変則戦闘編 13
昨日の喜びを未だに引きずったままリタが起きてきた。
「だ、だって、リタが国語で百点ですよ! 二学期は四十二点で、本当に凄く凹んだですよ? それが、百点ですよ!」
「ははは、分かった分かった」
今のリタならば勢いに任せてとんでもない代物を開発しそうだな。さて学年末テストが終わった学園の授業は、本当にゆるいものになるようだ。
お昼の十二時を回ろうかという所で襲撃発生だ。しかし明らかにおかしい。いままでにない量の悲鳴音だ。何度鳴っただろうか? 急ぎ三人と、そして青柳代理の高橋と接続。
「先に謝ります。被害大きくなります。数は全部で……えっと……凄く多い!」
サイキが数えるのを諦めた。つまりそれほど多いのか。と思っていたらリタが数え直してくれた。
「ビットや随伴含めると八十九体もいるです! どうするですか?」
「八十九って……よし、サイキは大型中心。ナオは中型、リタは小型とナオの援護!」
「あら、私に作戦を一任するんじゃないの? と言っても私も賛成よ。二人とも、本気出しなさい!」
「了解!」
次の瞬間、サイキが一気に二人を引き離し、あの水晶の刀を持ちすぐさま戦闘を開始した。夜の浜辺ではまさに一騎当千の無双を繰り広げたサイキだが、さて今回はどうなる事か。
「深紅本体撃破!」
いきなりの大物撃破報告。そしてこれを皮切りに、まるで触れた瞬間に消滅しているかのように次々と子深紅を蹂躙していくサイキ。その動きは最早人としてやってはいけない領域であり、後から来た二人もその光景に絶句している。
「あの時以上じゃない……本物の化け物ね……」
「これが……戦闘狂の本気ですか……」
するとサイキが一旦二人に合流。
「何してるの! わたしはこのまま大型を倒すから、二人も動いて! わたしだけじゃ時間が足りないんだよ!」
「……ええ、ごめんなさい。見惚れてしまっていたわ。リタ、行くわよ!」
「了解です!」
二人のエンジンも掛かったな。
「リタは絶対に当てないので、ナオは自由に戦闘してるですよ」
「ふふっ、じゃあ信じてあげるわ。私は予定通り中型を中心に潰すわね」
ナオとリタも戦闘開始。ナオの持つ芦屋の槍は、やはりかなりの切れ味を誇っており、FAせずとも中型種ならば一撃で突き倒せている。一方リタも新しいショットガンで複数体ずつ小型種や赤鬼のビットを料理していく。
「ナオもリタも、すっかりサイキ並みに動けているな」
「え? そうかしら」
すると大型残りが深緑だけになったサイキが一旦手を止め、二人の様子を観察している。
「……うん、きっとイジュルマの時のわたしと同等か、それ以上に強いよ。今は場所が場所だから仕方がないけれど、荒野での戦闘となればナオの投擲やリタの必中は、サーカスを使うわたし以上の戦果を出すと思う」
このサイキの見立てには、二人も驚いた様子。リタに至ってはサイキの審美眼に疑いをかけており、サイキも苦笑い。
「まあでもあんたに言われたら少しは自信になるわよ。悔しいけれど戦闘では間違いなくあんたが一番強いからね」
「ナオだってきっと上位の隊長にもなれる位強いよ」
褒め合い笑い合う兵士二人。
「この分ならば帰ってからも二人は安泰ですね。でもリタは大人しく開発に戻るですよ。そのほうが二人も安心するですよね」
「リタはやっぱり開発している姿が似合うもん。わたし達の事、頼んだよ」
「頼まれたです。でもまずは目の前の敵をどうにかするですよ」
会話をしながらも次々と侵略者を消滅させていく三人。八十九体もの大量の敵が、今は数えられるほどまで減った。三人とも全く被弾なしであり、改めてこの子達が本当に強くなったのだと実感している私。
「えーっと、普段もこんな感じで喋りながらなんですか?」
青柳の代わりに入っている高橋からの質問。前日の赤鬼二体はリタが一瞬で消滅させたために本格的な戦闘の様子を知らないので、この反応は当然だな。
「状況にもよるが、今回は三人とも機嫌がいいから特にだな。本当にまずい時は三人も無言だよ」
