勇往邁進編 1
火曜日、あれ以来初めての雨である。
「正直に言っちゃうと、少し怖いのよね。間髪いれずとんでもないのが出てくる可能性を考えちゃうのよ」
「彼らは何て言ってたんだ?」
「大丈夫だって。でも確実かどうかは起こってからじゃないと分からないでしょ?」
これは別れる事への不安が極端に出てしまい、他の取るに足らない事までも巻き込んでしまっているのだな。
「冷静に自分を見てみろ。すっかり回復したお前達ならば、あれがもう一度来てもどうにかなると思うぞ」
「でも……」
これでもまだか。結構な重症だな、と思ったらエリスがナオの袖を引っ張った。
「……ん?」
何かを言うと思ったら、そのまま笑いも怒りも真剣にもならず首を傾げるだけ。その表情にナオは笑ってしまい、エリスの勝ち決定である。
「ふふっ、分かったわよ。今は考えない事にするわ」
こうして四人とも無事登校。私は渡辺と連絡を取り、これからの予定を詰める事にした。
本日もまた四人へと視点を移す。
「金曜に帰るんだってね。それまでに怪我しないようにねー」
「あ、はーい」
「お土産もう考えてる?」
「あ、いえー」
等など、ローカル番組での宣伝効果は絶大であり、会う人会う人誰からも声を掛けられ苦笑いの子供達。
そんな事が学園が見えるまで続いたのだが、一転学園内は何もなくいつも通り。
「あ、おはよー。ねーねー」
「昨日のテレビの事? だったらちょっと休ませて頂戴。家からここまでずーっとなんだもの。疲れちゃったわ」
中山の質問を予測し、先に突っ撥ねるナオ。
「それもあるけど、本題は違うよ」
と、木村が来た。
「相良さんから聞いたけど、普通の家がどういうのかを知りたいんだって? 小さい二人はともかく、兵士の二人はあっちでは酷い扱いされているって聞いたよ」
「あー……」
と答えに困るナオはリタに助けを求める視線を送った。
「簡単に言えば、兵士さん達は人として扱われていないですよ。なのでリタがそれを改善してやろうと。そのためには自衛隊の官舎の他にも、普通の部屋、普通の生活というものを見てみたいという事です」
「なーるほどね。普通の部屋っていうのならば、放課後うちに遊びにおいで」
「……いいですか?」
「勿論」
その言葉に、ぱあっと表情が明るくなるリタ。周りもそれを見て笑っている。
「あはは、そんなリタちゃん初めて見たかも。……本当はもっともっと早くに言うべき言葉だったね。まさかこんなにギリギリになるまで言えないとは思わなかったから、今ちょっと後悔してる……のは内緒」
最後は誰にも聞こえないように小声になった木村。
「私には全部聞こえてるわよ。でも、嬉しい。放課後に工藤さんに聞いてみて、大丈夫そうならばお邪魔させてもらおうかしら」
すると中山も、そして泉も食いついた。
「なっちゃんの後は私の部屋見せるよー」
「あっ、それじゃあその後私の家にも……」
「ふふっ、分かったわ。でももう一度言うけれど、工藤さんから了承がないと駄目よ」
リタは次に男子二名にも目を向けた。
「ちなみに男性の部屋も見せてもらえたらと思うですけど……」
「俺の部屋は駄目だ、散らかってる」
「あー俺も。……写メ送るのじゃ駄目? って送れるのか分からないけど」
「うーん……細かく何枚か写真を撮ってもらって、それを見せてもらえれば大丈夫ですよ。というか、リタは少しくらい散らかっていても気にしないですよ」
男子二名、特に最上はこれに焦る。
「いやいやリタちゃん? 男の子が女の子を部屋に入れるっていう事の意味、分かる?」
不思議そうに首をかしげるリタに、友達一同苦笑い。ついでにあちらの世界の四人は誰もその意味を理解していない。
「あのね、それって……すごーく簡単に言っちゃうと、友達以上っていう意味なんだよ? 友達以上」
「友達いじ……あっ、ご、ごめんなさいです」
「謝らなくていいから。ははは」
リタとナオは意味に気付いたが、サイキ姉妹は分かったような顔をしつつ、分かっていない。
「よーし座れー」
いつも通りの孝子先生。
