変則戦闘編 16
リタの四度目の帰省日。子供達の雰囲気からして、これが終われば何かしらの動きがあるのだろう。土曜日なので学園は午前授業だが、なるべく長く帰りたいとの事なのでリタは休みにしてある。高橋も二日ぶりに登場。しかしさすがに目線が泳いでいる。子供達は現状、あくまでも仕事相手として接する事にしたようだ。
朝食を食べたリタに体調と帰宅予定を確認。
「体調に問題はないです。戻ってくる時間は明日のお昼以降、一時間ごとにビーコンを打つようにしてもらったですよ」
準備は万全だな。こうしてリタは空に開いた極彩色のゲートへと消えた。
「ナオだけは帰った事がないよね」
「用事がないし、こっちへは死ぬと思って飛び込んでいるからね。あんたもでしょ?」
「うん。半年前のわたし達には、希望の欠片すらもなかったもん。でも今は違う。これも全部リタのおかげだよね。最功労者を決めるとしたら、わたしはリタに投票するなあ」
「私はあんたに投票するわよ。あんたのおかげで私もリタも死なずに済んでいるんですからね」
相変わらずこの兵士二人は生死と戦果の話だらけだな。
「いいからさっさと登校しろ」
「はあーい」
そして戦闘外では気の抜けた返事が返ってくる。
「さてお前さんはどうするよ?」
「ご迷惑でなければ、このままお邪魔させてもらいます」
という事で高橋はエリスにくっ付かれている。当の高橋は笑顔が固い。
「散々エリスに咎められたんだから、そういう表情にもなるか」
「……あの後ナオちゃんに、一線を引いてこちらを見る分には構わないけれど、その一線を自分の陣地に引いているのでは戦わないのと同じだ。戦う気がないのならば邪魔だけはしないでくれと、そう言われました」
「忠告しておいたとは聞いたが、そう言い表したか。あいつらしい。それは遠回しに今のままではお前は突っ込み過ぎるから危険だと警告しているんだよ。お前はまだ正しい境界線を引けていないからな」
少しは笑顔だった高橋の表情が、真剣なものへと変わる。
「……あれからずっと考えていたんですけど、答えが出ないので教えて下さい。私はまず一番に何を優先すべきですか?」
「自分」
即答の私を、睨むように見つめてくる高橋。
「もしもお前自身が巻き込まれた場合、さっさと職務放棄して逃げろ」
「人の命を助ける刑事が、職務放棄して逃げるって……」
何となくそうではないかと思っていたが、高橋の原動力は刑事としての使命なのだな。しかしそれではこの仕事はやっていけない。このままではいずれ子供達と意見の衝突が起こるだろう。
本当は子供達自身で高橋の姿勢を変えてもらいたかったのだが、感情が悪化する前に私から手を打っておくべきだ。
「いいかよく聞け。割り切れ。使命は捨てろ。反発は感じるかもしれないがな、お前さんはまず歯車として動け。お前さん自身が人を救えるようになるのは、歯車としての段階を超えて生死の境界線を引き、余裕を持ってからの話だ。青柳は元々冷静で冷淡な奴だから違和感なくそれを受け入れたに過ぎない。お前さんは昔から感情で動くだろ? それでは命のやり取りにおいては冷静な判断は不可能なんだよ。つまりお前自身を、そしてその周囲皆を危険に晒す事になる。一般市民ならばともかく、お前は刑事だ。刑事がそれでは命を軽んじているのと同じなんだよ」
私の言葉に、じっと私の目を見つめてくる高橋。ふっとその目の力を抜いた。
「うん。理解しました。……理解したというか、納得出来た、かな? ”何で私が”なんて思ってしまった事、謝らないといけませんね」
ようやく力の抜けた笑顔を見せた高橋。
「一番重要なのはな、自分は巻き込まれないように予防線を張り巡らせる事だ。青柳の場合、雨の日は司令室に缶詰になる事で自分は巻き込まれず、かつすぐ対応出来るようにしていた。お前さんにもそれを強要する気はないが、自分なりの予防線は張っておけよ」
「分かりました。私が巻き込まれちゃ駄目ですものね」
これで高橋も歯車になってくれるだろう。
その後は表情も優しくなり、エリスとも仲良く談笑。お昼前には二人も帰ってきた。
「サイキちゃん、ナオちゃん、エリスちゃん、あと今はいないけどリタちゃんにも。ごめんなさい。皆が言いたかった事は、相手がどうであれ、ここは命を懸けた戦場。そして私自身が既にその中に組み込まれていて、命のやり取りをする立場にある事を自覚しろっていう事ですよね。私はもう傍観者じゃないんですよね。……不肖なる身ではありますが、今後とも、ご指導ご鞭撻、よろしくお願い致します」
しっかりと襟を正し、真っ直ぐに礼をする高橋一圭。これでようやく子供達とのわだかまりもなくなるかな?
「じゃあ、相手を助けられるけれど自分が怪我をする場合、どうしますか?」
突如エリスによる最終試験が入った。これはエリスが暴走した時に、青柳が車で赤鬼に体当たりして、我々を助けた時の事を指しているのだろうな。私が用意する正答は、自身に命の危機がなければ実行、だな。さてエリスと高橋の答えは如何に?
