最終決戦編 10
水曜日、視点は学園である。
「テレビ見たよ。なんか凄い事始まるんだな!」
登校するとすぐに、誰とも分からない学生達に声をかけられる三人。そして取り囲まれる事になる。
「うん。なんか、支援の多さにはわたし達も驚いちゃってるんだ。皆もありがとう」
「気にしないで。三人は何度も私達の命を救ってくれているでしょ。その恩に報いているだけだよ!」
「そうそう。俺ら恩返ししてるだけだから!」
不安や不満を口にする者など一人もいない。皆一致団結しているのだ。
「それでも、ちゃんと逃げて下さいです」
「オーケー逃げるのだけは任せておけ!」
とある男子の言葉に周囲も頷き笑い合う。
「おはよう」
「おー来た来た! テレビ見たよ!」
教室でもやはり囲まれる三人。最初に話しかけてきたのはナオの前に座る大柄の男子、前野だ。
「天気予報確認したけど、明日明後日が雨で、来週も降るみたいだね。俺達は逃げる準備は出来てるよ。そっちは戦う準備、出来てる?」
「出来てる! って言いたい所なんだけど、きっとどれだけ準備をしても足りないと思うんだ。だからわたし達は精一杯やるだけ」
笑顔を見せる三人に、周囲も期待を抱かずにはいられない。
「はーい座れー。まず先に告知がある。放送が入るから静かにしろよー」
孝子先生の登場で皆静かになった。少しして学園長直々の放送が入る。
「皆さんおはようございます。先日のテレビの放送はご覧になられましたでしょうか? 超大型の侵略者の襲撃という今回の事態ですが、学園側の対応としまして、終業式までの登校日数五日余りの全て、避難による欠席を認める事と致しました。ご家族で避難される場合、学園への連絡をお願い致します。また学園と致しましても、場合により臨時休校措置を取る可能性もありますので、ご家族とよく話し合っていただきますようお願い致します」
放送が終わると、孝子先生は三人に意見を求め、代表としてナオがこれに答える事になり、その場で立ち上がった。
「私達としては、明日来てみたら誰もいないというのが理想よ。勿論先生も含めてね。でも私達はそれを強制は出来ませんから、判断は各ご家庭にお任せします。命が懸かっている事だから、よく考えて決めて下さいね。……もう一度言いますけど、誰もいないのが理想よ」
発言を終わり、静かに着席するナオ。
「先生はね、例え皆が避難のために休んで、学園でそこの三人しか登校しなかったとしても、ここ一年B組の担任として休む訳にはいきません。でも皆にはそれを許可されているんだから、しっかり逃げなさいね。終業式に一人でも欠ける事があれば、先生は泣きます」
断言する孝子先生。クラスメートは一瞬の沈黙の後、大爆笑。
「先生の泣く姿想像出来ねーよ!」「今年一番面白い冗談だわ!」「怒るんじゃないのかよ!」
等など、罵詈雑言が飛び交い、孝子先生も大笑い。
「あっははは! ……お前らいい加減にしないと百問の漢字テストやらせるぞ!」
一方長月荘。工藤一郎視点。
エリスは部屋でなにやらやっている様子。お昼になり三人も帰ってきて、昼食と学園での報告を終えたので、それではとエリスを問い質してみた。
「えっと……防壁がどれくらい一杯作れるのかなっていうのと、どれくらい複雑な形に出来るのかなって、試してました。言わなくてごめんなさい」
「まあそういう系統の事だとは思っていたよ。それじゃあその成果を見せてもらおうかな?」
と思ったらリタが注意を入れてきた。
「形状はともかく、個数は一定以上増やせないですよ。そもそも複数枚の展開という事自体がかなり難しい分野になるですよ。リタやナオは二枚が精々、サイキで三枚くらいじゃないですか? システム上は五枚以上は不可能です」
「そう……なんだ」
落ち込む様子のエリス。しかし理由は少し違った。
「えっと、どうしても五枚以上に増えないから、やっぱりぼくには無理なんだと思っていて……でも、それが仕方がないなら、どうやって色んな所の人をいっぺんに守ればいいんだろうって」
エリスの言葉に驚きを隠せていない三人。
「……えーっと今、さらっととんでもない発言を聞いた気がするのよね。何? 五枚以上に増えない? それって、五枚は成功したっていう事?」
「うん」
即答である。
スーツに着替え、実際にエリスが六角形をした小さな防壁を五枚並べて展開してみせた。私はともかく、三人からは驚嘆の声が上がった。
「予定変更です。サイキ、ナオ。リタは今日もカフェを休むですよ。明日までに間に合うか分からなくなったです……」
神妙そうな声を上げつつ急ぎ部屋に篭るリタ。我々はその意味を何となく分かっているのだが、エリスは自分が何かとんでもなく良からぬ事をしてしまったのではないかと、物凄く不安そうな表情で涙目になっている。
