最終決戦編 1
遂に子供達が帰る、その日が来た。それは予想していた通りに、唐突の到来である。
「いつ、発つんだ?」
泣きながらもリタがホワイトボードに”3”の数字を一文字だけ書いた。三時か。あと……十五分。今生の別れをするには短過ぎる。しかし、ならば早々に準備をさせなくては。下宿屋の主人たるもの、住人には時間をきっちりと守らせなければ。……でなければ、私が潰れる。
「よし、帰る準備はどこまで進んでいるんだ?」
「もう……荷物は、朝……」
「そうか。エリスとサイキのエネルギーはどうなっている? 足りなくて帰れないだなんて真似はするなよ」
「……まだ。だって……一杯になると、帰るしか……なくなるもん……」
どうにか理由を付けて帰らずに済む方法を模索していたという所か。
「駄目だ。お前達にはこの先まだまだやらなければいけない事が山のように残っているだろう? それを投げ出すんじゃない。俺を失望させるなよ」
これが今の私に出来る精一杯の虚勢だ。
まずはエネルギーを回復させよう。ナオとリタは100%のままだろうからともかく、問題はサイキとエリスだな。
「とりあえず、どうするかな。……微生物達、聞いているんだろう? 二人のエネルギーを回復させてやれ。このままこっちの世界に閉じ込めるなんて事は俺が許さんぞ」
経験上彼らは私の言葉を聞いており、内容もしっかり理解している。傍から見れば独り言ではあるが、確実に私の声は彼らに届いている。
「……駄目だよ……回復させたら、帰らなくちゃ……駄目だってー」
サイキの反応を見るに、彼らはしっかりと仕事をしてくれているようだな。
「50……60……70……74……74……?」
涙を流しながらも淡々と数字を数えていたエリス。その表情が変わった。
「……ねえ、74で止まった」
するとサイキの表情も一変。
「わたしもだ。74%で停止。……使っても74%から動かなくなった」
74%で止まった? ……何か意図があると直感し、私はその理由を探る。
「どこかに何かが……あっ、そうだ! 思い出した! 確かゲートを通るのに必要な、最低限のエネルギーが75%だったよな?」
私の言葉に、泣きながらもリタが頷いた。これで私は確信した。
「彼ら、サイキとエリスを帰したくないんだ。理由は不明だが……」「待って!」
話の途中で先ほどまで泣き顔だったナオが、動揺した表情で叫んだ。
「待って……待って……」
その言葉を淡々と繰り返している。
「……嘘、74%になった。私も74%まで減らされたわ」
「ナオも? という事は……」
言わずとも分かるリタの表情。涙の跡を見せ、半開きの口のまま私に何かを訴えてくるような目で見てくる。「お前もか」と確認を取れば、そのまま無言で何度も頷いた。
突然の事態にすっかり涙の引っ込んだ我々。すると時計が午後三時を知らせた。
「……帰れなくなっちゃった。怒られる……かな?」
「こういう事態を知らせる方法はないのか? ビーコンを一定間隔で打つとか、特殊な信号を放つとか」
すると、深呼吸をしてどうにか冷静さを取り戻したリタが答えた。
「えっと、作戦の失敗を伝えるビーコンはあるです。リタ達の生命活動が停止すると、それを感知して自動的に発信されるですけど、それ以外は特に特殊なものは……あ、そういえば一つだけあるです。モールス信号ならば武器技術と一緒に持ち帰ったので、使えるかもしれないです」
「ああいうのはこっちから発信出来ても、受信や解読が出来なければ意味ないぞ?」
すると黙り込んでしまうリタ。やはりこちらからの状況説明は不可能か。
「あのー、ひとついい?」
高橋だ。先ほどまでは子供達と一緒に泣いていたのだが、既に立ち直っている。
「そのエネルギーさんに、色々聞いてみるのは?」
「エネ……微生物の事か。うーん……サイキ、ちょっとお前に協力してもらうぞ。微生物達よ、サイキを使って話をしたい。エネルギーを、そうだな……50%まで減らしてみてくれ」
「……一瞬で減ったよ。きっちり50%になった」
「やはりな。微生物達が何故74%で止めたのか、何となくだが理解した」
一斉に私に注目が集まる。
「いいか、彼らに聞くぞ。この74%というのは、まだ四人には、こちらの世界でやってもらわなければいけない事がある。そういう事か?」
頷くサイキ。分かりやすいな。
「それは侵略者に対する事か?」
また頷くサイキ。よし、このまま色々と質問を重ねてみよう。
その後一時間ほどかけて、彼らとの対話を行った。要約するとこうだ。
