勇往邁進編 13
サイキと相良の話も終わり、丁度お昼なのでご飯を作るか。すると泉が不思議そうな顔をしている。
「今日は皆さんは作らないんですね」
「うん。あと少しですよね? だからなるべく工藤さんのご飯を食べたいですよ」
そんな私の昼食だが、カフェのランチメニューを真似してみた。
「こんな洒落たのは普段作らないからな、味の保証はないぞ」
内心どきどきである。最後の最後で残念なものを出して落胆させるなどあってはならないという、些細な私の意地もある。
「……ふふっ」
何だろう? ナオに笑われた。
「不味かったか?」
「いえ、カフェのよりも美味しいなって。でもそれをはしこさんに言ったらと想像してしまったのよ」
「ああそういう事か。でも昔は助言した事もあるんだぞ。はしこちゃん、あれでも住人だった頃はフライパン焦がした事もあるからな」
「あっはは、意外! なんだ、そうしたら私も努力すればカフェが出来そうね」
妙に嬉しそうなナオ。しかし数秒後その表情は変わる。
「ねえナオ、わたし達に隠している事あるんじゃない?」
あまりにも唐突にサイキが切り出した。そしてナオは私を疑い、思いっきり睨み付けてきた。
「俺は知らんぞ」
「あはは、誘導尋問だよ。でも当たったみたい。カフェが出来るって言った時に、もしかしてって思ったんだ」
何がなにやら?
「昨日ね、工藤さんとナオが話しているの、ちょっとだけ聞こえちゃった。わたし達には五年後まで内緒って。……わたし達、五年後まで生きていられるかは分からないよ?」
サイキは悪戯な笑顔でナオの顔を覗き込む。一方ナオは苦い顔。
「あのねー、そんなの言える訳ないじゃないのよ」
「そうだぞ。全部嘘だなんて言える訳ないだろう」
「ちょっ!?」
私は子供達の団結力に賭ける事にしたのだ。
「全部嘘って、どういう事?」
サイキ達に詰め寄られ苦虫を噛み潰したような表情のナオだが、どうやら観念した様子。
「はあ……工藤さんを恨むわ。えーと、リタや皆とした約束の事よ。正直ね、あれだけリタに任せろと言われても私は不安なのよ。例えるならば、帰った途端サイキに一緒にいるのが嫌だったと言われたり、リタにさっさと出て行けと放り出されたりしないかって思っているのよ。私はこの歳になるまでずっと差別され続けてきたのよ? 帰ればまた差別される立場なのよ? どれだけ心に深い傷を持っていると思っているのよ」
八つ当たりするかのようなナオの口調。しかしその一方でそれを本人に言うという事は、この二人はそういう事をしないだろうと、深く信用信頼しているという意味でもある。
「ならばリタの世界から偏見の記憶を……」「それだけじゃ駄目なの」
リタの話を割ってナオが入ってきた。本当に全てを話す気になったな。
「リタ、皆の記憶を消したとして、私はどうなるの? 私は差別され続けた嫌な記憶を持ち続けるのよ? いつ皆が記憶を取り戻してまた悲惨な日常が始まるのかと、毎日ずっと不安に怯えなければいけないの」
「リタの記憶操作はそう簡単には……」「リタちゃん違うよ」
おっと、次は中山が割って入ってきた。
「ナオちゃんが言いたいのは、ナオちゃんが消したいのは、自分の記憶。でしょ?」
「……ええ」
小さく頷くナオ。そしてその意味を悟ったリタの耳が、一気に垂れ下がった。
「私はね、皆との楽しい思い出とを天秤にかけてでも、それでも消したい記憶があるのよ。だからリタ……」
「嫌です」
やはりな。リタの反応は早かった。
「リタは例えナオにどれだけ嫌われようとも、ナオの記憶は消さないです」
「……じゃあ嫌ってやろうじゃないのよ。嫌われてやろうじゃないのよ。表出なさい! 消したくなるような記憶を植えつけてやる!」
ナオは本気でリタを引き摺り出そうとしたが、サイキが間に入って止めた。
「リタ、わたしからもお願い。全部終わってからでいいから、ナオの記憶を消して」
