変則戦闘編 8
……酔った。
ヘリでの移動中、上空は風が強く結構揺れたので、乗り物には強いと思っていたのだが酔ってしまった。とりあえず着陸するまでは持ったのだが、恐らく私は顔面蒼白。
「えっと、大丈夫ですか?」
赤松静二等海尉さんが気にかけてくれているのだが、大丈夫だと言える余裕がない。とりあえず適当な所で戻させてもらった。
「……いやーすみません。初めて乗り物に酔いました」
「ははは、揺れましたものね。こちらの二名も不安がっていましたよ」
という事で改めて合流。私は酔ってしまったが、子供達はエリス含めて平気だった。そしてリタは早速乗ってきたヘリをスキャンさせてもらっていた。
我々はやはり最初に基地司令にご挨拶。その後はまず寝床の確認。使われていない社宅があてがわれた。
「ご飯はこちらで用意しましたので、本当に寝る場所としての利用ですね。それではお腹も空いているでしょうから、食堂へどうぞ」
という事で食堂へ。入ると今回も隊員さん達と一緒であった。
「金辺駐屯地の石田司令官から連絡がありまして、どうせなら皆と一緒が良いだろうと。今回はカレーをご用意しました」
「リタの大好物だな。えっと確か金曜日はカレーなんでしたっけ?」
「はい、そうです。何もない洋上での曜日感覚を忘れないためですね。なので本来は昨日だったんですが、今回は特別にご用意させていただきました」
味はさすがといった所。皆も大満足であり、リタに至ってはレシピを聞き出そうとしていた。
食後は隊員さん達と談笑。陸自はかなり厳しい印象であったのだが、海自は皆柔らかい印象である。冗談も飛び交っており、子供達もすんなり馴染んだ。特にナオに対しての食い付きがいい。水繋がりだからだろうか?
「我々海自は、洋上に出れば数ヶ月は船の中に缶詰ですからね。厳しい所も勿論ありますが、一隻ごとが大きな家族なんですよ」
家族であっても色々とある我々。まあ今はそれは置いておこう。そして戻ってきたナオが、こんな質問を赤松さんに投げかけた。
「念の為に聞いておきたいんですけれど、陸自で私達の案内役の方は一等陸曹だったので、二等海尉というのはどれくらいの役職なんですか?」
「一曹からだと私は三つ上ですね。部隊で考えると第三位といった所でしょうか」
その説明にサイキもナオもやはり顔色が変わった。
「あの、気付かず失礼をしていましたら、申し訳ありませんでした」
この二人の変わり様に、赤松さんは少し困惑気味。説明をすると、何も問題ないと大笑いしていた。
借りた社宅に戻り本日はここまで。風呂を沸かし皆順番に入った。エリスも既に一人で問題なく体が洗えていた。
「ねえ、寝る前に今日の総括をしようか?」
サイキの提案に全員乗った。
「まずは俺から言わせてもらっていいかな?」
子供達の話を聞く前に、先に私から。この世界の一般人がどう感じているのかを先に教えておくべきだと判断したのだ。
「普段の俺達一般人ってのはな、駐屯地内に入る事はおろか、本物の隊員を目にする事すらほとんどないんだよ。そんな中で間近で銃や戦車や、果てはヘリに乗れるだなんて、考えた事すらもなかった。お前さん達にとっても貴重な体験であるように、俺にとっても夢のような体験だ。そもそも空から子供が降ってくる時点で普通じゃない体験だが、おかげで俺は世界一とんでもない経験をした一般人だ。感謝するよ」
私の総括というよりは単なる感想に、飾る気も笑わせる気もなかったのだが、四人から笑われてしまった。
「じゃあ次ぼく。えっと、大きい音に驚いて、疲れました。それだけ」
「あはは、工藤さんよりも酷いじゃないのよ。まあでもエリスはリタとも違う、本当の一般人だから仕方がないかもしれないわね」
笑われた事に口を尖らせるかと思ったのだが、エリスも笑っている所を見るに、本当によく分からなかった、というのが心境なのだろうな。
「次はわたし。正直言って、わたしの中にあった基地や兵士っていう概念が丸ごと崩壊した。リタにも詳しく聞かれたけれど、わたし達って人としての扱いを受けてなかったんだって、まさか今になってそれを実感するだなんて思っていなくて、驚いた。そして……あの生活に戻れる自信がなくなっちゃった」
笑ってみせるサイキだが、その笑顔は作り物であるとすぐに分かるほど不自然だ。つまり、私が彼女達を帰す事に不安を抱いたように、サイキも帰ってからの事に不安を抱いてしまったのだな。
「次私ね。生活の部分ではサイキと同じ。工藤さんには、戦闘では私達を道具として扱えと言いましたけど、私達は本当に道具だった。命が軽いのではなく、命として見られていなかった。それを痛感しているわ。武器や兵器、訓練メニューについては、こちらもあまりの違いに驚くばかり。途中女性の隊員さんを見かけて体を見せてもらったのだけれど、自分自身とのあまりの違いに愕然としてしまったわ。あれこそ己が武器という事なんでしょうね」
