最終決戦編 8
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
火曜日、子供達が友達を連れて帰ってきた。いつも通り大所帯だな。
「いらっしゃい。今回の目的は何だ?」
「エリスちゃんの戦闘服でーす」
この中山は相変わらずだな。
「いいけれど、昨日の事があるから抵抗があるかもしれないぞ」
「あ、それはまだ皆には言っていないんだ」
「何だ、先に説明しておけよ」
話を済ませると、友達は皆笑いつつ誰が一番悪いかという話に移行した。子供の会話なので仕方がないが、やはり少し行儀の悪い話題だな。
「あたしはエリスちゃんもサイキも悪いと思うね。命令違反をしたのは勿論、さっさとエリスちゃんに指示を出せなかったサイキも悪いよ」
「そうだな。俺もそう思う。どっちも柔軟性のある対応ってのが出来ていないからね」
相良と最上は姉妹どちらも悪いと。
「私は、そういう場面を作ってしまったっていう意味ではナオちゃんも悪いと思う。作戦の構築はナオちゃん担当でしょ? もう少しどうにか出来なかったの?」
「あーそれはあるかも。やっぱり皆それぞれ助け合いながらどうにかするのがチームってもんでしょ」
木村と一条はナオにも責任の一端があると。
「でもそうしたらリタちゃんも悪いよねー。命令違反には命令違反で、先にそれを倒すのも出来たんじゃないのー?
中山はリタにも話を向け、これで四人全員が何かしら悪いという事になった訳だな。その四人は見事に皆落ち込んでいる。
「でも、工藤さんも少し悪いですよ。もっと早くにもっと強く警告を発する事が出来たんじゃないですか?」
おっと、泉さんが私にも矛先を向けた。
「つまり結論としては、俺達全員に問題があるという訳か」
「そうですよ。だって、皆ってもう一心同体じゃないですか。誰が悪いだなんて愚問だと思うんです。だからこそ今も皆ここに一緒にいる。違いますか?」
やられた、と心底思ってしまった。そして子供達もだった様子。泉さんは最初から我々全員をそれぞれ悪いという事に仕立て上げる事で、誰が悪い誰に問題があるという責任論を消滅させる作戦だったのだ。
「それでもやっぱり、一番悪いのはぼくだと思う。……もう行かないのがいいのかなって、思います」
泉さんの擁護があってもこれか。エリスはかなり落ち込んでいるなあ。すると妹のいる最上が真価を発揮。
「エリスちゃんさ、一度や二度の失敗でやめるだなんて、そんな軽い気持ちでお姉ちゃん達に付いて行ったの? 違うでしょ? ならば今はちゃんと反省して、それを飲み込んだ上で前に進まないとだよ。ちゃんとお姉ちゃん達を納得させられるように頑張らないとね」
小さく頷くエリス。一方サイキは呆れたように溜め息を一つ。それを見て、最上は標的を変更し、声色まで一段低くするという芸の細かさ。
「……それに、三人だって色々失敗を重ねながら今があるんだから、エリスちゃんにだけ強く当たるのは間違っているよ。特にサイキちゃん。自分が色々失敗しているのをエリスちゃんにも重ね合わせちゃっているんじゃないの? 命懸けなのは分かるけど、それは過保護って奴だよ。それじゃあエリスちゃんは成長出来ないよ」
最上の言葉に、三人は一切の反論が出来ない様子。サイキは名指しで諭されたので余計にバツの悪い表情。
「俺はその場面を直接見た訳ではないからこれ以上は言えないけどさ、見守るのも年長者の役割なんじゃないの?」
「……うん。でも、もう少し考えさせて」
考えるまでには軟化したという事だ。さすがは格好つけの最上である。
「あ、ねーねー、そろそろ服見せてー」
そんな事はお構いなしとばかりに中山のおねだり。少し迷った様子のエリスだが、サイキが頷いたのを見ると、三人と同じく一瞬で着替えた。
「おー似合ってるね」「一番バランスいいかも」「上着は水色なんだね」
等など。そして皆の視線を一点に受け、エリスは恥ずかしそうである。
「こういう金属の部分に色々収納されているんだっけ?」
