勇往邁進編 9
学園長室で談笑しつつ打ち合わせ。子供達を待っているのだが、中々来ないなあ。
「最後の挨拶に手間取っているのでしょうね。私としても卒業まで一緒にいさせてあげたかったのですが、あちら世界の事情となれば我々の手ではどうにもなりませんからね」
「そうですね。でもリタは五年後帰ってくると約束してくれましたから。私はそれを楽しみに待つだけですよ」
と、青柳の携帯が鳴った。漏れ聞こえる声では内容は判別出来ないな。
「工藤さん、この後我々は先に警察署に戻り、準備に入ります。代わりと言ってはなんですが、お昼ご飯に一名追加でお願いします」
「うん? という事は俺と子供達と、もう一人っていう事か。分かったよ」
さて誰が来るのだろうかな?
「ごめんなさい、ちょっと挨拶が長引いちゃいました」
ようやく四人が来た。その表情を見れば、何があったかは一目瞭然。
「……ナオも吹っ切れたんだな」
「はい……とは言い切れないわ。やっぱり帰るのは不安ですもの。でも、覚悟は出来ました」
真っ直ぐと先を見つめるとても良い表情だ。これでようやく四人とも帰る決意をしたという訳だな。
「でも、覚悟の出来ていない人が一人いるみたいですよ」
「今更誰だ? ……ああ俺か」
リタの言葉に冷静になると、視界が歪んでいる事に気付いた。
「仕方がないと思うよ。皆はお別れとは言っても四人一緒でしょ。でも工藤さんはいきなり一人。……青柳さん、下宿すれば?」
「考えた事はありますが、捜査資料をあそこに置いておく訳にも行かないでしょう?」
「あー、そうですねー」
高橋撃沈。まあさすがに覆面パトカーの駐車している下宿屋など、入る住人も緊張するだろうからな。
「しかし当分は様子を見に行かせてもらいますよ。子供達が戻ってくる前に首を吊られたら困ります」
「ははは、それはないな」
さて帰るかとなったのだが、子供達からこんなお願いが。
「あの、最後はやっぱり歩いて帰りたい。いいですか?」
「ああ構わないよ。……しっかりな」
四人の言いたい事は分かる。この学び舎を、その目に焼き付けておきたいのだ。
「よし帰るか。忘れ物ないだろうな? もう取りには来れないぞ」
「……あっ、忘れたです」
さすがはリタ。ここで子供達とは一旦解散である。
車に乗る前にカメラマンのうち一人から声を掛けられた。
「すみませんが、お渡ししたいものがありまして」
何が出てくるのかと思ったら、渡されたのは幾つかの封筒。
「カフェでの写真です。お子さん達とご主人さんと、それからカフェの分も入っています」
さすがプロが撮影しただけあり、ボケずブレず綺麗なものだ。写真は一旦私が全て預かり、後で分配しよう。
また子供達へと視点を向ける。リタの忘れ物を回収し、人気もなくなり、しんと静まり返った校舎を歩く四人の足音だけが響く。
「……」
いざとなると無言になる四人。そして静かな廊下に、鼻をすする音が聞こえてくる。
「……あはは、ナオ笑わせないでよ」
「うっさい! あんただって……耐えてるのっ、バレバレなんだからねっ」
「えへへ……だって、わたしは泣かないって決め……そうだった。もういいんだった。もう……もう……っ……」
声を押し殺し、自分の涙を拭うので手一杯の二人。
「エリスは泣かないですか?」
「うん、ぼくはまだ泣かない。ねえ、リタは楽しかった?」
「それは……だめだっ……」
エリスの一言に楽しかった光景を思い出し、頑張って耐えていたリタも、消え入るような声を出し一気に陥落。
「みんな、本当に楽しかったんだね」
「やめっ……もうっ……」
エリスの言葉に、涙の止まらなくなる三人。
一人は袖で涙を拭い、一人は鼻をすすり、一人は常備している箱ティッシュで涙を拭う。三者三様の泣き方を見せつつ、校舎を出て校門前へ。振り返り、お世話になった校舎を見つめる四人。
「半年って、すごく短いんだね。初めて校門をくぐった時の事、今でも鮮明に思い出せるもん」
