勇往邁進編 4
時刻は三時半を回った所。皆はまだ泉の部屋。会話の内容は泉がリタの耳に気付いた時の話になっていた。
「……それで、着替えに手間取っているリタちゃんを手伝えば仲良くなれるかなって。でも服が髪をかき上げた時の驚きは、もう本当に、顔に出さないのが精一杯」
「リタは全く気付かなかったですよ。友達になりたくてもじもじしているほうが強かったですから」
「えへへ、そうかも。中学校ではリタちゃんが初めてのお友達だったし、外国人さんだと思っていたから、余計にかな」
すっかり笑顔の泉。すると中山が聞いてきた。
「ねーねー、今はどうー?」
「今、ですか。……逆に聞いてみていいですか? 木村さんと中山さんは、私の事をどう思っていますか?」
「私は泉ちゃんとも友達だと思ってるよ」
「私もだよー。それに、相良さんも最上君も同じだよー」
即答の二人。そんな話を聞いていたエリスが一言。
「一条さんとは友達じゃないの?」
一瞬で空気が凍った。
「あ、あ、えっと……うんと、その、えー……」
しどろもどろになる泉、そしてエリス以外の一同もその理由は分かっており、一様に目線が宙を泳いでいる。
「……ごめんなさい」
「ううん謝る事じゃないよ!」
雰囲気で謝ったエリスに、大慌てで訂正する泉。そんな泉を見て、エリスは鋭い洞察力を発揮。
「……好きなの?」
「んにゃあっ!?」
エリスの核心を突く一言に、とんでもない声を上げる泉。
「にゃあって」「言ったわね」「かわいいです」「一条君の事」「好きなんだねー」
口々にツッコミと結論を漏らす一同。そしてみるみるうちに真っ赤になっていく泉。
「絶対に言わないで」という強い口止めの元、泉は事の顛末を話し始めた。
「夏休み前に、本屋さんで棚の上の本が取れなくて困ってた時に、手を貸してくれたんです。でもその時は顔を見られなくて、一条君だとは分からなくて。夏休みに入ってもう一回その本屋さんに行った時、また会って、それで一条君だって分かったんです」
「わあ、そういうシチュエーション私もあこがれるなあ」
木村を始め、皆賛同。
「ただ私自身は、そこで恋にはならなくて、助けてくれた人がクラスメートなのも知らない事に申し訳なかった」
「じゃあいつ意識したの?」
「……学園襲撃の時。あの異様な雰囲気に当てられたのかな? 吊り橋効果かも。でも今の気持ちは本物。それは胸を張って言える事」
その言葉に皆それぞれ顔を見合わせた。
「あー熱い熱い。私達まだ中一なのにね。あーホント……うらやましいなあ!」
「……っあはははは!!」
木村の心からの叫びに一斉に笑いが起こった。
「ああそうか。そうしたら泉さんとリタは恋をしているんだ。いいなあ」
「えっ? リタちゃんも?」
サイキの言葉に一番に反応したのはまたしても木村。
「リタは世界を渡る前に告白されて、それを保留にしているですよ。帰ったら答えを出すつもりです」
「あーあーうらやましいなあ!」
そしてまた木村の咆哮が轟いた。そう、実は木村は恋に恋する乙女なのだ。
「あ、おねえちゃん、時間!」
「え? あ、本当だ。ごめんわたし達四時には帰るって約束だったんだ」
「そうなんですか。……って、四時半過ぎてる。連絡入れないと怒られますよ」
青くなる四人。サイキは急遽長月荘へと連絡を入れた。
「ごめんなさい! 話が盛り上がって、時間を忘れていました。これから早急に買い物をして帰ります」
「まあそんな所だと思ったよ。……帰ってきたらサイキとリタに用事がある。お前を誘拐したあの研究所の二人がそろそろ来るんだよ。お前、これで最後なんだから、帰るまでにはしっかり答えを用意しておけよ」
「……うん、分かりました。それじゃあ……五時過ぎには帰ります」
「分かったよ。気を付けてな」
こうして急ぎ解散となった。
四人は買い物に商店街へ。
「カフェに寄りたくなっちゃうわね」
「今は時間がないし、明日は忙しくて、明後日は皆が来る。その次は帰るから、寄る暇ないね」
少し残念に思いながらも買い物を続ける子供達。と、表情が強張った。
「一日に二回は久々だ。えーっと……」
