勇往邁進編 17
さて昼食だが……。
「カツ丼にしましょう」
いの一番に青柳から要望が来た。そしていつのまにか豚肉の入った袋が出てきた。コンビニに弁当を買いに行くだけなのに結構時間が掛かっていると思ったら、こういう事だったか。さすが青柳である。
「それじゃあ……青柳と高橋、手伝え」
「わたし達は?」
「最後なんだから大人しく待っていなさい」
「あはは、はあーい」
だったら何かが変わるのかという話ではないが、少しでも友達と一緒の平和な日常を過ごさせてあげたいのだ。
カツ丼とは言ったがこの人数では時間が掛かる。鍋を二つ並列に使用するか。
「青柳は左の鍋を見ろ。高橋は肉叩いて衣つけろ」
「まるで戦場で子供達に指示を飛ばしているみたいですね」
「口動かす前に手を動かせよ」
「了解です司令官殿ー」
ノリノリの高橋。そして青柳に言われて思ったが、いつの間にか私の指揮能力も上がっていたのかもしれないな。
さすがに大人三名、鍋二つだと早い。三十分ほどで全員分のカツ丼が完成した。正しくはカツとじ丼だな。とんかつと玉ねぎを卵でとじたのだ。
「カツとじ丼、お待たせ」
「美味しそう! これももらったレシピにある?」
「どうだったかな。色々書いたから覚えていない」
するとリタが検索開始。すぐ答えが出た。
「あるですよ。でもなんでカツですか?」
「ナオの嫌いな縁起担ぎだよ。勝負に勝つ、ってな」
「嫌いな訳じゃないわよ。ただ実力主義者の私にとっては眉唾物だっていうだけ。……といっても工藤さんのおまじないを見ていると、それも面白いかなって思うけれどね」
ナオもすっかり丸くなったものだ。最初はそれこそ突き刺さるような目線を送ってくる事も多かった。今思えばあれは何も信用出来ず、不安感から自分を守る行為であったのだと分かる。
食事も済み滞在時間は残り二時間。そろそろ芦屋家のお義父さんを迎えに行かなければ。念の為に連絡を入れるか。
「心配する必要はないぞ。卓郎に既に話をつけてある。一郎君は最後まで子供達の傍にいてあげなさい。一郎君自身もそのほうが安心出来るだろう?」
「ははは、そうですね。それじゃあお義父さんの事は兄ちゃんに任せます」
するとお義父さんはこう笑った。
「一郎君はまだまだ人に頼らないといかんぞ。人に頼って縁を紡ぎ絆を強くし、皆が恩に報えるようにしなければいかん。大変だぞ? ガハハ!」
つまり私は与える役割を終え、受ける側へと回るべきなのだな。しかしお義父さんも言う通り、受け手は受け手で大変そうだ。
私も最終確認に入る。各所への連絡は芦屋家で最後。子供達の忘れ物はない。短剣もリタに渡し、彼女達の技術は全て回収された。布団も仕舞いソファやテーブルも元の位置。
「……よし、長月荘の準備は終わった。時間は……まだ一時間半あるな」
「ねーねー、戻ってくる時って、場所分かるのー?」
おっとそういえば。サイキがここに来たのは偶然であり、一人いればビーコンが打てるので世界の特定が出来ていた。しかし皆帰ればそれは出来ないぞ。
「そう言うと思って、既に手は打ってあるわよ。安心して」
「どういう手を打ってあるのかで安心の度合いも変わるよ」
「あら、なっちゃんも心配性ね。……でも、残念だけど具体的には言えないわ。それを知ってしまうと皆が危険に晒される可能性がありますからね」
うーん最後にそんな心配をする事になるとは。
「工藤さんまで顔が暗くなったよ。……じゃあこう言い換えます。わたし達を信じて」
サイキの強くも優しい一言に、これは本当に不要な心配なのだと分かった。散々秘密だらけの彼女達だ、今更それくらいの秘密などどうって事はないな。
「よし、信じよう。だからちゃんと帰ってくるんだぞ」
「はい!」
返事もしっかりとしたものだ。
「さてと、少し早いがそろそろ行こうか」
「うん。待つだけは落ち着かないもんね。三人もいいよね?」
「……うん」「いつでもいいですよ」「ぼくも大丈夫」
約一名弱っているのがいるが、しかし返事をしたからには逃げない。そういう子だ。
「四人は空からな。最後だ、ゆっくり街を眺めていけ。友達一同は二台に分かれて学園まで行く。解散は……その時に考えよう」
