変則戦闘編 14
「工藤さん!」
朝早くにエリスに起こされた。時計を見るとまだ四時半。
「おねえちゃんたちがいなくて、これ……」
リタのホワイトボードだ。そこには「エリスへ きんきゅう」とだけ殴り書きされている。つまりは寝ている最中に襲撃があったのだな。急ぎ三人と繋ぐ。
「どういう事だ?」
「ようやくですね。相手は黒と白! 白はリタが担当していて、黒はナオとサイキです! もう喋ってる余裕ないです!」
非常に焦りの見えるリタの声。それもそのはず、小型の黒は今までの全ての侵略者の中でも一番強い相手だし、中型の白は広範囲に攻撃の出来る、一撃で街を半壊させられるほどの相手だ。それらが揃って出てくるとは、最悪の条件だ。
「説明を……している余裕はなさそうだな。全員無事に帰ってこいよ!」
「はい!」
返事を出来る余裕はあるようだ。つまりフラックを使っている訳ではない。
高橋とは……繋がらないな。朝も早いので寝ているのだろう。青柳ですらも中々繋がらない事があったので仕方がないか。ここは私が機転を利かせ、警察に直接私の名前で通報。さすがにあちらもすぐに理解し、高橋抜きで状況を開始した様子。……あいつ落ち込むんだろうな。
パソコンの映像を確認すると、丁度リタが中型白に向けて狙撃を開始した所だった。リタの目線では、中型の白がゆっくりと手を広げた。この後白い柱が三本現れると攻撃が開始される。
無言のリタだが、息遣いは聞こえる。大きく深呼吸をして冷静に引き金を引いた。連続で三発発射され、緑の光は見事三発とも命中し、攻撃前に中型白を撃破出来た。
「よし」
と小さく呟き、すぐさま二人の元へと飛んでいくリタ。
今のうちにリタから状況を聞き出しておくか。
「最初に小型黒、それから間を置いて中型白が出たです。もう戦闘開始から二十分近くは経っているですよ。でも以前とは違ってどうにかなっているです」
「二十分か。気付いてなくてすまん。……お詫びに今日の晩飯は三人の要望を聞こう。ただし聞くのは帰ってきてからだぞ」
「了解です! ……サイキ、ナオ、狙撃開始するですよ!」
以前フラックを使った時はリタも近距離で攻撃していたが、今回は距離を取っての狙撃か。しかし黒はかなり素早いので距離のある狙撃には向いていないし、二人もかなりの速さで動いているので誤射しないかと心配してしまう。
「撃つぞ!」
声色の変わったリタが一言、対戦車ライフルの引き金を引き、緑の光弾が飛んでいく……のだが、明らかに上を狙っている。と思ったら弾丸が突如垂直降下。リタの奴、また何か仕込んだな?
「説明は後でするよ!」
口調が普段のものではない。つまりリタは完全に本気だ。そして以前もリタの弾丸が曲がった所は見たが、今回はそれが思いっきり、それこそ直角に近い角度で曲がっている。一見予測の出来ない動きだが、しかしリタはしっかりと制御出来ているようだ。
一方近接攻撃中の二人だが、そんなリタの弾丸を一切気にしていない。これが全幅の信頼のなせる業か。動きを見るに、ナオが主に囮役と、黒からサイキへの攻撃を妨害しており、サイキは激しく動き回り、一瞬の隙を生じさせようとしている。以前はサイキですらもかなり攻撃を食らっていたのだが、現在見ている限りでは、二人が上手く連携を組めており、小型の黒は攻撃よりも防御に徹しているように見える。
中々こう着状態から脱しない、と思っていたら、何とエリスから作戦指示が飛び出した。
「リタもナオさんもショットガン出して弾をばら撒いて! おねえちゃん、きっとあいつに隙が出来るはずだから、一回で倒して!」
そういえば以前もリタがショットガンで弾をばら撒き、黒の動きが止まった事があった。あれを二人掛かりで行い、残ったサイキが一撃で仕留めるという事か。サイキとナオは声を出す余裕はなさそうであり、これにはリタが反応した。
「……あたしは賛成だ。いいかい、十秒後にエリスの作戦に移行する。二人とも心の準備しな!」
「はい!」
スイッチが入りっぱなしのリタはまるでどこぞの姉御だな。そして二人も返事をして十秒。ナオがショットガンへと持ち替え、その反対側からリタもショットガンで弾をばら撒いた。ナオの散弾は直線的に飛ぶが、リタの散弾は生き物が這うかのようにそれぞれが上下左右に揺れ動き、その軌道が読めない。
そして私ですらも分かるほどに、明らかに黒の動きが止まった。それはまるでコンピューターが撒かれた弾の弾道計算を処理出来なくなったかのようである。
「おねえちゃん!」
言うが早いか、サイキが黄と緑の光弾飛び交うその真ん中へと突っ込み、一瞬で黒の反対側へと移動。リタ目線では、無事小型の黒が収縮し消滅。
「……小型黒の消滅を確認です。周囲に敵影なし、戦闘終了です!」
やってくれたな。三人とエリスは、以前散々苦労し、私の心すらも折った小型の黒を、諸刃の剣であるフラックを使う事なく、倒してみせた。
……しかし倒しただけでは我々は勝ちではない。
「お前達、体の具合を報告しろ」
「リタは問題……なしです」
「私は……ごめんなさい、骨折あります。左手の小指と薬指。でもそれ以外は大丈夫よ」
リタは問題なし。ナオは……日常生活には支障なしか。問題は最後の一人だな。
「……えっと、最後に右手首、やっちゃいました。それと肋骨にひびが入っているはず。ごめんなさい」
こちらは日常生活に赤信号。私としては、この程度で済んでよかったという思いが強いのだが、さてエリスは?