「私もありありと思い出せるわ。本当に凄く楽しかった。この経験は一生の宝物よ」
「楽しい時間ほど早く過ぎてしまうです。色々あったですけど、全てがリタ達の血肉になるですよ」
感慨深げな三人。エリスはむしろそんな三人を見て微笑む。そしてサイキから提案。
「ねえ、最後にお礼を言おう? ナオが代表ね。わたし達の中で一番この校舎を好きなの、ナオでしょ?」
「ええ大好きよ。それには自信あるわ」
深呼吸をして、姿勢を正す四人。
「大声は駄目ね。近所迷惑になりますから」
「あはは、分かった」「了解です」「うん」
緊張をほぐすために軽く話を逸らすナオ。そして今一度真剣な表情になった。
「そうね。半年間という短い期間でしたが、エリスに至っては一週間という短い期間でしたが、お世話になりました。かけがえのない経験を一杯出来ました。本当に、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
静かに深々と礼をする四人。涙が地面へと零れ落ちる。
バッ! とナオが勢いよく顔を上げ、校舎を指差した。
「五年後待ってなさいっ!」
一瞬呆気に取られる三人だが、その後は大笑い。
「あはは! 自分で大声出すんだもんなあ!」
「聞かれていたら恥ずかしいですよ」
「でも格好いいよ」
そしてまた勢いよく振り返り、四人は胸を張って私立仁柳寺学園中等部を後にした。
視点を長月荘の私へと移動。
四人が笑顔で……約一名泣きながら帰ってきた。
「おかえり。ナオは結局泣き通しか」
「ねえ本当。私こんなに泣き虫だったかしら。誰かさんの虫が移ったのよきっと」
サイキを睨みつつリタの差し出した箱ティッシュを掴み、勢いよく鼻をかむナオ。
「でもわたしの虫が移ったなら、泣いた後は笑顔になれるよ」
「ふふっ、たいした自信ね。でも信じてあげるわ。リタの約束もね」
「リタの、ではなくて、クラスの皆との約束ですよ」
やはり教室での最後の挨拶で何かしらあった様子だな。
「私は今後の事を決めた。そこへ辿り着くために、私の原動力とするためにクラスの皆と約束を交わしたのよ。私はリタの提案に全面的に乗る事にしました。私は教師になって、いつか生徒を引き連れて戻ってきてやるわ」
笑顔のナオ。そうか、新しい覚悟を見つけた訳だな。
「……でもごめんなさい。きっと私の生徒と工藤さんとが相まみえる事はない。それはきっと五年じゃ済まない、もっともっと長い時間を要するはず。工藤さんが生きている間には実現しないわ」
「はっはっはっ、中々残念な事を言ってくれるじゃないか。しかしそれが現実だろうな。ナオはまだ百年以上生きる種族なんだろう? ならば間違いなく俺が駄目になるほうが早いからな」
考えれば、二つの世界を又にかけた修学旅行など、面白いだろうな。願わくば平和な世界同士でそれが出来ますように。
話も一段落し昼食を作っていると、突如黒塗りの車の一団に長月荘が囲まれてしまった。何事かと焦る私。子供達もその異様な光景に戸惑いながらも警戒態勢に入った。、エリスに至っては私の周囲に防壁を展開するほどだ。
一台の車が長月荘の敷地内に入り停車。いかにもな男性が傘をさし降りてきて、後部座席を開けた。そこから降りてきた男性はいの一番に私の愛車へと向かい、しげしげと観察している。その顔には見覚えがある。
「お前達、あれは大丈夫だ。警戒を解いていいぞ」
「……分かった」
返事はしたが、明らかに警戒している子供達。男性は窓越しに見られている事に気付くと、軽く手を振り玄関へ。
ピンポーン。
「お邪魔……じゃなくて、ただいま帰りました」
「おかえり、内閣総理大臣殿」
「ははは、家の中では名前で呼んで下さいよ」
「分かったよ。……山田か? 長谷川か?」
「昔と同じく、長谷川で」
そう、私の最大の武器である元住人長谷川、現在は名字が変わり山田誠二郎内閣総理大臣が帰ってきたのだ。
長谷川を居間へと案内。さて四人のうち誰が最初に気付くかな?