「へえ……ああこっちですけど、避難完了です。現在までに死者と重体はいませんよ」
「了解。後でこっちに来るだろ? 晩飯どうだ?」
「えっ……と、そんな会話もしていたんですか?」
「余裕がある時はな」
すると三人から報告。
「レーダーに敵影なし、クリアしました。じゃあわたし達は戻りますね」
「ああお疲れさん。午後の授業もしっかり受けるんだぞ」
「はあーい」
何とも気の抜けた返答。このSFな戦闘という非現実の中の緩い雰囲気に、高橋はめまいがしている様子。
「あーなんというか、青柳さんが選ばれた理由が分かる気がする。これは冷静じゃないとやっていけないわ。あはは……」
「お前はお前のやり方でやればいいんだよ。青柳はそういう所に疑問を持つ前に慣れてしまったからな。むしろ違う視点で見てくれるんだからありがたいんだよ」
「うーん……そうなんだ。分かりました。こちらの処理が片付いたらそちらに向かいますね。晩御飯お願いします」
「ははは、了解したよ」
一方の三人。
「あの数、最初はどうなるかと思ったですけど、すんなり終わったですね」
「だからわたし言ったでしょ。二人とも昔のわたしと同等に強いって」
「……あんたすっかり変わったわね」
「え? ……どう変わった?」
「自分で考えなさい」
その後もしつこくどう変わったのかと聞くサイキを、あえてはぐらかし続けるナオ。
学園へ戻り教室へ。お昼休みが終わりそうな時間である。
「あ、おかえりー。早く食べないと授業始まっちゃうよー」
するとサイキに直球の案が浮かんだ。
「そうだ、ねえわたしって最初の頃と比べてどう変わった?」
突然過ぎてさすがに中山も困惑。
「えー、うーん……あっ、周りを見るようにはなったよねー。何ていうか最初は、自分しか見えていなかったけれど、今はちゃんと周りを見て歩調を合わせられている感じ?」
この評価に一番驚いているのは当のサイキであり、周りの友達にも目線を飛ばして確認をしている。
「確かにサイキの最初は触ると切れそうだったからね。近付くなオーラが出ていた。サイキ自身は気付いていなかっただろうけどね」
「美鈴さんも? わたしそんなに嫌な奴だったんだ……」
「学園が襲われた時あったじゃない? あの後からだよね。軟化したのさ」
相良の言葉を聞き、サイキは無言でナオを見つめ、答え合わせを欲している。
「……ふふっ、正解よ。最初の頃のあんたって、自分の手で自分のために世界を助けようとしていた。今は皆と一緒に皆のために世界を救おうとしている。……でも本当はあんた自身でその答えを導いてほしかったんだけどね。そこだけは変わらないか」
驚いていたサイキの表情が、笑顔に変わった。
「えへへ。うん、確かにそうだ。自分だけではどうにもならないっていう事を散々思い知ったもん。皆が結び合うから一つの事が出来るって。これも一つの縁だよね」
「工藤さんの言う長月荘の縁? 確かにそうかもね。結果的に私達は全員長月荘と何らかの縁があった訳だからね」
などと会話しているうちにチャイムが鳴り、午後の授業開始。残念ながらサイキとナオはお弁当を広げられなかった。一方リタはしっかりと食べ終わっていたのだった。
視点を長月荘へと移動。
時刻は六時を回りそろそろ三人も帰宅する時間。一足先に高橋が到着。
「ただいまー」
「おう、おかえり。三人もそろそろ帰ってくるぞ」
「それで、晩御飯は何?」
「期待している所悪いが、普通だよ。ご飯に豆腐の味噌汁、ヒラメの煮魚にほうれん草のおひたしに、あとは酢豚でもしようかな」
「酢豚! パインの意味が分からない酢豚!」
そういえばこの高橋は、酢豚のパインが嫌いだった。理由はすっぱい料理に甘いパインの意味が分からないというもの。ただし酢豚自体は普通に食べるという、お前のほうが訳が分からないという状態。
「私も手伝いましょうか?」
「出来るのか?」
「……おせーてくださーい」
駄目だこりゃ。聞けば最低限の自炊能力はあるが、それ以上はない様子。現役時代に教え込んでおけばよかったかな……?
