勇往邁進編 15
「ただいまー。車から荷物降ろすの手伝えー」
「おかえりなさーい」
商店街から帰宅。時間的に結構かかりそうだな。料理の出来る子を総動員するか。
「よし、えーっと、そっちは最上以外に料理出来るの誰かいるか?」
「あたしカレーなら作れますよ」
「カレーの出番はないな。包丁は握れるんだな?」
「大丈夫。ただかつら剥きみたいなのは無理ですけど」
細かい作業はまだ苦手と。それでも使えるならば参加決定。
「そうしたら三人と最上と相良、手伝え」
まあ私以外に五人いればどうにかなるものだ。私が考えたのは、小さめのハンバーグを擁するオードブルである。何事もなくという意味を込めて普通の食事でも良かったのだが、もしも万が一、兵士二人が最後に楽しんだ食事がそれになっては、私が納得しないのだ。
「工藤さん、感謝するわね」
「うん?」
料理中にナオが嬉しそうに言ってきた。
「私、工藤さんと出会わなかったら、きっと一生料理せずに終わっていた。何たって怪物を生み出すとまで言われたんですからね」
すると包丁を握っているサイキも。
「わたしも。料理自体は最初から少しは出来ていたけれど、それでも色々学んだ。帰ったら隊の皆に食べさせてあげるんだ」
そしてゆで卵の殻剥き中のリタも。
「リタも感謝するです。……リタの場合は感謝しっぱなしです。世間知らずの箱入り娘だったリタがここまでやってこられたのは、工藤さんが支えてくれたからこそです」
三人とも笑顔だ。
「俺はもう勘弁してほしいな」
「ええー?」
「こんなに毎日毎日お前達の命の心配をしなければいけないだなんて、もう勘弁だよ。……だからな、次俺の横に並ぶ時は、俺がそういう心配をする必要がなくなってからにしろ。いいな?」
「はあーい」
真剣な私の話に、真剣な返事をするものだと思っていたら、気の抜けた返事だった、今は完全に安心しきっている証拠だな。
「あたしも感謝しています。遠い従姉妹が増えたし、剣道対決では本当に久しぶりに楽しく剣を振れた。あたし自身ちょっとした目標も出来たし」
「感謝ならば俺も。車での話もそうだけど、実は料理関係に進もうかなって思い始めてます。以前褒められたので、調子に乗ろうかなって」
相良に最上もか。やはりこの出会いは少なからず皆に変化を及ぼしたのだな。
「きっと皆も感謝しているよ。だってわたし達と皆とを結び付けてくれたの、工藤さんだもん」
改めてそう言われると照れてしまうではないか。いかんいかん手元が狂わないようにしなければ。
それでは食事開始である。
「最後にケーキがあるから腹八分目にしておけよ」
と注意しておいたものの、誰も聞く様子がない。最後の最後に、本当に皆が歳相応の笑顔をしてくれている。ただそれだけで嬉しい限りだ。これが半年間に渡って彼女達を支えた私に対する報酬。ありがたい限りだ。
楽しく食事中、ナオの動きが止まった。また泣くか? と思ったら睨まれた。
「……泣きませんから」
「ははは、そう言いつつ涙目だぞ」
小さく頷くナオ。恐らくは自分でも今の自分の気持ちが複雑過ぎて困ってるのだろうな。帰りたくないが、帰らなければいけない。記憶を消したくはないが、消さなければ前には進めない。目標はあるが一種の復讐であるためにすっきりしない。
つまり本当の一歩を踏み出すための原動力が足りていないのだろうな。
「お前にも色恋沙汰の一つでもあればな。リタは向こうに恋人予定がいるし、サイキは最上と五年後の約束をしたし」
「えっ!? ちょっと待って。サイキと最上君が五年後って、初耳!」
あ、やってしまった……と思ったのだが、サイキはあっさりとそれを話した。
「さっき車の中で最上君に告白されたんだ。そして、五年後に答えを聞かせてほしいって。だからわたしは何としてでもその答えを持って戻ってくるよ」
力強いサイキの瞳に、ナオは溜め息を一つ。
「はあ……。なるほど、色恋沙汰の一つでもって、つまり戻ってくる口実を持てっていう事か。確かに今の私に一番足りていない要素ね」
一応は五年後に私と、記憶を消すかどうかの相談をするという約束はしているが、それは邁進するための口実としては後ろ向きであり、弱いのだ。
「五年後っていう事は、俺達は高校卒業だな」
「そうだね。高校卒業したらきっと皆バラバラになるんだろうね」
最上と木村の話に、皆遠い未来を想ってしまう。
