学園戦闘編 6
本文中にも注釈がありますが、ここから先、時折視点が工藤一郎から第三者視点へと移行する場合があります。
その都度その旨を一言入れてあります。
彼女達の初登校日が来た。三人を見るとあまり眠れていない様子だ。
「き、緊張……なんかしてませんよ。ただ索敵を厳にしていただけですから!」
サイキは嘘が下手だ。物凄くバレバレだ。
「私は緊張なんてしてないわよ。平常心ですよ。いつも通りですよ。ねーリター」
いやいやナオだって思いっきり笑顔が引きつっているぞ。
「リ……リタは……だいじょ……です」
どこがやねん! と関西人でもないのに関西弁でツッコミを入れてしまいたくなるほどのド緊張じゃないか。三人とも大丈夫かなあ、凄く不安である。
手を叩き彼女達の緊張をほぐす為に一言。
「見知らぬ世界に飛び込んできたお前達ならば大丈夫だ。自信持て」
朝食を食べさせ弁当を持たせる。いつも通り一瞬で着替えを終え、未だにガチガチに緊張した面持ちで新しい一歩を踏み出した彼女達。歩幅を合わせ、私も担任教師との顔合わせに向かう。周囲には登校中の学生もちらほらと見える。三人はというと照れなのか緊張なのか、うつむき気味に歩いている。
学園に到着し、まずは学園長室へ。ノック三回、扉を開けると学園長と、その傍らには担任教師が待機していた。
「初めまして。これからあなた方三人の担任をします、斉藤孝子と言います。担当教科は国語。よろしくお願いしますね」
若くて美人な先生だ。これなら学生にモテるんじゃないだろうか。なんて思っていると、予想外の言葉が飛び出した。
「工藤さんお久しぶりです。忘れちゃいましたか? 私も長月荘の元住人です。SNSの”たかこせんせー”ですよ。ふふっ」
「おー君が!? ……という事は最初に撮ったあの写真も見ているのか。うーん、三人の事情を何処まで知っているのかな?」
答えによっては私の冷や汗が止まらなくなってしまう。
「家庭の事情で学校には通わず独学で勉強、体の弱い子がいるので途中退室が多くなるかもしれない、ですよね。把握していますよ」
「それ以上は? その……家庭の事情の中身というか、そういうのは?」
「いえ、私が知っているのはそれだけですよ」
どうやら本当にそれ以上については知らないようだ。
「お知り合いでしたか。これは何ともな偶然ですね」
学園長は狙ってやった訳ではないらしい。という事は本当に偶然なのか。何とも恐ろしい、これも長月荘の”縁”の力か。しかしこれで一つ安心した。元住人にならば全てを任せられる。
予鈴が鳴り、彼女達は孝子先生に連れられ教室へと向かう。事前に、余計な事は言うな、何かあったら誤魔化せと言い聞かせてはあるが、やはり不安は拭いきれない。私は学園長と再度、有事の際の段取り確認をする。
「ちょっと覗いて行かれますか?」
帰ろうかという所で学園長の甘いお誘い。私もまだ不安はあるので、ここは一つそのお誘いに乗る事にしよう。
彼女達の教室、一年B組を覗く。一番後ろの席に並んで座る三人を発見。
「リタ小さいなあ」
と思わず小さな声が漏れた。これに気付いたというはずは無いが、孝子先生がこちらをちらっと見た。私は軽く会釈をし、帰路につく。彼女達からの帰宅後の報告が楽しみだ。
さてここからは学園内での話になるが、私は授業中の教室に侵入など出来ない。従って今後は工藤一郎視点を離れ、第三者視点として話をさせていただく事がある。
それでは視点を教室へと移動させよう。
話を少し戻し、彼女達三人は斉藤孝子先生に連れられ一年B組の教室へ。先に孝子先生が教室に入り、三人は呼ばれるまで廊下で待機。そして緊張で手が汗らだけ。
「はーいお前ら座れー。今日から我が一年B組に新人が加わる事になったぞー」
大盛り上がりの一年B組諸君。
「はいはいうるさいぞー静かにしろー」
手招きされる三人。その表情には緊張の色がにじみ出ている。生徒の目は一番にリタに集中した。身長百二十センチという小学生低学年並の小ささは、その耳を強引に隠した髪型も相まって、否が応でも目立つ。まずはサイキから順に自己紹介である。