皆頷いた。覚悟は決まった。
「最後に一つ。長月荘をスキャンしてもいいですか?」
「ははは、今更だな。……まさかお前達の世界に長月荘を作る気じゃないだろうな?」
「バレたですね。リタは平和になった後学校を作って、もっとしっかりとした教育を受けられるようにするですよ。そしてその学生寮として、長月荘を再現するつもりです」
サイキとナオは学校生活そのものを楽しんでいたが、リタは学校の教育制度という部分から考えていたのだ。人とは違う視点で一つ先を見据える。技術者であるリタらしいではないか。
空へと上がる子供達を見送り、我々は学園へ。青柳と高橋の車に男子二名、私の車に女子四名である。さすがに五人乗りは狭そうだが、学園までだから我慢してもらおう。
視点を空の子供達へと移動。
「ナオ、大丈夫?」
「……ギリギリ。でも、きっと駄目ね。あんたも泣くんでしょ」
「うん。わたしは耐えるのが上手くなっただけで、中身は泣き虫のままだもん。リタはそんな素振りもないよね」
「まるで感情がないかのような言い方は心外です。リタは二人とは違ってそこまで涙もろい訳ではないだけですよ。それに、それを言ったら身じろぎもしないエリスはどうなっているですか?」
「……ぼくだって寂しい」
そう言いつつも表情を変えないエリス。
「ねえ、最後なんだからさ、ド派手に行こう?」
「言うと思ったわ。さあ街の皆に最後の挨拶をしましょ」
「何をするのかはナオに一任するですよ。こういう事はナオが一番です」
さてナオの答えは?
「そうね……サイキ、100%FAで盛大に剣を振り回しなさい。ただしまずは皆を驚かせないようにゆっくりね」
「うん、任せて!」
サイキは最初の剣を取り出し、特大の光る剣を出現させ水平方向にゆっくりと一周。そして深呼吸。
「ふう……よし、行くよ!」
サイキはサーカスも使用し、高速で飛び回りながら特大の光の剣を振り回す。
「さすがは戦闘狂ね。……ふふっ、私も疼いて来ちゃったわ。リタもエリスも自分なりに動きなさい。それくらい言わなくてももう大丈夫でしょ」
「無茶振りです。でも任せるですよ」
「ぼくは防壁で色々作るね」
そして四人がそれぞれ自分勝手に暴れ始めた。
そして運転中の工藤一郎へ。
「あー、あっはっはっ、やってるやってる」
予想通り四人が空で光の演舞を繰り広げている。
「色が付いているから誰が誰かすぐ分かるね。物凄い速度で動いているのはサイキか」
「大きさではナオちゃんだね。先が遠過ぎてかすんでいる」
「綺麗さではリタちゃんですね。まるで花火みたい」
「エリスちゃんのも綺麗だよー。……あっ!」
中山が何かに気付いた様子。上空にはエリスの巨大な防壁。すると文字が浮かび上がった。
「ありがとう、か。それは俺達の言葉なのにな。あいつらには何度感謝しても収まらないよ」
「うん」
友達四人も各々頷いた。この世界の皆が命を救われたのだ。この感謝をどう返せばいいのだろうな。
さあ学園に到着だ。どうやら校庭までそのまま乗り入れてもいい様子。駐車した所で丁度学園長を見つけた。
「最後ですね」
「ですね。約半年間、お世話になりました」
「いえいえ。私も普通絶対に出来ない体験が出来ましたし、それに……昔の、それこそ新米教師だった頃の熱が戻ってきました」
心に火が付いたのは彼女達だけではないという事だな。彼女達と関わった……縁を結んだ皆がそうなのだろう。それは彼女達のひたむきな努力の賜物であると断言出来る。
現在までにはしこちゃん、青柳に高橋に孝子先生、村田に渡辺、そしてテレビクルーが来ている。来る予定の元住人は既に揃っている訳だな。
「皆早いな」
「俺達にとっては工藤さんも目的の一つだからな。泣くか?」
「ははは、渡辺こそジジイになって涙もろくなっているんじゃないか?」
爺さん談義に花が咲く。
「でも本当にあの子達が来てくれて良かったわ。カフェの売り上げも上がったし、何よりも工藤さんが明るくなったもの」
「そうですね。特にあの車を直した事が大きいんじゃないですか?」
感慨深げなはしこちゃんと村田。
「うーん……そうだな。あの車の事は皆知っているんだよな?」