「……あっ! ねーねーいい事思いついちゃった!」
おっと、ここで中山だ。
「五年後にね、皆集まって同窓会しよ! サイキちゃんもリタちゃんもエリスちゃんも、そしてナオちゃんも! 皆で集まろうー!」
元気一杯な中山の提案に、ナオは大笑い。
「あっははは! それいいわね!」
先ほどの泣き顔などどこへやら。とても嬉しそうな笑顔を浮かべるナオ。
「ありがとう。それならば前向きに頑張る口実になるわ。というか、深く考える必要はなかったわね。もう一度皆の顔を見るため。これだけでも死線をくぐり抜ける原動力としては充分なのよね」
そしてナオはその場で大きく頭を下げた。
「ごめんなさいっ! 今度こそ、本っ当に今度こそ吹っ切れたわ。そして……リタ。改めて、私に絡みつく不条理の鎖、これの処理を任せるわね」
「……んあはは! 当然だよ。三人に出来ない事をやるのがあたしの役割だ。それがチームってものだろう? サイキ姉妹も、何かあれば遠慮なくあたしを頼りな」
「うん、頼りにするよ」「わかった」
あえてのこの口調。リタは全てを受け止めるつもりである事を、その口調の変化をもって示したのだな。
ほっと胸を撫で下ろす私。そしてそんな自分を感じ、ああこれで四人ともが本当に帰るのだなと、無事に帰す事が出来るのだなと、寂しいながらも誇らしくなった。
食事も後半、ケーキを取り出そう。
「そういえばチョコプレートはお楽しみって言っていたよね?」
「さーて、なんて書いてあるかな? っと」
箱から取り出したホールケーキには、大きなチョコプレートが一枚、小さなホワイトチョコのプレートが四枚という大サービス。これには子供達から大きな歓声が上がった。
「ええっと……小さなプレートはわたし達の名前だね。大きなプレートは……嬉しいな。ありがとうだって」
一番大きなプレートにたった五文字。しかしこれこそがこちらの世界の我々全員が一番に伝えたい言葉である。
「これをサイキちゃんが剣で切り分けるんだね」
「あはは、さすがに無理だよ。剣は結構厚みがあるから、潰れちゃう」
木村の冗談に普通に返すサイキ。食べ物でなければそれも面白そうなのだがな。それでも切り分けはサイキに任せた。一方小さい箱に入っている、既に切り分けられた三つだが、私とエリスと中山のお腹の中に納まる事に。
ケーキを食べていると、次はサイキが小さく涙を流し始めた。
「次はお前か」
「……うん、帰ったらもうケーキなんて食べられないなあって思ったら、名残惜しくなってきちゃった。……そうだリタ、持ち帰る情報の中にケーキのレシピはある?」
「自分で作る気ですか? えっと……ふふっ、孝子先生がくれた情報の中にあったです」
するとリタが驚いたように固まった。
「……あー……これは……完全に予想外ですよ。やられたです」
リタはその”何か”をリンカーで三人に回したようだ。
「うん? ……ああ!」
「そういう事ね。考えたわね!」
聞けばレシピ順が「アスパラのソテー」「リンゴとみかんのタルト」「ガトーショコラ」「トマトリゾット」「うまいカレードリア」になっており、頭文字を読むと……という事であった。
「でも、うまいカレードリアには無理矢理感が漂っているわね」
「ははは、頭を抱えて考えた結果、妥協している姿が目に浮かぶなあ」
「それだけ真剣に考えてくれたんだ、本当にわたし達も嬉しい」
改めて涙が出そうになっている三人。
「しかしエリス、今日は一日中静かだな」
「……うん。今はぼくよりもおねえちゃんたちだから。……んと、それにね、またおねえちゃんと離れる事になると思うから、今のうちによく見ておきたいなって」
確かに帰れば姉は戦場に立つ兵士。当分は離れて暮らす事になるだろう。
「ねえリタ、わたしがいない間はエリスを預かってもらってもいいかな?」
「早速遠慮なく頼ったですね。構わないですよ。というか元々そのつもりだったですから。……それじゃあリタからも一つ。帰ったら、エリスだけじゃなくサイキもナオも、リタの研究所を家として使うです。下宿屋エールヘイム荘ですよ」
「あはは、語呂が悪いよ」
と皆笑い合う。これであちらでの生活基盤も大丈夫だろう。そしてリタは本気であちらの世界を変える気なのだと分かった。子供達が救い、リタが作り変えた世界。どんなものなのか、五年後が楽しみだ。
食事も全て終わり、さて男子二名はどうするのかな?
