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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
一期一会編
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一期一会編 1

 時間を少し巻き戻し、三月二十五日、恵理朱の中学一年生修了式の日である。

 学園から帰ってきた恵理朱は浮かない表情。

 「どうした?」

 「……あの頃はたった一週間だけの学園生活だったから、あまりクラスメートとしての自覚がなくて、それにあの時点で僕は残るって決めていたから、学園を離れる事に寂しさは感じなかったんだ。でも今回は違った。……泣いちゃった」

 恵理朱はあの三人と一緒に帰り、もう戻らないつもりなのだ。なのでその事をクラスメートに説明し、別れの挨拶を済ませたのだな。


 「恵理朱は覚悟が出来たという事か」

 「うん」

 そして私の顔をしっかりと見据えてきた。

 「だからね、お父さん。今のうちに言わせて下さい。僕はもうお父さんとは会えなくなる。でも僕はいつまでもお父さんを慕っています。この五年間、僕は本当に楽しく過ごせました。心から感謝しています。このご恩は決して忘れません。……今までお世話になりました」

 あっさりと言ってのけてくれるものだ。

 今度の別れは今生の別れ。それは間違いないだろう。しかし妻と娘を失ったあの時とは違う。三人を送り出した時とも違う。引き裂かれるのではなく、送り出すのだ。そして今の私には、今の住人がいてくれるのだ。だから、私は涙を見せない。笑顔で別れるのだ。

 「俺も恵理朱がいたおかげで楽しく過ごせたよ。長月荘も再開出来たし、晩飯作りを助けてもらえたし、問題を起こしてもくれた。五年は長かったが、しかし時間を潰すだけの日などなかったからな」

 笑顔を見せる私に、恵理朱も笑顔で返してくれる。


 「お前は強い。人に頼る事も知っている。……恵理朱、約束してくれ。幸せになってくれよ」

 「うん。任せなさいっ! なんて。えへへ」

 最高の笑顔だ。


 三月二十七日。サイキ、ナオ、リタがあちらの世界へと帰ってから五年の節目にあたるこの日、私の元には懐かしい顔が揃っている。

 相良美鈴、木村奈津美、中山あい子、泉由佳、最上重、一条昭という三人との友達。青柳秀二、青柳孝子、高橋一圭という大人三人、青柳夫婦の子供である明日香ちゃんと未来ちゃんも一緒だ。そして忘れてはならない現在の住人も。

