勇往邁進編 8
学園長公認のサイキ対相良美鈴の剣道対決。一本目は順当に相良が、二本目はとんでもない動きをしたサイキが取った。そして三本目。
「三本目、始め!」
さてサイキはどう暴走してくれるのかと期待していたのだが、冷静に引いた。二本目を取った大喜びの余韻そのままに突っ込んで行くのかと思ったのだがなあ。
「……おねえちゃん負ける」
そして念を押すようにエリスのこの一言である。
サイキはどう負けるのかと期待していたのだが、サイキの動きが変わった瞬間に私も予想が付いた。サイキは先ほどをなぞるように戦闘時の動きで相良へと肉薄。あの相良に二度同じ手は通じないだろうが、それはサイキも分かっているはず。さあここからが真の実力を試されるぞ。
まず一つ驚くのが、相良が戦闘仕様のサイキの動きに付いて行っている所だ。二本目の時には防戦一方で、手を出せたのも最後の一回のみ、しかもそれが元で胴を打たれていた。しかし今はしっかりと的確に攻撃を防いでおり、動きにも少し余裕が見えるほどだ。
化け物であるはずのサイキを超える化け物。しかしそんな相良よりも上がいるのだから、世の中の達人がサイキと同じ装備を纏うと、果たしてどうなるのだろうかな。
サイキは尚も敗北を恐れぬ突撃体制を維持。しかし相良が徐々に順応してきている。この相良の順応速度はサイキの予想を超えているようで、相良とは対照的にサイキの動きから余裕が感じられなくなってきた。なるほど、エリスがした予想の判断材料は、サイキがどうと言うのではなく、相良の実力を察しての事だったか。
「相良さんも勿論だけど、サイキちゃんも体力凄いよね。あれだけ激しい動きで叩き込んでいるのに、疲れた動きは見せていない」
「さすがは年中休みなく戦場に出ていただけはある、という所でしょうかね。むしろ装備がないので身軽なのかも」
「あー、そうかも」
刑事二人の分析も面白いな。
と相良が動いた。やられたらやり返すとばかりに、先ほどまでのサイキの激しい動きを真似して見せたのだ。サイキも応戦するが、空振りをして姿勢が崩れた。これで終わりか、と思ったが、相良も慣れない動きのせいで一撃に手が届かない。
姿勢を戻し再度の乱打合戦。しかしこれは私の目から見ても結果が分かる。相良に動きを真似された事が、サイキの集中力を狂わせている。焦っている、というのではなく、相良の実力を実感して恐怖しているというべきだな。それでも果敢に攻めの姿勢を崩さないのは、さすがは隊長補佐。
サイキが先ほどと同じように姿勢を低くする動作を見せた。しかしこれが失敗だった。焦ったサイキは機を逃したのだ。
相良はサイキが飛びついてくるタイミングをしっかりと学習しており、それに対応し、サイキの片腕での胴への攻撃を防いでみせたのだ。そして竹刀を手首で回すと、サイキの脳天へと一撃。
「面!」
バシーン! という竹の乾いた音が響き渡り、これで二対一、相良美鈴の勝利が決定。
「ありがとうございました!」
双方礼をして試合終了。満場の大きな拍手と歓声が体育館一杯に響く。カメラマンに目を向けてみると、片手でカメラを持ちながらもう片手で拍手をしている。器用だ。
面を取ったサイキの表情は晴れやかの一言。これでサイキがこちらの世界でやり残した事は何もなくなったのだな。そして相良もお返しとばかりに満面の笑顔で答えている。
すると学園長がマイクを取った。
「どうですか? サイキさんの特殊装備を解禁しての一本勝負というのは」
それを最高責任者自らが煽るか。
「あたしは構わないよ。ただ上からの攻撃は対処のしようがないから、飛ぶのだけは禁止でお願い」
「うん、それはいいよ。……確認してくるね」
サイキはナオとリタ、そして私へも確認しに来た。
「武器は竹刀だけだ。それから相良さんの言う通り飛行は禁止。言っておくがサーカスなんて使うんじゃないぞ」
「あはは、さすがにサーカスはこんな所じゃ使えないよ」
当たり前だな。しかしブースターは使ったと聞いているぞ。
「青柳さん高橋さんもいいですか?」
「ええ、でも怪我だけは気を付けて下さいね」
「頑張れー」
刑事二人の許可も得た。剣豪相良に戦闘狂の本気が通じるのか、否が応にも期待が高まる。サイキは剣道着を脱ぎ、プロテクトスーツ姿へ。髪の色も派手な赤色に。
試合前、サイキはニヤリと笑いながら竹刀を相良へと突き出した。
「美鈴さん、言っておくけれど前回とは違うよ。今のわたしは四倍強い」
相良も呼応するように竹刀を突き出した。
「あっはっはっ、じゃああたしも本気で相手してやろうじゃないの。泣いても知らないよ?」
お互いニヤニヤと楽しそうに笑っている。ああこれは双方とも本気なのだな。本気で楽しいのだな。
「さてエリスの予想を聞いておこうか」
「うーん……わかんない」
エリスも匙を投げたか。そして楽しそうだ。よく見ればナオもリタも、生徒も教師も誰も彼もが楽しそうなのだ。
「一本勝負、始め!」
始まると同時に二人から気合の声が飛ぶ。私の予想ではサイキは特殊装備を使い異常な動きを見せ、一気に叩き込むと思っていたのだが、いやいや全くその反対、静かな始まりだ。
「読み合っていますね」
「これ、一撃で決まるよね」
刑事二人はまるで犯人の一挙手一投足を見逃してなるものかというような鋭い眼光。こいつらはこれで楽しんでいるのだな。
そして刑事二人の読みは当たりだった。両者とも軽く手を出す事はあっても打ち合いはしないのだ。真剣に、本気で、一瞬を読んでいる。……楽しい。
「来るよ」
エリスの呟きと共に二人の動きが完全に停止した。静寂が体育館を包む。見ている我々ですら息を呑み、一瞬に集中し身動きが出来ない。
先に動いたのはやはりサイキだった。足元が一瞬光ったのでアンカーかブースターを使ったのだろう。空気との摩擦を諸共しない強烈な加速で相良へと突撃。狙うは突きだ。
文字通り極一瞬の出来事。
「小手!」
サイキの竹刀が上空へと吹き飛ばされていた。何が起こったのだろう?