「えっと、く、工藤サイキといいます。よろしくお願いします」
「青柳ナオです。よろしくお願いします」
「セルリット・エールヘイムです。よろしくお願いします、です」
三人の自己紹介が終わるや否や、先程以上の大盛り上がりの教室。
「可愛い子キター!」「外国人なの!?」「付き合ってくださーい!」
孝子先生が机を思いっきりバンッ! と叩き、場を収めた。
「うるさい! 三人も萎縮しちゃってるじゃないか。次うるさくした奴は昼飯のおかず没収するからな!」
一瞬で静かになる教室。孝子先生は有限実行の人なのだ。
「三人は一番後ろの席ね。セルリットさんは……」
「リタ、でいいです。今までもそう呼ばれてきたです」
「リタさんね、オーケー。んでも真ん中はでかいのが前にいるから黒板見えないよね」
すると孝子先生は、そのでかいのを指差し、こうなじって見せた。
「ほら前野、お前もっと小さくなれよ」
「無理でーす」
このやり取りに笑いの起こる教室。おかげで三人の緊張も少しだけほぐれた。
「あ、あの、それならわたしもサイキって呼んで下さい。名字はまだ……そのほうが慣れていますので」
「それなら私もナオでいいです。そのほうが呼びやすいでしょうし」
方々から名前を呼ばれる三人。サイキは照れくさそうに、ナオは胸を張って、リタは固い表情で答える。
「背丈から考えて私が真ん中ね」
ナオが真ん中の席に座り、サイキは窓側、リタは廊下側となった。
こうして素性を隠した彼女達三人の、まるで危うい綱渡りのような初めての学園生活が始まった。
朝礼が終わると早速取り囲まれる三人。サイキは男子受けがよく、ナオは女子に好かれ、リタには男女関係なく黒山の人だかりが出来た。そして一部それを快く思わないグループも見受けられる。時期外れの転入生三人の話はすぐさま両隣のクラスにも伝わり、次々と見学者がやってくるので、三人には緊張をする暇すらない。
チャイムが鳴り一時間目の授業が開始された。教科は国語。孝子先生の担当だ。三人はまず教科書のページを追う所から始める事になる。授業は淡々と進み、時には笑い声の漏れる授業だが、彼女達にその余裕など全く無い。そして授業が終わるとまた囲まれる三人。結局はこの光景が一日中繰り返される事となった。
昼休み、早速彼女達三人を快く思わない女子グループの一人、松原という女子が難癖を付けてきた。
「あんたたちーすこしめだつからってーちょーしのってんじゃねーのー」
いかにも頭の空っぽな、残念さを漂わせる喋り方である。さてどうするかと三人顔を見合わせた。
「あー転校生に初日から絡む奴とかーすっげーうぜぇよなー。邪魔だからさっさとどっか行ってくんねーかなー」
唐突に牽制を入れたのはサイキの隣、最後列窓側に座る女子だ。
「さがらーあんたになんかいってないんだけどー」
「あたしもあんたになんか言ってないけど? 周りの総意を代弁した、ただの独り言。分かったらさっさとどっか行けよ原住民」
「んだってーやるかー」
口調は残念そのものではあるが、一応は喧嘩腰である。
「まあまあ、喧嘩は良くない事ですから」
最初に難癖をつけられたサイキが仲裁する側になってしまった。
「お前らなにやってるんだ?」
そして孝子先生のご登場。これには蜘蛛の子を散らすように退散する野次馬。
「あーしなんもわるくないしー」
「はあ、またお前か松原。親が教育委員会にいるからって調子乗ってると、いつか大怪我するぞ?」
結局その場は孝子先生の登場という幕引きで終える。
「あの、ごめんなさい。ありがとうございました」
サイキが隣の席の女子、相良に謝る。
「え? 私なんもしてないよ? 気にしなくていいよ」
一悶着はあったが、無事初登校を終え下校する三人。今日は疲れるだろうからと事前にカフェには休みをもらっている。まだ一日目。周囲も三人も、慣れるにはしばしの時間が掛かるだろうと思う工藤一郎であった。




