勇往邁進編 11
現在我々は警察署で二十名以上のお偉い方々から情報提供を受けている。途中襲撃が発生したが、近辺に駐屯していた陸自が事に当たり、彼女達抜きでその事態を切り抜けて見せた。そして彼女達からの評価は”おめでとう”だった。
帰ってきた彼女達は、しっかり正面玄関から入ってきた。
「窓から入ってくるのかと思ったぞ」
「えへへ、学園でやって凄く怒られたんだ」
「それじゃあ遠慮して当然か」
という所で一旦休憩となった。戦闘の情報収集だが、陸自の隊員がまとめて久美さん経由で伝えてくれた。結果は被害ほぼなし。ほぼ、というのは、中型緑を轢いた時に戦車に傷が付いたらしい。それを聞き、お偉いさん方は一様に相手の硬さに驚いていた。
すると総理大臣長谷川がこちらへ。
「そちらからの技術提供は不可能である事は知っていますが、もしよろしければ武器を間近で拝見させていただけないでしょうか?」
「それくらいならば構いません。何度か見せた事もありますから」
すると自分も自分もと皆寄ってきた。まさにお偉いさんの見本市。本来ならば社長や会長、それに省庁の幹部という高い地位にいる人達だが、今は完全に子供だ。
一方本当の子供達はしっかりと警告を出しつつ武器を見せ、ついでに光らせたり防壁を張ったり飛んだりの大盤振る舞い。これは……最後だからだな。
その後も会議は粛々と進み、自身の用件が終わった順から少しずつ帰り始めた。その度に子供達は頭を下げお礼を言っており、その素行の良さにまた感心の声が上がっていた。
そして長谷川も部下に催促され席を立った。
「それでは私も一足お先に失礼しますよ」
「ああ、えーっと……お疲れ様でした」
「ははは、皆の前でも元住人として扱っていただいても構わないですよ。それではまたいずれ」
そう言い残し帰って行ったが、さすがに総理大臣を人前でお前呼ばわりは出来ないだろうし、事情を知らない人達にとっては、私はとんでもない礼儀知らずに見えてしまう。
夕方六時を回った頃、半数ほどが帰り、全てが終わった。お偉いさん方は改めて子供達に握手を求め、子供達は笑顔で答えていた。
「収穫は?」
「これ以上なく大量ですよ。リタ達の世界に既にある情報も勿論あったですけど、それ以上におなか一杯です。ただ料理関係は一人もいなかったですね」
「料理か。……よし、それじゃあ最後に俺だ」
私はパソコン上のとあるファイルを開き、リタへと提示。
「……料理のレシピですよね?」
「そうだ。味は舌で決めているから”適量”が多いけれど、この通りに作ればおおよそ俺の味になるぞ。サイキとナオも、リタから情報回してもらえ」
「うん! ……皆さんがいる前で言うのは失礼かもだけど、わたしにとってはこれが一番嬉しい情報だ」
本当に嬉しそうにするサイキ。帰り支度をしつつ我々の会話を聞いていたお偉いさん方からは笑い声が漏れている。
解散し、我々も帰る事に。今から作る晩飯か。簡単なものになるな。
「あーちょっと待った待った! 晩飯くらい奢らせろ」
渡辺からの申し出。ならば素直にお相伴に与りますか。どこに向かうのかと思ったら、去年のクリスマスにも来た烏橋明臣のフレンチレストランだった。どうやらこうなる事を見越して予約を入れていた様子。
「それだけじゃないぞ」
おや? 何かある様子。店の前にある案内板には貸切とあった。まさか……。
「あー来た来たー!」「待ってましたー!」「同窓会っ! 同窓会っ!」
見た事のある顔ぶれが一杯。やってくれたな。
「という事で、本日は菊山市ならびに周囲の街から来られる人を集めた、長月荘の同窓会です!」
烏橋シェフの開会の言葉もあり、これで子供達も状況を理解し、満面の笑顔を見せてくれた。
「烏橋も渡辺も、皆もありがとうございます。いやあよく集まったな、何人いるんだ?」
「五十人中、来られたのは十八人です。私の店としてはほぼ満席ですね」
孝子先生や刑事の高橋、カフェのはしこちゃんにSNS管理人の竹口、高機の三宅に車を直した村田、彼女達の最初の私服を見繕ってくれたみっちゃんもいる。
