変則戦闘編 11
月曜日の朝、やはり子供達は皆眠そうである。そんな中でリタから、予想通りの話が出てきた。
「えっと、今回の情報を早く持ち帰りたいです。それに、あちらに指示していたものがどうなったのかも気になるですし。また忙しくなりそうで申し訳ないですけど、今週の土日……せめて半日だけでも帰りたいです」
「そう言ってくると思っていたよ。天気予報はっと……明日から四日間雨だな。週末は晴れるみたいだから大丈夫そうだが、まあ問題は雨の四日間だな」
すると三人顔を見合わせ、今まで以上に真剣な表情に。
「今回のこの情報だけは絶対に持ち帰る。だからわたし達は絶対に負ける訳には行かないんだ。今までもそうだったけれど、この四日間は特に。今までのわたし達の努力を、わたし達自身で守り抜くんだ」
これまで以上に真剣なサイキの言葉に、その本気さが見て取れる。私に出来る事はたかが知れているのだが、だからこそ、出来るだけ彼女達を応援してやろう。
昼になり、訪問者が一人。
「ただいまー。高橋一圭再び参上です」
警視庁所属の女刑事、高橋一圭。エリスが来てサイキが逃亡した時、捜索の手伝いをしてもらった人物だ。勿論元住人である。
「どうしたよ、突然に」
「あ、あれ? 青柳さんから連絡行っていませんか? 今週と来週、青柳さんの代わりを勤めますよ」
「おお、あの話か! 青柳からは連絡を寄越すとは聞いていたんだが……と思ったら青柳からだ」
話の最中で電話が鳴り、通知された番号は青柳だ。
「すみません、もっと早くに連絡差し上げるつもりだったんですが、その余裕がないほど一気に忙しくなってしまいまして。私の代わりなんですが、警視庁の高橋さんに頼む事にしました」
「ああ知っているよ、丁度目の前にいるからな。お前さんの事情は知っているつもりだから、気にしなくてもいいぞ」
という事で電話を替わった。
「あーもしもし、高橋です。……はい。……いえいえ気になさらずに。私も工藤さんのお昼ご飯が狙いですから。……ははは。ええ、そういう事で、よろしくお願いしまーす」
そしてまた私へ。
「恐らくは高橋さんよりも工藤さんのほうが私のやっていた事をご存知かと思いますので、何かあれば高橋さんにも指示を出してあげて下さい」
「ああ、お前が要らなくなるくらいには仕上げるよ」
「ははは、それはいいですね。次ご連絡を入れる事が出来るのは十日は先だと思います。私は忙しい最中なので、これで失礼します」
さて電話を切ってふと見ると、既にエリスと高橋は仲良くなっていた。早くないか?
「おねえちゃんとぼくを見つけてくれた人なんですよね? なら悪い人じゃないのは分かります。それに……えっと……ちょっとだけ、お母さんに……」
そう言い赤い瞳に涙を浮かべ、高橋に抱きつくエリス。やはりこの小さな子には、全てを受け入れるにはまだ時間が足りないのだな。高橋はそんなエリスの背中を優しく撫でており、満更でもない様子だ。
「私は出会いはまだだからお母さんじゃないけど、女ですから母性はありますよ。……あーどうしようかなー。この後も仕事はあるんだけど、このまま居たいな」
「ははは。しかし警視庁の刑事なら忙しいんじゃないのか? 青柳は専任だったが、お前はそういう訳にもいかんだろ?」
「大丈夫ですよ。今は私が抜けても回るくらいの案件だけだし、課長以下同僚全員から是非行ってこいって。一瞬厄介払いかと思ったけど、どうやら子供達との話を土産に持って帰れって事みたい」
つまり大歓迎という事か。その後も話を聞くに、青柳の代役探しは誰も手を挙げないのではなくて、逆に皆が手を挙げるので候補を絞るのに苦労していた、という事のようだ。全くこの子達は随分と愛されているのだな。
要望通りお昼ご飯を作ってやり、その後高橋は何処かへと電話を入れている。
「引継ぎを電話で終わらせちゃいました。これでのんびり一緒にいられますよ」
すっかり懐いたエリスの頭を撫でる高橋。エリスも満更でもない。
「私さ、当時彼氏に振られた事あったの、覚えてます? あの時初めて頭撫でてもらって、両親にもそんなのされた事がないから、凄く驚いたんですよ」
ああ覚えている。私の妻と娘が亡くなるより以前の話だ。
――軽い悪態をつきながらも楽しそうにデートへと出かけていった高橋が、目と鼻から大洪水を流しながら帰ってきたのだ。二股をかけられており、自分とは遊びだった、捨てられたのだと泣き崩れていた。言葉で慰めても泣き止まないので、仕方がなく娘をあやすように頭を撫でてやったら泣き止んだのだ。
話は更に続く。その出来事から半年ほど経ち、あの事件が起こった。何も考えられなくなり、心が折れ感情が壊れてしまった私。こいつは、そんな私の頭を撫でたのだった。おかげで私は、散々周囲に迷惑をかけながらも十五年間生きてこられたのだ。もしもあれがなければ、私は数日で首を吊っていただろう。……当時女子高生だったこの高橋一圭という女性は、まさに私の命の恩人である。
