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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
学園戦闘編
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学園戦闘編 5

 編入テスト翌日。この日は朝一番に散髪に行く事にしていた。これからの事を考えると身だしなみは整えておきたい。彼女達ならば大丈夫だと高をくくっての判断だ。

 三人には留守番を任せ、商店街まで。しかし道中、携帯電話を部屋に忘れている事に気が付いた。彼女達から連絡があっては困るので、急いで取りに戻ろう。

 「ただいまーちょっと忘れ物」

 と声をかけるが反応が無い。部屋に篭っているのかな?

 自分の部屋の襖を開けようとした所、出る時にはきっちり閉めたはずなのに若干隙間が開いている。これはもしや、三人が何か企んでいるのでは?

 襖を開けて机の上の携帯電話を取る。うん? 机の上の家族写真が無い……。あいつらの仕業か。気にはなるが今は時間が無い。帰ってきて元に戻っていなかったら、改めて私は激怒する事にしよう。

 横目にベッドを見ると、膨らんだ布団に赤色の長い髪が少し覗いている。あまりにもバレバレだぞ。という事は残りの二人もいるはずだな。目線を押入れに向ける。明らかに少し開いている。この子達は一体何がしたいのだろうか。分からん。

 散髪を終えて帰ってくると、何食わぬ顔で三人が出迎える。部屋に荷物を置きに行くついでに家族写真を確認。かなり焦っていたのだろう、写真が上下逆さまだ。部屋からリビングに移動すると、露骨に私と目を合わさない三人。部屋に入ったから何だという事は無いし、どうやら反省している様子でもあるので、今回は無罪放免にしておいてやろう。


 その翌日、学園から合否の連絡が来た。結果は三人とも合格。二日後の月曜日に編入となった。早速制服を買いに行かなくては。幸い、商店街の服屋でも制服の取り扱いをしているので問題はない。

 少し興味があったので、三人のテストの点数を教えてもらう。

 「入学用のテストなので詳細はお教え出来ませんが、五教科の合計点数ならばいいでしょう。サイキさんが397点、リタさんが412点、そしてナオさんが満点の500点。ナオさんは素晴らしいですね。過去、入学テストで満点を出した学生は片手で余るほどしかいませんよ」

 私の後ろで大はしゃぎのナオ。数日前には、自分には何もないと泣いていたのが嘘のようである。一方最下位のサイキは苦い顔。

 「お二方に関しては、サイキさんは安定して70点以上なのに対し、リタさんは数学は満点でしたが、国語に弱いようです。重点的な予習復習が必要でしょう」

 それを聞いて一転リタが苦い顔。二人に頬を突付かれている。

 「次に名前の件ですが、決まりましたでしょうか?」

 サイキとナオは名字だけなので、事情を隠すために今の名字を名前にし、別の名字を付けるという話になっていた。すでに二人とは話し合い済みだ。

 「サイキは私の名字を使って工藤サイキ、ナオは私と一緒にいた刑事の名字を使って青柳ナオという事で決まりました。名前はどちらも片仮名のままでお願いします」


 ――名字の選定は彼女達に任せた。名前にも漢字を当てはめるつもりだったのだが、これは二人が反対したのだ。

 「名字は……名前だけは変えないで下さい。わたしがわたしでなくなる気がして……」

 「そうね。これを変えてしまうともう……ね。それにここに来た目的を見失いそうで怖いし。お願いします」

 そう言われてしまうと無理に押し通す事など出来るはずがない。


 諸々の確認をした後、商店街に制服を買いに行く。

 学園の制服は茶色のブレザーにグレーのチェック柄のスカートだ。ネクタイで学年が判るようになっており、彼女達の入る一年生は青だ。サイキとナオに合うサイズはあったが、リタは背が小さいのでサイズが無い。身長を測ってみると、きっちり百二十センチだった。私の目測も捨てた物ではないな。

 「ちょっと待っててねー」

 そう言うと小走りに店の奥に消える店主のおばちゃん。ほどなく帰ってきて、他に制服を扱ってる店からリタに合う大きさの服を探してきたという。サイキとナオをカフェの手伝いに行かせ、リタを連れて制服のあった店に行く。

 「すみません、今あるのが百三十センチ用で、これ以下だと注文になって二日後には間に合わないんですよね。これでも袖を直せば問題ないですし、今後背も伸びると思いますので」

