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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
勇往邁進編
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勇往邁進編 19

 ……。

 あの日以来、私は空を眺める事が増えた。今日はあいにくの雨模様。そう、彼女達が帰ってから四日目、初めての雨だ。


 ――あの後私は十分以上も呆然と空を眺め続けていた。青柳に体をゆすられ、それでようやく我に帰ったのだ。気付けば私の足にしがみついたエリスが号泣しており、姉を求める声を聞いたおかげで、守るべきものを再確認し、冷静にやるべき事を整理出来た。その後に取材を受ける私を見て、不安を抱えていた周囲も安堵したという。それほどまでに私は間違った道に入り込みそうに見えていた訳だな。

 特別番組も終わり、全員が校庭から去ったのはそれから二時間後の事だった。勿論最後は私だった。青柳・高橋・渡辺・孝子先生、そして芦屋家のお義父さんと兄ちゃん姉さんの七人はそのまま長月荘へ。今後の事を話し合うためだ。

 「芦屋の者が長月荘に来たのも十五年振りか。俺から言うのも何だがな、一郎君、本当にありがとう。あの子供達の事もそうだが、よく十五年間さえ子の事を忘れずにいてくれた」

 「忘れられる訳ないですよ。何たって俺は未だに妻の事を好いていますからね。むしろ俺こそ感謝しています。大切な一人娘を奪った挙句に失った、こんな俺に十五年も目をかけてくれるなんて、本当に頭が上がりません」

 するとやはりガハハと笑うお義父さん。

 「一郎君はもっと俺達に頼っていいんだぞ。住人達もそうだろう?」

 皆一斉に頷いた。


 そうだな、ならばまず最初に私が頼るべきは、高橋だ。

 「じゃあまずは高橋、エリスを甘えさせてやってくれ」

 「そう来ると思っていました。エリスちゃん、おいで」

 ボロボロに泣きながらも素直に高橋に抱きつくエリス。こういう時には人肌の温もりを感じさせる事が一番だな。

 「次に渡辺だ。残ったからにはエリスも学校に通わせる。後数日で戸籍の取得と転入の手続きを終えられるか?」

 「難しいが、可能だ。だが何年生にするつもりだ?」

 そう言われると悩むなあ。と思ったら本人が要望を出した。

 「ごっ、えんごっ……ちゅっ、うがくせいっ、で……」

 「つまりは今のサイキ達と同じ学年で帰りたいという事か?」

 エリスは頷いた。泣きじゃくり引付を起こしかけながらでも、しっかりと自分の意思を伝える。さすが出来た子だ。

 「という事は三年生だね。一年B組での状況を鑑みれば妥当な学年だと思うよ。一時的にも私の教え子になったんだから、担任としてそこいらへんの調整は受け持ちます」

 これでエリスの教育関連は孝子先生に任せておける。


 ――日にちを現在に戻そう。

 「エリス、そんなに構えていたら気疲れを起すぞ」

 「……でも、もしもの時はぼくしかいないんだよ。ぼくが守らなきゃ」

 まあ健気な事。しかしそれも事実。

 昼頃に訪問者。青柳だ。

 「エリスさんの確認に来ました。……っと、やはり不安だったようですね」

 エリスは青柳の顔を見るなり飛び込むように抱きついた。

 「……高橋さんは?」

 「あーえーっと……高橋さんは元々私とは管轄が違いまして、今回はその垣根を越えて特別に手伝って頂いていましたので……えー……」

 青柳が困っている。エリスが寂しがり泣いてしまわないかと警戒しているのだな。

 「うん、分かりました。……これくらいじゃぼくは泣きませんよ。えへへ」

 その笑顔に青柳撃沈。泣きそうな笑顔でエリスを抱きしめ頭を撫でている。うーん、本当にこれがあの無愛想で冷淡な青柳秀二なのだろうか?


 テレビでは、しきりに帰った三人と侵略者の事を流している。まるで意地でも忘れたくないかのようだ。そしてあれ以来エリスの事は一切話題に上がる事がない。

 電話が一本。渡辺からだ。

 「手続きが全て終わった。これでエリスちゃんは戸籍を持ったぞ」

 「ありがとう、恩に着るよ。……それはそうと、マスコミにエリスの口封じをしているのはお前か?」

 「……あーそういえば聞かないな。俺は何も関わっていないよ。恐らくだが、長谷川かそれに近い人物か、又は自主的にか。調べて折り返し電話するよ」

 という事でその十分ほど後。

 「自主的にだった。最後の日に工藤さんがぶちまけた鬱憤が効いているようで、もう追いかけないという報道協定が結ばれたらしい。事情は少し違うが、お前さんはようやく普通の生活が手に戻った訳だ」

