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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
変則戦闘編
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変則戦闘編 10

 陸自、海自と来て我々は現在、航空自衛隊の基地にお邪魔している。

 「実はですね、パイロット連中から、是非彼女達と編隊飛行したいという要望がありまして。こちらとしてはやる気満々、そちらの返答次第なんですが、いかがですか?」

 「ここまでしてもらったんだもん、お返ししないとだよね」

 「そうね。それに目の前で飛行中の姿を観察も出来るし」

 「スキャンは一通り終わったですから、自由時間ですよ」

 という事で子供達も乗り気だ。ついでに私とエリスも誘われたのだが、ヘリで酔った時の事を思うとまた同じ事になりそうなので遠慮しておいた。三人はパイロットの無線に割り込める事を確認し、早速上空で待機。


 「我々こちらの人間も、いつかはああやって自由に空を飛べるようになるんでしょうかね」

 「一万年後にはなっているんじゃないですか?」

 「はっはっはっ、なるほど」

 二人の工藤一郎の他愛のない会話が終わり、次々と空へと上がる戦闘機、その数十六機。米国から来た二機のステルス戦闘機も一緒だ。

 なんという壮観か。子供達が一番前に付き、ひし形の編隊を従え飛んでいく。

 統一性のない様々な影が、綺麗に一つの形を作り飛んでいく。その姿はまるで、彼女達三人を象徴しているかのようだ。

 「綺麗だなあ……」

 気付けば声に出ていた。

 「ええ。この空がずっと続いていれば、またいつか見られますよ」

 時刻は夕方になり、日も傾きだしている。茜色に染まる空に輝く三つの光と大きなひし形は、地上からではゆっくりと飛んで行くように見える。


 存分に堪能した彼女達と戦闘機が、順序良く帰ってきた。今回は二機の米国ステルス戦闘機も大人しく着陸。

 「どうだったよ?」

 「うん……」

 その一言でサイキは背中を向けナオに抱きついてしまった。それを見たリタも同じくナオに抱きつく。これはきっと、涙を隠したいのだろうな。そんな二人を撫でているナオ。

 「私達って、街の人から声をかけてもらったり、手を振ってもらったり、そういう事はあったけれど、今回みたいな……うーん……」

 笑顔のまま、いい所で言葉に詰まっているナオ。

 「味方と仲間との違い、といった感じですかね?」

 司令官の言葉に、三人とも頷き、ナオも顔を背けた。

 彼女達には、私を含め精神的に支えてくれる味方は沢山いたが、自分達と同じ立場に立ってくれる、力として頼れる仲間はいなかったのだ。つまりこの涙は安堵の涙だ。彼女達は、我々の兵器を力として認めたのだ。


 「我々はいつでもスクランブル出来るようになっています。陸も海もです。ここから菊山市までは時間は掛かりますけど、もしもの時には駆けつけますよ」

 心強い言葉を頂き、我々は陸自駐屯地まで飛行機で移動する事になった。最後にどんな飛行機に乗るのかと、期待と不安の入り混じった状態で待っていると、出てきたのは大型のプロペラ機。私にはそれが何か、一瞬で分かった。

 「YS-11……」

 「よくご存知ですね。未だに人員輸送用として残っているんです。すぐに名前が出てきたという事は、もしかして今までに乗った事があるんですか?」

 「一度……新婚旅行で」

 「なるほど、思い出の機体という訳ですか」

 笑顔の工藤一郎司令官。一方長月荘の工藤一郎の表情は固かっただろう。それはこの機体の年齢のせいではなく、妻との新婚旅行で乗った機体だという事にある。司令官は勿論私の家族の事は知らないので、私の表情を不思議がっていた。

 ふと手を引っ張られた。そこには笑顔の子供達。そうだな。今更臆する事など何もない。

 乗り込むと、人員輸送用というだけあり、そのまま旅客機だ。自由に座って構わないとの事だったので、私は一度だけ座ったあの席を探している。しかしどこに座ったのか記憶が曖昧だ。何かヒントはないものか……。


 ――とある位置まで来た瞬簡、あの時の会話を思い出した。

 「いやあ翼の真上だな。これじゃあ下が見られないよ」

 「しかもあなたは廊下側ですよ。ふふっ、酔ったら代わってあげます」

 「なんだそれ。ああ酔うまで退屈だなあ……」

 「私は楽しいですよ。何たってあなたが隣にいてくれますからね」


 ……つまり私の指定席は、翼の真上、廊下側。

 私は噛み締めるようにゆっくりと腰を下ろし、空しか見えない窓を眺める。大きなプロペラが回り、滑走路を走り、地面としばしのお別れ。

 闇に落ちる狭間の空を眺め、当時を思い出している私。妻は綺麗で聡明で、どこまでも私を好いてくれていた。世界で一番の、私の自慢の妻だ。


 「……黄昏ているですね」

 全く気付かなかったが、廊下を挟んだ反対側にリタが座っていた。黄色と赤の頭は前方に固まっており、一方のリタは笑顔で私の顔を見てくる。

 「この飛行機な、俺が子供の頃から飛んでいるんだよ。そして俺が新婚旅行で乗った飛行機でもある。お前達がいなければ、間違いなく俺はもう乗る事はなかった。またこんな体験をさせられちまったなあ。俺は何度お前達に感謝すればいいんだ?」