「今日で一年生としての授業は最終日だ。気合入れてかかれよ」
「はあーい」
気の抜けた返事のクラスメート。
「ちなみに漢字テストだが、満点は四人だ。後は私の授業を楽しみに待っているんだな。はっはっはーっ」
高笑いを残し去る孝子先生。
「そういえばエリスちゃんに負けると掃除なんだっけ」「俺、嫌な予感がする」「俺も……」「私半分行ったか自信ない」「あーしもうあきらめてんよー」
等など、一斉に青ざめるクラスメート達であった。
そしてその国語の授業。
「漢字テストの返却するぞー」
名前順に一人ずつ返される。エリスは名簿上も最後である。
「そして最後にエリスちゃん、おいでー」
とことこと教卓へ。しっかり両手で答案を受け取り、点数も見ずにそのまま自分の席へと戻るエリス。
「そーれーでーはー、お待ちかねの点数発表するぞー。朝も言ったが満点は四人!」
固唾を呑み見守る一同。
「一人目、青柳ナオ! いやー素直に凄いと言えるわ。編入テストも含めた全てのテストで百点だったよ」
「ふふっ、どうよ! 戦闘では失敗もあったし、サイキには力で負ける事もあったけれど、勉強ではあんた達は私の足元にも及ばないわよ!」
これでもかと得意満面に自慢するナオ。その言葉が結果をもってのものなので、誰の嫌味にもなっていないのだ。
「つーぎーはー……工藤サイキ!」
「やった! わたしようやく国語で百点取れたあ!」
「本当にね。何でかサイキちゃんは一問だけ間違える子だったから、私としてはそれが戦闘にも出ないかとヒヤヒヤしてたんだよ?」
これにはサイキも苦笑い。横の二人も心当たりがあるので何とも言えない微妙な表情。
「三人目……お前らもっと頑張れよ。三人目はセルリット・エールヘイム!」
一斉におおっという驚きの声が上がった。一方リタは答案を返却され、席に着いた時点で笑顔を隠しきれていなかった。そして発表された今、両手を突き上げ喜んでいる。
「いやー、二学期の期末テスト、あんた四十二点だったのにね」
「自己分析の結果だと、生活に慣れて苦手な国語でも勉強をする余裕が出てきたのが要因です。リタはやれば出来る子ですよ。何たって研究所主任ですから」
どうだと言わんばかりの自信に満ちた口調に笑いも起こる。
「と、いう事は……だ。最後の百点が誰なのかでお前達の命運が決まる訳だ」
ざわざわとする教室内。誰もが考える事は同じである。
「最後に百点取った奴ー……手を挙げろ!」
「はいっ!」
即答で挙手をしたのは周囲の予想通り、最後列に座る小さなエリスであった。その堂々と自信に満ちた表情には誰も何の文句も言えない。
「私驚いたよ。正直冗談だったんだよ? 一文字書けていればいいかなーって思っていたからお前達を焚き付けたんだけど、まさか本当に百点だとはねー」
「えへへ。おねえちゃんに早く追い付きたいから、おねえちゃんたちの教科書を借りて勉強していました」
驚きと共に納得するクラスメートからは、小さく声が漏れる。
「愛だな」「ああ愛だ」「姉妹愛だね」「眩しいほどの愛っ」
そして孝子先生は教師としての枠を超える悪どい笑顔を浮かべた。
「さてさてー、こちらの世界のお前達は、この一年間一体何をやっていたのだろうな?」
一瞬で凍りつく教室。
「放課後はウエイトレスのバイト、その後は武器の開発や剣道の稽古、更に不定期で戦闘までこなしたあいつらが四人揃って満点を取っているのに、こちらの世界のお前達は誰一人として満点を取れていない。おかしいなー? お前達のほうが勉強する時間はあったはずだよなー?」
針の筵のクラスメート達。するとサイキが手を挙げた。
「あのー、話の途中で悪いんですけど、襲撃」
「え? あ、あれで終わりじゃないものね。行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はい!」
これが今の日常である以上、四人は急ぎ屋上へと向かい、空へと飛び立つ。
一方四人のいなくなった教室では、やはり針の筵状態は継続するのであった。




