勇往邁進編 14
「泉ちゃん 俺と付き合って下さい」
「……はい」
という事で、再度泉に告白した一条は、無事に良い返事をもらえた事で、ほっとした表情。一方泉はというと、尚も顔を真っ赤にして何をするでもなくうつむいているばかり。まだ中学一年生という若い二人、どうしていいのか分からないのだな。
「よし、とりあえず手を繋ごうか。……って俺とじゃないぞ」
大混乱中の泉が私に向けて手を出してきた。いい混乱具合だ。そして何がなにやらと頭上に特大のハテナマークを出している泉の手を、一条が握った。ビクッと驚いた泉だったが、払いのける所か受け入れている辺り、相当に嬉しいと思われる。
「こういう事ですよね」
「ああ正解だ。じゃあ次は下の名前で呼んでみようか」
途端に一条の顔も真っ赤になった。初々しいぞ。
「あ、えっと……それは、追々で……いい?」
「え!? あ、うん。いい……よ」
それを聞いたリタが、ニヤリと悪どい笑顔を浮かべた。
「泉さん、一条君には敬語じゃなくなったですね」
「ふぇえっ!?」
またとんでもない声を出して驚く泉。つまりは無意識に心を許したという事か。ならばもうすっかりラブラブカップルじゃないか。
「立ち話もなんですから、ご着席下さい。どうぞ」
半ば冗談でもてなすと、さすがに冷静になってきたのか手を離し、それでも並んで座った。さあここからは今までの経験上、中山の質問攻めが始まるぞ。
「ねーねー、一条君はいつ泉ちゃん好きになったのー?」
ほら来た! それを予想していたのは私だけではなかった様子で、皆一斉に聞き耳を立てる。
「えっと……恥ずかしいな」
照れる一条。中々に可愛いぞ。
「うーん最初は、泉ちゃんは覚えていないかもしれないけれど、夏休みの前辺りで本屋で会ってるんだよね。でもその時は見た事のある子がいるなーって程度。本格的に気持ちを持ったのは、学園襲撃の時」
「あっ……」
と何か言いたげに泉が反応した。一方女子達は一斉に小さく笑い始めた。
「何だよ気持ち悪いなー」
「ふふっ、気にしないで」
「……んで、泉ちゃんがリタちゃんを応援した時に、いいなって思った訳。よく言う吊り橋効果? かも知れないけれど、気持ちは続いてるから本物なんだろうなって」
一層ニヤニヤと笑う女子一同。
「じゃあいい事教えてあげる」
「あああ! だめえええ!」
木村の一言に過剰なほど反応した泉。何かあるな。
「えっとねー」「だーめー!」
「じゃあリタが」「だめだってー!」
ふむ、何となく想像がついた。
「一目惚れだったのか?」
「違います! 私も襲撃の時に……あっ」
「ほほー、なーるほど。同じ瞬間にお互い好きになった訳か」
またまた顔が真っ赤になる泉。
「この前皆の家にお邪魔したですよね? その時に一条君の話と全く同じ話を泉さんからも聞いたですよ。本屋さんで出会って、好きになったのは襲撃の時で、吊り橋効果の話も全く同じだったですよ。ね?」
「……うん」
相性バッチリという訳だな。そして泉だけではなく一条も照れている。
「燃え上がる火力が強いと灰になるのも早いから気を付けろよー」
と皮肉っぽく脅しておいた。
その後どうにか聞き出した所によると、泉の目線では、一条は相良に気があるものだと思っており、今回の事がなければ身を引くつもりであったらしい。それを聞き一条は「タイミング有って良かったわー」とほっとしていた。
一方話題に上がった相良だが、どちらも好みではないが、世界に二人だけで残るならばという子供らしい質問では、一条よりも最上を選んだ。何故かと聞くと、プールで最上の泳ぎが速かったからだそうな。さすがは体育会系女子。
ちなみに残りの木村中山コンビはどちらも男の影はなし。最上は相変わらずサイキ一直線であったが、さすがにこの状況なので諦めるしかないだろうな。
