変則戦闘編 19
本日は私立仁柳寺学園中等部の卒業式である。
我々には直接的な関係はないが、リタの友達である泉さんの姉が卒業生であるとの事であった。しかも生徒会長だそうな。
「工藤さんは来ないの?」
「こういうのは卒業生の父兄が参観するものであってだな、俺は全く関係ない」
という事で三人を送り出す。
そんな三人の視点へと移動。
「卒業……もう、時間ないね」
「そうね、私達も覚悟を決めないと。工藤さんはリタが戻るより前に既に覚悟を決めていたみたいだったけれど、いざとなると私達が躊躇するとはね」
「……一言、帰ってくると言える勇気がほしいです」
溜め息をつく三人を迎えたのは、やはり中山。
「おはよー。今日は暗い顔は駄目だよー。笑顔で行ってらっしゃいって送り出すんだからー」
「あい子の言う通りだよ。私だってナオちゃん達の表情の意味は分かっているよ。だからこそ、今日は笑顔じゃなくちゃ駄目だからね」
木村の言葉で、三人は周囲が既に自分達がどういう状況にあるのかを感じ取っている事を理解した。三人はその事で頭が一杯になり、周囲の空気に気付いていなかったのだ。
「ごめん。わたし達も一杯一杯なんだ。……だってね、最初は作戦が無事に終わるだなんて一片も思わなかったんだ。それが、皆のおかげで……それを……ね……」
必死に涙を堪えるサイキは、言葉を発せなくなる。他の二人も同様だ。そんな空気を変えるために相良が笑った。
「あはは! あんた達、卒業生よりも先に泣きそうになってどうするのさ。そうだサイキ、今日は来なさいよ。兄貴があんたと手合わせ願いたいってさ」
この言葉にサイキの涙が引っ込んだ。釣られて他の二人もその話に文字通り耳を傾けた。
「えっ、でもお兄さんって、美鈴さんの次に強いって言っていたよね? わたしまだそこまで強くなっていると思わないんだけど……」
「じゃあね、兄貴に勝てたらあたしが相手になってやるよ。あんたあたしにリベンジしたいんでしょ?」
「したい」
即答のサイキ。
「したいけど……ううん、分かった。お兄さんに勝つよ。本気出す」
静かに闘志に火をつけたサイキ。相良も満足そうである。
「そういえば泉さんがいないですよ?」
「あー泉ちゃんのお姉さん、三年生で元生徒会長でしょ? だから今は三年生の教室に行っているよ。俺達は待ってあげるのが一番かなー」
一条の説明に納得したリタは、素直に席に座った。
「……今日は耳を隠すです。ふざけているような雰囲気が出るのは厳禁ですよね」
「そうだねー。俺達はもう気にしないけれど、それを知らない親御さんからしたら、厳粛な場を馬鹿にしていると取られかねないからねー」
リタは登下校と同じくウィッグを着けて耳を隠した。それでもやはり、身長の小ささと髪型の強引さは少なからず目立ってしまう。
「リタもう少し耳下げられないの?」
「無理です。これ以上意識的に下げようとすれば、力が入ってしまうですよ。……どん底まで心が落ちればもっと下がるですけど」
「ふふっ、ならば今のままでいいわよ。それに、大半は私達の事を知っているはずだからね」
といった所で泉が合流。
「あ、おはようございます。リタちゃん耳隠したんだね」
「厳粛な場には合わないと判断したです。それよりも泉さんこそ大丈夫ですか?」
「……お姉ちゃん、高校は市外の進学校に行くんです。それで明日にはもう引っ越すから当分は会えなくなっちゃう。……会える間に言わなくちゃいけない事ってあるよね。それを言えたから、後悔はないから、私は大丈夫」
笑顔を見せた泉の言葉に、顔を見合わせる三人。
体育館へと移動。
「会える間に言わなくちゃいけない事……わたし達も覚悟を決めないと」
「工藤さんにも、皆にも、ちゃんと報告を入れるです」
「ええ、そうね……」
体育館に入れば、今までにない雰囲気に飲まれる三人。
式が始まる前の静かなざわつきの中、ナオの耳はしっかりと自分達を発見した父兄の声が聞こえていた。
