勇往邁進編 10
「工藤さん、この先どうしますか?」
現内閣総理大臣であり元住人の長谷川が帰ってきた。食事をおごり一息ついた所で、この質問が飛んで来た。その意味はつまり、四人が帰り、私一人になったこの長月荘を、そして私自身の身の振り方をどうするのか、という事だ。
「決めている事は一つだけ。五年後子供達が帰ってくるのを待つ。それ以外はその時になってから決めるよ」
子供達と長谷川はじっと私の顔を見やっていたが、一番最初に動いたのはエリスだった。
「工藤さんなら大丈夫」
そう一言、私と長谷川、そしてリタの分も一緒に、食べた器を片付けた。
「聞いていた以上に気が利きますね」
一番大人な子供だからな。
「……まあ今後も何かとあるとは思いますが、頼ってくれて構いませんからね。私だけじゃなく、元住人は皆あなたに恩を返したがっています。私ならば……そうですね、工藤さんに泣き付かれれば、国も動かしますよ」
「ははは、総理大臣に言われると本当にやりそうだな。いや、事実本当にやった跡があるけれど」
「あれくらい序の口ですよ」
大口を叩く長谷川だが、その表情はこれが冗談で言っているのではない事を物語っている。
サイキ達の親戚探しの時もそうだったが、住人達は私に対してというよりも、長月荘の問題に対して動く事に喜びを感じているのだろうと思う。その中に私がいて、私の問題は長月荘の問題であり、そしてそれを住人達が共有する。言い換えれば私も住人なのだ。
「それでは私は一足先に警察署に出向きます。また後ほどお会いしましょう」
「分かったよ。ああその前に」
私は部屋から五百円硬貨を四枚、長谷川に渡す。
「あー懐かしい! このおまじない、未だに続いているんですよね。五百円が四枚……凄く期待出来そうです」
「あはは、あまり過信すると次の選挙で落ちるぞ」
「それは怖い。肝に銘じておきます」
長谷川は子供達とも握手しエリスの頭を撫でて、笑顔で外へ。私も玄関先までお見送り。するとまた私の車へと歩み寄った。
「本当にしっかり直っているんですね」
こいつもだったか。しかし長谷川がいたのは二十年前。渡辺から本当に色々聞いていたのだな。その後は部下に催促され名残惜しそうに去って行った。どうせ後でまた会うのに。
「……はあー……」
特大の溜め息。サイキとナオの表情から、ようやく緊張が消えた。
「あんな偉い人が来るなら、ちゃんと言っておいて!」
「そうよ。おかげで寿命が百年縮んだわ」
ナオはともかくサイキは本当にお怒りである。
「俺も聞いていなかったんだよ。青柳の奴「お昼ご飯一人追加です」としか言ってないんだからな。恨むなら青柳を恨め」
「……青柳さん、次会ったら滅多切りにしてやる」
ああこれは本気だな。いや、冗談だろう。どちらにしろ面白そうだ。
「でも今一番はエリス。いくら工藤さんと親しいからって、相手の素性もよく分かっていないのにくっ付きに行くなんて絶対に止めて!」
「ご、ごめんなさい」
本当に強い口調で怒るサイキ。そして小さくなるエリス。
「まあまあ。でもそれが相手にとって失礼になる場合もあるから、もう少し様子を見るようにしような?」
「うん。分かりました」
一度言えば理解してくれるのがエリスのいい所だな。
さて我々も支度をする。私はスーツを着込み、子供達も一番いい服を選んで着た。またリタから私のパソコンを持参するようにと指示があった。
警察署に到着したのだが、長谷川のせいでか、警備が厳重過ぎて入れる気がしない。どうしようかな?
「どうせ私が顔を出せば入れるわよ」
自信満々のナオ。さて車から顔を出すと……あっさり通れた。さすがだ。
警察署内に入ると青柳を発見。早速サイキとナオに詰め寄られている。
「私も渡辺さんから、長月荘に一人行く。お前は警察署に戻れ、としか聞かなかったんですよ。なので元凶は渡辺さんです」
「それで、その渡辺は?」
「会議室です。付いてきて下さい」
何度か行った会議室、ではなく大会議室と書いてあった。ドアの前にはしっかりSPが立っており、中に入ると渡辺に長谷川に高橋に、久美さん公安さんそれから……なんか一杯いるな。総勢二十人以上か? どちらを見てもビシッとスーツを着込んだ、いかにもなお偉いさん方ばかりである。
「あの人テレビで見た。確か大企業の社長さんだ」
おやおや、これは余計に変な言動は出来ないな。
「さて俺達の席は?」
「一番前の正面ですよ」
うわあ……。
会議が開始されたのだが、この大量に集まったお偉いさん方は、全員子供達への情報提供者だった。武器の試作情報から始まり、生物学的なものやら遺伝子工学やら、とにかく私の脳味噌では処理しきれない話ばかりである。
会議も途中で子供達の顔色が変わった。
「あの、すみません」
「襲撃だってさ」
申し訳なさそうなサイキの声に続いて私が即座に用件を告げると、皆も表情が変わった。そして正面窓際に座っていた初老の男性が、一番近くの窓を開けた。
「こちらからどうぞ」
「えっと、窓からは学園長に禁止されていて……」
「あはは、私が許可します。私これでもここの署長ですから」
「あっ……すみません。じゃあ、失礼します」
さすが署長。四人はしっかり皆の前で一瞬で着替え、若干狭い窓から飛び出して行った。さて私は……どうしよう?