ナオに関しては呆れ顔に近い。しかしこれは自分の世界に対して呆れているのだろうな。
「最後にリタです。……リタは、自分達の世界に怒りを持っているです。リタ自身にも怒りを持っているです。どうして武器だけで、それを使う兵士さん達にまで目を配れなかったのか。その現状に気付いてあげられなかったのか。二人に誓うです。戻り次第、環境を必ず改善させるです」
リタは真剣そのもの。真剣過ぎてまるで睨むようである。
「武器や兵器に関してですが、リタ達の技術ならば同じものはすぐ作れるはずです。でも、それぞれが本当に考えられていて驚いたですよ。相手を倒す威力だけではなくて、使い勝手や安全性、居住性に至るまでしっかりと設計思想に組み込まれていて、先ほどの話とも通じるですが、隊員さんを、命として扱っているのがよく理解出来たです」
兵士二人は、その言葉にとてもほっとした表情をしている。リタにならば自分の生活を委ねられると、そう思えたのだろう。
「何というか、比較対照を知ったからなのかな? 自分達に対して溜め息が出ちゃうよね。わたし達に一番足りなかったのって、改善する力なんだって思う。だから武器が一種類につき一つしかなくて、バリア防壁も旧来のがそのままで、世界を救う力もなかった」
「そうね。それは私も思う。……だからこそサイキとリタが羨ましい」
ナオが、笑顔を作りつつも、その瞳に涙を溜め始めた。
「私では思いつく事のない装備を手にしたサイキ、私には出来ない武器の開発の出来るリタ。それに対して私は世界を改善するために何か出来る事があるのか? 正直ね、まだ答えが出ないのよ。私もサイキみたいに吹っ切れて命を捨てる覚悟をすればいいのかしら? 違うわよね。リタみたいに研究者になればいいのかしら? それも違う。私はどこへ向かえばいいの? その答えが出ないのよ」
子供達は黙ってしまった。ならば私が、答えを出してやろう。
「ナオは何をするために第三部隊にまで来たんだ? それは今まで自分を疎んできた連中を見下すためだろう? 正直見下すという言葉は良いものではないが、しかしお前さんのその考えには間違いはないと思うぞ。こっちの世界にだってな、人種差別はある。何人もがそれを無くそうとして命を投げ打って頑張ったが、未だにそれは消えない。しかしギリギリの状態であるお前さん達の世界でならば、それを覆す事が出来るやもしれん」
静かに頷くナオ。私は最後の答えを出してやる。
「ナオ、二人に出来なくてお前さんに出来る事がそこにあるだろう? ハーフとして疎まれるお前だからこそ、種族の関係を改善するという力があるはずだ。二人は今力を見せているが、ナオが力を見せるのはこれからなんだよ。お前さんの種族は長命で成長が遅いという話だったが、それは大器晩成型とも言い換えられる。つまりお前さんはこれからが本番なんだよ。今はそのために力を蓄えているんだ。だから安心しろ、お前は二人に遅れを取ってなどいない」
私の言葉に、遂にナオは涙を見せた。
「うん……そうなんだ……それでいいのよね。ふふっ、私一番槍だから、すぐ先に行きたがってしまうのよね。……私の人生はまだ百年以上残っているんですもの。今は助走をつける時。敵陣に飛び込むにはまだ早い」
まるでナオらしくなくポロポロと涙を零している。ようやくナオの心もほぐす事が出来たようだ。そしてナオが実は泣き虫である事も分かった。しかしそれは言わないでおこう。
「……ありがとう工藤さん。私このままだったらサイキよりも悪くなっていたかも、なーんて。でも本当に安心しました。私は帰ってからが本番。うん、そうよね。……私の本気はこれからよ! 工藤さんには見せられないけれど、二人には大いに見せ付けてあげるんだから!」
作り物ではない、本物の笑顔を見せるナオ。私も安心した。そして残りの三人もだな。
「あはは、帰ってからの楽しみが増えたね。わたしも力だけならば貸せるよ」
「リタもお手伝いするですよ。最後までこの三人はチームですから」
「ぼくは……応援なら出来るよ。頑張ってね、ナオさん!」
「ふふっ、なーにーそれー? 皆にそんな事を言われると恥ずかしいんですけど!」
以前は二人に負けたくないと思う事を恥じていたナオだが、今はうれしはずかしといった感じ。
こうして三人それぞれがしっかりと自分を見つけられたのだから、私も胸を張って三人を送り出してやらなければな。
翌朝、さすがは海自基地という感じのラッパ音で起された我々。赤松さんも早いうちに来たので、サイキはエリスを連れて空の散歩を要請。赤松さんも時間厳守という条件付で許可した。ならばと残り二人も空に上がっていった。
「我々は海自なので空よりも海ですけど、あとで空自基地にも行くんですよね? きっとそちらで空を飛べば、凄い事になると思いますよ」
「ああ確かに。でもまたヘリかあ……」
「あーいえ、ここからは飛行機です。陸自からここまでは適当な飛行機が調達出来なかったのが要因でして、後の移動は全て飛行機ですよ」