一瞬の出来事過ぎてサイキも突きの体勢のまま固まっている。何が起こったのか当人も捉えられていないのか、それとも理解の範疇を超えたのか。
「はい、面」
改めて相良に竹刀で頭を軽く叩かれ、ようやく動いたサイキ。
「ありがとうございました!」
しっかりと一礼。相良が面を取った所でようやく上がる歓声。皆も今の一瞬を理解出来ていなかった訳だな。
「後で何が起こったのか、二人からしっかりと聴取しなければいけませんね」
「ははは、聴取か。……あ、そこに丁度カメラがあるじゃないか」
我々の会話が耳に入ったようで、カメラマンがちらっとこちらを見た。
「警察権限、行使しちゃいますか?」
「いやいや、さすがにそれは批判されかねないぞ」
興奮冷めやらぬという感じの高橋の冗談に冷や汗の出る私。
試合後の喧騒も一段落、学園長からの号令もあり、皆素直に教室へと戻って行く。三人はこちらに手を振り、エリスは翼を出し飛び降り、その列へと加わった。その後我々と、ついでにカメラマン三人も学園長室へ。
一方子供達。
「いやあ負けちゃったなあ。でも楽しかったあ」
「あはは、あたしもだよ。あれを使う羽目になるとは思わなかったからねー」
「……で、何だったの? あれ」
「うーん……後でね。きっと工藤さんや刑事さんも聞きたいだろうから」
満面の笑顔を突き合せるサイキと相良。その後ろを歩く二人も笑顔。
「それで、ナオは心を決めたですか?」
「あーもう忘れてたのに! ……でも、サイキのおかげで私も少し楽になったわ。吹っ切れた訳ではないけれどね」
「それもあるですけど、今後の事もですよ」
「それは……今後考えるわ」
教室へと戻った生徒達。
孝子先生から、締めの話が始まる。
「はい、皆さん一年間お疲れ様でした。来年度は四月二日から始まるから、間違えないようにする事」
「はーい」
一応四人も返事をした。孝子先生はその光景をしっかりと確認。真剣な表情で、口調も丁寧にして話を続ける。
「先生としてはこのクラスの全員で二年生、三年生とやって行きたかったのですが、それは叶いません。クラス替えもありますが、それ以上に……」
「あ、先生、ちょっと」
ナオが話を止めた。皆襲撃かと危惧する。
「あー襲撃じゃないわよ。その話をするならば、先に私達から挨拶させてもらえないかしら? 手短にしますから、お願いします」
横の三人もナオの行動に驚いたが、その理由を察した。感情が高ぶる前に自分の言いたい事を言ってしまおうという魂胆なのだ。
「減るものじゃないからね。いいよ」
四人が教卓前に出てきて誰から言い始めるか相談。まずはサイキからとなった。
「えーと、約半年という短い期間ではありましたけれど、皆さんと学べた事は、本当に良い経験になりました。友達も出来て、美鈴さんとは遠い従姉妹同士だったなんて驚く事もありました。おかげで勉強だけではなく、精神的にも、そして戦闘でも随分と成長が出来ました。本当に感謝してもし切れません。ありがとうございました」
サイキは本当に手短に済ませた。次にはエリスが来た。さすがに背が小さいので最前列壁際の生徒が椅子を差し出してくれ、その上に乗った。
「えっと、ぼくは最後の少しでしたけれど、それでもすごく楽しかったです。……ぼくはさようならとは言いません。だって、またすぐに会えるから」
そう言って頭を下げたエリス。しっかりとした、そして含みのある挨拶に、皆少々戸惑う。そして椅子を軽く叩き埃を取って、しっかりと返却。
「それじゃあ次は」「リタです」
次にナオが話し出そうとした所を横からリタが掻っ攫った。したり顔のリタに言い返せないナオ。
「リタは研究所の主任ですけれど、それでも学ぶ事だらけだったです。そしてこの先、つまり帰ってからの道筋も付いたです。これは卒業式の日に言ったですね。でもその後もう一つ決めた事があるです。リタ達は五年で戻ってくるです。だから皆期待して待っているですよ? リタ達も五年後の皆とまた会える事を目指して頑張るですからね」
クラスメートも皆笑顔である。
さあナオの出番。