 「リタ達が感謝した分だけ、感謝し返して下さいです。それでいいですよ」

 まるで悪戯っ子のような笑顔を見せるリタ。

 この子達が私に感謝した分だと? そんな数、返せるはずがないではないか。彼女達が毎日安心して寝起き出来る事、安心して食事が出来る事、安心して帰って来られる事、それら全てに感謝している事は百も承知である。その全てに感謝し返せと言うか。なんという無理難題。

 「……だから、工藤さんは無理に感謝を表してくれなくてもいいですよ。リタ達は、工藤さんの気持ちをしっかりと分かっているです。それに工藤さんが感謝を形にしてくれたとして、リタ達はそれにも感謝をするです。ずっと追いつけないですよ」

 感謝のイタチゴッコとは滑稽極まりないな。仕方がない、ならば気持ちだけに留めておこう。……あとは美味しい食事を、だな。


 飛行機が高度を落とし、無事に陸上自衛隊金辺駐屯地に到着。狭い滑走路ではあるが、しっかりと降りられるのだな。

 「お疲れ様でした。夕食はいかがしますか?」

 昨日ぶりの久美さんである。その顔に、何となく安心している私がいる。恐らくは何もなかった事への安堵だろう。夕食は子供達次第だな。

 「ぼくこっちで食べたい。工藤さんきっと疲れてるでしょ」

 「うん、そうだね。わたしも今から食事を作るのは大変だと思うよ」

 という事で、晩御飯は再度駐屯地の食堂にお邪魔する事になった。

 食堂に入った我々にかけられた言葉は「おかえりなさい」だった。なるほど、既に我々は一員という訳だな。食事内容は似たようなものだが、作らなくていいのは本当に助かる。子供達は早々に食べ終わると、周囲の隊員さんから再度話を聞き回っていた。


 私も食事を終え休憩。すると三人からこんな提案。

 「ねえ、海でも空でも私達が飛んでいる姿は見せたけれど、ここでは見せていないわよね? どうせだから少し見せてもいいかしら?」

 「それは俺に聞く話じゃないだろ。久美さん、許可取れますか?」

 「うーん、聞いてきますので少々お待ち下さい」

 と言って数分で戻ってきた。石田司令官も一緒だ。どうかと聞くより先に放送がかかり、許可を確認。子供達は目を合わせ頷き、喜び勇んで飛び出していった。窓の外を見ると、官舎の窓という窓から顔が出ており、外で足を止めている人もいる。

 夜空には月よりも明るい三つの光が見える。普段よりも明るく見えるのは、わざとそうしているのだろうな。息のあった三人は、円や四角、三角といった光の図形を描き出し、その度に野太い歓声が聞こえる。

 「……調子に乗ってきたな」

 高度を下げ、図形などではなく三人それぞれが思うように飛び始めた。こういう時、一番最初にやらかすのがサイキだ。そして私の予想は当たり、建物に隠れるほど高度を下げ高速で飛び回り始めた。叱るべきかとも思ったのだが、安全は確保している様子なので不問としよう。

 そんなサイキに釣られてか、残りの二人も高度を下げた。速度はあまり出していないので、まさに遊覧飛行だな。しばし飛び回った後、ナオが上空へ向けショットガンを一発発射し、黄色い星が瞬いた。これが終了の合図であったようで、皆上空で集まり最後に大きな円を描き戻ってきた。


 「ただいま。綺麗だった?」

 「ああ綺麗だったぞ。それに何度も感嘆の声が上がっていたからな。後お前達がやるべき事は、一つだけだな」

 「うん。……帰って寝る事」

 すると三人ではなく、エリスが大あくび。それを見ると、私も疲れていたようで眠くなってきた。サイキの答えは誤魔化し半分であろうが、間違いではないな。

 「それじゃあそろそろ我々は帰りますね。今回は何から何まで貴重な体験だらけで、本当に感謝しています。私にはこの恩を返す力はありませんが、子供達ならばきっとやってくれますよ」

 久美さんも石田司令官も、そしてそこにいた隊員全員が笑顔である。

 「勿論。そのために今回こんなに協力してもらったんだもん。わたし達はこのご厚意に必ず答えます」

 「ええ。必ず答えて、勝って全てを終わらせるわ。今私達はその力を得たのよ」

 「これだけ大量の情報を得たですから、これでリタ達は、今までの模造の域から、自ら武器を進化させる段階へと移行出来るです。つまりリタ達の世界は、間違いなく救えるです。技術者であるリタだからこそ、それを断言するです」

 ここまでリタが言うという事は、その確証を掴んだという事だ。私の感情としては複雑な部分もあるが、しかしそれは歓迎すべき事だ。


 さて、本格的にエリスのまぶたが閉じ始めたので、我々は引き上げる事としよう。駐車場までの道、方々から手を振り敬礼してくる隊員の方々。その度に子供達も手を振り返している。

 「皆さんお疲れでしょうから、我々がお送りしますよ。車も代行運転させていただきます。遠慮はいりませんよ」

 長月荘の住人よりも先に私の愛車を運転させるのは気が引けたのだが、そうも言っていられないほどに疲れているのを自覚しつつある。ここで無理をして事故など起したら、それこそ二つの世界を破滅させかねないので、ここはお言葉に甘える事にした。理由が理由だ、住人達も理解してくれるさ。

 私の車は久美さんが運転。我々はマイクロバスに乗車し二時間近く揺られる事となった。勿論道中我々は全員寝てしまった。長月荘に到着した所で起された時には、一瞬理解出来なかったほどだ。

 久美さんとマイクロバスの運転手に手を振り、そして玄関の鍵を開け、彼女達の世界を救う道筋という大きなお土産を持ち、我々は無事に長月荘へと帰宅したのだった。



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