変則戦闘編 15
「ごめんなさいっ!」
今日は早朝から難敵との戦闘があり、三人とも何かしら負傷がある。しかし早朝であったので高橋とは連絡が着かず、私が直接警察に電話して動いてもらった。そんな事があったものだから、朝六時丁度に電話が来て、開口一番謝られる事は勿論想定済みである。
「えっと、私まだ状況が飲み込めていないんですけど、工藤さんからの連絡の後、警察からも十分ごとにずっと連絡が入っているって、何かあったんですよね」
なるほど、理解せずにとりあえず謝ったか。優しくしておくかと思っていたが、少しだけ強めに言ってやるべきだろう。
「お前さんの役割は、こちらの監視、警察とこちらとの連絡と調整、有事の際の避難誘導指示、情報をまとめてこちらへの報告だ。今回、今の所お前さんは全部出来ていない。その上で何があったのかを確認せずとりあえず謝った。これでは謝罪とは言えんよな?」
「……」
見事に黙り込んだ。昨日の戦闘への理解度や、今の子供達の事もあるので、一度しっかりと自分の仕事の大切さを叩き込んでやるべきだな。
「七時半までにこっちに来い。朝飯は用意してやる。返事は?」
「……分かりました」
高橋が来るより先に、子供達が起きてきた。ちなみにリタは具合が悪いまま。現在も居間のソファを臨時ベッド代わりに寝ており、未だに閉じたまぶた越しにも目が動いているのが分かる。
「これから高橋が来る。お前達の事もあり、強めに言う事にしたから、理解しておいてくれよ」
「分かったわ。でも私ですらもすぐ治る程度の骨折よ? そこまで強く当たる必要はないんじゃないの?」
「いや、例えどんな相手であろうとも命懸けの戦闘であるという事を、しっかりと叩き込む必要があるんだよ。あいつはまだそこが分かっていない」
これで子供達も私に協力する事を了承してくれた。それから十五分ほど、七時半ギリギリで高橋が到着。
「ただいま……えっと……えっ!?」
寝込んでいるリタを見た瞬間に、この反応。声色からしてかなり落ち込んでいる様子だが、まずは戦果報告をしてもらう。
「あ、えっと……重体が四名ですが、うち三名は命の危機は脱したようです。骨折などの重傷者は八名、軽傷者は一名です。建物の被害が広範囲なので……ごめんなさい。まだ全てまとめきれていません」
最近は調子がよかったので、意識不明の重体が四名と聞き、子供達も落ち込む。さて、ここからだな。
「高橋よ、お前さん起きたのは六時だろ? それで携帯見て連絡が入っている事に焦って、とりあえずこっちに電話を寄越した」
「はい、そうです」
「戦闘があったのは四時半前だ。それから十分ごとに連絡が入っていたならば、どうしてお前は反応出来なかった? その間に死者が出ていたらどうするつもりだ?」
この私の質問に、一言も返せない高橋。恐らくは電池切れか、マナーモードの解除し忘れだろうが、それを言わない辺り、こいつはまだ反省していない。
「……」
少し口が動いたが、私には何を呟いたのか分からなかった。しかし耳のいいナオには聞こえていた。
「今”何で私が”って、言いましたよね」
「っ……」
表情を見るに、本人も無意識に呟いてしまったのだな。しかしこの一言に、私以上に火の付いた人物がいる。
「高橋さん、それってさっき、ぼくたちに連絡が取れなくて、そのせいで人が死んだとしても、それは自分のせいじゃなくて携帯電話が悪くて、それを使っている自分は悪くないって、そういう事ですよね?」
淡々とながらも捲くし立てるエリス。これは過去一番に怒っているな。
「いや、私はそんなつもりじゃ……」
相手が悪いぞ高橋。エリスが本気で怒ればここにいる誰も止められない。そんな中、エリスが実力行使とばかりにサイキの右手を引っ張った。
「痛っ!」
と思わず悲鳴を上げるサイキ。
「おねえちゃん、さっきので右手を骨折しています。ナオさんも指を骨折して、リタも具合を悪くしました。おねえちゃんたちは命を削っています。高橋さんは、それをどう思っているんですか?」
表情を変えずに淡々と言ってのける辺り、私ですらもこのエリスとは対峙したくない。一方の高橋だが、特に一番幼いエリスに咎められているという事実が強烈に効いているようで、その表情には刑事としての面影は欠片も見受けられない。
「おねえちゃんも、ナオさんも、リタも、ぼくも、工藤さんも、青柳さんも、この街の皆も、一度は死にかけています。高橋さんも一度死にかけますか? 一度死にかけないと分からないですか?」
この年齢の子供が言うには強烈過ぎる言葉に、高橋は大人気なく涙ぐんでいる。さすがにこれ以上は落ち込むだけでは済まないので、一旦割って入ろう。
「エリス、そこら辺で止めておきなさい。高橋も俺達の言いたい事は分かるだろう?」
「……はい。すみませんでした」
高橋を椅子に座らせ、私は朝食の準備に入る。
朝食は特に飾る事のない普通のものだ。しかしリタは体を起すことが出来ないので手を貸したのだが、少し食べただけで残した。やはり中々好転しない様子。
「これじゃあやっぱりリタは休みだな。二人はどうする?」
「わたしも休みます。利き手がやられていたんじゃ文字も書けないもん」
「私は利き腕は無事だし二人の説明もあるので行きます。ただちょっと指を固定しないといけないけれどね」
「了解だ。……ついでだ、ナオは高橋に送って行ってもらえ」