ぐるり見渡すと懐かしい顔もあるし、子供連れもいる。スーツを着込んだのもいれば、ドレスコードのドの字もないような服装のもいる。一番年上は渡辺だが、一番若い奴に至ってはまだ成人前である。皆バラバラだが、しかし皆一緒の長月荘住人だ。
さてどこに座ろうかと思っていると、あからさまに中央の席が空いている。座った所で待ってましたとばかりに料理が来た。
「前回食べていただいたメニューを少し変更したものです。今回は皆さんもいますので、食べやすさを優先しました」
なるほど、と手をつけようとした所でもう一人入ってきた。青柳だ。
「すみません。何故か呼ばれました」
「おーおー、お前も仮住人なんだから入れ。……孝子先生の所だな」
さて食事だが、やはりさすが一流フレンチシェフ。私の料理とは月とスッポンである。それでも住人の中では私の料理のほうが好きだという声があるのが何とも嬉しい。
各々のテーブルを回り近況を聞きまわっていると、やはり皆偉くなっている。
会社を立ち上げた奴、重役になった奴、小さいながらも自分の趣味の店を手に入れたり、面白いのでは旅館の副支配人もいた。聞けば以前渡辺が泊まった菊山市内の旅館がそれだった。
「偉くはなっていなくても、皆夢を叶えられているんだよなー」
「あーそうだね。私の夢はお嫁さんだったけれど、今は娘もいるしね」
「あのおまじないの硬貨ってさ、あれで夢を買えるんじゃないの?」
「あーそうかも!」「納得した!」「畜生もっと稼いでおけばよかった!」
等など。しかし夢を買うためのお金か。中々いい線行っているかも。
「あ、はーい! じゃあ皆に一つご報告がありまーす!」
おっと、孝子先生だ。
「私斉藤孝子は、こっちの青柳修二さんと春に結婚を決めています」
それを聞き大盛り上がりの元住人。
「それでなんだけど……実はね、工藤さんに一つお聞きしたい事があります」
一気に神妙な雰囲気になった。何が飛び出すのやら?
「工藤さん、長月荘をいつまで続けるの?」
「それは分からないな。だが五年後までは続けるよ。子供達が戻ってくるまでは絶対に終わらせない。だから辞めないでというお願いならば無用だぞ」
住人達からは安堵の溜め息が漏れている。私が自殺しようとしていた事はSNSを通して住人達も知っているので、やはり皆同じ事を考えていたのだな。
「あのね、私と修二さんとで同じ答えが出たんだけど、もしも工藤さんが長月荘を閉めるとなったら……」
読めた。孝子先生の考えがバッチリと読めた。
「長月荘をくれというのか」
「……はい。私達で二代目をやりたいなって」
静寂が店内を包む。皆私の答えを待っている。
「二代目か……。まず前提として俺の心配はしなくてもいいぞ。長月荘を閉めたら妻の実家に引き取ってもらえる事になっている。その上でだが……皆に聞きたい。皆の家をこの二人に引き継がせてもいいか?」
「いいよ」「構わないわよ」「いいですよ」「うん!」
子供達も含めて皆賛成だ。
「ならば俺が言う事はないな。その時が来たら、喜んで鍵を渡そう」
「ありがとうございます」
頭を下げた孝子先生の目からは光るものが。それだけ本気で考えてもらえていたのならば、文句などない。皆も同じ気持ちであり、拍手は孝子先生が座るまで続いた。
その後も談笑しつつ、住人達からも彼女達へ向けて情報提供がなされた。さすがに専門的科学的な情報は少なかったが、むしろ彼女達にとっては願ったり叶ったりであった様子。
そんなこんなで気が付けば夜の十時を回っていた。
「あっ、俺もう帰らないと。明日仕事早いんですよ」
「私もそろそろ帰らないと旦那に怒られるかも。この時間バスあるかな?」
「家って南だったよね? 僕も帰るから乗せて行ってあげるよ。他に南方面いる?」
さすが元住人は団結力があり、公共交通機関で来た人達は車で来たその方向の人達に乗せてもらい、次々とその結び付きが出来ていく。