「大丈夫だよ。リタのあれは何かを考えているだけで、エリスに怒ったりしている訳じゃないんだ」
「リタは多分簡易的な強化しか考えていなかったんでしょうね。でもエリスが六角形を五枚も並べるだなんて私達では到底不可能な事を、いとも簡単にやってのけたものだから、強化範囲を急遽拡大する事にしたのよ」
「だろうな。つまりはリタはエリスの才能に驚いて、それに見合った強化が必要だと思い、その構想で頭が一杯になった訳だ。間接的にではあるが、あれはエリスを褒めているんだよ」
我々三人の説明に納得したエリスは、安心し笑顔を見せてくれた。
翌日は雨。まずはリタが例のクリスタルを取り出した。性能の強化更新だな。
しかし三人とも手をかざそうとした所で、リタはクリスタルを握りそれを止めてしまった。
「今回は事前の説明と、それぞれの了承が必須です。工藤さんにもです」
「俺にもという事は、副作用があるという事か」
頷くリタに、三人の表情から笑顔が消え、生唾を飲み込んでいる。。
「まず全員に該当する項目として、エネルギーのオーバードライブシステムを追加するです。これは今まで100%までしかなかったエネルギーを、強引に300%まで使用出来るようにしたものです。既に微生物さん達からはエネルギーの追加供給に同意をもらっているです」
一見して歓迎出来る事のようだが、やはりリタの表情は険しい。
「いいですか? リタ達は微生物さん達から信頼を得るまでは、100%のFAもした事がなかったですよ。それだけでも予測不可能な事案だったのに、それの三倍ですよ? 武器が壊れるのは想像出来るとして、それ以上の何が起こっても不思議ではないです。もしかしたら命を丸ごと持って行かれる可能性も否定出来ないですし、星を真っ二つにしてしまう可能性だってあるです。なのでこのオーバードライブシステムの使用に際しては、本当に最後の最後、これ以外の手がもう存在しないという状況でしか使っちゃ駄目です」
睨むほど真剣な表情のリタに、その予測の出来ない危険性を読み取れる。
「わたしは了承するよ。……無理は散々してきたけど、わたしは生きてる。300%FAでもわたしは生き残るよ」
「私も了承するわ。だってね、それ以外の選択肢がありませんから」
「ぼくは……防壁がもっと大きく作れるなら、ぼくも大丈夫」
「リタ自身は、技術者としては重大な危険性を認識していて、これを使うのは嫌悪するです。でも戦力としては選択するですよ」
そして四人とも私の顔を見た。
「どうせ俺が駄目だと言った所で、お前達はこっそり使うんだろ。それにお前達の覚悟は分かっている。いいぞ、許可しよう」
リタは握っていた手を開き、改めて四人ともこのシステムを取り込んだ。
「次にエリス用の性能強化です。……正確には強化ではなく、リミット開放です。リタ達の防壁はエネルギー依存なので、特大の防壁で一瞬でエネルギーを使い切る、という事のないようにリミッターをかけているです。でも今のエリスにはこのリミッターは不要ですよね。なので丸ごと取っ払うです。そしてもう一つが同時展開数の上昇です。システム上五つまでだったのを、エリス用に十倍の五十枚まで同時展開可能にしたです。勿論そんな数を展開すれば脳にとんでもない負担がかかるですから、十枚以上は危険だと理解するですよ」
エリス用に取り出したクリスタルは、今までのものとは色が違い赤く、それ自体が警告を発しているようにも見える。
「わたしは……ううん、判断はエリスに任せます」
サイキはエリスを信じると。ナオも同じ答えだった。
「俺は、危険性のある事は最終手段としてのみ使え。それを約束出来るならば許可するよ」
「……それでみんなを守れるのならば、約束します。ぼくの事も考えて使います」
やはりエリスは引かないな。クリスタルを受け取ったエリスは早速更新を開始。見た目は赤いが、今まで通り淡く綺麗に光った。
「試しに一杯展開してみていいですか?」
「また急だな。うーん……十枚までな。それ以上は出来るとしても禁止。本当に必要な時だけにしろ」
「うん、分かりました。それじゃあやってみます」
まあ最初なのでいきなり十枚は無理だろうなあ……と思ったらあっさりと四角い防壁が十枚。あまりにも簡単にやってのけてしまったので、エリス以外は私も含めて全員唖然としてしまった。
「……まだ全然余裕。でも、これ以上は危険なんだよね? ならば本当に危ない時にしか、これ以上は追加しません」
「ああそうしてくれ。あっさり出来過ぎて逆に不安になるぞ。全くお前達はいつもいつも危なっかしくて気が休まらん」
悪態をつきつつも笑顔を見せてやる。エリスは私の言葉の意味を理解しており、恥ずかしそうに笑った。