「うーん……最初に、この三人は未来に希望を持っているけれど、私はそうじゃないのよ。私はあっちの世界では差別され卑下される存在。だからこっちの世界に来るまで心から笑った事がなかったの。そんなのだから本当は何をやるにも不安で仕方がなくて、虚勢を張っていた。少しでも隙を見せればまた後ろ指を差されると思っていましたからね。その結果が極端な実力主義であり、テストの点数に固執する事にも繋がるのよ」
いきなりの重過ぎる話に、皆無言になってしまう。
「でも皆と出会って、こっちの世界でそれは全く不必要な不安である事が分かった。私にとってそれがどれほど大きな事だったのか、きっと皆には理解してもらえないと思う。でもそれでいいのよ。こんな事、理解なんて出来ないほうがいいに決まっているわ」
少しだけ笑顔を見せたナオ。それだけ皆を信用しているのだ。
「……正直に言うわね。私は帰りたくない。サイキはエリスを手に入れ、この世界を救ってみせ、相良さんとの勝負も終わってスッキリ。リタは帰ってからが本番とばかりに気を吐いているわ。でもさっきも言った通り、私はあっちの世界には嫌な思い出しかない。だから本心ではあっちの世界に帰りたくないし、そして何より皆のいるこっちの世界が好きなの」
「じゃー残っちゃえばー?」という中山の声が響いた。教室中から笑いが起こり、見事暗い雰囲気がひっくり返った。
「ふふっ、さすがにそういう訳には行かないわよ。それにね、私にも希望が見えたのよ。皆との思い出は私を前に進ませる大きな力になったし、この三人との出会いも私の卑屈な考えを変える大きな要因になったわ」
「そもそもの私の目標は、万人の上に立って、私を差別し見下してきた奴らを逆に見返す、言わば下克上なのよ。そしてその考えだけは今も変わらないし、変える気もない。ここを変えてしまうと、ずっと差別され続けてきた人生に、何の意味も見出せなくなる。そうなれば私は私を保てない。だから私は、私を構築するこの根幹だけは変えない。常に上を目指し、頂点まで駆け上がり、私を愚弄してきた奴らに唾を吐きかけてやる」
見下すと言わずに、唾を吐きかけると口汚く表現した事に、笑いの起こる教室。
「あはは、いいと思うよ。ナオちゃんらしい」
木村の声だ。改めて笑顔になるナオ。
「だからね、私は帰ります。残る事も幸せかもしれないけれど、それでは私の気が収まらないのよ。……それに、どうやらリタは私を教師にしたがっているのよ。そして私の複雑に絡まった因縁も面倒を見てくれると約束してくれた。仲間が約束してくれたんだから、それに報いない訳には行かないわよね? それこそが私が変わった部分」
ナオはリタと目を合わせた。リタはそれに応じ、しっかりと頷いた。
「今までの私の考えでは、ただ見返し見下しただけでは、そこで話が終わってしまう。その先は何もない暗闇なのよ。でも皆や仲間のおかげで、その先にも少しだけ光が見えた。ならば私がするべき事は一つだけ。一番槍として、恐れず突き進むのみよ」
ナオは笑顔に自信を覗かせた。そして一つ閃いた。
「そうだ、少し身勝手な約束をさせて頂戴。五年後……はまだ無理だと思うけれど、いつかきっと、私は私の育てた生徒を引き連れて戻ってきてみせるわ。これは私がこの先もずっと前に進むための、言わば自身への強い原動力とするための約束。個人的な事情に巻き込んでしまうけれど、いいかしら?」
「いいよー」「いいともー」「任せろー」等など、皆賛同してくれた。
「私も待ってるよ。ナオちゃんの教え子、私がテストしてやるからね」
そして孝子先生もである。
「ふふっ、それは余計に楽しみね。……最後に一つ」
ナオは改めて姿勢を正し、深く深く頭を下げた。
「皆さんは私を救ってくれました。私の心を救ってくれました。約半年という短い期間ではありましたが、私は皆さんに心から感謝しています。ありがとうございました!」
一斉に拍手の上がる教室。顔を上げたナオの目には光るものがあった。そしてナオは向きを変え、三人にも同じく頭を下げた。
こうして四人の挨拶も終わり、最後に改めて孝子先生から締めの言葉が発せられた。
「えー改めて。四人と一緒に卒業式を迎えられないのは寂しい限りです。しかし皆さんはいつまでも私の教え子ですからね。私はいつまでも待っていますから、いつでも顔を見せに来て下さい。そして他の皆さんとは二年生になって、またお会いしましょう。……以上! 一年B組、解散!」