「……私達気付かれている」
「何て?」
「うーん……普通の反応ね。リタは結局目立っているみたい」
「仕方がないですよ。もう諦めているです」
すると前の席に座る松原が振り返り、三人の緊張した表情を見て静かに笑った。
「あんたらねー、あーしでもできんだからー、あんしんしなー」
一瞬反応に困った三人だが、その意味を理解して緊張が抜け、少しだが笑顔を見せた。
卒業式は粛々と進み、卒業生代表として元生徒会長であり、泉の姉である、泉小百合が壇上に上がった。
スピーチはよくある普通のものであった。三人に一切触れなかったのは、もしもこの中にそれを知らない父兄がいた場合を考えての事であるが、三人は自身もこちらの世界からの卒業を控え、卒業生以上にそのスピーチを重く受け止めるのであった。
卒業式も終わり、一旦教室へと戻った生徒達は、帰り支度を始めた。
「あ、待って」
サイキがクラスメート皆を静止。孝子先生も呼び止められ、三人は一つ頷き黒板の前へ。
「前に孝子先生から、わたし達は帰ったらこちらの世界で学んだ事が無意味になる、そう思っているから勉強に熱が入らないんじゃないか? って言われて、そして先日も泉ちゃんから同じような事を言われたけれど、ちゃんと答えを出します」
静まり返り、真剣な空気になる教室。
「正直、国語や社会は確かにわたし達の世界に帰れば意味は薄くなる。でも、ゼロじゃない。今のわたし達の世界は、ほぼ全てが破壊しつくされ、何もない白紙も同じ。だから、どんな小さな学びでも意味はあるんです。……でもそれに気が付いたのがつい先日だったんだけど。本当、惜しい事をしたなあって、思っています」
少し笑って見せるサイキに、周囲も少し笑顔になった。
「私は冬休み中に下宿屋のご主人からも同じ事を言われて、その時に意識を改めたの。だってそれまででも、一見して無駄と思えた知識が役に立った事、一度や二度では済まないほどありましたからね。だからこそ三学期も百点を取るために勉強をしました。この事がいつか必ず役に立つと、そう確信したから。皆もよ? 大人になったらこんな勉強意味がない、なんて思って手を抜くんじゃないわよ。どんな知識でも、いつか役に立つ日が来ますからね」
まるで教師のようなナオの言葉に、孝子先生が一番笑っている。
「リタは……リタは研究所の副主任という、結構偉い立場だったです。今は主任に格上げになって、もっと偉くなったですよ」
文字通り偉そうな態度を取り、まずは笑いを取りに行ったリタ。計算通り周囲からは賞賛と笑いの声が起こった。
「リタは最初、そういう自分の立場にあぐらをかいていたです。数学理科はリタには簡単過ぎですし、国語英語は翻訳機があるので不要だと思っていて、社会に至ってはリタの分野ではないので、学ぶ意味なんてないと思っていたです。でもそれは大きな間違いだったです。リタに一番必要だったのは、知るという行為を恐れない事」
主任であるという事前知識を出していたので、尚更皆真剣に聞き入っている。
「リタはずっと、自分の知りうる事だけ知っていればいいという環境にいたです。でもそれでは何も変わらないし、自分の価値が見えないですよ。受身では駄目。自分から何かを始めなければ先に進めない、そしてそのためには知識が必要。これがリタが一番に学んだ事です。おかげでリタには、帰ってからやる事が山のように積み上がってしまって、少し困っているですよ。でもそれは必ず人の役に立つ。やり遂げるですよ」
リタの力強い言葉に、改めて賞賛の声が上がる。
リタの発言が終わった所で三人が目を合わせた。
「実はわたし達の作戦は、先週リタが大量の情報を持ち帰った事で、完了する事になりました。それから、侵略者がもう二度とこちらの世界に現れないようにする方法も完成しています。つまり、わたし達は近いうちに、自分達の世界に帰る事になります」