「ただいまー」
といった所で子供達が帰ってきた。
「じゃあ先に戦果報告を聞くかな」
「分かりました。えーっとね……まず、死者及び重体は一人もいません。骨折などの重傷者が五名、軽傷者が十三名」
「あの量でそこまで被害を抑えられれば充分だろうな」
「そうですね。私もそう思います。建物の被害は多いけれど、それによる二次被害の可能性は今の所なし。……はあ、以上」
最後に大きな溜め息が出た。その意味を我々はすぐに察した。最初だから仕方がないな。
安堵する我々とは対照的に、煮え切らない表情の高橋。
「改めて聞きたいんですけど、子供達の中で今回みたいなのって、どうなの?」
「あれだけの量が一気に来たのは今回が初めてだから、驚いたわよ。サイキも言っていたけれど、かなりの被害を予想した。でも予想よりも少ない被害で済んでほっとしているわ」
ナオの総括に他の二人も、ついでにエリスも頷いている。
「……そうじゃなくてね、仮にも命懸けなんですよね? その中で剣や槍を振り回しつつ普通に会話したり、街の人も私達が誘導する前にほとんどが避難を終わっていたり。それって普通じゃないですよね?」
高橋のこの疑問に、子供達は「あー」と納得した声を上げた。そしてどう答えていいものか困っている様子。ここはこちら側一般人代表の私の出番だな。
「それはだな、慣れているんだよ。でもこの慣れは悪い意味ではなくて、慣れているおかげで無意識に安全と危険の境界を判断している。だから戦闘中でも会話出来るし自主的に避難も出来ているんだよ」
「うーん……青柳さんの言っていた事って当たりなんですね。最低限の心配だけしていればいいって」
難しい表情は崩さず、しかし少し肩の力が抜けた感じの高橋。
「ははは。まあそうだな、多分この街の人達もあまり心配していないと思うぞ。それだけこの子達は信頼を勝ち得ているからな」
「信頼か。分かりました。私も三人を信頼しましょう。……だからこそ、少しでも違和感を感じればしっかりと報告する事」
睨むような高橋の視線に、三人は笑って答えた。
「あはは、高橋さんからしたらまだ最初だから不安もあるんだと思うけれど、わたし達からしたら、それこそもう何度同じ事を言われたか。だから大丈夫ですよ。もっと気を楽に持って下さい」
このサイキの言葉に、高橋は溜め息とともに表情を緩めた。
「はあ……それもそうか。ここでは私は新人でしたね。ごめんなさい、サイキちゃんの言う通り。もっと気楽に考えさせてもらいますね」
「よし、それじゃあ晩飯作るか。少し遅くなったから二人手伝え」
するとサイキと、そしてリタが来た。ナオは今日はエリスの担当だな。そんな光景に驚くのが一人。
「あれ? 二人とも料理出来るんだ?」
「サイキは元からかなり上手い。ナオとリタは出来なかったが、俺が仕込んだ。リタは正確には仕込んでいる最中だな」
「仕込まれているです」
そういう言い方だと別の意味に聞こえるぞ。ともかくリタも随分とこなれてきており、包丁で怪我をする事はもうない。ただし本人は未だに警戒態勢を解いてはおらず、あくまで時間をかけて慎重に手を動かしている。一方サイキは既に私と並んでも遜色のない動きであり、既に一人前である。
晩飯を終え、高橋が帰るとの事なのでサイキを乗せて剣道場まで送ってもらい、この日は終わった。