既に買い物袋を持っており、捨て置く訳にも行かず困るサイキ。
「あ、そうだ」
閃いたサイキは急ぎある場所へ。
「すみません、これ少し預かってもらえますか?」
「お? ああいいよ」
「すみません、すぐ戻りますから
肉屋のすぐ近くだったので、サイキは買い物袋を肉屋の店主に預けたのだ。
四人は飛び立つと同時に工藤・青柳と接続。
「今更な疑問だが、俺は必要なんだろうかな?」
「わたし達の手綱を引く役割は工藤さんにしか出来ないよ。それで敵だけど、南西の住宅街に、赤鬼と緑と大型深緑がそれぞれ一つずつです」
「後は全て私達だけでやらせてもらうわね。帰った後のリハビリも兼ねないと」
「ああ任せたよ」
あっさりと工藤から許可を得た四人は、ナオの指示を聞く。
「まずエリスね……ってもうやっちゃってるか。赤鬼ビットはそのまま倒しちゃいなさい」
「はい!」
ナオの指示通り赤鬼ビット四体をまとめて圧殺。
「サイキとエリスはそのまま赤鬼担当。大型は欲張って私がもらっちゃおうかしら」
「欲の張り過ぎは体に毒ですよ。といっても今のナオならば欲にすらならないですけど。じゃあリタは中型緑を担当するです」
「頼んだわね」
各々の地点に別れる四人。
「そうだ。エリスに剣持たせてあげる。わたしが見ていてあげるから、赤鬼本体を自分の剣で倒しなさい」
「ぼ、ぼくが攻撃してもいいの?」
「うん、お姉ちゃんが許します」
一気に緊張した面持ちになるエリス。剣を取り出しはしたが、いざとなると戸惑っている。
「何かあればお姉ちゃんが助けるから、エリスの頭に描いた通りに剣を振ればいいんだよ。エリスはそういうの得意でしょ」
「……うん。じゃなくて、はい!」
「あはは」
エリスの緊張はサイキも分かっているが、それでも出来るという確信があるからこそ笑っていられるのだ。そしてエリスもそれを察し、自分の自信へと繋げた。
(おねえちゃんなら、きっと……こう動く!)
エリスは敢えて赤鬼の拘束を解き、一対一の正面攻撃を敢行。
「……やっぱりわたしそっくりだ。となると失敗しちゃうかもなあ」
と小さく呟くサイキ。自身を反面教師に、念の為手には長大な剣の月下美人を握っておく。
エリスは低空飛行から突撃体勢へ。
「たああっ!」
可愛くも気合の入った雄叫びを上げ、剣を光らせ振り上げた。しかしそこからの動きはサイキの予想以上に素早く、しっかりと赤鬼を芯で捉え、一刀両断してみせた。
「……や、やった……ぼくが、剣で、倒した……」
喜ぶというよりは信じられないという表情のエリス。
「エリス、倒したらどうするの?」
「あっ、えっと……赤鬼地点、クリア!」
「ふふっ、了解よ。こっちもそろそろ終わるわ」
「リタ、クリアです。一番をエリスに取られちゃったですね」
先輩格の二人は余裕の様子。サイキはエリスを迎えに高度を落とした。するとそれを見ていた近所の主婦が窓を開けて話しかけてきた。
「あれー確かエリスちゃんだっけ? あんたも剣持ったんだねー。すっかり一人前さんだね」
「あ、えっと、これが最初なので、ぼくはまだ一人前じゃないです」
「いやいや謙遜しちゃってー。あたしから見れば充分一人前だよー。応援しているよ。あたしだけじゃなくて皆ね。これからも頑張ってね」
まさか自分に対してそんな事を言ってもらえるとは思わず、驚くエリス。サイキに頭を撫でられ、喜び満面の笑顔で返事を返した。
「はいっ! ありがとうございます!」
「……おねえちゃん、ありがとう」
「うん?」
「ぼくの想像とは全然違ったから。それが分かったから。だから、ありがとう」
「あはは、いい経験になったみたいだね。でも最後の一振りはわたしの思う以上に素早くて驚いたよ。このままだったら本当にお姉ちゃん抜かれるかも」
サイキの予想ではこの一言でエリスが笑顔で抱き付いてくるはずが、実際のエリスはより真剣な表情になるのみであった。
「こっちも終わったわ。商店街に戻りましょう」
サイキは肉屋の前へと降り、荷物とついでにお買い物。
買い物が全て終わった子供達は意気揚々と帰宅。……のはずだったのだが、約一名顔色が変わった。
「あっ、あの車……」