「そうです。なのでサイキの髪留めも装備の一部として使えるですよ」
最上の確認に即答するリタ。さすが開発主任。
「でも、何でこの配置なの? 他の三人も大体同じような位置に同じような金属部品があるよね」
「何で……ですかね? それは考えた事がなかったです」
概念の欠落が生む、意味の喪失かな。
「あたし何となく分かっちゃった。これさ、昔の日本の鎧なんじゃないの? 三人の武器もそうだったし、可能性あると思うよ」
なるほど。剣道をやってるだけあって相良はそういう事にも鋭いな。パソコンを持ってきて画像を出して見せると、やはり食いつくリタ。
「うーん……でも、肩と腰の部分くらいしか、それっぽい所はないですよね。実際にどうなのかは研究所でないと分からないですし、今度帰る時は……なので、結論は出ないです」
形がそのまま出ている武器ならばともかく、彼女達のスーツは肌着に上着とズボン、手足に金属製の防具、そして服装の所々にこれも防具代わりだと思われる金属部品だ。鎧と比べるにはあまりにも違いが大きい。
話も一段落しテレビを眺めていると、最上が何か閃いた様子。今日は最上が頑張っているな。
「ねえ四人はまだ帰る事を公表していないんだよね?」
「ええまだよ。どう公表すべきか迷っている所。全員意見が違うのよ」
「じゃあさ……」
最上が指差す先にはテレビ。丁度これから菊山市の、しかも昨日の戦闘現場で取材がある様子。内容もそれのようだし、恐らくはエリスの話も絡むだろう。
「ここにさ、皆で乗り込んじゃえば?」
「えっ!?」「いやーそれはちょっとね」「迷惑になるですよ」
私もさすがに生放送本番中にいきなりというのはどうなのかと。しかしそんな我々の心配をよそに、友達は一気にノリノリに。これは押し切られるぞ。
「でも、このままだと街のみんなに超大型の事、教える前に来ちゃうよ?」
一番最初に賛成したのはエリスだ。ある意味一番現実を見ているとも取れる。
「……うん、それじゃあわたしも最上君に賛成」
サイキも賛成。顔を見合わせたナオとリタも頷き、決定した様子。
「じゃあ行ってきます。……ちょっと不安だけど」
友達に手を振られ、快晴の青空へと飛び上がっていく四人。……一応テレビを録画しておくか。
我々はテレビを見つつ、パソコンで接続もしておく。テレビの音量は小さめに。
「えっと……あ、いた。工藤さん、テレビはどうなってますか?」
「うーんと、今始まった所だよ。早速レポーターがお前さん達に気付いた。行けそうだよ」
「分かりました。こっちからも手を振ってるのを確認。……皆いいよね?」
サイキの最終確認に、エリスを入れた全員が頷いた。テレビには降下する四人が映されている。
「あっとー……こっちに来ましたね」
「生放送中にすみません。重要な話があるんですけど、少しお時間いただけますか?」
「え? 今?」
「ご迷惑でなければ」
やはり驚いている様子のリポーター。というか、このリポーターは何度か三人と絡んでいるあの女性リポーターだ。
「すみませんスタジオですけど……いいね? いいよね? コーナー一つくらい潰しなさいよ。……いいね? はい……え、CM挟む? あ、じゃあCM行くので少しお待ち下さい」
という事で番組は急遽CMへと移行。四人は深呼吸をして準備。どうやらサイキが表立って話すようだな。リポーターに大丈夫かと声を掛けられており、スタッフが急ぎ機材を持ってきた。
「あ、マイクとかは大丈夫です。直接回線に割り込めますので」
突然なので慌しい。それにしても放送回線にも割り込めるのか。相変わらず便利な奴らだ事。
「そうだ、先にずっと言えなかった事を言わせて。河川敷で助けてくれてありがとう。その後嫌な報道の仕方になっちゃって、ごめんなさい」
「あ、いえいえ。でもその後はわたし達の味方になってくれていますよね。ありがとうございます」
「……うわーなんて良い子なんだろ。時間があれば話聞いてみたいんだけどなあ」
感動しているリポーター。それを見て笑うサイキ。少しは緊張がほぐれたかな?
