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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
変則戦闘編
206/271

変則戦闘編 6

 現在我々は金辺市にある陸上自衛隊金辺駐屯地にお邪魔中。

 そろそろお昼。昼食は隊員とは場所もメニューも変えて取る事になっていたのだが、これにナオが待ったをかけた。

 「お邪魔でないのならば、この際だから一緒にと思ったのだけれど、可能ですか?」

 「うーん……少々お待ち下さいね」

 と言うと久美さんは近くにあった備え付けの電話で何処かへと連絡を取っている。司令官さんにかな? 私はナオに理由を聞いておく。

 「どうしてだ?」

 「雰囲気を感じてみたいのよ。それに、どうせだから比較出来そうなものは、全て比較してみようかなって」

 うーん、分かるような分からないような。

 「許可出ました。しかしいいんですか? 汗臭いですよ?」

 「ふふっ、全然構いませんよ。私とサイキは兵士だから男達の中にいましたし、リタも研究所は男所帯。もう慣れています」

 つまり問題は私とエリスだな。


 食堂に着くと、それはそれは迷彩色の人だかりである。汗臭いかと思ったのだが、どちらかと言えば肉じゃがと焼き魚の匂いである。

 「普通に並んでも?」

 「ええどうぞ」

 という事で、まるで自分達も隊員であるかの如く平然と並んでみる。うん、意外と気付かれない。

 (これならばこのまま見つからずに切り抜けられるかもしれないな)

 「あっ!」

 残念でした。一人が声を上げると、皆がそれに気付きこちらへと目をやった。

 「あ、どうもー」

 さすがに生活態度には厳しい皆様、駆け寄りもみくちゃに、等という事はなく、皆大人しく歓迎ムードである。……と思ったら一名近付いてきた。明らかに強そうな、所謂鬼軍曹を地で行く厳ついお顔の男性である。さすがに私もおののく。

 「……訓練を見たいというのはどなたかな?」

 「あ、わ、私、です」

 ナオが恐怖している。やはりこの威圧感、子供達には威力が高過ぎか。

 「食後、私が案内致します」

 「お、お願いします」

 そしてまた席へと戻って行く厳つい方。

 「あれで私と同期で階級も同じなんですよ。とてもいい人ですから、ナオさん一人でも大丈夫ですよ」

 「へ、へえ……あ、でもサイキも一応見ておくべきだと思うわよ。私とサイキは兵士ですから」

 「うん、そうだね。そうしたらわたしとナオ、リタとエリスと工藤さんで分かれて行動しよう」

 「了解した。俺はリタに主導権を預けるよ」


 出てきた食事は、私の鼻が正解して肉じゃがと焼き魚。それとご飯と汁物とサラダ。言ってしまえばA定食B定食というような雰囲気。味は……まあそうだよね、という感じである。

 「もっと質素な食事かと思ったんだけど、そうじゃないんだ」

 サイキがポツリと呟いた。しかしこれよりも質素な食事を想像していたのか。というか、子供達の質素とは、どこら辺なのだろう?

 「お前達の質素の基準はどこなんだ? それ次第ではこっちの受け取り方も変わるぞ」

 するとサイキとナオは顔を見合わせ溜め息。

 「わたしの基地でも食堂制だから、本当にここと似たような雰囲気なんだ。でも中身は……自分で作りたくなるくらい」

 「私のいた所もそんな感じ。長期の戦線になると、現地でキャンプを張って自分達で料理する事もあるんだけれど、よっぽどそのほうが豪華になるのよ。……と言っても私は料理禁止だったし、それでもこの食事よりも下だけれどね」

 「なるほどな。……そういえば以前、一般人よりも兵士のほうが料理を知っているって話があったが、もしやリタはもっと質素な食事なのか?」

 するとリタは箸を置き、これまた深い溜め息。

 「例えるならば、パン一つと牛乳一本だけを毎食一年中繰り返すような感じです。勿論多少の種類はあるですよ。でも、正直言って食事は楽しむものではないです」

 「ぼくもそうだった。死なないために仕方なく食事をしていて、食べ物というよりも薬を飲んでいるのに近い感覚。だから工藤さんの作ってくれる食事が、毎日本当に楽しみで美味しくて、嬉しいんです」