「でも……」
最後の最後でこんな喧嘩になるとは思っておらず、我々は皆戸惑う。
「わたしはナオの気持ち分かるんだ。……分かるなんて言うのはおこがましいな。そういう場面を見た事があるんだ。リタは研究所の中ではそういう場面を見た事がある?」
「……ない、です」
「じゃあ分からないよね」
「でも!」
と、リタが反攻しようとした所でサイキが手を出した。リタの耳を掴み、そのまま力一杯引き上げた。リタは激痛で声にならない悲鳴を上げる。
「どう? 痛い? でもナオが受けた虐めに比べればこんなの痛くも痒くもないんだよ? それでもこんな嫌な記憶を持ち続けろだなんて言える?」
淡々としたサイキの声。そして更に強くリタの耳を引っ張り上げる。さすがにこれ以上は危険と判断し、当のナオが止めに入った。
「これでもまだ、嫌われても記憶を消さないだなんて言える?」
改めてサイキが質問を投げかけた。
痛みだけではなく、サイキにされた事への驚きと、自分の言動がナオにとってどれほど不躾だったのかを理解したリタは、耳を押さえながら泣いている。
「わたしはナオを支持するよ」
そう一言。サイキはリタの頭を撫でてごめんなさいと謝っており、リタは頷いている。
「はあ、皆もごめんなさい。最後なのに私のせいで変な雰囲気になっちゃったわね」
「皆が私達には分からない悩みを抱えているのは分かっているつもりだし、それで喧嘩した事があるのは聞いていたからね。気にしないよ」
木村の擁護にこちら側は皆頷いている。
「……雰囲気が壊れたついでに……リタも一つ隠していた事があるです」
「えっ、リタちゃんも!?」
一番最初に驚いたのは泉。涙を止め鼻をかんだリタは私に目をやった。
「実は……あたし、もう普通に喋れるんだよ」
「……ええっ!?」
私は本気で驚いてしまった。逆に友達一同は何の事かという感じ。
「いや、それって戦闘時に自分のスイッチとしてあっちの言葉で翻訳してのー……」
「あはは、うん。最初はそうだった」
「お話の途中すみません。私達にも分かるように……」
泉が申し訳なさそうに小さく手を挙げた。
「えーと、リタ普段はちょっと変な「です口調」だよね? それが戦闘時に本気になると普通の語尾になって、普段より乱暴な言葉遣いになるんだよ。自分の事をリタと呼ばないであたしになったり、サイキ達の事をお前って呼んだり」
「後はあたしが。これね、研究所での言い争いの時に近い口調なんだよね。それで、こっちに来た当初、あたしの翻訳機能が壊れちゃって、その結果があの口調なんだ。こっちの言葉で喋られるようになってからも癖になっちゃってたんだよ。分かったかな?」
友達は皆頷いた。
「今はその口調でも普通に喋られるっていうのは、どこかで意識が変わったの?」
きっちりとした泉の質問。
「きっかけは二学期の期末テストだね。国語四十二点。あれね、実は物凄く悔しかったんだよ。何がってサイキに倍の差を付けられた事。言い方は悪いけど、正直こいつにこれだけ大差で負けるのは恥だと思ったんだよ。だから勉強して、翻訳機なしでも普通に喋られるようになろうと決めたんだ」
一方こいつ呼ばわりされたサイキは笑っている。
「本当は冬休みを利用して猛勉強するつもりだったんだけれど、エリスが来てそれ所じゃなくなっちゃったからね。他にも色々あって遅れに遅れて、そして誤射事件があって、工藤さんにもあたしの素がバレたっていう事。ただあの時はまだ翻訳機に頼っていた。でもあの事があってからはもう翻訳機を使うのを止めた。機械に頼ってばかりでは成長しないっていう事を、サイキと相良さんから学んだからね」
その二人は、どちらも自慢げである。
「それじゃあ何で未だに口調が前のままだったんだ?」
「工藤さんが言ったんじゃないか。前からの口調のほうが好みだって」
「……ああ、そうだったな。だってこの口調、怒られているように感じるぞ」