よかった。これ以上すっぱい思いをしなくて済む。
時間になったので外へ出た。するときっかり丁度に四人揃って帰ってきた。さすが出来た子供達である。
「あの! なんか凄く大きいのがあったんですけど、なんですか!?」
なにやら大興奮のサイキ。そして他の子も。
「それを今から見に行きますよ。米海軍の原子力空母が、お子さん達のためだけに入港中なんですよ」
「えっ!? 子供達のため”だけ”に!?」
「凄いですよね。さすがですよ。勿論我々の艦船もお見せしますよ」
現実離れとはこの事か。
早速空母の前へ。大体こういうものが来ると市民団体がうるさいはずだが、周囲は静かなものである。
「昨日の昼まで報道には秘密だったんですよ。それにしっかりと子供達のために来たと報道していますから、それで文句は言えませんよね?」
なるほど、しっかりと手は打ってあるという事だな。そして目の前に現れたそれは、まさに動く島である。海兵隊の皆さんも並んでお出迎えしてくれた。まるで国賓にでもなったような気分である。
「お久しぶりです。米国領事館のトミーです。私が通訳兼案内役ですよ」
エリスが来た後に警察署の作戦会議で見た人だな。子供達も覚えていたようで、しっかりと挨拶していた。そしてこの巨大な船の船長も。英語はさっぱりなのでよく分からなかったが、ウェルカムは聞き取れた。一方子供達は平然と英語を喋った。
「お子さん達は英語が出来るんですか?」
赤松さんもトミーさんも驚いた様子。私も一瞬驚いたが、その理由はすぐに分かった。
「あの子達の装備で翻訳機能があるんですよ。リタの説明では脳に直接何かをする事で、意識しなくても翻訳して聞けるし、喋れるという代物です。私も一回試した事があるんですけど、不思議ですよ。英語が声そのままに日本語に変換されますから」
私の説明に、余計に驚いている二人。それでは船内に入りましょうか。
船内はとにかく狭かった。こういう船なので仕方がないのだが、各々道を開けないとすれ違うのにも苦労しそう。これは太っていると無理だな。そして載っている戦闘機や装備一式全て、果ては許可を得て飛行しつつこの巨大な船を丸ごとスキャンしたリタ。
人間が生身で空を飛ぶという光景に海兵隊の皆さんからも歓声が上がっており、気を良くした三人は少しの時間だが、自分達の動きを披露していた。
「空母というのは艦載機のための小さな飛行場ですから、武装という意味では参考になるかどうか。でもこの後は我々の護衛艦にもご案内いたしますよ」
「護衛艦ですか。戦艦じゃないんですね」
すると赤松さんに大きく笑われてしまった。
「ええとですね、現在現役の戦艦というのは、世界に一隻もいません。巨大な主砲を撃っての殴り合いという時代はもう、それこそ第二次大戦時には終わっていたんですよ。今は艦載機を飛ばしての制空権の取り合い、対艦ミサイルの撃ち合い、そして潜水艦を使っての待ち伏せ戦法。そういう時代です」
「そうなんですか。いやあ私の知識では軍艦といったら戦艦大和なので」
「はっはっはっ、普通の方はそうでしょうね」
という感じで米空母を見て回り、次に海自の護衛艦へ。
「集められるだけ掻き集めようかという話もあったそうなんですが、さすがにそれは無理だという事で、種類ごとに一隻ずつ用意しました」
確かに色々な船が並んでおり、少し離れて潜水艦まである。まるで博覧会だな。
「そういえば以前テレビで見た大きな船はいないみたいですね」
「恐らくヘリ搭載護衛艦の事ですかね。あれはさすがに持ってこられませんでした。しかし米空母を調査したのであれば、それで事足りるかと思いますよ」
なるほど。すると先を行くサイキが私達に寄ってきた。
「さっきのって、まるで動く要塞でしたよね。わたし達の世界では侵略よりも以前、あれよりも大きな船を空や宇宙に浮かべていたんですけど、でもそれをこんな兵器として使うだなんて考えもしなかった。それと侵略者の、深紅本体が何故自分から積極的に攻撃に回らないのか、分かった気がします。あれは司令塔であって、護衛がいなくなると仕方がなく攻撃に回るんだなって」
「おかげで新しい戦略も思いつける訳だな」
「うん。今ナオはそれで頭が一杯みたいなんだ。有効な戦略は何かって、凄く考えてる」
なるほど、だから朝からナオは我々には一切触れず、リタにスキャン結果を逐一確認しているのか。
「ならば一番に見るべきはイージスシステムでしょうね」
と言い、赤松さんはナオの元へ。そのシステムの説明に入ったのだな。案の定ナオもリタも、そしてサイキも、赤松さんに質問攻めである。
各々の船を渡り歩き、片っ端からスキャンしまくっている様子のリタ。そしてその結果を聞いて真剣な表情になるナオ。サイキはエリスを構っており、船には興味がないようにも見える。
それはまるで、自分は兵器として使われる側であるとでも言いたいかのようでもある。