「うーん、自分の負う怪我の具合にもよります。もしも擦り傷切り傷程度ならば迷いなく助けます。でも今までの話から、もしもこの仕事を離れなくてはいけないほどの怪我を負う事になると判断する場合は、なるべく別の方法で助けられないか検討して……あーごめん無理だ。私だったらきっと怪我で済むなら突っ込みます」
自分を理解して諦めたな。それもまた高橋らしいが、一応は冷静な対処を考える辺り、しっかりと認識を改めた事が分かる。
そしてこの質問と回答に、子供達は笑っている。
「あはは、エリスも悪い子なんだ。今の質問、実は青柳さんの体験談なんです。青柳さんは工藤さんとエリスを助けるために車で赤鬼に体当たりをしました。結果として青柳さんはむち打ちになったけれど、三人とも無事に生還しました」
「青柳さんって、そんな情熱的な事が出来る人なんですか?」
まあ疑うのも仕方がないか。状況を説明すると、高橋は少し考えている様子。
「……もしそれが正解だと言うのであれば、私は自信を持って正解を引けます。でもきっとそれは間違い。行動自体は正しくても、私がそれをやるには経験が足りない。ずっと皆の相棒であった青柳さんだからこそ、それは正解になるんだと思います。私の場合の正しい行動は……あーやっぱり無理! 私も突っ込んじゃう!」
頭を抱える高橋。こいつは知識はあるが、それ以上に情と感覚で動くのだ。まさに青柳とは正反対。……あいつ、わざと子供達に高橋をぶつけてきたんだな。
「さて、これに対してのエリスの答えは?」
「えっと……自分の命を大切にしてください。そして自信と責任を持ってください。今の質問だけど、ぼくは答えを考えていません。だって、その時にならないと分からないから」
「中々にずるい答えだが、つまり瞬間的な対応力を持てという事だな。そして”何で自分が”なんていう無責任な発言は許さないと」
「……うん。高橋さん、絶対にもうあんな事は言っちゃダメですよ!」
「はい、申し訳ございませんでした」
やはりエリスは強いな。リタですら勝てないだけはある。そして頭を上げた高橋は、すっきりした表情。
「しかし高橋な、最善の解は別にある。分かるか?」
「うーん……あ、分かった。予防線を張るんですね。そういう事態にならないようにする。もしなったとしてもどうにか出来るように準備しておく」
この答えに子供達は笑顔を返した。
「正解だ。あの時は事態の発生そのものは防げなかったが、青柳は現場を予測し、自分が怪我をする事も織り込み、現場に先に救急車を向かわせるという事をやってのけた。お前にそれが出来るか?」
「出来るか出来ないかじゃなくて、やらなければいけないというのが正解ですよね? でも青柳さんって、そこまで皆の事を理解し尽くしているんですね」
これにはエリスが答えた。エリスは高橋相手には饒舌になるようだ。やはり母親に似ていると言っていたからだろうか。
「青柳さんはぼくたちを信頼して任せてくれているんです。それで自分の役割はちゃんとしていて、だからぼくたちも信頼で返せるんです」
しかしこのエリスの言葉が、高橋に思いっきり刺さったようで、突然にポロポロと泣いてしまった。
「ど、どした?」
「なんか、私……何もないんだなって。三人は命を救う力があって、工藤さんは的確な指示が出せて、エリスちゃんは周りを見られているのに、私は何も……何もない……」
使命感で動いてきた高橋にとって、それが一切通じない状況に突然放り込まれたのだ。心が折れそうになるのも仕方がない。我々だってそんな状況を繰り返しながらどうにかやってきているのだ。
すると一番にナオが動いた。自分よりも背の高い高橋を抱き寄せ、背中を撫でて自分の元で涙を流させている。
「ふふっ、高橋さんってまるで昔の自分の鏡写しみたい。私も自分には何もないと思って、工藤さんの前で泣いてしまった事があるの。だから私がその状況を脱する事が出来たその言葉を、そのまま掛けてあげるわね」
ナオは私を見て笑顔を一つ。それだけで、言葉にしなくても私に感謝の気持ちを伝えているのが分かる。
「あのね、私達は助け合う事で強くなれるの。だから焦らずに自分の出来る仕事を全力でこなせばいいのよ」
確かサイキがゲル状の敵と対峙して暴走した時の事だな。当時のナオは、サイキとの実力差に打ちひしがれていた。そんなナオに対して、父親になれず慰める事も出来なくなっていた私が、あの時は何故かすんなりと言葉が出てきたのだった。今思えばあの瞬間、私は子供達の父親になれたのかもしれない。
「それとね、私とサイキとリタは一つのチームだけれども、家族という区切りで見れば、工藤さんやエリスや青柳さんや、そして長月荘の皆も私達の家族なのよ。勿論元住人である高橋さんもよ。それに高橋さんは失踪したサイキとエリスを探してくれた私達の恩人でもあるし、おかげで私達は今こうやっていられるの。だから高橋さんは、何かを出来る自分に気付いてあげてね」
このナオの重い言葉に、高橋は年甲斐もなく声を出して泣いている。まるで十五年前のあの時の、そのままだ。
高橋の背中を撫でていたナオが、次は頭を撫でた。するとやはりあの時の再現でもあるかのように泣き止んだ。
「ごめんなさい。もうこんな凡ミスしません。ちゃんと責任を取ります。ちゃんとサポートします。ちゃんと自分に出来る事をやります」
「うーんまだ合格じゃないわね。重要な事が抜けているわよ」
「……信頼、します」
「ふふっ。はい、合格です」
このナオの一言で、ようやく高橋も本当に笑顔になった。さすがナオである。
時間が時間なので昼食を簡単にこしらえ食べさせ、急ぎサイキを剣道場へと送り出す。相変わらずエリスはサイキがいればサイキに、いなければ高橋にくっ付いている。
きつい言葉も叩き込んではいたが、エリスにとって高橋は、本当にお気に入りになったのだろうな。