「……あっ! えっと、総理大臣さんですよね?」
「ははは、正解です」
リタが一番だったか。
「長月荘の元住人でもあります、内閣総理大臣、山田誠二郎です。当時は名字が違い長谷川だったので、皆さんはそちらで呼んで下さい」
先ほどとは別の意味で警戒態勢へと入る四人。特にサイキとナオは序列を分かっているので、緊張のし過ぎで完全に顔が強張っている。
「え、えっと、さ、サイキですっ」
「ナオ……です。よ、よろしく、お願いします」
そしてこのガチガチの自己紹介だ。これには私も長谷川も笑ってしまったが、二人は微動だにせず固まったまま。
「リ……セルリット・エールヘイムです。技術関係を担当しています。よろしくお願いします」
さすがにいつもの口調は止めたか。それはそれで面白そうだったのだが。
「えっと、エリスワド・サイキです。おねがいします」
こちらはいまいち分かっていないという感じ。その証拠にサイキの袖を引っ張りどれくらい偉いのか聞き出そうとしている。一方サイキは未だに固まったまま動かない。
「私も元住人ですから、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ。皆さんに会えるという事で、私のほうも緊張していますから」
笑顔を見せる長谷川に、兵士二人はギリギリ人に見せられない笑顔で答えた。
「色々話もしたいけれど、まずは昼食にしようか。といってもまさか総理大臣が来るとは思わなかったからなあ。作り直すか」
「そんな気を使わないで下さい。ちなみに何ですか?」
「玉ねぎ多めの親子丼だよ」
すると長谷川の表情が変わり、当時を思い出すような笑顔を見せてくれた。
「おおっ! むしろ大歓迎ですよ! 私、親子丼が好物ですから」
「そうだったか? ならば丁度いいな」
いくら元住人とはいえ総理大臣。粗相があっては長月荘の名が廃るというものだ。自信がない訳ではないのだが……私も少し緊張しているようだな。ふと外の黒い車に目が行った。
「外の……あれSPっていうのだろう? あの人達はどうするんだ?」
「ああ彼らは彼らなのでお構いなく。そういう仕事ですから」
「なるほどな。ちなみに毒見役は必要か?」
すると大笑いで否定された。私に対しては何の警戒も不要という事だな。それはそれでとても嬉しい。
親子丼をよそっていると、後ろから悲鳴にも似たサイキの声。何事かと思ったら、エリスが長谷川に遠慮なくくっ付いていた。
「ははは。エリス、お前さんがくっ付いてるその人な、この国で一番偉い人だぞ?」
ぽかーんとした表情のエリスだが、さすが理解が早い。すぐさま表情が変わり、焦り立ち上がって謝っていた。勿論その程度で顔色を変えるほど総理大臣の器は小さくはない。
食事を出すも、サイキとナオは座りすらせずにいる。長谷川に催促されようやく座るが、それでも食事には手をつけない。リタは様子を見つつ少しずつ、エリスも顔色を覗ってはいるが、食い気が勝っている。我々がほぼ食べ終わった所で、サイキが慎重に口を開いた。
「あのー工藤さん、お部屋借りますね」
すると丼を持ってそそくさと私の部屋へと入って行くサイキとナオ。
「あっはっはっ、やはり聞いていた通り、兵士のお二方は私の前では食べられませんでしたね」
「寂しいですかな?」
ニヤリと口元の緩む私。現役総理大臣に嫌味な質問が出来る一般人は私くらいだ。
「うーん、そうですね。私としては、大衆食堂に突撃訪問のような事もしたいんです。けれど突然の予定変更は物凄く怒られますし、それこそ先ほど工藤さんが仰られたように毒見の必要も出てきてしまいます。なので食に関しての自由はほぼありません。その他でも自由になれる時間は、せいぜい官邸で家族と過ごす時くらいです。本当、肩身が狭いですよ」
総理大臣の弱点見破ったり、かな?
その後数分で二人は部屋から出てきた。思いっきり掻っ込んだのが分かるし、頬にお弁当を付けている。それを指摘すると顔を真っ赤にして洗面所へ。バタバタとしながら戻ってきてようやく静かに座った。
「全く忙しい奴らだなあ」
「ははは。しかし渡辺さんから全て聞いていますよ。工藤さんが自殺しようとしていた事も、サイキさんやナオさんの過去、リタさんの苦悩、エリスさんが怒られた事もです。……だから敢えてお聞きします。工藤さん、この先どうしますか?」
緊張しながらも和やかだった空気が、一気に張り詰めた。皆私の顔を見やった。