「工藤さん、パソコン持ってきていますよね? スクリーンに出せますよ」
「えー……」
私のすぐ横に立っている青柳からこの提案である。これだけの人のいる中でとは。しかし時間もなさそうだし、仕方がないな。
画面を出すのは別の人に任せて、私は大勢の前で四人と接続。
「全員見てるぞ」
「全員って、もしかしてパソコン画面を皆で見ているのかしら?」
「そういう事。で、どうなってる?」
「えっと、小型二体、中型の緑が二体、大型深緑が一体です。全部南東の河口近くだから被害はなさそう」
サイキの言葉に、皆ほっと一息。その声を聞いていたのだろう、リタがわざとらしく不安を煽ってきた。
「……サイキも見誤る事があるです。もしかしたら帰れなくなるかもですよ。警察署まで被害が出るかもです。あーどうしようか困ったですよー」
リタの考えを察したサイキとナオも乗ってきた。
「あー本当だ。ちょっとまずいねー」
「街が消し飛んだらどうしようかしらね」
再び焦り出すお偉いさん方。しかしいい歳した大人が、子供達の悪戯に翻弄されるのも少々可哀想である。
「お前達大人をからかうんじゃないぞ。それにそんな余裕を見せる暇があったら、さっさと終わらせろ」
「ごめんなさーい」
反省していない様子。そしてお偉いさん方は怒る事もなく笑ってくれた。私の寿命が百年は縮んだな。
そろそろ到着という所で、サイキから声が上がった。
「あっ! そっちに久美さんいますよね? あれって、そうですよね?」
雑用係として立っていた高橋が久美さんにマイクを渡した。
「久美です。……そうですね。我々の部隊です。出現位置が近かったので緊急出動したのでしょう。確認を取りますのでお待ち下さい」
そして久美さんはどこかへ電話。といっても相手は間違いなく彼女達の見ている部隊だろうな。その間子供達だが、どうやら見ているだけにした様子。
「すみません、やはりそうでした」
すると子供達は目で会話。ナオが口を開いた。
「……久美さん、何かあれば私達が入りますけど、それまでは地上部隊に任せます。私達がいなくなっても大丈夫だっていう所、見せてもらうわ」
「我々のテストという訳ですか。分かりました」
また久美さんは電話。子供達の提案を伝えたのだろうな。その証拠に、守りの体勢であった陸自部隊が一転攻めへと変わった。
子供達は戦場を囲むように配置。上空から広く戦場を見渡せるようにとの配慮だろうな。
まずは小型二体だが。アサルトライフルによってあっさりと撃破。
「さすがに小型ならば普通に倒せるみたいね。まあ黒だとそうも言っていられないでしょうけれど」
次に二体の中型緑だな。どちらも現在は広い路上におり、ナオならば投擲で二体同時に倒す事も可能だろう。さて陸自の方々はどう出るかな?
すると海岸沿いの道路上を戦車が四台連なって来た。これで砲撃するつもりか。例え外れても近くには民家などないので誤射には繋がらないだろうな。
「……えっ!?」
子供達も観衆も、そして私も思わず声が出た。戦車隊は止まらずそのまま二体の中型緑を轢き殺してしまったのだ。一体は消滅。しかしもう一体は耐えているぞ? と思ったら後方からもう一台、砲塔の付いた……装甲車? が走ってきて停車。狙いを定め砲撃一発。見事命中し、これで中型二体も倒された。残りは大型深緑一体。
最後の大型深緑は丁度河口にいた。場所的にはサイキがテレビに初めて映された辺りだな。
「懐かしいなあ。あれのせいで散々な目にあったからなあ。……あ、ねえ工藤さん。わたし達が帰る時、放送してもらえないかな? いつ帰ったのか明確にしたほうがいいと思うんだ」
「それもそうだな。それじゃあお客様の中にテレビ関係者はいませんか? ってさすがにいないか」
笑い声が上がった。まあ渡辺がどうにかするだろう。目線を送ると頷いてくれた。
さて目線を子供達へと戻すと、先ほどの戦車四台が横並びになり、いつでも砲撃可能である。一方の深緑だが、自身の攻撃範囲外にいる戦車隊へと向け、河川敷に転がっている小石を投げて攻撃してきており、何というか……。
「可愛いな」
誰かが一言漏らし、一斉に大笑い。
「そちらは平和な雰囲気ですけど、あれでも人に当たれば死にますよ」
そしてサイキに冷静に叱られてしまった。
「これより砲撃開始します」
久美さんの報告が入り、その通りに戦車四台が砲撃を開始。一発ごとに少し休む間隔なのは無駄弾を撃たないためだろうな。
「砲撃音凄いですね。消音装置はないですか?」
「日本にはないですね。そもそも音で場所が知られる前にレーダーで探知されますから。なので基本的に音はあまり気にしません。音を気にするのは潜水艦ですね」
「了解したです。こういうのも重要な知識になるですよ」
なるほど、リタの今の質問はわざとだ。小さな知識も出し惜しみする必要はないと、そう言いたかったのだな。
砲撃が十発ほど当たっただろうか、立ち込めていた煙が吸い込まれるように消えた。
「……敵性侵略者の撃破を確認。陸自だけでも奴らに勝てました」
方々から上がる拍手。子供達も一緒に拍手している。
「それじゃあ私達はそちらに戻ります」
「ああ分かった。……ご感想は?」
四人顔を見合わせ、サイキが代表として一言。
「うん。これでわたし達は、安心して帰る事が出来ます。この世界は、皆さんの手で守れます。えーっと……おめでとう、かな? えへへ」
スーツ姿の大人達は、皆笑顔になった。