 エリスのとても感情のこもった言葉。これは本当に嬉しい一言を頂いた。そして他の子供達も一様に深く頷いた。

 なるほど、それならばサイキが料理を褒められて物凄く喜んでいた理由も、ナオやリタが執拗に料理を覚えたがった理由も、そして私の質素な食事に嫌とも言わず毎日綺麗に平らげてくれる理由も分かる。

 口には出さないが、改めてこの子達が不憫に思えてしまった。もしも私が店を出すのならば、彼女達の世界に出店すべきだな。あちらの人々の口に、美味い料理をこれでもかと突っ込んでやるのに。


 「こっちの世界での、軍隊の食事は全てこんな感じですか?」

 ナオの質問に少し考えている久美さん。

 「うーん、陸海空でそれぞれ特色があり、更に各国違いますから確実な事は言えませんが、食事の美味しさが士気に大きく影響するのは間違いないですよね。せっかく命を張っているのに味気ない食事しか出ないというのは、やる気を削がれるでしょう?」

 今までの我々の会話を分かっているからこその最後の一言に、皆少し笑った。

 「ふふっ、ええそうですね。……やっぱりここで食事を取って正解だわ。私達ってこうういう、ほんの少しの娯楽もないのよ。戦場に行って敵を倒して、帰ってきたら大して美味しくもない食事を取りつつ中途半端に体を休め、そしてまた戦場に立つ。この繰り返し」

 「わたし達の世界って、余裕のなさが余計に悪い方向に働いているんだって、こっちに来て本当に思う。しっかりと体を休める事の大切さ、美味しい料理を食べる大切さ、友達と楽しい時を過ごす大切さ。凄く当たり前の事なのに、わたし達は持ち合わせていなかった。もしもそういう所がもっと良ければ、もしかしたら自分達の力だけでどうにか出来ていたのかも」

 少し表情が暗くなるサイキとナオ。

 「でもおねえちゃん。そうしたらおねえちゃん達はこっちに来ていないんだよ。自分達がこっちと繋がっているっていうのを知らずに終わっちゃうんだよ?」

 「……それは嫌だなあ」

 二人とも笑顔に戻った。


 「私からも興味本位で質問をよろしいですか?」

 「ええどうぞ」

 久美さんからも質問だそうな。

 「お子さん達から見て、我々はどう映っていますか? 特にリタさんは我々の兵器にどのような評価を出しますか?」

 すると一番にナオがチクリと一言。

 「本当に興味本位ですか? 聴取にしか聞こえませんけど」

 これには久美さん苦笑い。そしてナオは正解を引いていた。

 「あはは……正直に申しましょう。これも私の任務の一つです。ほんの少しの話でも引き出すという、そういう類の任務ですよ。気付かれてしまったからには失敗ですけどね」

 「いえ、いいわよ。これだけの情報を頂いておいて、諸手でさようならなんて私達もしたくありませんから。ただし情報の提供という意味では不可能です。あくまで私達から見た感想という範囲にとどまります」

 意外や譲歩したナオ。本当にありがたく思っているのだな。


 「まず皆さん自体がどう映っているのかという事ですけど、正直羨ましく思います。私達は美味しい料理もなければ寝る事にさえ不自由する生活でしたからね。なので皆さんが上という意味ではなく、私達がより下位であるという意味からの羨ましさです」

 ナオの感想に続いてサイキ。

 「大体はナオの言った通りかな。ただわたし達の部隊と違うのは、女性と子供がいないという事があります。わたしを見れば分かる通り、あちらの世界ではこの年齢でも戦場で命のやり取りをしなければいけませんから。それもあって、わたしも羨ましく思います」