「長月荘方面は俺が乗せていくぞ。子供達は空から帰ればいいからな」
「おーっ! あの車に乗れるのか!!」「うおおおっ! 方向が違う……」
「ああ私自分の車で来ちゃった!」「隣町に越した自分を呪いたい」
等など。結局私の車には誰も乗車せず。
その後は一斉解散となり、わらわらと店を出た我々。
「それでも子供達は空から帰れ。おい皆、最後だからしっかり見ておけよ」
子供達は皆に囲まれながら、少し恥ずかしそうに一瞬で着替え、そして盛大に光の翼を広げ浮上。皆から歓声が上がり、カメラや携帯電話で撮影に勤しみ始める。
「えっと、わたし達も皆さんと縁が結べて本当に良かったです。この出会いは一生の宝物。五年後戻ってきたら、またお会いしましょう!」
各々に手を振り、別れの挨拶をし、子供達は一足先に長月荘へと飛んでいった。短い時間ではあったが、こうして長月荘の同窓会は幕を閉じた。
帰宅すると、居間にはナオ一人だけだった。
「おかえりなさい。他は疲れて寝ちゃったわ。サイキは剣道対決、リタは情報収集と解析でぐったりでしたからね」
「俺から見ればお前も眠そうだぞ」
「……今しか言えない事があるから、待っていたの」
何だろう、思い詰めた様子だ。
「私が帰りたくなかったのは分かっているわよね。でもリタの約束と、クラスの皆との約束で奮い立った。……嘘なの。私は未だに帰りたくない。サイキとリタとエリス、そしてクラスの皆を安心させるために、その提案に乗ったように見せかけただけなのよ。帰りはしますけど、この嘘はきっとどこかで気付かれる。だから先に工藤さんに言います。全てが終わったら、きっと私は……自分の記憶を消します」
「俺の事も忘れるという事か」
「ええ」
ナオの瞳には涙が滲んでいる。
「……こっちの生活が楽しかったのは本当よ。でもそれ以前の、あっちの世界での差別され続けた記憶を持ち続けるのは……辛いのよ。いつ手の平を返されるかと不安なの。もう解消されたかと思っていたんだけれど、今日あれだけの人の前に出て、やっぱり心のどこかではまだ不安を持っている事を認識しちゃったの」
「俺に対してもか?」
「……ごめんなさい。ほんの少しだけ、欠片だけ残っています」
欠片か。それは恐らく私が彼女達を捨てようとした時に出来た不安の欠片だろう。そんなものをずっと引き摺らせてしまっていたか。
「それにリタは、本気で私達の世界から差別の記憶を消すつもりだけど、それはつまり、私一人だけが差別された記憶を持っていて、いつ皆の記憶が戻るかと不安な毎日を送る事を示している。私はそんな不安には耐えられない。だって私、弱いもの」
するとナオは、椅子から床に座り直し、頭を下げた。
「ごめんなさい。私は工藤さんと皆の気持ちを無碍にします。……サイキ達には、五年後に言うつもりだから黙っていて下さい。無理を言ってすみません」
敢えて私に言うという事は、ナオは既にそう決めているのだな。
「……分かった。あいつらには言わないでおくよ」
しかしやはり楽しい記憶も諸共消すというのは看過出来ない。
「ナオは本当にそれでいいのか?」
「工藤さんの言いたい事は分かります。ご家族との事を重ねているのよね。記憶を消すという事は、工藤さんの二の舞になるという事は、理解しています」
うつむくナオの手に、涙が零れ落ちている。
「でもね……でも、ね……それでも……消さないと進めないの。私の心の傷は、それほどまでに深いの。……理解されなくてもいい。縁を切られてもいい。でも、私が進むためには……私だって嫌よ。嫌だけど……嫌なのよ……」
消え入りそうな声を絞り出すナオ。これは時間が必要だ。一日二日ではなく、年単位で考えさせる時間が必要だ。それほどまでにナオは過去の記憶を消したいのだ。これは今の私では役者不足だな。
「お前の意志の固さは分かった。だが俺がお前に手を差し伸べるには時間が足りない。五年後、もう一度お前の相談に乗るよ」
「うん……ありがとう……ございます」