CMが明けて、さあ子供達のお手並み拝見。
「はい、えーとこれからですね、菊山市での、別の世界から来た四人のお子さん達から、重要な話があるとの事です。はい、それではどうぞ」
さあ四人にカメラが寄る。ああ見事に緊張している表情だ。
「えっとまず、今までこういう機会がなかったので言いそびれていた事を言わせて下さい。わたし達は本当に心から、皆さんに感謝しています。ありがとうございます」
四人ともきっちり頭を下げた。と、後ろにいかにもヤンキーな兄ちゃん三人組がピースしている。雰囲気ぶち壊しである。
「それと、謝らなければいけない事があります。この半年間、わたし達も命懸けで戦ってきましたが、色々とご迷惑後心配をお掛けしていますし、力及ばす死者を出した事もあります。本当に申し訳ありません」
また頭を下げたのだが、先ほどまでのおちゃらけていた三人はカメラを避けて大人しくしている。雰囲気を察したのかな? さて四人は本題へと話を進める。
「わたし達がこちらへと来た理由は、ご存知の方もいると思いますが、武器や兵器の技術情報を収集する事でした。それがですね、先日自衛隊の基地にお邪魔した事で、正式に作戦完了となりました」
スタジオとリポーター、ついでに後ろの兄ちゃん三人からも「おおー!」という歓声が上がっている。そして四人は少し照れている。
「それで、作戦が完了したという事は、わたし達は帰らなければいけません。実は……帰還命令の期限が先週の金曜日で、でも帰りたくなくて、だからどうしても言い出せなくて……皆さんには何も言わずに帰ろうとしました。ごめんなさい」
「えっ、じゃーあの侵略者は?」
スタジオの司会者から質問が来た。
「それは……リタが説明します」
カメラは迷う事なく背の小さいリタを中心に捉えた。リタは先日私にも見せたホワイトボードを何もない空間から取り出し、スタジオを驚かせつつ解説に入る。内容は先日私が聞いたものと同じだな。
「……つまり、この世界を密封処理した上で、侵略者のいる空間を丸ごと消滅させるという作戦を取ろうとしたです」
「あーなるほど。それで、結果はどうだったんですか?」
「気が早いですよ」
しっかりスタジオに切り返す辺りがリタらしいな。スタジオでは少し笑いが起こった。
「この作戦のキモは、この世界を密封した状態がどれだけ持つかという部分に集約されるです。侵略者の持つ世界を渡る技術力は、今のリタ達の持つその分野の技術力をはるかに超越しているですよ。つまりこの密封状態が破られてしまえば、この世界はリタ達の援護もなく一方的に蹂躙されるという事です」
さすがに重い話になれば皆無言である。後ろの兄ちゃん三人は携帯電話で中継を見ているようで、同じく無言で集中して聞いている。
「それでですね、既にリタ達の世界では、侵略者世界への干渉を開始しているです。その結果、この世界の密封状態が破られるまでの期間が、およそ一年である事が判明したです。つまりですよ、一年以内にリタ達がこの蛮行を終わらせる事が出来れば、この世界に侵略者が降ってくる事はもうないです」
私の時は否定的な言い回しだったが、肯定的な言い回しに変えたな。無闇に不安にさせないためにはこれは正解だろう。そして後ろの三人も喜んでいる。
「次は私。何故私達がまだ帰らずにこちらに留まっているのかを説明します」
カメラを向けられたナオだが、恥ずかしがり顔が少し赤くなっている。目立ちたがりでアガリ症とは。軽く咳払いをして話に入るナオ。
「んんっ、えーとですね、まず前提として、私達が使うエネルギーには提供元がいます」
ナオは説明時に手が動いている。内容はこれも私が聞いたものだな。説明の途中で司会者から質問が来た。
「……超大型っていう事は、強いんですか?」
