから!」
あっさりと姉妹対決決定である。
「といっても後にしろよ。今は先にやる事があるからな」
「はあーい」
声が重なると、やはり違うな。
次は木村だ。
「私はね、キャビンアテンダント目指す事にしたの。航空自衛隊のパイロットもいいかなーって思ったんだけど、女性パイロットの門戸の狭さを見たら、無理だなって。どれだけ好きでも才能がなければ無理な世界だからね」
「それでも空なのね。なっちゃんらしいわ。……で、色恋沙汰はあったのかしら?」
「あはは、あったけど今はない。高校が同じだった最上君なら知ってるよ」
という事で皆最上を見やった。
「あー……言っていいの?」
頷く木村。自分で言わない辺り、嫌な事なのだろう。
「……三又かけられてたんだよ。それで知り合いの俺が引き剥がしたの。そしたらそいつが被害妄想撒き散らして……そんな感じ。最後は自滅して、皆もなっちゃんに謝って済んだけど、やっぱり空気はそう簡単には変わらないよね」
予想以上の重い話に皆沈黙。
「んでも、お嫁さんになるのは諦めていませんよ。CAになって美形の金持ちパイロット捕まえるんだから」
「ふふっ、それはそれでなっちゃんらしい。安心していいのよね?」
「いいよ。暴力振るわれた訳じゃないし、もう切り替え済みだからね」
私から見ても無理ではない自然な笑顔の木村。本当にもう何とも思っていないのだろう。
「次はあい子」
「指名されたー」
木村から中山にバトンが渡された。さて一番分からないのがこの中山だな。
「うんとー、まず私は大学には行きません。上のお姉ちゃんがもう結婚していてね、お相手さんからの紹介でお仕事が見つかっているんだー。そして……」
と左手薬指を見せた中山。あちら三人はよく分かっていない様子。
「指輪?」
「うん。あーナオちゃん達には分からないか。私ね、一月に結婚したんだー」
「えっ! あ、その証明の指輪なのね。おめでとう!」
「ありがとうー!」
実は全員、その結婚式に呼ばれたので知っていたのだ。教会で身内と友達を集めた小規模な結婚式だった。お相手の男性は二十一歳だったが、親の会社を継ぐ予定であるが、いわゆる金持ちボンボンではなく、まるで恵理朱のようにしっかりした男性であった。
「そーしーてー……」
数時間前にも似た光景を見た。中山は自身のお腹をさすったのだ。
「えっ、えっ! 何あい子まさか、子供!?」
「ふっふーん。五ヶ月目に入った所でーす!」
「ええーっ!!」
これには皆驚いた。何せ結婚式の時には何も言っていなかったのだ。まさかおめでたが二人もいるとは。
「分かったのは先週なんだー。ちょっと体調悪くて病院に行ったらね、おめでとうございますって。私も驚いたよー」
我々も驚いたよー。まさかあの中山がこんなにも早く母親になるとは。
「次は私ですね。昭も一緒でいいですよね」
「という事は、上手く行っているんだね」
泉と一条、二人揃って頷いた。
「うん。五年も経てばちょっとは喧嘩する事もあるけれど、でも関係は続いています。今後は、私は就職、昭は進学予定」
画面越しのリタはまるで対抗するかのように夫を横に付けた。
「そして俺が無事就職出来たら、それまでも関係が続いていたら……ね?」
「うん。ね」
二人顔を見合わせ可愛い笑顔。本当に仲がいいのだな。羨ましいほどだ。ふと画面を見やると、リタとその夫タリアも同じように顔を見合わせ微笑んでいる。
「二組してお熱い事で。おっともう一組いたか」
青柳夫婦を見やり催促。恥ずかしがる青柳にノリノリの孝子先生であった。
そして最後は最上だ。
「えーと、俺は彼女なしで進学予定。料理系の専門学校。本気でそっちに進むよ」
そして大きく深呼吸。勿論サイキも忘れてなどおらず、立ち上がりその時を待つ。
「サイキさん。俺は五年待ちました。五年経っても気持ちは変わりませんでした。だから改めて言います。俺と、付き合って下さい」
皆の視線がサイキに集中する。さてどういう答えを出すのか。
「……一つ条件を出します。わたし達の世界に来て、そしてわたしとずっと一緒にいて下さい。工藤さんは特例で帰れるけれど、最上君はそうじゃない。一度わたし達の世界に来れば、もうこちらの世界には戻れません。家族とも会えなくなります。勿論ここにいる皆とも。それでもいいのであれば……」
「構わないよ。その可能性も考えていたから。だから……」
サイキの言葉を遮るほどに、最上は真剣であり本気なのだ。さあサイキは後がないぞ。
「……あはは、ごめんなさい。……ごめんなさい」
二度謝った。一度目は軽くだが、二度目はこれ以上なく重い口調だ。
「実はね、わたし達の世界への招待が許されたのは、そもそも工藤さん一人だけなんだ。しかも一ヵ月後には強制送還という条件付き。だから今のわたしの質問は全て嘘。最上君の気持ちを試したかっただけなんだ。だから、ごめんなさい。気持ちを弄ぶような質問をしちゃって、ごめんなさい。そして、叶わない期待を抱かせてしまって、ごめんなさい」
サイキの瞳から涙が零れ落ちた。サイキ自身も本気でそうなればいいと願ったのだな。そして叶わなかった事への憤りを、最上へとぶつけてしまったのだ。
「……分かったよ。俺こそごめん。五年も俺の想いを背負わせてしまってごめん」
最上男泣き。するとサイキは画面越しのリタに食って掛かった。
「ねえリタ、今から上に話し付けてよ! リタならどうにか出来るんじゃないの? 一人くらい紛れていたって影響ないよね? リタ! 頼れって言ったのはリタだよ! どうにかしてよ!」
泣き叫ぶサイキに、本当にこの子はそれを望んだのだと痛感する。最上にとっても悲恋であるが、それはサイキにとっても同じであるのだ。
「……残念だけどね、その一人がどれほどの影響を与えるのかが分からない以上、それは許可出来ないんだ。あたしだってどうにかしたいよ。でもね……無理なんだよ」
膝から崩れ落ちるサイキ。
「リタの、バカ……」
その事は、サイキも理解しているからこそ、無理である事が分かっているからこそ、ここまで感情を露にしたのだ。
こうしてサイキと最上の、五年越しの恋は幕を閉じる……。