そして話は私と妻との馴れ初めへ。電車内での芦屋のお婆様との話、妻が先に私を好きなった話など。しかし子供達も最後の部分には踏み込まないように注意している様子だ。ならば私自身から切り出してやるか。これも社会勉強だぞ、子供達。
「最後のあの時まで含めて、妻はともかく俺はずっと火が付いたままだったな。妻の全てが好きだった。だからこそ長月荘を捨てずにいられたのかもな。永く付き添うという半ば駄洒落で付いた意味もあるが、長月荘にいる限り、俺は家族への想いと、そして短いながらも多くの思い出と、永く付き添い寄り添っていられるのかもしれん」
すると子供達が口々に羨ましいと言い始めた。
「だって、それって今でも奥様の事を好きっていう事ですよね」
「……まあそうだな。だからこそ十五年もの間、先に進めずにいた訳だし」
こう見ると相良も恋をしたがっているのが分かる。
「生まれ変わっても一緒になりたいですか?」
「それはまた難しい質問だな。うーん、そうなれば一番だが、しかしこれは巡り合わせだからな」
「……あーいいなー、羨ましいなー!」
木村は恋に恋する乙女なのだな。そして皆に笑われている。
「皆だって四人がいなければただのクラスメートで終わっていたかもしれないだろ? そんなものだよ」
すると一条と泉が目を合わせた。
「そこの二人もだな」
「……あはは、そうかも。リタちゃんがいなければクラスメートで終わってた。そういう意味では、リタちゃんは弓矢じゃなくて銃を持ったキューピットだなー」
この言葉に反応したリタは翼を展開、スパス型ショットガンを取り出し皆へと軽く向けた。引き金には指をかけていないので安心だが、やはり人に銃口を向けるのはどうなんだ。
「うーん……なんか違うですね」
と一言、あっさりと仕舞った。
「私、天使だったら金髪で背の高いイメージ。きっとナオちゃんなら似合うんじゃないかな?」
という木村に乗せられ、嫌々ナオもリタのお下がりショットガンを取り出した。
「私はこういうのはね……あ、エリスなら翼も白いし似合うかもしれないわよ」
自分がやりたくないから押し付けたな。そのエリスだが、実は話に入りたかった様子。ノリノリでポーズまで決めて見せた。
「あはは! 似合う似合う! あー最上、カメラ」
「あーはいはい。エリスちゃんこっち向いてー」
と、エリスの撮影会開始である。
「あっ、カメラで思い出した。カフェで撮った写真預かっているんだった」
という事で写真を子供達へと渡す。ちなみに以前子供達と撮った写真だが、皆アルバムに大切に収めたそうな。
「そろそろ買い物に行ってくるよ。晩御飯は何が食べたい?」
皆一斉に話し合い開始。
「オムカレーは二日前に食べたばっかりだよね。ハンバーグにする?」
「私には気を使わなくてもいいわよ。リクエストは……特にないわ」
「リタも特にというのはないです」
「ぼくも」
こちらの四人は特になしか。無理をしている……という訳でもなく、いざとなると決められないという感じだな。よし、ならば色々作ってやろうではないか。
「そしたら……サイキと最上。付き合え」
「えっ……いきなり最上君と付き合えだなんて……」
うん? 何故かサイキが赤くなった。……ああ先ほどの一条と泉の話があったから勘違いをしたのか。可愛い奴め。
「そうじゃなくて買い物に同行しろと言っているんだがな」
「あっ……」
髪の色以上に顔が赤いぞ。皆に軽く笑われながら、買い物へ。
車中、サイキが大きく溜め息を吐いた。先ほどの勘違いを弄ってやるか。
「珍しいな、お前があんな勘違いするなんて」
「……わたしだって、女の子だもん」
いじけた口調で呟くサイキ。こういう歳相応の反応をする時は、本当に可愛いものだ。一方最上は落ち込み中。
「そっちはどうした?」
「いやー……最後に、五年後も好きでいるって告白するつもりだったんですよ。でもなんか、違う感じになっちゃったじゃないですか。格好付かないと言うか、答えが見えると言うか」