「ええ、恐らくは。それで……正直に言いますけど、私達四人だけでは勝てる見込みはほとんどありません。今までで一番強いのが小型の黒い奴なんですけど、それでも私達は死に掛けています。そして超大型は間違いなくそれよりも圧倒的に強い相手です。相手の攻撃方法次第では、街が一瞬で吹き飛ぶ可能性だってあります」
スタジオの音声から小さく「うわぁ」という嘆息が聞こえる。
「……怒られるのを承知で言いますけど、私だって逃げ出したいくらいです。でも、逃げませんよ。私達四人は既に覚悟を決めています。命を懸けて超大型を迎撃し、必ず打ち勝ちます」
すると後ろの三人が「いいぞ!」と声を出した。気付いていなかった四人が一斉に振り返り、ヤンキー兄ちゃんが手を振ったので笑顔で返した。
「えっと……それなので、市外に親戚や友人がいる方には、そういう方を頼っての避難をお願いします。そうでない方も、雨の予報が出れば事前に市外へと避難して下さい。そして……街が無くなってしまったら、私達の力が及ばなかったら、ごめんなさい」
やはり四人の表情は暗くなった。
「最初っからそのつもりだよー」
例のヤンキー兄ちゃん三人組の一人が声を出した。四人はまた一斉に振り返り、カメラも寄った。三人組も立ち上がって寄ってきた。
「ちょっといい? 俺らみたいなのでもさ、あんたらの事は知ってるし、感謝してる訳。俺らの中学時代の友達、侵略者ってのに殺されてんだけど、それでもそこの家族はあんたらに感謝してるって言ってんだぜ?」
四人はこの突然の乱入者に呆然としている。
「え、でも……」
「あーだからな? 勝ってから直せばいいんだよ。俺らの国、今まで戦争とか地震で何度も壊れてっけど、それでも直ってるからな。街一つ消し飛んだ程度どうって事ねーのよ」
ヤンキー兄ちゃんの言葉に、子供達は何も言い出せない。それを聞いていた近くのサラリーマン風の男性も話し掛けてきた。
「まあそうだね。ここに住んでいる以上はそういう事も心のどこかでは予想していたよ。だから今更かな。勝ってね。応援しているよ」
すると近くに居たオバチャンも。
「そうそう。私達は自分で勝手に逃げるから、皆はその超大型? ってのを倒す事だけを考えていればいいの。私達にとっては自然災害も同じだから」
「自然災害! 確かにそうだわ! あはは!」
この兄ちゃんの高笑いに触発されたか、子供達も嬉しそうに小さく笑った。
「ちょっとねえ! 私達がどれだけ心苦しい思いをしてこの話をしたと思っているのよ。それを自然災害の一言で笑い飛ばすだなんて、もう……信じられない!」
そう文句を言いつつも、安心したような表情を見せるナオ。勿論その表情は、しっかりとカメラに収められている。
持ち直した四人から、改めて挨拶。担当はなんとエリスになった。
「んと……これから多分、すごく大きなご迷惑をかける事になると思いますけれど、ぼくたちも精一杯、命を懸けて頑張ります。よろしくお願いします!」
「お願いします!」
四人揃って頭を下げ、これで中継は終了、かと思ったが、国からの発表もある事をサイキに伝えてもらおう。
「あ、うん。一ついいですか? この後多分、国からも発表があると思いますので、そちらも確認して下さい。……だけだよね? はい。ありがとうございました」
改めて頭を下げた四人は、カメラの目の前で翼を出し、派手に飛び去った。
「……という事でした。中継以上です」
「はい。まあ驚きましたけど……私だけですかね? こうなるだろうなっていう事を最初から何となく予感していたのって。それと、なんですかね。行けそうな予感がするんですよね。……あ、皆も? だよね。だよね。まあ我々は声援を送る事しか出来ませんけれども、それが力になるのならばいくらでも声援を送りますよ。頑張って下さい!」