「怒られるような事をしているからだろ!」
と怒られた。そして笑い声が上がった。
「……でも、こちらにいる限りはこっちの口調にするですよ。慣れです」
恐らくはリタ自身も楽なのだな。
「よし、他に隠し事のある奴はいるか? 今のうちに言わないと、次は五年後まで機会がなくなるぞ」
一斉に笑い声の上がる一同。すると泉が手を挙げた。そしてすぐに降ろした。
「あはは、私達に遠慮はいらないよ?」
「いえ、あの……なんでもないです」
木村が催促するも、泉は恥ずかしそうにするだけ。余計に気になるではないか。
「あ、じゃー、はい」
おっと一条だ。立ち上がり泉さんを見た。
「泉ちゃん、俺と付き合って下さいっ」
「……ええっ!?」
あまりにもさらっと言ってしまったので、どう反応すべきか困るが、まずは泉からの反応だな。
泉は先ほど以上に顔を真っ赤にし、そしてゆっくり立ち上がり、一言。
「……ごめんなさい」
盛り上がる準備をしていた我々は、一斉に固まり動けなくなった。
「……あ、あはは、あははははは……な、なんかね、ごめんね、なんか……なんか、ね」
悲痛過ぎて見ていられないぞ。すると泉は近場の適当な二人の腕を掴み、引き摺るように私の部屋へ。あーなるほど、これは皆の前で唐突に言われたので、恥ずかしさで思わず振ってしまったが、実際にはそうではなく両想いだったという奴だな。
私はもう一人の男子、最上に耳打ち。
「これ、泉ちゃんは恥ずかしかっただけだ。実は両想いだと思うぞ」
「……俺もそう思います。大丈夫、例え逃げても明日は引き摺ってでも連れてきます」
そんな中、一条は本気でがっくりと肩を落とし、相良とナオに慰められている。……泉が連れて行ったのは木村とリタか。しっかりした二人を選ぶとは、実は適当ではないのかも。
一方工藤の部屋に入っていった泉、木村、リタはというと?
「どどどどどうしよう!? 恥ずかしくて思わずごめんなさいって……えっと……どうしよう!? ……って、ごめんなさい巻き込んじゃった」
大混乱で涙目の泉。そして二人を選んだのは適当であった。
「こういう場合は……冗談てへぺろ作戦!」
「てへぺろ?」
「え、あー……こんなの。てへっ」
軽く舌を出しウインク。木村の渾身のてへぺろが炸裂。
「……」
そして両者沈黙。ポーズを決めたまま顔が真っ赤になる木村。
「……せめて何か言ってよ!」
リタと泉が顔を見合わせた。
「まず泉さんには似合わないですよね。それから一条君を馬鹿にしていると思われかねないですし、そのせいで百年の恋も冷める確率が高いです」
「……そんな冷静に分析されるのも、言葉に困るんだけど」
やはり言い争いには強いリタ。
「じゃあリタちゃんはどうしろって言うのさ?」
「そんなの一つしかないですよ。素直に、恥ずかしくて断ったけれど、本当は好きですと言うですよ。泉さんから出来る解決方法はそれだけです」
「……だよねえ」
木村も諦めるようにリタの意見に賛同。
「……自信……ない」
「あーそこが一番の問題かー」
小さくなる泉。
「ならば、別の方法を取るまでです」
するとリタは泉の腕を掴み強引に居間へと引き摺り出し、混乱中の泉を一条の元へと突き飛ばした。そしてよろける泉を一条は見事キャッチ。
「んにゃあああああああ」
声にならない引き攣った悲鳴と共に顔が真っ赤になる泉。
「だ、大丈夫?」
「あああああああ……」
尚も声にならない声を絞り出す泉は、引き攣った顔のままゆっくり振り返った。
「……リ……リタちゃん……準備……出来てない……」
「一条君、泉さんの心の準備が必要な事といえば何ですか?」
「えっ……」
一条が目線を下げると、丁度泉と目が合った。そして一条は大きく深呼吸。改めて真剣に、ゆっくりとした口調で言葉を発した。
「泉ちゃん、俺と付き合って下さい」
どう足掻いても逃げられない状況に、泉の答えを期待する一同。
「……はい」