「帰るつもりだったんですけど……うーん」
「ははは、まずは親御さんに連絡して許可をもらいなさい。着替えも取りに戻らないといけないな。仕方がない、俺が送ってあげるよ」
「ご迷惑おかけします」
二人が電話で確認。あっさりと許可が取れた。私は男子二名を乗せて出発。
「でも女子の中に男子混ぜても良かったんですかね?」
「お前達、あれに勝てると思うか?」
「……あはは」
乾いた笑い一つで答えは出た。そして一条の家の前に到着。
「うち近いんでこのまま待っていてもらえますか?」
「ああ分かったよ」
最上の家も近いのか……と目線で追うと、二本先の狭い交差点を曲がった。本当に近そうだ。
十五分ほどだろうか、二人が戻ってきたが、一条は家から毛布を二枚持ってきた。自分と最上の分だな。一条も出来た子供だ事。
帰り道、二人とも溜め息を吐いている。
「どうした若いのに」
「五年って長いなって。工藤さんは寂しくないですか?」
最上からのこの質問。サイキを待つ五年間は最上にとっては長いだろうな。そして寂しいか否かだが、これは私の中で完全に結論が出ている。
「寂しいな。でもそれ以上に、無事に半年間を過ごし、一回りも二回りも強くなったあいつらを送り出せる喜びのほうが大きい。俺の手には負えないと思って本気で手放そうとした事もあったが、それでも半年間やってこられたんだ。それを誇りに思わなくてどうする? そういう事だよ」
バックミラー越しの二人は、私の話に感心している様子で一事「すげーなー」と呟いていた。
帰宅すると、居間のソファとテーブルが移動されており、そこに布団が敷かれていた。
「何だ、皆並んで寝るつもりか? まるで修学旅行だな」
「ふふっ、それを狙ったのよ。男子はあっちのソファね」」
そのソファはダイニングまで移動されており、しっかり女子とは離れている。
「まあ……そうなるよなー」
男子も仕方がなく納得。
「あとは風呂だな。順番に入れよ」
「はあーい」
何度か泊まりに来ている女子達は慣れたものであり、一応男三人とはお湯を入れ替えた。
最後の私が風呂から上がると、どこから持ち込んだのか皆でトランプに興じていた。
「お前達の世界にはそういうのはないんだっけか?」
「うん。わたし達兵士にとっての娯楽は、美味しくもないご飯と詰め込まれた部屋での窮屈な睡眠、あとは戦果報告に一喜一憂するくらい」
「あーじゃああげるよ。高いものでもないからね」
「ううん、こういう時は」「リタの出番、ですよね」
すると皆笑った。もう友達も理解しているのだな。
「工藤さんもババ抜きー」
中山からのお誘い。
「いいけれど、俺が入るとジジ抜きになるぞ」
「あはは、つまんないオヤジギャグなんだ」
そう笑われながらも喜々として参加。結果、私はボロ負けする事となった。やはり顔に出やすいようだ。
こうして子供達との最後の夜は更け、最後まで笑顔と笑い声の絶えない、最高の一夜となった。