「いつ帰るの?」
教室のどこからともなく声が上がる。
「……えっと、ま、まだいつ帰るかは、うん、と、ちゃんとは決まってないんだ。た、多分まだじゃないかな? って。えへへ」
言葉を詰まらせしどろもどろになり、恥ずかしそうに笑うサイキ。しかしサイキの癖を知る人物ならば、それが何を意味するのかは一目瞭然であった。
「……だから、ね。言えるうちに言っておこうと思って、この場をお借りしました」
改めて姿勢を正し、真剣な眼差しになる三人。
「約半年という短い期間ではあったけれど、皆と出会えて、本当に感謝しています。ありがとうございました」
しっかり頭を下げ、感謝の意を表す三人。教室からは拍手が上がった。サイキは涙を堪えながらも笑顔で、ナオは力が入ってしまい口をへの字にしながら、リタは既に袖で涙を拭いながら、自分の席へと戻る。
次に笑顔の孝子先生が壇上へ。
「よーし今後の予定の確認だ。明日は休みで、終業式までは午前授業になるから間違えないように。それと、授業が短縮されたからと言っても、容赦なく小テストは行う。最後の最後まで気を抜くんじゃないぞ! 分かったら解散!」
孝子先生の号令一つで皆帰路に就く。
帰宅途中の三人の表情は、次を考えて暗い。
「はぐらかしちゃったけれど、言えたよね。これで学園は大丈夫だよね」
「大丈夫じゃないと困るです。そうだ、帰る前に青柳さんと高橋さんを呼んでおくですよ」
リタが二人へと連絡を取り、長月荘で合流する事となった。
「これでリタ達は大手を振って帰る事が出来るです」
すると、ナオが足を止めてしまう。それに気付いた二人は振り返った。
「ナオ?」
「……嫌だ」
ナオの小さく呟いた一言だけで、二人は充分以上に理解出来た。そしてそれは二人も同じ気持ちなのだ。
「帰るのが怖い。帰りたくない。家族と離れたくない。……このまま全てを捨てて逃げてしまいたい」
「工藤さんに怒られるよ。わたしも気持ちは分かるけど……」
「分からない! 両親の安否が判明していて妹もいるあんたには、私の気持ちは分からない。味方もなくただ一人疎まれ貶され蔑まれる、そんな生活に戻らなくちゃいけない私の気持ちが、あんたなんかに分かってたまりますか。私はね……私は、また孤独に落ちなくちゃいけないのよ!」
最後の一言で、サイキは何も反論する事が出来なくなってしまう。自身も孤独を恐れ、今はエリスという存在でそれを回避出来た。しかしナオは自らそちらへと進まなければいけない。その事を重々理解しているのだ。
一方リタは違った。眉間にしわを寄せた表情でナオに一歩一歩近付く。その表情にナオは顔を背け、弱い自分に対し、平手打ちでも食らわせるものであるのだと覚悟している。
横目でリタの動きを確認しているナオだが、リタが手を上げると、思わず目を閉じ身構えてしまった。
「……えっ?」
リタは、そんなナオの手を握ったのだ。
「本当は撫でてやるつもりだったけどね、あたし小さいから届かないんだ」
リタの行動と口調の変化、そして優しい声色に、完全に呆気に取られているナオ。
「いいかい、何のためにあたしがいると思ってる? ナオの事も、サイキの事も、エリスの事も、兵士皆の事も、全てあたしに任せろ。……いざとなったら世界全員の記憶を書き換えて、あんたに対する偏見を綺麗さっぱり消し去ってやる事も出来るし、あたしはそれを躊躇なく実行してみせる。それだけの覚悟を持って”任せろ”と言ってるんだよ。あんた達は侵略者に対する恐怖心だけ抱いていればいい。後の恐怖は全てあたしに丸投げしなさい。いいね? 分かったね?」
「えっと……」
「返事は?」
「は、はい!」
呆気に取られたまま思わず返事をしてしまうナオ。
「……よし、今日はこのまま手を繋いで帰るぞ」
「わたしも繋ごうかな。えへへ」
自身の打たれ弱さと、仲間がいる事の心強さに、改めて気付かされたナオ。
長月荘まであと少し。