ナオならばこれだけで私の言わんとしている所を察してくれるはず。目線を送ると、溜め息をひとつした。つまり分かったという事だな。
ナオと高橋を送り出した後の長月荘だが、残り三人のうち、サイキとエリスは部屋に入っており、リタはやはり体調が悪くまだ居間のソファで寝込んでいる。そして時たまトイレへと駆け込んでおり、その度にふらつき憔悴しきった表情を見せる。
昼が過ぎ、ようやくリタが自力で体を起した。
「……まだ、よくないです。でも体の揺れる感覚は収まったので、帰るのには支障はないと思うですよ」
すると大きく溜め息。
「ナオが焦っていたって言っていたですけど、それを聞いたリタも焦ったんだと思うです。早く良いものを提供しようとして、階段を飛ばして上ろうとして失敗したですよ。こんな基本的な事にも目が行かないほどに焦っているリタを、科学がたしなめたです。だから今回の機能は一旦凍結するです」
「科学がたしなめた、か。お前らしいな。昼飯はどうする?」
「少しだけもらうです。……でも、また戻したらごめんなさいです」
「それくらい気にするな」
今回は消化に良いおかゆを用意。梅干付きである。その後は本人の要望で胃薬を飲ませ、またソファで横になった。リタは自身の失敗を反省している様子だが、もう一つ反省しなければいけない事がある。
「リタよ、お前自身で実験するのはもう止めろよ。今はリタだけだから言ってしまうけれどな、お前さんは替えが利かない。サイキもナオもそれは同じだが、お前さんの場合はその影響が歴史を変えてしまう可能性もある。新しい技術を試験する必要があるのであれば、別の方法を取れ」
「……了解です。リタも、それは少し思っていたです。今回の情報を持ち帰れるのはリタだけで、そのリタがここで倒れてしまったら全てが水の泡ですよね。今日のこれからや、明日も戦闘の可能性があるですけれど、リタはなるべく動かずに過ごすです」
これでリタは危険な行動を取る事はないだろう。
放課後になり、ナオが直接帰ってきた。
「はしこさんには連絡済みよ。戦闘の事を知っていたみたいで、怪我があるって言うと今週はこのまま休んで構わないって」
「そうか。俺は後で買出しに行くつもりだから、その時に寄って俺から改めて説明しておくよ」
「お願いします。それと報告が二つ。一つは学園での事。やっぱり早朝でも戦闘に気付いた人は多いみたいで、二人が来ていない事と、私の指の事で心配させちゃった。でも説明したら皆納得してくれたわ」
やはりこの街の住人はすっかり慣れているのだな。その代表を慣れの早い子供達に求めるのは間違いかもしれないが。
「もう一つは高橋さん。忠告はしておいたんだけど……私達とは考えが違うのかしらね? どこまで理解してくれているのか、ちょっと私には計りかねるわ」
「仕方がないな。今はその余裕がないが、早めに話をつけておくよ」
無言で小さく頷くナオ。
「でもね、高橋さんの気持ちは分からないでもないのよ。対岸の火事かと思ったら、その渦中にいきなり放り込まれるんですものね。順応出来ないのが普通だと思うし、襲撃中にも慣れていない人が行き場を失っている所は見た事があるから、仕方がない部分もあると思うわよ」
「だとしても、刑事という立場であるあいつが、命を軽んじる発言をした事を容認する理由にはならんぞ。あいつだって直接ではないにしろ、命を扱う職業だからな」
「それは……私も反論の言葉を持たない。”何で私が”って言った瞬間は、私もかなり腹が立ちましたから。もしもあれが青柳さんの発言ならば、殴っていたわね」
本当に殴ったら逮捕されかねないな。という話は置いておいて、やはり当事者の子供達も複雑な心境であったようだ。
するとサイキ姉妹が降りてきた。エリスの表情を見るに、サイキによる説得は成功した様子だな。
「えっと、肋骨のひびは治りました。右手首はまだだけど、説明したらエリスも納得してくれた。ちょっとね、斬りつける瞬間に捻ったら力の入り具合が悪くて、ポキッって」
そんな可愛い擬音で言える話じゃないぞ。肋骨はさすがは治りの早いサイキだな。エリスはうつむきながらも頷いたので、納得してくれているのだな。
「高橋さんの事だけど、わたしも少し腹が立ったのは同じ。でも、目の前でそういう事を見ていなければ、ああいう反応になっちゃうのかなって」
やはりサイキもか。当事者ならばそう思って当然だろうな。
「……でもね、わたしはそれが全て悪いとは思わないんだ。だって、それはわたし達が侵略を抑えてこられたからこそでしょ? だから高橋さんにこれ以上強く言うのは違うかなって。言い方は適切じゃないけど、あの反応はわたし達の成果の一つなんだって思うんだ」
「死にたがっていた人物の言葉とは思えんな。しかし確かにそういう見解もあるか。……よし、高橋の処遇はお前達に任せるよ。俺が色々言うよりもそのほうがあいつにもいいだろうからな。ただし、高橋の出す答え次第ではお前達と対立する可能性もあるから、もしもその傾向が見られた場合は俺が話をつける。長月荘の主人として住人同士の対立は許さん」
この日は午後からの再度の襲撃も予想していたが、特に何も起こらなかった。
翌日も襲撃なく朝のうちに雨が上がり一安心。その日の夕方にはサイキとナオから骨折の完治報告があり、リタの体調も回復し元通り。
こうして無事、リタの四度目の帰省日を迎える。