「……ごめんなさい」
ああ、自分の作戦で二人が怪我をしたのだと思った訳だな。これは本格的に落ち込む前にどうにかすべきだな。しかしサイキ本人がいないと、一瞬過ぎて私には状況が掴めていない。
「先に言っておくけれど、あれはエリスのせいじゃないよ。帰ったらちゃんと説明してあげるからね」
「……うん」
そうだった。この姉妹は私が心配するまでもないのだ。
時刻はまだ朝の五時半前。帰ってきた三人だが、その表情はフラックなしであの二体を倒した事による喜びと、骨折をした申し訳なさが入り混じっている。
「とりあえず先にな。……よくやった! 周囲の状況はまだ不明ではあるが、これは間違いなく勝ちだ。皆暗い表情をする必要はないぞ!」
今は褒める時なのだ。それぞれの頭を、普段よりも強めに撫でてやる。すると私の思った通りに表情が笑顔に変わった。そして現在そんな三人とは正反対に明らかに落ち込んでいる一番小さな子も褒めてやらなければ。
……しかし私が言うよりも三人に言ってもらうべきだろう。私が目線を送ると、三人も察してくれたようで、一人小さくなりソファに座るエリスを、サイキとナオが挟み込んだ。
「エリス……お姉ちゃん手首折れちゃいましたあ!」
いやいや待て待て、それは笑顔で言う事じゃないぞ? と思ったのだが、それを見てエリスが噴き出した。
「ぷふっ! ……ダメだよおねえちゃん、ちゃんとぼくを叱ってくれないと」
「えー? だってエリスのおかげで、これくらいで済んだんだよ。それにお姉ちゃんは治りが早いから、これくらいなら一日で治るんだ。ナオの骨折はエリスの作戦前だから関係ないし、だからエリスは気にしなくてもいいんだよ」
「そうね。私のこれもリタが帰るまでには治るわよ。だから実質的には無傷で勝利したも同然よ。そしてそれはエリスの作戦のおかげ。ありがとうね」
二人に励まされ、エリスの纏う雰囲気が変わった。もう大丈夫だな。
しかし私は何故かもう一人、怪我をしていないはずのリタが無性に気になっている。言い様のない嫌な予感。
「リタ、ちょっとそこ座れ」
「な、なんですか?」
半ば無理矢理にダイニングの椅子に座らせ、頭を鷲掴みにして固定し、目をじっと見つめてみる。私の感じた違和感、嫌な予感はどうやら当たっているようだ。リタの視線が微妙に定まらず揺れ動いているのだ。
「……お前なんかやっただろ。しっかり吐け」
「なん……でも……ある、です。ごめんなさいです」
やはりな。鷲掴みにしていた手を離すと、リタは目を背けた。
「自衛隊で色々な兵器を見せてもらった時に、遠隔操作出来るミサイルというのがあったですよ。それを試しにショットガンの銃弾にも採用してみたです。……結果から言うと、失敗したです。遠隔操作のためには勿論自分の脳を使う必要があるですけど、散弾の一つ一つを操作するとなると、明らかに、処理が追いつっ……かなかったです。それで今はっ……ちょっと……」
と言うと走りトイレに駆け込むリタ。そして嘔吐する声。本人は暴走しなくても脳が暴走したか。さすがに不安なのでナオに声をかけてもらう事に。
「ごめんなさいです……」
すっかり意気消沈したリタが戻ってきたが、目を閉じたままだ。ナオに手を引かれ、ソファへと腰掛け、そのまま自分から横になった。
「強いめまいが生じているですよ。それで酔ったような状態なので、気分が悪くて吐いてしまったです」
「危険性は?」
「大丈夫……と断言は出来ないです。さすがにリタも、こうなるとは予想外だったです。工藤さん、リタは今日の学園は休む事にするです」
「そうか、分かったよ」
心の中では「結局こうなるのか」という呆れる気持ちがあるのだが、それを今口に出してしまうのは絶対に駄目だ。改めて落ち込んでいるエリスに、お前のせいではないと言い聞かせると、リタもこれは自分の失敗だと優しく言い聞かせている。
そしてリタはそのまま寝てしまった。残りの三人も早朝からの戦闘だったので眠そうだ。まだ登校時間まであるので、一旦解散させる。私はリタを一人にする訳にもいかないので、そのまま監視しつつ高橋からの連絡を待つ事にした。




