学園戦闘編 1
※サブタイトルの○○編というのは、20話ごとに区切りで変えてあるだけであり、特にこれといって大きく話が変わる訳ではありません。
とりあえず近くの中学校に話を聞いてみよう。そう思い、まずは青柳に話を通す。いつものように感情を見せない声だ。私と合流し、彼も同行する事になった。
「お気持ちは分かりますが、現在彼女達は国家機密レベルの扱い。不用意に話を大きくするのはやめていただきたい。それに、彼女達の容姿で学校生活を円滑に送れるとは思えません。服装はどうにかなったと聞きましたが、髪の色はどうするんですか。リタさんの耳の件もです」
青柳の指摘はごもっともだ。しかし容姿に関してはリタの耳以外はどうにかなりそうであり、今リタがそれに対する装備を製作中だ。朝確認すると食事は取っているようなので、そこは安心。問題は耳だが、これも含めて学校側と話をしてみなければ始まらない。
車で数分の所にある、一番近くの中学校に到着。私立仁柳寺学園中等部。本来は中高一貫校だが中等部と高等部は場所がかなり離れており、高等部は丁度商店街を挟んだ逆側であり、街の中心にも近い位置にある。私立ではあるが中等部に関しては授業料は安い。元は別の私立中学校だったのだが、一旦廃業してしまい、規模を縮小した上で再開したという複雑な経緯がある。その為校舎は大きいが生徒数は少なめで、彼女達をあまり人の目に晒したくない現状、むしろ好都合なのだ。
学校側にはアポイトメントを取ってあるのであっさりと校長、この場合は学園長に会う事が出来た。
「お話は伺っております。特殊な事情を持つお子様を三人、我が学園に編入させたいと。まずはその特殊な事情とやらをお教え願いましょうか」
この人が私立仁柳寺学園中等部の学園長だ。結構厳しそうな女性だなあ。でも私の横に座ってる人も見た目は相当に厳しそうだが。ここは青柳が説明をする。
「国家レベルの機密事項を抱えた女の子達です。命を狙われている、などと言うような事ではないので、他の生徒や教師に迷惑がかかるような事はありません。我々が保障します。ただし、止むを得ない事情で授業を途中退席する可能性があります」
予想通りとはいえ、渋い顔だ。いつものように口外はしないようにと約束を取り付け、三人の写真を見せる。目線が動き、一点で固まる。やはりリタだな。あの耳はどうしようもない。
「お話を聞く限り、これは作り物ではないのですよね……。正直言いまして、九分九厘無理であると言わざるを得ません。残りの可能性としては、ご本人達と面会しての姿勢と印象という事にはなりますが……」
「ならば後日、本人と会っていただけますか?」
少しでも捻じ込みたい私。体まで前に出てしまった。
「……私自身、彼女達の容姿に興味が無いと言えば、嘘になります。しかし私は一教育者です。感情に流されずに厳しい目で判断させていただきます。そうですね、二日後の午後一時に、御三方を連れてまたいらして下さい。その時に編入テストも行います。御三方は今まで何処の、どれほどの学校に通われていたのでしょうか?」
「いいえ、学校へは通わず、独学で勉強しています。今は小学六年の問題集が終わった所です」
「……それでは今年度の入学用テストを受けていただきましょう。ただし編入出来たとしても、かなり頑張って頂かないと、他の子には追いつけませんよ」
猛勉強の必要性はあるが、少し光が見えてほっとする私。帰り道、青柳も少し安心したと漏らした。昼飯を食べていけという私の提案に乗り、青柳も長月荘へ。もう彼もすっかり慣れたものだ。
長月荘に着いたら、丁度リタが二階から降りてきた。
「ヘアカラー投影装置、完成したです」
寝ずに作業をしていたのだろうか、若干やつれた表情だ。
まずは全員集まり昼食。二日後に今度は三人を連れて行くと報告すると、嬉しそうな反応。食事中青柳の電話が鳴り、病院前での戦闘時に重体となっていた警官二名との面会許可が出たという。
「髪の色変え装置の試験運用もかねて、あとでお見舞いに行くか」
という私の提案に三人とも同意。それならばと青柳も再度同行する事になった。病院なので機械への悪影響は発生しないかと気になったが、そのような電磁波が発生するものではないので、影響は皆無だという。
