勇往邁進編 5
一日に二度の戦闘、どちらも何事もなく済みほっと一息。その二度目の戦闘の最中に来客。
「明日には参加出来なくなってしまいまして、突然のご連絡、ご迷惑をおかけしました」
高周波電磁波研究所の所長秋元と主任黒田だ。こちらの世界に来てまだ二日目のサイキを誘拐し監禁、特大のトラウマを植え付けた張本人である。国が味方に付くより以前、一度サイキに土下座で謝罪したのだが、その時は見事に玉砕している。
「俺はいいけれど、サイキ達は今手が離せないのでもう少し時間かかりますよ」
「はい、構いません」
負い目を感じているというよりは、意地でも謝罪したいという、過程と結果が入れ替わっているようにも見受けられる。
「一応言っておきますけど、謝罪はゴールじゃありませんよ。そこを勘違いしての謝罪なんて、あの子にはすぐに気付かれますからね」
はっとした表情の二人。やはり謝る事に重点を置き過ぎていて、本来の気持ちの部分が抜けていたのだな。
二人は車の中で待機。しばらくして四人が帰ってきた。サイキはナンバーに赤い射線の入った白いワンボックスカーというトラウマまっしぐらな車を見ても、一見して動じる事はなかった。しかし手元を見れば、それが姉としての体面を保つための、必死のやせ我慢である事が分かる。
「ただいまー」
「おかえり。サイキ、心は決まったか?」
「うん。……一人で行ってきます」
サイキの表情はまるで決死隊のそれである。ならば私からは何も言う事はない。
居間に戻り、窓からサイキの様子を見守る。どうやらあちらが謝るよりも先に、自分の言いたい事を全て叩き込んでいる様子。それはまるで、謝らせてなるものかという感じでもある。
大の大人二人を睨みつけ、一歩も引かないその姿勢に、ああこの子の中ではもう、あの誘拐事件は過去の事だと清算済みなのだなと、そう感じた。
思えばサイキ自身も、あちらの世界で過去に誘拐事件を起している。因果応報とでも言うべきか、その事が自身へと返ってきたあの時、サイキは一体どういう心境だったのだろう。渡辺の話では確か、諦めたように泣いていたとの事だった。
外の三人が入ってきた。結局サイキは謝らせる事はしなかったようだ。
「すみ……ません」
思わず口から零れてしまったというような感じの所長秋元。
「誘拐事件に対してでなければ、普段通りで構いませんよ」
「はい、すみま……せん」
まるで謝る事がトラウマ化しているようだな。
「それで、リタにも用事があるとの事でしたが?」
「あ、はい。先に資料だけでもと思いまして」
黒田がアタッシュケースからCDを大量に取り出しリタへと渡した。
「ファーストコンタクトから昨日までの、我々の研究所で観測、解析したデータのほぼ全てです。紙だとさすがに持って来られない量なのでCDに焼いたのですが、読み取れるでしょうか?」
リタはしげしげとCDを観察。
「問題ないです。……全部読み終わったですよ」
「相変わらず早いな。で、有用性は?」
「うーん……という感じです。リタの研究所に持ち帰ってからが本番ですね」
すると秋元と黒田が顔を見合わせ頷いた。
「リタさん、車までご一緒にお願いします」
「誘拐するですか? なんて冗談ですよ」
「お前な、言っていい冗談と悪い冗談があるだろ。仮にも研究所の主任なんだからそれくらいの分別は付けろよ」
すると顔が引き攣る大人二名。そういえばこの二人も研究所の所長と主任だったな。お前らも分別付けろよ。
ついでに私と、野次馬根性で子供達も全員覗きに来た。サイキだけは外から見ているだけで、車内を覗きはしない。やはり完全にトラウマが解消された訳ではないのだな。
「よく分からない機材だらけね」
「ええ、それも含めての丸ごと提供です。そして……」
と黒田が奥から黒い箱型の機材を取り出した。
「我々の研究所で扱った過去のデータの一部です。どうせならばと研究所丸ごと提供するつもりではあったんですが、さすがに遠いので」
本当に全面協力するつもりだった訳か。そして同じような箱型の機材が合計十二個も出てきた。
「データだけならば、これで研究所の七割方になります。残りは我々の判断だけではどうにも出来ない預かり物や極秘事項なので、さすがにご提供は出来ません」