 まあ仕方ないか。念の為に試着させてもらう。確かにブレザーが大きいのでスカートがほぼ隠れ、袖が長いので手は殆ど隠れて指先ほどしか出ていない。袖は直さないと駄目だな。どれくらい時間が掛かるのだろうか。

 「リタはこれくらいの袖がいいです。こっちのほうが可愛く見えるです」

 どうしようかと思ったが、本人の意向を尊重し、このままでという事になった。


 その後はリタをカフェに送り、ついでに私もコーヒーを一杯。

 「不安なんじゃないの? 工藤ちゃん」

 当たり前だ。何せこちらの学校というものを全く知らない子達だ。それに授業中も関係無しに侵略者は襲撃をしてくるだろう。今更ながらではあるが、少しだけ後悔している私。それでも彼女達が学園生活で何かを掴んでくれれば、そう期待をするのだ。

 今晩の食材を買いつつ本屋と文房具屋に寄り道。教科書とノート類を購入。さすがに三人分は多いので、後で届けてもらおう。参考書などは編入が終わってから改めて考えるのが良さそうだ。

 帰宅し、テレビをつけて天気予報を確認すると、夜中から雨となっている。夜間の戦闘は彼女達の容姿を暗ませるにはいいが、その分こちらの視界も良くないので一長一短だ。なるべくならば襲撃が無い事を祈るが、現在までの所、襲撃は全て雨の日なので構えておくに越した事は無い。


 夕方六時前、彼女達が帰ってきたので改めて制服を着せてみる。全員中々様になっているではないか。三人も嬉しそうだ。写真を撮り、長月荘SNSに投稿。皆可愛い、似合っていると高評価。

 「どうだ私の孫は」

 と書き込むと、親馬鹿ならぬ爺馬鹿だと笑われてしまった。しかしこれが本当に血の繋がった孫ならばどれほど良かったか……。私は実の娘の制服姿を見る事は出来なかったのだから。おどけた書き込み内容とは裏腹に、一人切なさを噛み締めてしまう。

 少しして本屋が文房具屋の分も含めて教科書を届けに来てくれた。その量に圧倒される私と三人。一人十五冊で合計四十五冊にもなる。

 夕食を終えると、天気予報の通り雨が降ってきた。結構強く降っており、この中での戦闘は体力的にも厳しいものがあるだろう。しかし警戒しているものの、襲撃は中々起こらず夜の十時を回る。

 「眠ければ寝てていいぞ。もし襲撃があったら起こすからな」

 と言うが、三人は警戒体制を崩そうとしない。

 「元々私達は一日に一時間もまともに寝られない生活だったから、これくらい平気よ。それに、私達の世界に戻った時に体が鈍っていたらまずいからね。と言ってもリタはもう眠そうだけど。リタ、私達に任せてあなたは寝なさい」

 ナオに諭され部屋に戻るリタ。やはりサイキとナオの二人は何かと達観している。

 結局この日は襲撃は無く、夜中の一時を回った辺りで二人とも寝かせた。


 「……戻った時に、か」

 何故か急に”その日”が現実味を帯びた気がして、私は戦慄する。

 今までは下宿人が出て行くとしても一人ずつであったが、彼女達は三位一体のチームだ。つまり三人一緒にいなくなる事になる。既に下宿人としての感情以上に強い絆で結ばれた私と彼女達。果たして私は、妻と娘を失ったあの日と、どちらがより喪心するのだろう。比べてはならないものではあろうが、やはりどうしても頭をよぎるのだった。


 翌日朝の六時に三人が起きてきた。

 「おはようございます。……工藤さん、もしかして寝てない?」

 「ああ、考え事をしていたらこの時間だよ」

 「……無理をさせてしまったようで、ごめんなさい」

 何故かサイキに謝られた。警戒態勢を続けていたのだと思ったのだろうか。

 「それよりも気付かないうちに侵入されていた、なんて事があったら問題だ。念の為、確認しておいてくれるかな」

 私がそう言うと三人は手を繋ぎ、輪になり目を瞑る。今回は結構長く索敵をしている。念入りに調べているのだろう。数分のち目を開け、何も無い事を確認。これで安心だ。天気予報ではこれから一週間は雨の心配は無さそうだし、久々にゆっくり出来そうだ。


 いつものように彼女達を見送り、家事を済ませて昼食を取り、カフェへコーヒーを飲みに行く。三人の働く姿を眺め、カップの底が見えたら晩飯の買出しへ。何でもない時間がこれほど貴重な物なのだと、この歳になって思い知らされている。


 さあ、明日は遂に彼女達の初登校日だ。



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