「……そんな事があったものだから、私はこの道に進む事を決めた。子供達みたいに命を救うヒーローにはなれないけれど、死の連鎖を止める事は出来るんですよね」
「ある意味でお前の人生を狂わせてしまったんだよな」
「狂わせたのは工藤さんじゃなくて、あの轢き逃げ犯ですからね。たしか飲酒運転の爺さんでしたっけ。車は工藤さんのと同じ……」
「あっ! そうだ! 車見せて! あ、エリスちゃんごめん」
話の途中でその事を思い出し、エリスも驚くほど大きな声を出した高橋。ならばと早速庭へ。
「うわー……うわー……本当に直ってる……あの時に戻ったみたい……うわー……」
車の周りをぐるぐる周り。感動でなのか涙を浮かべている女刑事高橋。
「私丁度あの時にいたでしょ? だからこの車がまるで工藤さんの心そのものに思えていたんです。工藤さんは知らないだろうけれどね、私何度か家の前まで来た事があるんですよ。その度にこの車を見て、錆び朽ちていくのを知っていた。あれ以来乗れなくなったんだなって、すぐに分かりましたよ。それが今直っている。動かした跡や今も乗っている痕跡がある。本当に心が治ったんだ。本当に……よかった……」
「ははは。刑事の癖に泣くか? まあその通りだ。これも全てあの子達のおかげだ」
早速運転席へとご案内。高橋は言葉にならない歓喜の声を上げている。諸々の説明をして、エンジンを掛け、まるで意中の人に告白でもされたかのようにこれでもかと大喜びの高橋。
「……あーでも私はこれ運転出来ません。事情を知っているから恐れ多くて。えへへ」
なるほど、そういう意味では昨日久美さんが運転したのは正解だったのかもしれないな。恐らく全ての事情を知っている住民にとっては、この車は私とその家族の思い出そのものであり、緊張して運転に集中など出来なくなるのだろう。
放課後になる時間、子供達に連絡を入れ、高橋との顔合わせに先に寄ってもらう事にした。高橋はついでにはしこちゃんのカフェにも行くそうだ。
「ただいまー。あ、こんにちは」
三人にとっては初めて見る人物であり、女性でスーツをびしっと決めている高橋に、少なからず警戒心を持った様子。
「おかえり。こちら警視庁の刑事で高橋一圭。青柳の代役で元住人だよ。サイキが逃げた時に手伝ってもらったのが、こいつなんだよ」
「あっ! えっと、その節はご迷惑をおかけしました」
「あはは、全然気にしなくてもいいですよ。あれくらい朝飯前ですから」
どうだと言わんばかりの高橋に、三人もあっさり警戒を解き笑った。どうやら顔合わせは問題なく成功のようだな。
「元住人って、どれくらい前なのかしら?」
ナオからの質問だ。恐らく彼女達は驚くだろうな。
「えーとね、十五年前。あの事件の時にいました」
「あの時の……じゃあ工藤さんが変わった瞬間も見ているのね」
「見てますよ。……明美ちゃんの誕生日をお祝いするために準備していた私達の目の前で、文字通り崩れ落ちましたからね。でも誰だってそうなると思うし、実際同じ境遇の被害者も見てきましたから、不思議でもなんでもない」
やはり刑事という立場上、色々と見てきたのだな。
「そういえば前回言い忘れていたんですけど、いつのまにか減築したんですね。私の204号室がなくなっちゃった」
「ああ。妻と娘がいなくなって五部屋では俺に手に余るから、あの後少しして二部屋減らしたんだよ。今から考えたら、五部屋あったほうが喧騒に忙殺される事で、家族の事にも早くけりをつけられたかもしれないな」
するとエリスが異を唱えた。
「それは忘れるだけで、ちゃんと考えるのとは違いますよ。……ぼくだって、まだ……」
エリスは母親似の高橋と出会った事で、少し心境に変化があったようだな。自身から心の内をさらけ出せるという事は、忘れるのではなく、しっかりと受け止めようとしているのだ。やはりこの子は私よりも大人だな。
それではと全員でカフェに移動する事になった。
「工藤さんの車で行ったら定員オーバーだから、わたし達は空から行きます。いいですよね?」
早速試すように高橋に許可を願うサイキ。高橋もそれが三人が用意した試験である事を察知した様子。私からヒントを出しておこうか。
「参考までに、青柳はこういう場合、三人に甘い」
「あはは、それ参考じゃなくて答えですよ。……カフェが許可しているのであれば、構わないかな。でもあまり目立たないようにして下さいね」
という事で三人は空から、私と高橋とエリスは車でカフェへと向かった。
その後は改めて襲撃時の手順を教え込み、商店街での買い物に付き合わせ長月荘に帰宅。一息つくと高橋は仕事に戻っていった。恐らく明日からは一気に忙しくなるであろう。さて新人高橋は、無事にこの任務を全う出来るのであろうか?