 「近況報告会もしたい所だが、何よりも三人を待たなければな。恵理朱、何か変わった事があれば言ってくれよ」

 「分かってるよ。今の所は何も動きなし。本当に何か仕掛けてあるのかなあ?」

 疑心暗鬼の恵理朱。我々もだな。この集まりが無駄にならない事を祈る。


 時刻は正午十二時。時計が鳴ったその瞬間、恵理朱が立ち上がった。

 「来た! 真上!」

 すると遠くで爆発音。一斉に駆け出し、空を見上げる我々。そこには晴天に流れる一筋の飛行機雲。

 「まさにあの時そのままだ」

 皆が私の目線を追い、飛行機雲に目を向ける。

 「……いた! ははは、あいつら落ちる気だぞ! 恵理朱手伝えよ!」

 「うん、任せて!」

 そもそも空を飛べるはずの彼女達がそのまま落下している時点でこれは演出だ。ならばあえてそれに乗るのが父親というものだろう。

 周囲が少し距離を置き、私と恵理朱は手を広げた。そして見事に赤い髪の子供と、黄色い髪の女性をキャッチ。相変わらず重さを感じさせない、とても軽い手ごたえだ。


 「あ、あの……」

 おっと、このままでは通報されかねないな。というか刑事がそこにいる。丁寧に地面に降ろすと、私も赤い子も、同時に大笑い。

 「あっはっはっ! やりやがったなこいつ!」

 「えへへ、完全再現出来たかな?」

 「ああ、バッチリだ!」

 そして私達の前に二人並んだ。

 「サイキとナオ、ただ今帰ってまいりました!」

 皆一斉に拍手。そして恵理朱は五年ぶりにお姉ちゃんへと抱きついた。

 「お帰りー! 会いたかったー! 僕五年も待ったんだよ! すっかり成長したんだよ! お姉ちゃんとそっくりなんだよー!」

 「あはは、うん。お姉ちゃんとそっくりになったね」

 「当たり前だよ! 姉妹なんだよ!」

 感情が爆発し、泣きながら笑いながら、そして怒る恵理朱。その表情はすっかり五年前の小さなエリスに戻っている。


 すると我々を取り囲む周囲から女性が二名、ナオに抱きついた。

 「ナオちゃんだー! おかえりー!」「お帰りなさい! 本当に……良かった……!」

 「ふふっ、あい子となっちゃんも、ただいま。皆は今、高校を卒業した所よね」

 「うん。……でもそれは後で話すよ」

 中山が私を見て、話を進めるようにと催促してきた。すっかり気配りの出来る女性になったのだな。

 「ナオもお帰り。お前やっぱり背が伸びたな。俺と同じくらいか?」

 「ええ。来る前に計ったら工藤さんとほぼ同じだったわ。……工藤さんは老けたわね」

 「ははは、当たり前だ」

 五年だぞ。私は今六十三歳だぞ。


 「それで、足りないもう一人はどこだ?」

 「あっ……」

 すると途端に二人とも表情を変え、うつむいた。いや、まさかな。

 「……ごめん、なさい……リタは……」

 ポロポロと涙を流す二人に、絶望感の漂う周囲。私はそれを払拭したい。

 「俺は信じないぞ。三人で帰ってくると言ったじゃないか!」

 「……」

 うつむき一言も発しない二人。そうか、本当にリタとはもう……。それを悟った私は、力なく倒れそうになってしまった。それを支えたのは恵理朱だった。

 「……俺はまた……家族を……失ったのか……」

 「えっと、ごめんなさいっ!」

 揃って大きく謝る二人。しかしもうリタとは……。

 「だからこれは駄目だって言ったじゃないか!」

 あまりの寂しさに、リタの幻聴が聞こえる。

 「リタ……ごめん……」

 「い、いや工藤さん、あたし死んでないから! 生きてるから!」


 力の入らない私を、恵理朱が支えて立たせた。そんな私の目に飛び込んできたのは、空中に浮かぶパソコンのウインドウのようなもの。そしてそこには、リタが映っている。

 「……遺影か」

 「ちょっ、ちがあーう! エリス、工藤さんの目を覚まさせな!」

 と、恵理朱の平手打ちが飛んで来た。痛い。そしてようやく何が起こっているのかの理解が始まった。同時に物凄い勢いで怒りが湧き上がってきた。

 「……これは、そういう事か。そういう事なんだな?」

 「えへへ、ごめんなさい」「やり過ぎました。ごめんなさい」

 「お前ら! 謝って許される事と、そうでない事の区別もつかんのか! 俺にとって家族を失う事が、どれほど大きな意味を持っていると思っているんだ! 今すぐ帰れ! 二度と来るな! 顔も見たくない!」

 まさに怒り狂う私に、なす術のない二人とリタ。周囲が仲裁に入り十分ほど。ようやく私の頭に上っていた怒りの血が収まった。

 「ちょっとした冗談のつもりで、すぐ気付かれるかなーって思っていたんだけど、あそこまでとは思っていませんでした。本当にごめんなさい」

 「全く、相変わらずの問題児だな。それで、何でリタは帰ってこなかったんだ?」

 すると画面の向こうにいるリタが直接口を開いた。

 「体調を考慮した結果です。あたしも本当は行きたかったんだけど、無理に行って迷惑をかける訳にもいかないからね。泉さんごめんね」

 「あ、ううん。元気そうな顔を見られただけでも嬉しい。でも病気は大丈夫なの?」

 「病気じゃないんだな。えーっと……」


 カメラが引き、リタの横には大きな男性が一人。背の小さいリタと比較してなので、実際には百七十センチほどかな?

 「初めまして。私はタリア・エールヘイムと言います」

 「は、初めまして」

 突然の男性に戸惑ってしまった。

 「あたしの夫です」

 一斉に驚きの声が上がる。しかしリタからの驚きはこれで終わらなかった。リタは画面外の誰かを手招き。すると小さな子供が二人。耳付だ。

 「あたしの息子と娘です」

 「ええーっ!!」

 それはそれはとんでもない驚嘆である。

 「ほら、自己紹介」

 「アキラ・エールヘイムです」「ユカ・エールヘイムです」

 二人揃ってしっかり頭を下げる。そしてその名前に、心当たりのある我々の一部は大笑い。

 「あはは! リタちゃん昭と私の名前使ったんだね。へえー可愛い」

 「何となく俺らにも似てない?」

 「それはないなー」

 仲のいい二人。最近ずっと音沙汰なしだったのだが、良好な関係は継続中か。

 「そして本題。あたしがそっちに行けなかった理由なんだけどね……」

 リタがお腹をさすった。それで全てが分かった。

 「三人目か!」

 「そういう事。早ければあと一ヶ月で生まれるんだよ。そんな状態で体に負担をかける訳にはいかないだろう? だから涙を飲んだんだよ」

 リタの声と表情が、本当にこの子が母親になったのだと理解させてくれる。


 「納得だよ。それじゃあ体を大切に、末永く幸せにな」

 「あはは、まるでこれで終わりみたいな言い方だね。あたしは約束しただろ? 工藤さんをこちらの世界に招待すると」

 するとナオが何もない空中からジャケットを取り出した。この芸当を見るのも五年ぶりだな。

 「それを着て、後は三人に手を引かれてゲートを通過すれば、工藤さんはこちらに来られる」

 「ああ……」

 唐突に現実を突きつけられた気分になった。私には長月荘をどうにかしなければいけない。現在の住人を放り出す事など出来ないのだ。

 「っていう事くらい分かっているよ。だからわたし達は少しの間、こちらに滞在します。きっと皆も色々知りたいでしょ」

 「そうだな。……まあそのための用意は出来ているんだが。……立ち話もなんだ、入れ」

 「うん。それじゃあ……」

 サイキとナオ、そして画面越しのリタが目で会話をした。

 「せーのっ、ただいまあっ!」


 こうして別の世界の住人である三人は、しっかりと生き抜いて帰ってきたのだった。



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