すると孝子先生に笑われた。
「あはは、住人で知らない人なんて誰もいないよ。皆何故あれが錆びたままあそこにあったのかを知ってる。だからこそ皆あれが直っている写真を見て、自分の事のように喜んだの。長月荘の常識だよ?」
「ははは、長月荘の常識か」
なにやら皆がニヤニヤし始めた。そして渡辺が一言。
「長月荘の問題は?」
「住民皆で解決する」
きっちり皆の声が揃う。年齢も年代も違う、ともすればお互いの面識のない連中が一言一句違わない言葉を並べるのだ。
「しかしな、長月荘とは関係のない問題であっても俺達は喜々として動くぞ。他でもない工藤さんの頼みだからな。だから子供達が帰ってからも、俺達をこき使ってくれよ」
渡辺が言うと本当に何でも聞いてくれそうだな。
学校の時計が鳴った。二時だ。そして丁度子供達も降りてきた。
「……あはは。あー……うーん……あはは……」
サイキはもう駄目だな。笑顔ながら既に涙が流れている。
「先に泣かれたら、私が耐えるしかないじゃないのよ! 全く」
一方ナオはサイキのおかげで泣かずに済んでいる様子。
「上空から見ていたらですね、何故かこちらに向かう人が多く見られたですよ。大々的な告知はしていないですよね?」
渡辺の顔を見る。首を振られた。孝子先生も知らない様子。という事はテレビで宣伝してしまったか?
「いえ、うちでは言っていませんね。多分他もだと思いますよ」
という事は別の誰かだ。犯人探しといえば刑事。刑事といえば青柳だ。
「バレてしまいましたか」
「え、お前だったの?」
「好意でクラスの生徒も呼ぼうとしたのですが、情報が漏れて学園全体に。更にそこから街全体にまで広がってしまいました」
まさかの警察が情報漏えいである。しかしこれも面白いかな。学園長には校舎を解放してもらった。そこまで人が来るとは思えないが念の為である。
「あ、来た来た。お父さんこっちー」
相良家が到着。その後ろからは芦屋家兄ちゃんの車も来た。更に二台、見た事のある車が続く。あれは姉さんとその家族だな。そして直嶋家の皆さんも同乗して来た様子。
「一気に来たわね。サイキ、いつまで泣いているつもり? そろそろ交代しなさいよね」
「……あはは、うん。ちょっと待って」
するとパトカーも来た。あれは三宅だな。そしてその後部座席には……廃材屋の店主。これは渡辺が手を回したのだろう。
サイキ達の元に、それぞれの血縁者、関係者が来た。
「サイキちゃん、またいつでも戻ってきてくれていいんだからね。エリスちゃんもね」
「はい。五年後必ず行きます」
サイキとエリス、そして相良父は、私よりも家族らしいな。悔しいながら血縁と現役の父親には勝てないか。
「ナオさんさえ良ければ、このままこちらに留まって、直嶋家の養子になってもらえたらなって思うんですよ」
「ふふっ、それは凄く嬉しい申し出ですけれど、私の実年齢は二十歳を超えているのよ。なので養子ではなく、姉妹として受け入れてもらいたいかな。……でも今は駄目。私にはやるべき事があります。仲間との約束もあります。私は進む事に決めたの」
「そうですか。……でもこれはいいですよね」
と優子さんはナオを優しく抱擁。
「……本当に、ありがとうございます。……ちょっと……うん……」
ナオ陥落。そしてそんなナオにつられ、一緒に優子さんも陥落。ナオの言った通り、まるで姉妹である。
「リタちゃんには私と廃材屋さんですから、ちょっと申し訳ないですね」
「そんな気にしないで下さいです。血縁者の高木さんとは今朝電話で話せたですし、それにお二方には本当にお世話になったですから。リタは心から感謝しているです。五年後にまたお会い出来るのを楽しみにして帰るですね」
無口な廃材屋の店主もうるっと来ている様子。ああいう人ほど涙もろかったりするのだ。その証拠に、芦屋家の兄ちゃんは既に泣いており、お義父さんに笑われている。
それからも生徒達やお世話になった人々がこぞってやってきて、子供達はいつの間にか泣く暇もなくなっている。これはこれで笑顔でいられるのでいいのかもしれない。
「すみません、そろそろ本番行きます!」
あと三十分である。