食事を済ませ、早速髪の色変えを試してみる。
「……おお、サイキの赤髪が茶髪になった。ちょっとだけ赤っぽいけど、これなら全然気にならないな。これで普段着に着替えれば何処からどう見ても普通の女の子だ。ナオは綺麗な黒髪で、委員長っぽさが倍増だな。リタは……なんだそれ」
サイキ、ナオは普通の女の子になったが、リタは茶系に髪の先端が白くなっており、先端の丸く垂れた動物耳との組み合わせのせいで、どう見ても犬にしか見えなくなった。
「いっそこっちのほうが、です。駄目ですか?」
青柳と目を合わせ、同時に却下を出す。じゃあと言いその場で黒髪に変えたのだが、結局は耳のせいでどれでも犬に見える……。今回はとりあえず黒にしてもらおう。
「って事は俺の白髪も黒髪に出来るのかな?」
「スーツの機能を使ってるですし、リタ達の世界の人じゃないと無理、です」
残念。一度でいいからパンクな髪色を試してみたかったのだが。
青柳の車に乗り北西にある市立病院へ。この街では一番大きな病院だ。東の病院だけでは治療しきれないのでこちらに転院したという。病状が気になる。
「時には死よりも辛い生もあります」
という青柳。ミラー越しに見える後部座席の三人は険しい表情をしている。殆ど会話もなく、重い雰囲気のまま病院に到着。面会の受付を済ませ、まずは先に私と青柳が入る。
日の射す個室には、私と同年代と思われる男性がベッドに横になっていた。青柳が私を紹介。了承を取った上で三人を引き入れる。
「やあ嬢ちゃん達、よく来てくれたね」
どう言葉をかけようか戸惑っている三人。
「あの……ごめんなさい。わたし達がもっと早く到着出来ていれば……」
既に涙目のサイキ。すると男性は笑ってみせた。
「何、気にする事はない。俺らは偶然誰よりも先に奴と対峙したまで。勤続三十年、あんな奴とやり合った事なんか無かったからな。いい経験が出来たよ」
傷の具合を聞くと、足と鎖骨と肋骨三本が折れ、肋骨は肺に突き刺さったそうだ。手術は成功し、完治には時間を要するが、恐らく現場への復帰には問題ないという。少しほっとした表情のサイキとナオ。それに対してリタはまだ下を向いている。
「その子が最後に助けに来てくれた子だろ。ありがとな。お前さんが来なけりゃ今頃全員あの世だったよ。はっはっはっ」
あくまでも穏和に笑って見せる男性。
「……ごめんなさいです。ほんとはもっと早く助けられたです。リタにはあの時、その勇気が無かったです。リタに勇気があれば……」
泣きながら、絞り出すような声で謝るリタ。男性はリタを手招きし、頭を撫でる。
「誰だってな、いきなりあんな場面に遭遇したら、自分の身の安全を優先するもんだ。それが普通だ。お前さんは悪くないよ」
泣き止まないリタを、優しく撫でる男性。
三人には一旦部屋の外で待ってもらう。
「俺の相棒の所にも行くんだろ? 嬢ちゃん達にはきついかもな。あいつは俺を庇ったからな。俺はこの程度で済んだが、あいつは――」
一旦言いとどまる男性。
「あいつは、現場復帰は無理だ。それどころか普通の生活すら困難だろう。やり場の無い怒りを嬢ちゃん達にぶつけるかもしれんが、悪い奴じゃないんだ。分かってやってくれ。たのむ」
私と青柳は頭を下げ、病室を後にした。
もう一人の病室はICUのすぐ近くにあった。それだけで彼がどれほどの傷を負っており、未だに危険な状態にあるのか、想像に容易い。今度は私も廊下で待機。ノックをし、青柳が病室に入る。かすかに聞こえる会話では、やはり病状は芳しくない様子である。
少しして青柳が出てきた。
「本人の意向により、面会謝絶です」
今彼女達に会ったら、どんな言葉を吐くか分からない。だから、気持ちの整理がつくまでは会わない、という事だった。
「傷の具合は……?」
やはり気になって当然か。ナオが半ば涙目になりながら青柳に問うた。
「……左腕、左足の欠損、片肺摘出、他多数の内臓にダメージを負っています。生きているのが奇跡と言えるほどに。あと数分遅れていれば、間違いなく彼の命は無かった」
「……間違いだったのかな……この世界に来たの……」
サイキの言葉に、私も青柳も答える事が出来ない。