 「なるほどな。……ほっとしたよ。後はこの雨が止んでくれるのを祈るだけだ」

 それから十時間後、時計は長針も短針も頂点を差した。日付が変わり四月一日。エリスは眠気に舟をこぎながらも必死に耐えている。

 「もしもの時は呼ぶから、もう寝なさい。その状態じゃまともに戦えないだろう?」

 「……うん。寝る」

 しかし部屋には戻らず、ソファの上でそのまま横になった。どこまでも真摯だな。


 ……朝が来た。そして晴れ間が見える。

 「リタの奴め、本当にやりやがったな。これで第一段階は達成だな」

 居間から空を見上げる私。するとエリスも起きた。

 「……おはようごふぁあぁー……ます」

 喋っている最中に大あくび。まだサイキ達がいない事には慣れていない様子のエリスだが、それでもここ長月荘が気の置けない場所である事は変わりないようだ。

 「ははは、おはよう。見てみなさい、外は青空が覗いている。リタはやったんだ。そして……」

 「そして、おねえちゃんたちは今も戦いの中にいるはず。……うん、決めた。ぼく髪を伸ばす。おねえちゃんと同じにする。でも五年でどこまで伸びるかなあ?」

 五年後には第二のサイキが出来上がる訳だな。これはよりこの五年間を楽しみに出来そうだ。そしてエリスも同じく、この五年間を楽しむ事に決めたのだな。ならばもっともっと楽しい事を増やさなければ。あいつらが嫉妬してしまうほどに楽しまなければ。



 ――時間は大きく飛び、一年後の四月一日。

 本名エリスワド・サイキは、名前を佐伯恵理朱と変えた。変えたと言っても当て字であり、読みは同じ。

 恵理朱は無事に気付かれる事なく小学三年生の一年間を謳歌してみせ、そして毎日欠かさず相良剣道場へと足を運んでいる。文字通り毎日であり、剣道場が休みでない限りは、雨の日も風の日も、雷の日も台風の日も欠かさずに通っている。

 相良美鈴もすっかり恵理朱と仲良しであり、たまに長月荘へと遊びに来るようになった。そして泉由佳と一条昭は本格的に恋人としての付き合いを始め、ナオの友達である木村奈津美と中山あい子も相変わらず仲がよく、そして中山には彼氏が出来たらしい。最後の最上重は相変わらずであるが、料理の腕はメキメキ上昇中であるそうだ。


 テレビでは一年前の出来事の特集が組まれている。それは彼女達が何度も口にした、世界を救える期限である一年がやって来たからだ。

 それから一週間。恵理朱も久々に緊張した面持ちであったが、すっかり通常に戻り小学四年生として勉強を始めている。恵理朱の成績であるが、押しなべて平均以上。成績表は五段階のうちほとんどが四。まさに姉の生き写しのようであると笑えば、恵理朱も嬉しそうに笑うのだ。

 一方剣道の腕も見事に成長しており、相良美鈴曰く、最初に相良と剣を交えた時の姉は越えたらしい。これは本当にあの戦闘狂をも上回るかもしれない。


 そして長月荘周辺だが、刑事の青柳秀二と、三人の元担任であり元住人の斉藤孝子先生が六月に結婚式を挙げた。私が仲人を務め、あの時に関わった様々な人が呼ばれたのだが、そのうちの一つのテーブルにあの三人のネームプレートが置いてあるのを見た私は、会場の誰よりも早く泣いてしまっていた。……青柳許すまじ、である。

 二人の新婚生活だが、さすがに刑事と教師では時間を合わせるのが難しいらしく、週一で交互に愚痴を言いに来る。そんな中でもやる事はしっかりやっており、孝子先生は先日おめでたを宣告されたとの事。

 三人が戻ってくる頃には三歳の子供がいる訳だが、果たしてあの三人はどういう顔をするのだろうか。……日々こういう楽しみが積み重なっており、それだけ待ち遠しさで私の中の時計が遅くなる。


 私と長月荘自身に関してであるが、この一年は熱が冷めるのを待つために住人の募集はしなかった。しかし恵理朱がいてくれたおかげで、また三日に一回は誰かしら遊びに来てくれたおかげで、寂しさなどはなかった。

 渡辺から、募集再開の前に直せる場所は直し、最小限のリフォームをしてはという話があった。確かに台所は二十八年前のそのままであり、一部建付けも悪くなってきている。床も鳴るようになってきている部分がある。何よりも、今の私ならば長月荘を元の形に戻してもやっていける自信があるのだ。

 長月荘は元々201号室から205号室までの五部屋あり、また一階の私の部屋も、家族三人が川の字で寝ても大丈夫なほどには広かったのだ。しかし資金面は? と思うかもしれないが、長谷川の一言で国からの特別報奨金が出て、全てを工事費に補填してもまだ余るのだ。何よりも住民の伝を頼れば建設業者も捕まえられる。こうして長月荘は改装工事に入る事になった。


 二年目の春先五月一日。この日、山田誠二郎内閣総理大臣が、正式に世界が救われた事を宣言した。世界は安堵に包まれ、そして愚かながら小競り合いも始まるのであった。

 争いは、世界が平和でなければ出来ない。


 そんな世界で私の出来る事は一つだけ。彼女達の帰りを待つのみである……。



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