一方リタは唸りつつ考え込んでいる。
「うーん……大半は役に立つか微妙な所ですね。でも、価値はあるですよ。さっきも言ったですけど、これをリタの研究所に持ち帰ってからが本番です」
そうそう上手い話もないか。二人も少し残念そうである。
「でもこれをどう生かすかが技術者の腕に見せ所ですよ」
リタの目線は私に向いているが、その言葉は秋元と黒田へと向けられている。そしてあちらの二人もその言葉をしっかりと受け止めた様子。リタのこういう部分は、酔狂とすら思えてしまうな。
「それでは我々はこれで。皆さんと会うのもこれが最後でしょうから……その……」
必死に言葉を探している様子の秋元。サイキがどう言ったのかは分からないが、大の大人をここまで動揺させるほどだ。灸を据えるという程度では済まなかったのだろうな。
すると大きく深呼吸してサイキが一歩前に出た。
「さっきも言いましたけど、何を言われてもあの事は絶対に許せません。でもご協力に感謝はしています。……ありがとうございました」
口調は憮然としたものだが、それでもサイキはしっかりと頭を下げた。
「……ありがとうございました」
研究所の二人も、まるで噛み締めるかのように子供達へと頭を下げ、去っていった。
家に戻ると、サイキだけは居間ではなく部屋へと戻った。何を思ったのだろうかな。それから三十分ほどで降りてきたサイキの目は、少しだけ赤みが増しているように見えた。しかし、何だ。私は気付いてなんかいないぞ。
「さて晩飯作るか。何買ってきたんだー?」
「あ、えっと、今日はわたし達だけで作ります」
袋を覗こうと思ったらこれだ。しかしどう足掻いても香りの強い料理は分かるぞ。
キッチンを子供達に任せ、少しした所で青柳から電話。
「二度目の戦闘ですが、軽傷者が二名だけでした」
「分かった。伝えておくよ。……今日の晩飯は子供達だけで作ってくれるそうだ」
「ならば余計にお邪魔出来ませんね。後で感想聞かせて下さい。では」
という事でそこで暇そうにしているエリスに伝言を頼んだ。早速トコトコとキッチンへと向かったエリスだが、帰ってこない。恐らくはそのまま三人の手伝いをしているのだろう。
さてそのキッチンだが、気付けばエリスが入り口を防壁でバッチリ封鎖していた。通りで音も香りもしないはずだ。用意周到というか、やり過ぎというか、力の無駄遣いというか……。
改めて私は自身の料理レシピのまとめ作業中。するとふいにスパイスの香りが漂って来た。完成だな。
「おまたせー。もう気付いていると思うけれど、わたし達だけでオムカレーを作ってみましたあ!」
四人ともそれぞれ満面の笑みである。そしてこの品評会、一番緊張しているのはサイキだ。各々席に着き食べ始めたのだが、サイキだけは私の表情を凝視し、私からの評価を待ち望んでいる。あまり引っ張るのも可哀想なので、早速いただきます。
ここで私は、美味しいか否かではなく、どれだけ私の味に近いかを見てみる事にした。その味の近さだが、一言で言えば見事なものだった。恐らくは舌の肥えた住人ですらも一瞬では分からないだろう。それほどまでによく出来ている。
「サイキ、わざと俺の味に似せてきただろう?」
「えへへ、工藤さんにはすぐ分かっちゃったかあ。どう?」
「合格。これなら元住人も騙せるぞ」
「んーいやったあっ!」
これでもかと喜ぶサイキ。
「本当に騙す気ではないけれど、そういうつもりで作ったんだ。わたし達四人ともの一致した意見でね、長月荘で一番美味しいと思ったのがこれなんだ」
するとふいにサイキの目から涙が零れた。
「……これで、わたしは帰れます。リタの約束した五年後を、楽しみに待てます。……えへへ、まだ終わりじゃないのは、分かっているんだけど……どうしよう……カレー、しょっぱくなっちゃうなあ」
サイキにとっては、私の味を再現する事こそが、自身の課した帰還への最終試験だったという訳だな。
「おめでとう、馬鹿娘」
「えへへ……うん……うん……」
食べ終わり皿を片付けるまで、サイキはずっと涙を零していた。後三日あるが、彼女の中での覚悟は達成されたのだ。