エネルギーを74%で止めたのは、やはり四人をまだこの世界に繋ぎ止める必要があるため。その理由だが、まだ倒さなければいけない敵が存在しており、それが超大型種であるとの事。もしも倒さずに狭間を消滅させると、こちらの世界に悪影響を及ぼすためらしい。しっかり我々の事も考えてくれているとは、彼らも中々の紳士である。
そしてサイキとエリスのエネルギーもわざわざ74%まで回復させたのは、必要だからとの事だった。その理由は明かされず。
彼女達の事情をあちらの世界に伝える方法だが、状況が状況なので、彼らが全面的に協力してくれる事になった。これで我々も一安心。
今後彼女達に対してはどこまで協力してくれるのか問うてみたのだが、最後までとの答えが返ってきた。それはつまりあの侵略達を打倒し、二つの世界と彼らを救うまでである。しかし彼女達の世界の兵士には、エネルギー100%を与えていない。その理由だが、やはり彼らに認められた子供達だからこその特権であり、今までの努力を評しての事であった。
また74%まで減らす行為を何故今行ったのかだが、私がいる時でなければ子供達は錯乱してしまうだろうと考えての事であり、また三時を跨ぐタイミングなのは、あちらへの帰還を諦めやすくさせるためであったようだ。しっかり子供達の事も考えていてくれるのだな。出来た微生物だ。
最後に我々からも感謝を伝えると、四人のエネルギーを数秒だけ100%まで回復させるという芸当で答えてくれた。何とも頼もしい仲間がいてくれたものだ。
「正直ね、本当に正直、わたしはここまで来られるとは思っていなかったんだ。世界を渡った時点で死ぬか、帰れなくなって死ぬか、現地の存在に殺されるか、そう思っていた。それが、今わたし達にある死への選択肢は何? 超大型種との最終決戦。これ一つだけ。小型黒よりも圧倒的に強い相手に対して、私達三人だけで戦いを挑む事になるんだ。絶対に負けられないし、今の私は死にたいだなんてこれっぽっちも思わない。だからその時は、生存を賭けて死ぬ気で戦わせてもらう」
「勿論よ。間接的にもせっかくのお別れムードをぶち壊されたんだから、この借りはきっちり返してやるわ。……いえ、こちらとあちらと彼らの分、三倍にして返してやるわ。私達の涙の代償は高いわよ」
「リタも、兵士ではないですけど、彼らに選ばれたんだと思って頑張るですよ。それにリタはまだ100%のFAをしていないです。リタの力は鍵になると、リタのカンがそう言っているですよ。最後の大勝負、リタは生き残って、そしてリタ達の世界を、リタの力で平和にしてみせるです」
「ぼくは……スーツは着られてもやっぱり戦力じゃないと思うから……それでも着たからには出来る事をしたい。ぼくのエネルギーも回復したのは、きっと何か理由があるんだ。今はその理由が見つかるまで、出来る事を探す、それを頑張ります」
子供達は決意を新たにしたな。ならば私は、最後の仕上げをしなければ。
「彼らは聞こえているかな? もうこの子達は投げ出して帰る事はない。この際だ、安心させるためにも100%を維持させてやってくれないだろうか?」
すると四人とも笑顔になり、頷いた。これで準備は万全だ。
「さて問題はその超大型がいつ現れるかだな。今までの流れからして近々なんだろうが、彼らはそこまで管理出来ていないようだからな」
「……うん。そうみたい。でもきっとその日は近いよ」
サイキが断言した。理由はただのカンだとは言うが、しかし私もそう感じているし、他の子供達もであった。果ては青柳に高橋も、刑事のカンがそう言っているとの事。今更ながら運命のレールのような謎の力を感じている我々。
「よし、こうなればお前達は終業式までこっちにいろ。途中超大型が出てきて、街が壊れたとしてもだ。お前達は最後までこの街を見続けろ」
「うん。最後まで……超大型を倒すのが先か、終業式が先かは分からないけれど、どちらも完了するまではこのまま長月荘の住人でいます」
サイキの言葉に子供達も皆頷いた。これで彼女達の作戦完了要項が書き換わった。
「それからこの事はちゃんと世間に伝えろ。一年の猶予というものを知らせずに帰るなんて、さすがに酷いぞ」
「……ええ、分かったわ。でも記者会見はさすがに遠慮したいのよ。何ていうか……泣き顔を見られたくなくて」
「ははは、そうだな。何かしら別の方法を考えておくよ」
ようやく少しは笑う余裕が出てきた。我ながら一安心。