なるほどな。買い物に誘ったのは失敗だったかなあ。
無言の車内。空気が重いなあ。商店街まではもうすぐだが、今日は妙に道が込んでいる。
「……本当?」
「んえ?」
「五年後も……って、本当?」
先ほどの会話から数分以上経過してのまさかのサイキの一言。一方最上はこの意味に気付き、どうしたものかと大焦りで考えている。
「美鈴さんとは約束したよ。でもわたし達は五年後まで生きているかも、戻ってこられるかも分からない。それでも、五年後も好きでいてくれるの?」
そうか。サイキはここで最上と約束し、それを原動力として五年間を戦い抜くつもりなのだ。つまり、サイキも満更ではないという事だ。
「ええっと……正直に言うよ。本当に好きだ。……でも、俺だってサイキちゃん達の事は分かってる。以前工藤さんにも言われたように、これは悲恋確定」
「諦めてるんだ」
寂しそうな声を出すサイキ。
「……遠距離恋愛ならさ、どうにかなると思うよ。でも世界が違うとなると、ね」
真っ当だな、と思いながら聞いていたのだが、いやいや最上は本気であった。
「でも、俺が言うのは五年後までの話。その後はどうなるか分からない。……もしも、だけどさ。五年後戻ってきたら、戦争が終わって世界が救えていたら……」
最上は改めてサイキへと向き直った。
「サイキさん。俺と、付き合って下さい。答えは五年後に聞きます」
さすが格好付けの最上だ。
サイキはこの告白に、小さく頷いて返した。これでこの二人は前を向き続けられる。
商店街に着いたらまずはカフェに行き写真を渡す。
「あらいらっしゃい。コーヒーと、サイキちゃんはどうする?」
「いや、これから買い物なんでね。今回は先日撮った写真と、明日の見送りに来てくれるかの確認だけだよ」
「あー明日帰っちゃうんだものね。寂しくなるわ。お見送りはお店を閉めてでも行かせてもらうわね。写真はどこに飾ろうかしら……」
するとサイキが、最終確認とでも言いたげに口を開いた。
「あの、わたし達がいなくなってから、お店はどうですか?」
「気にしてくれているのね。売り上げはほんの少し落ちたわね。でもこれは三人見たさの一見さんの分だから気にする必要はないわよ。忙しさは相変わらずだから、アルバイトでも募集しようかと思っている所。最初は三人が目当てでも、そこからお店を評価して常連さんになってくれた人もいるし、本当に皆には頭が上がらないわ」
はしこちゃんのまん丸い笑顔に、サイキは本当に安心した様子を見せた。
その後は商店街を巡りつつ、お世話になった店に改めて挨拶。本当の最後なので皆名残惜しそうであり、改めて子供達がこの商店街でどれほど愛されていたのかが垣間見えた。
「最後だからな、ケーキ買っていくか」
「やった! 大盤振る舞いだあ」
嬉しそうなサイキ。
ケーキ屋に入ると、すぐさまホールケーキが出てきた。
「えっ!? ……と?」
「先ほどお客さんが見たって言っていまして、来るだろうと予想して用意しておきました。チョコプレートは食べる時のお楽しみです」
完全にやられたな。そしてサイキの目が爛々と輝いている。
「ありがとうございますっ!」
早速受け取り満面の笑顔のサイキ。しかしホールケーキを十一分割か……。
「それとこれもどうぞ」
奥からもう一つ小さめの箱が出てきた。
「商店街の情報網で、お友達が沢山来ているという話を聞き及んでいますので、ホールケーキ一つだけでは足りないかなと」
「ははは、怖いくらいの情報網だな。そっちは確認させてもらっても?」
「ええどうぞ。中身はホールケーキと同じものを三切れ分です。足りなければ足しますよ」
「いえ、俺も含めて十一人なんで……丁度かな」
さて問題のお値段だが……ホールケーキはプレゼントだそうな。これは大助かり。
さあこれで買い物も終わった。晩飯作りに帰りますか。