 次に目線はリタへと向かう。

 「……前提として、リタは兵士じゃないので、基地施設というものを知らないです。その上で、ですけど、やっぱり少し羨ましいです。料理もそうだし、安定した生活もです。それと技術者として見ると、自分達で整備が出来るという事に一番驚いているです。リタ達の場合、壊れたものはリタのような専門家じゃないと直せないです。二人みたいな兵士さんは、使う側であって直したり整備する知識はないですよ。でもこちらの皆さんは、自分で武器を分解し組み直す事が出来る。これはリタにとっては常識外れに驚異的な事です」

 そういえば一度もサイキとナオが自分の装備の点検整備を行っている所を見た事がない。サイキの特殊装備も違法業者にやらせたという話であって自分でどうにかした訳ではないし、ナオも槍が少し溶けた時や、旗を付け替える事ですらリタ頼みだった。

 そうか、あれはリタに任せれば安心確実であるという事ではなく、自分達にはその知識がないので根本的にそれが出来ないのか。


 「武器や兵器に関しては、私とサイキの出番はまだみたいよね。でも戦車とか装甲車? 一応は画像や映像で予習はしていたけれど、実際に間近で見ると、その迫力に圧倒された。あれで侵略者を撃ったらどうなるのかしらね。リタならば分かるかしら?」

 「何となくですけど、分かるですよ。えっと……10式戦車の場合は、大型深緑にも有効ダメージを与えられるです。防御力の高い深緑相手にも、なので、他の大型種にもダメージは通るはずです。ただし倒しきるには至らないと考えるです。リタのP2000一発の威力が、大体10式戦車の砲撃と同じくらいです」

 すると参考までに拳銃を取り出すリタ。

 「うーん、手に持てる10式戦車……これは完全に私個人の感想ですけど、そんなものはこちらの手に渡らなくて正解ですよ。それ単体で大量殺戮兵器と化す訳ですからね。戦争に一丁でも持ち込まれたら、大変な事になります」

 久美さんの感想に、随分と深く考え込む三人。そしてサイキが口を開いた。

 「……ねえ、わたし達が武器の概念を失ったのって、やっぱり意図的だよね。わたし達の技術は高くなり過ぎたんだ。そしてきっと、自らを滅ぼしかけた。だから概念自体を消滅させてそれを防いだ」

 「恐らくは、そうでしょうね。……私達は先人の二の舞にならないようにする必要があるわ。これが全て終わったら、封印すべきよ」

 「封印……リタのやる事が増えたですね」

 すると隣に座るナオがリタを撫でた。

 「頼りにしているわよ。私達を救えるのはリタ、あんたなんだからね」

 「……万事、全て、丸ごと、何もかも、任せてもらうですよ」

 「ふふっ、でも無理はしないでね」

 「それも含めてです」

 彼女達が帰ってからのあちらの世界は、リタに任せておけば大丈夫そうだな。


 食事が終わるとリタが一人でトコトコと、とある人の所へ。軽く会話をしてすぐ戻ってきた。

 「眼鏡をかけていても大丈夫なんですね」

 「ええ。基準をクリアしていれば眼鏡でも大丈夫ですよ。コンタクトレンズは不可ですけど」

 なるほど、そこの確認に、適当な眼鏡の隊員さんに声をかけたという訳か。

 「ちなみにお前達の場合は?」

 「血統のあるわたし達は基準があります。だから目を負傷でもしたら即引退。生産兵士の人達は基準がなくて、例え片目や片腕がなくても……そういう感じです」

 「相変わらず厳しい世界だな。早くそういう人達にも救いの手が差し伸べられればいいんだが」

 「それも含めてリタに任せるですよ。時間は掛かっても、命がけで世界を救ってくれている兵士さん達を救うです。それは、一般人であるリタだからこそ出来る事ですから」

 リタの表情は真剣そのものであり、それを自らの贖罪とともに使命であると心に誓っているようだ。


 「……よし、ならば皆目標に向かって、午後の行動を開始しますか」



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